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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ留学編 夏休み
341/375

12-11 箱庭の外から

2025/05/20 編集しました。

アテナがいなくなった後、カルはプラムと共に、皆を待っていた。


鬼が、やってくるまでは。


蛇の目の番傘を差した鬼人。赤い髪を揺らし、草履で土を踏みしめながら、歩いて、ゆっくり、ヒマワリ畑を出てきた。


「!」


プラムは少し身を固くしたが、それだけだ。敵対した種族というわけではないという事なのだろう。鬼人の方も特に攻撃しようという意思はないようで、笑ってプラムに手を振った。


「どうじゃ、今年のヒマワリは。美しかろう?」

「ええ、とても」


鬼人がこう言ってきたということは、間違いなく鬼人が今年の夏の夢花の発生に関わっている。


「竜混じりもおるなあ、良きかな良きかな」


かなり老齢の鬼人であることが伺える発言に、カルは身を固くした。老齢なもの、とりわけ力のあるものは、世界の回帰を認識している、ないし、回帰前の記憶を持っている可能性が高いことは、教会の一件とベヘモスの一件から、嫌でも理解した。ならば、この鬼人がそうでないと言い切れる保証が何処にあるだろうか?


「おお、そう固くなるでない。取って食おうというわけでもないのに」


この鬼人は、女だ。カルは深呼吸をして、あらためて鬼人を見据えた。


「夢花を育てたのは、貴女ですね」

「おお、いかにも! 春先になあ、自殺人形が来ると言うたでな、覚えておるかはわからぬゆえ、夢花ならばよい舞台になるじゃろうと思うたまでよ」


パラソルの傍まで寄ってきて、便利じゃのう、と笑った。


「自殺人形? 誰のことです……?」

「わからん。ロキかオートだろう」


自殺人形、とは恐るべき揶揄だが、誰かを差しているのは間違いない。ここまで来てこの言い方ということは、ロキかオートの2択だろうが。


「ぬしら、いや、竜混じりの。我はぬしに見せたいものがあるんじゃが、見るかえ?」

「……」


カルはあからさまに自分に関係するものと断定されたことで興味を持つ。夢、と聞いてカルが連想するのは回帰の記憶だ。最近はあまり見なくなったとはいえ、夢で回帰前の情報を小出しにされていたのはカルたち自身である。今回の夢も関係ないとは言い切れない。


夢を見せられて、それが悪夢なのか、良い夢なのかは、分からない。アテナもそう説明をくれた。今、自分はその夢を、いや、オートかロキの夢を見ようと誘われているのだろう。ならば、行くしかないようにも思える。


「……分かった」

「カル様」

「勿論、その後に自己紹介等諸々してもらうがな」

「ほほ、名乗らねば我が何かも分からぬようになったとは、竜が聞いてあきれるの」

「何とでも言え」


カルとプラムはその場に手紙を書き置き、鬼人についてヒマワリ畑に踏み込んだ。

しばらく歩いていくと、あっという間にヒマワリ畑の中央と思しき場所に出た。たまにふらふらと歩いているヒマワリがいて、こいつらが夢を外部に映す力を持つ魔物か、とまじまじと観察してしまった。


巨大な、恐らく夢花の本体と思われる花の傍に、ロキとオートがいる。2人は喋っているようだ。もう少し近付こう、と鬼人が言って、そっと音をたてないように2人の会話が聞こえる位置にまで移動した。


ロキがオートの言葉に耳を傾けている。

オートは見てくれだけは可愛らしいその顔で、何てこと無い様に世界を呪った。


「君が犠牲になって成り立つ国なんて、世界なんて、そんなもの、滅んでしまえば良いんだ」


夢の中にいるとはいえ、友人と思っていた子爵令息が1人、世界の滅びを願うほどに、ロキは追い詰められたのだと、カルは理解した。


夢であるが故にか。


ちらちらと頭に叩き込まれるようになった映像の中に、オートがうまく消化したらしいロキの無残な姿が、割りこんでくる。

人間の裏切りとはここまで酷い物だったか。


連合軍、とオートが回想する軍の旗を掲げた者たちが、守ってくれたはずの銀髪の男を嬲り、穢す様は、もはや狂気的ですらあって、プラムは蹲ってしまった。流石にこれは女子には惨たらしい物であったかもしれない。


「馬鹿者、この程度で音を上げるでないわ。この戦、(なれ)の恋路の果てぞ。(なれ)の行動の結果、竜の国の人刃は人間に見下されたのじゃ。(なれ)を守らんと身体を張った男の苦労をうかばせてやれ」


自分も庇われたのだろうな、とカルはどこか遠くから夢を眺めていた。

オートの夢だとはっきり理解できる。ロキはこういった記憶はすべて忘れたと豪語した。忘れているからこそ今こうやって、前をひたむきに向いているのだとも、理解はしているのに、記憶が無くて良かったと思っているのに、それでも覚えていてくれたなら、もう人間を護ろうとしないでいてくれたりしないだろうかと、思ってしまうのは。



