12-12
2025/05/20 編集しました。
「おおそうじゃ、これを渡しに来たんじゃよ」
「む」
鬼人が笑ってロキに手を出す。鬼人の手に握られたのは小さめの小箱で、ロキはそれを受け取る。金属製の箱のようで、それを見た瞬間ロキが目を見開いた。
「これ、は……何故貴殿が持っている」
「なに、この自殺人形に因縁があっただけよ」
鬼人は開けた着物の袖を振って、にぃ、と笑う。
「さて、夜の女王、貴様に記憶はないようじゃが、こちらは契った身。兄者と共に、貴様の許へ行くと言伝たのじゃが、対価を払うて貰わねばなぁ」
「……お手柔らかにお願いします?」
ロキの反応に、あっはっはっはっは、と快活に笑い、鬼人はロキの頭を撫でた。
「そう警戒するでないわ、貴様ならば我と兄者纏めて屠るも容易きかな! 対価は2つじゃ。1つ目は、我の酌。2つ目は、兄者の酌じゃ!」
「……飲んだくれめ」
「わははははは!」
どうやらロキはこの鬼人とその兄のお酌に駆り出されることが決まったようだ。ひとしきり笑って、鬼人はプラムの方を見た。
「実はなあ、我と同じ名の娘がここにおるでな」
「おや」
「え、もしかして私ですか」
「うむ!」
満足げな鬼人の様子を見て、ああこの鬼人は人間のことが好きなんだなと理解する。恐らくだが、ループの中でロキと知り合い、何かしらの契約を結んで、その後オートと何かの約束をして、あの箱をロキに渡すため今回ここを選んだという事なのだろう。
「それで、名乗ってくれ、鬼人」
カルが問う。いけずじゃのう、と鬼人が笑う。精霊と同じく、真名を他者に知らせることはないのだろう。ロキが鬼人の名を魔力で保護したのを確認したので問題はないはずだ。
「そのまんまじゃ。梅という」
「お梅ちゃん」
「なんじゃー?」
「え、めっちゃフレンドリーじゃん何で!?」
プラムの常識がまた何か壊れたらしい。梅の衣装に何か思うところがあったのか、ロキはメモ帳を取り出して何か書き始めた。文字を書くには大きく万年筆の先が動いているので、絵を描いているのは間違いないだろう。
オートの叫びを聞いた後だと、ロキがこうやって気ままに動いていたのもまた、願われ、自身が願った結果なのだろうなと思ってしまう。でも、ロキを、誰かの願いに縛られた奴だと思うのは止めることにした。こいつを縛れるのは、後にも先にもこいつだけなのだろう。
「お、お、貴様我の衣装を考えておるな」
「似合うものを考えているつもりだが、露出が多くなった。出来たら知らせる」
「うむ、うむ! ああ、酌を頼みたいのは、月見酒よ。その前に兄者も連れて一度会いに行くぞ!」
何でこんなにフレンドリーに話してくるんだろうこの鬼人、と思いつつプラムがすぐに鬼人族の予定を考え始める。学校に来られたらたまらないのだ。鬼人は、リガルディア王国でいうところの列強に匹敵する魔力量を誇る霊的生命体でもある。威圧感が尋常ではない。
ここに居るのが一応魔力が高い人間だけであることと、相手がフレンドリーで敵対意識がないから何て問題になっていないだけだ。と考えたところではっとなる。
「やば、カミーリャ大丈夫かしら!」
「彼なら大丈夫ですよ。鬼の気配に慣れてますし」
「あの赤い着物の男じゃな? 今ぬしらを探し回ってヒマワリ畑に入り込んでおるよ。我が去れば夢花も萎むゆえ、安心せい」
お酌してね、と改めてロキに確認をして、梅が姿を消す。すると同時に、巨大なヒマワリがしぼみ始めた。
「本当にしぼんだ……」
「梅といったな。あの鬼人が恐らく魔力を与えていたんだろう」
むにゃ、と気持ちよさそうに眠るオートを抱え直し、ロキは周囲を見渡す。
おや、と呟いたのと同時に、カミーリャがひょこ、と顔を出した。
「あ、皆さん。やっと見つけました」
「タイミングよかったね」
「そうなんですか? 確かに、このあたりにあった威圧感は消えていますが」
