12-13
2025/05/20 編集しました。
宿に戻ってきたプラムは、ゆっくりと寛ぐことにする。
温泉に入ったロキとゼロが本気で卓球をしているのを見ることができた。ロキが相手を侮っている表情をしていることが気になってカルに問いかけると、「人刃の表情ってあんなもんだぞ」と返ってきた。
侮っている、とプラムは表現したが、獰猛で不敵な笑みを浮かべているのだ。ロキが表情を取り繕わなかったからこんな表情なんだろう、とは、後々プラムも自分で気が付いた。
一通り騒いだ後は、報告書を父宛に書く。既にアレスとアテナが鳥で知らせているのだが、夏の夢花の発生についてと、事の顛末を簡潔に書いた。ループが絡んでいるので、恐らくまた皆で顔を突き合わせて防音魔術の中で好き勝手話した方が良いと思われる。
プラムは自分自身があまりにも人刃に対しての知識が少ないな、と思ったこともあって、アテナと共に人刃についての知識を軽くさらっておくことにした。
「ねえアテナ、人刃って相手を見下すような種族だっけ?」
「人刃は相手を見下すというより、気位が高い種族ですね。寧ろ今までのように、下手に出ることができていたロキの方が異常なのでは」
「え、そうなの」
アテナは旅行だというのに観光資料やらなんやらを色々とアイテムボックスに詰め込んできていた。一応プランは立ててきたものの、今日のようなハプニングがあった時どう対応するかも考えなければならないと思ったのだろう。
そんなアテナが常に種族図鑑を持ち歩いているのをプラムは知っているので、話を振ってみたら案の定、プラムの予想の斜め上の答えが返ってくる。ロキが悪役令嬢だったころを思い返して、そう言えば随分と人間の思考回路をしっかり読んでいたな、と思った。思い違いではなかったらしい。
「ねえ、もしも、人刃と婚約とかしてたら、破棄なんてことになったらどうなるの?」
「それは……随分と無謀なことですよ。例の回帰の件ですか?」
「ええ」
アテナにはもう隠したっていつかバレるというか、いい加減きちんと説明しておかなければならないと思うので、隠さずに伝える。アテナは少し悩んだ後に、首を左右に振った。
「それは、最悪殴り込まれてお家断絶とか、そのレベルの話です。人刃族は子供ができにくく、万が一、母親が平均的な魔力の持ち主の人間であろうものなら、1人産んだら魔力を全部赤子に取られて、次の子は望めません。その分人刃族は子供を大切にします」
「リガルディア王家と公爵令嬢との婚約を破棄させて婚約者になったりしたらどうなる?」
「人刃族が国から離反したら、リガルディア王国は立ち行かなくなりますよ」
リガルディア王国が王国という体を取っているから許されるものの、プラムがロキやロゼの婚約者であるカルをヒロインとして略奪したあの行為は、人刃族的には一族郎等皆殺し案件だったようである。そもそもリガルディア王国は5つの公爵家と1つの大公家のうち2つの家を除いて人刃族であるため、家を裏切られたならそのまま土地を捨てて出て行く可能性すらあるとアテナは語った。
「そうなの??」
「人刃族はもともと魔物だということがはっきりしています。流浪の民として今も一か所に留まることなく旅を続けている部族もあるくらいです。国一つ捨てるなんて、どうってことないと思いますよ」
ループの中で国に執着を見せていたロキの行動そのものが、恐らく異常な行動なのだとプラムが理解するまでに、少々の時間を要した。知れば知るほど蒼褪めることしかしていない自分自身にプラムはげっそりだ。
「しかしなぜまたそのようなことを?」
「……いえ、ループの中で私はロキ様を蹴落としたのに、随分とぬくぬく過ごしていたなあと」
「よく生きていられましたね?」
「いやあれぜった庇ってくれてたのロキ様だわマジなんで気付かなかったんだろう」
本当は、恐らく何者かによってプラムはある程度の制限が掛けられていたのだろうし、だから必ずしも100パーセントプラムが責を負うべき、悪い、と言われる筋合いはないのだけれども、当時のプラムはその可能性にさえ気が付けなかったのだ。
ロキを「いい子だ」と思っていながら、友達になろうとしておきながら、救う事さえしないまま、何故か死んでいくロキを眺めているだけだった。今思えばどう考えても精神統制や思考統制を受けているのだが、王女で、転べば怪我をして痛みも感じるのに、現実としてではなく、ゲームとしてこの世界を見ていたことを、プラムは忘れられないのだ。
それが何よりも、今こうして従ってくれるアテナやアレス、イナンナ、マーレ、エドワード、そしてなんだかんだで指示を聞いてくれるようになったブライアンに対しての不実にしか思えない。
「……ばかみたいよねえ」
ぼやいたプラムの言葉を、ちゃんと、大部屋の皆は拾い上げていて、金色蝶が近付いてきた。
「あんたがそんだけ今悩んでるんだから、その気持ちを忘れなきゃいいんじゃないの?」
「……そんな気楽にはなれないですよ」
「あら。それじゃあんたに国なんて背負えないわ」
「……」
金色蝶の言葉は厳しい。そもそもゲームだのループだのの言葉を嫌っていたのも彼女らではなかったか。恐らくだが、金色蝶は現実に足が着いていない者のことが嫌いなのだろう。
「……それでも、国は背負わないと、それが王族ですし」
「そうね。自分の悩みとは別の所で人を今後裁いていかなきゃいけない、それが王族よ。あんた甘すぎ。嫌いじゃないけれど」
「……」