更にその横からタウアが顔を出したので、この2人ははぐれすらしなかったのかと思うとなんだか逆にすごいものを感じる。具体的に何というのはちょっと難しいが。
「魔物は、いっぱい見つけましたが」
「あの子たちは危ない子たちじゃないから、大丈夫ですよ」
「分かりました」
プラムとカミーリャがそう言葉を交わしている間、タウアがしぼんだ巨大なヒマワリを見上げていた。
♢
「ヒマワリ怖い」
「プラム殿下、ブライアンがますます使い物にならなくなってんだが」
「ちょっとあんたそれでもドライアドなの」
「うえぇーん」
わざとらしいウソ泣きだったので大丈夫だなと判断して、プラムはブライアンを立たせる。怖いというのは、恐らくだがきちんと中央に向かおうとしてヒマワリたちに阻まれたのだろうと推測できる。そうでなければ、その腕に何かに巻き付かれた跡などできるはずがない。
「ブライアン、俺の魔術を受けて耐性が上がったんでしょうね」
「そうかもしれない。まあ、得られるものがあったなら、無駄じゃなかったんじゃないかしら。授業料はめちゃくちゃ高くついたけど」
「そうですね」
アレスが戻ってきており、兵士が数名待機していたので、鬼人が入り込んでいたこと、夏の夢花は今は萎んでいることを伝えて、随分遅くなってしまったけれど、移動することにした。
「はい、昼飯」
「あら」
「流石に皆腹減ってるだろ」
アレスが連絡に走り回ったついでにサンドイッチを作ってもらってきたようで、このまま食べ歩きで移動して、午後の予定通り花園の奥へ向かい、舞のステージを見ることになった。
「寄り道は帰りにしましょう。オート君も寝てるし」
「大丈夫ですか?」
「ええ、せめて次目覚めるときは、傍に居てやりたいので」
「そうなんですね」
ロキとカミーリャがまた会話を始めた。紳士ゆえに会話のきっかけにはことかかないらしいカミーリャをちょっとにらみつつ、ブライアンが歩き始めた。
道案内のためにプラムが先行するが、ペースはちょっとゆっくりめだ。流石にピンヒールではないのだが、そんなにヒールの低い靴でもないので、どうしても歩き辛い。加えて、ちょっとマナー違反が過ぎるかもしれないが、食べ歩きで目的地に向かう。
サンドイッチの入ったバスケットはエドワードが持っていてくれた。
♢
舞のステージには、プラムが言っていた通り、2人しかいなかった。それでも美しい舞を披露し、観客を沸かせるだけの技量はあった。
指先の動きひとつひとつまで、きちんと指導して、神への、精霊への捧げものとするんです、とプラムが楽しそうに語る。セネルティエを愛せることは、セネルティエの王族としては最低条件だろう――しかしそれを為せる王族がどれだけいるのか。
ロキとオートの一件が暗く影を落としているはずのプラムは、それでもソルや金色蝶の質問に答えて楽しそうにセネルティエの文化を語っていく。カルは、こういうのも人間の強さなのかもしれない、と思った。
舞を見る頃にはオートが起きて、そのままロキに肩車されて舞を楽しんでいた。オートは、本当に何も覚えていなかった。ただ、大事な話をロキとした気がするんだ、と。カルは、せっかく楽しいのだから、この話は夜にでもするか、と一度話をぶった切った。うん、とオートは晴れやかな、いつもみたいに何も考えていないような単純そうな表情を浮かべているものだから、ついその頬を抓った。
「ヒマワリが夏の象徴って、なんか日本みたいよね」
「鬼人もいますし、正直この辺りは日本文化じゃないかなと思ってたりするよ?」
「鬼人? 希少種族だって聞いてたけど、居るのね」
「そのうち会えると思うよ」
プラムとソル、金色蝶が言葉を交わして楽しげに笑っている。ナタリアがロキと何か話していたけれど、カルは聞かなかったことにした。
多分、ナタリアが狂ったのは、想いに起因するところだろうから。
だから、ナタリアが皆に顔を見られないように、セトの影に隠れて泣いていたのを、カルは誰にも言わないのだ。