綺麗事で生きていけないのは知っている、でも、自分の所業はあまりにも、悪に寄り過ぎていた。ソルが口を開く。
「改心した様を見せてくれたらそれでいいわよ。過去は変わらないわ。あんたが見捨てた悪役令嬢も、見殺しにしたライバルも、戦争しなかったから助かっちゃった私も。まともに覚えてないのは私も一緒」
戦争しなかったことによって、ソルは助かる。腕がなくならない。彼女が腕を失うことによって引き起こされていたであろう障害とか、そんなもの何処にもなくなって、不自由なんてどこにもない、ただ、ロキがいなくなるだけの世界だ。
「ロキがいるから人間と戦争をする。列強との戦争は、ヒロインがいれば起きるみたいよ。あんたの所為だけじゃないの。うだうだ悩むより、フォンブラウ公爵たちが取っ付き易そうな条件でもぶら下げる準備してくれない?」
「うー、ソルって手厳しいよね」
「あら、虐めてないからセーフよセーフ」
プラムも流石に言われただけで滅茶苦茶落ち込むほどなよっとしたメンタルではないので、そこは別に大丈夫なのだけれども、ソルは公爵令息たるロキの恋人らしく鋼のメンタルのようだ。いじめっ子にぎりぎりならないでいられるのはある意味、プラムが頑張っているおかげだけれども。
「あ、そういえば。こんな話の後だからあれだけど、皆に婚約者っているの??」
敢えてだろう、プラムが話題を切り替える。にま、と笑ったのは金色蝶だ。恐らくこの人に恋人はいても婚約者はいないだろうと思ったプラムの勘は正しい。
ベッドではないのでそれぞれ布団を押し入れから引っ張り出して、敷布団を並べると、布団を被って頭を突き合わせる。修学旅行スタイルで女子が集まってやることと言ったら、恋バナだろう。
「金色蝶殿下は?」
「ふふ、いると思うの?」
「いえまったく。恋人ならいそうですけど」
「ざんねーん、恋人候補ならいたけど、私についてこれなかったみたい。つまんなくてやめちゃった」
最初っから飛ばしていく気のようだ。金色蝶曰く、魅力さえあれば拾い上げる、らしい。
「高等部にいい人いないです?」
「いないわねえ。ああでも、1人だけ面白い子を見つけたわ」
「へー? どなたですか?」
「フレイヤって子。オシャレもするし、戦闘技術もなかなかよ」
何より、私と気が合った。
ペロリ、と舌で形の良い唇を舐めた金色蝶を、プラムは、ああ、ジョロウグモだ、と思った。
「それで? どうせだったら婚約者がいるってわかってる子からも話を聞きたいわ。マーレ、何かないの?」
「え、えっと。贈り物をもらった話とか……?」
「どんなものを貰ったの?」
「髪飾りです。色ガラスだったんですけど、花の形にあしらってあって、とっても可愛かった」
持ってきたりしてるの、と聞いてみたら、流石に持ってきてないです、と返ってきたので、残念、と金色蝶が笑った。
「何の花の形だったの?」
「クモマグサです。あの、こんもりしてるやつ」
「ああ、あれ可愛いよね」
形から見て恐らくだが、バレッタを贈られたのだろう。花をこんもりとあしらったデザインは、最近流行しだしたのだとマーレが言う。ソルの記憶では地球には割と溢れていたデザインだが、そこまでの加工技術がまだこちらにはなかったという事なのだろう。
「よく贈り物されてそうな人と言えば、ソルかな?」
「私髪の所為で贈り物し辛いけどね! こっちに来る直前にペンダントを貰ったわ」
流石に持ってきてなくて申し訳ないけど、とソルが笑う。人刃は比較的よく贈り物をする性質があるようなので、今後ロキからソルへの贈り物も増えていくことだろう。
「プラムは婚約者いないの?」
「私は、候補はいますよ」
正式決定されていないだけで、とプラムは言う。
婚約者の話を考えると、プラムが『イラメア』においてヒロインというのはどう考えてもおかしいのだが、それが成り立っているから夢で見たような状態になったのだろう。
「プラムの婚約者候補って誰なの?」
「うーん、言ってもいいものかな?」
「大丈夫だと思います。少なくともここにいる者たちの関係者の中で、プラム様の婚約者候補になるような男性がいる方はいらっしゃいませんので」
アテナの判断を仰いでから、プラムは口を開いた。
「まずは、国内ね。公爵家のアレス。同じくエドワード。あとは、ガントルヴァやリガルディアとも一応話は出てる」
流石に大国に迫られたらどうしようもないからね、とプラムは言う。ソルは少し心配そうな表情を浮かべた。
「帝国は混血なのばれたらただじゃすまないわよ」
「分かってる。だから、言い方は悪いけど、ロキ様のお姉様が早く嫁いでくれることを願ってる」
「スカジ様か……」
ソルはロキの姉を思い浮かべる。青い髪、赤い瞳で、顔立ちはわりかしロキに近いので、アーノルドに似ているのだろう。
「まあ、王族の話は政治が絡むわね。そこはもうしょうがないか」
「いい子いない?」
「私転生者だから男の子ガキっぽく見えるって言ったら怒ります?」
「あはは、それは一理あるかも」
ナタリアが静かに話を聞いている。アカネとアルテミスは子供っぽいかあ、と何となく納得したような表情を浮かべ、金色蝶は「そのうち男の魅力が分かるようになるわよ」と言って笑った。
「えー、男の子ってなんか子供っぽいとこない?」
「それはある」
「ロキ様は?」
「やってることは難しいけど、プラモ組んでるのと変わらないわよ、あれ」
「えー、意外」
夜更かしはしないけれども、女子部屋のお喋りはなかなか夜遅くまで続いた。