「そのあとは、ね。ロキをクローゼットに押し込んだ。レーゲン兄様、リッカ姉様、シュルツ姉様、ディフィート兄様を蹴散らして突入してきたフォンブラウ公爵と対峙する前に意識が飛んじゃった。多分、魔力枯渇で死んだんだと思う」


オートは己の死をぼかすことも無く伝える。ぼかしたくないし、ぼかしたらロキに怒られるような気がした。多分間違いではない。ロキは小さく息を吐いた。


「結局、僕が言いたかったのは、君にもちゃんと選ぶ権利があるんだってこと。生きることを選んでもいいんだよってことを、伝えたかった。英雄にならなくたって、ロキは、ロキだから」


一生分かけて伝えてみました、とオートが笑う。情けない笑顔になったのは、仕方がない。ロキがオートの頭を撫でた。


「お前本当に馬鹿だよな」

「えーっ。自覚はあるけども」

「そんなことしたら、俺はお前の一生分をマジで踏みつけるか、自分の信念を曲げるかの2択になってしまうぞ?」

「あ」


オートはぷるぷると震える。そうだ、理解したらロキはそういう行動を取れなくなる奴だ。いや、だからこそ、覚えていないようなそぶりがあったからこそ、実行に移したのだろうな、とも思う。いや、ロキは分かっていて言っているだろうし、そもそもロキの目をパッと見上げたら、悪戯っぽく笑っていた。


「……結末は聞かないよ。僕はただ、ロキの選択肢を排除した原因に一矢報いたかっただけさ」

「そうだろうな」


でも確かに、あの世界線のロキの、わずかながらの希望か何かになれていたら、それでいいと思うのだ。


「……ああ、お前の言葉に意味はあったさ」

「ほんと?」

「ああ」


ロキが思い描いた英雄像は、万人受けするものではないにしても、ロキにとっては最も輝いて見える姿なのだ。でも、英雄になりたいと思ってそうなったわけではないのだ、ロキの描いた英雄とはそういうものだ。


「……俺は、誰かの英雄じゃなく、俺自身が俺自身を誇れる生き方を、ずっと探していた」


ロキが、そういう。オートは、目を丸くした。そして、ああ、やっぱりなあ、と呟く。


「そうだよね。ロキには、好きに生きた結果として皆を救ってほしいな!」

「ハードル高ぇ」

「ふへへへへ」

「はは」


ああ、でも、とオートが下を向く。


「ごめんね、ロキ。僕……」

「わかっている。この魔物の幻術の効果範囲から抜けるとすべて忘れるんだろう?」

「……やっぱりロキにはお見通しかぁ」


オートは諦めたような、でも影の晴れた笑みで顔を上げた。


「あと、ロキ。父様と母様、ザカリーとアウダの事、聞かないでいてくれてありがとうね」

「そうだな。何となく察せられるよ。その辺、カルたちに話してもいいか?」

「うん。まあ、もうレーゲン兄様が動くことはないと思うけど」

「それでも、だよ。幸い、まだ決定的な死人は出ていない。帰ったら何か言うさ」

「ふへへ、ありがとうね」


ふら、とオートの身体が大きく揺らぐ。


「ああ、ごめんロキ、もう眠たくなってきちゃった」

「ああ、大丈夫だ。次目を覚ましたら、皆の所に戻っているころだとも。旅程はまだ始まったばかりだ。冷たい地下は、まだお前には早いよ」

「う……ん……」


オートがロキに抱きかかえられて、すう、すう、と寝息を立て始めたところで、ロキが振り返る。


「――出て来い、鬼人。状況によっては貴様の首を切り落とす」

「おお、怖い怖い。狼の子は狼じゃな、血の気が多いのぅ」


半泣きのプラムと少し顔を顰めたカルを伴って、赤い髪の鬼人がロキの前に進み出た。夢の一部始終を見ていたとするなら、プラムには相当きつい内容だったのではなかろうかとロキにも予想がつく。


ロキのループの記憶の整理中、連合軍、の言葉が浮かぶとき、決まってロキは碌な死に方をしない。男でも女でもその辺りがあまり変わらない、というか、女の方がまだ融通が利いているのは、ロキとアーノルドの努力の賜物ではなかろうか。プラムはその記録を、()()()()()()()()()()()を初めて叩きつけられた形になっているはずだった。


「プラム殿下、見苦しいものを見せてしまいましたね」

「……あんな、」


青ざめているプラムが吐き気を催しているのは一目見ればわかる。吐き気止めの術式を組んだ魔石を近くで割ってやると、幾分か顔色が戻ったプラムが口を開く。


「……あんな、状態なの、いつも? ループ、1回で、これ、なら、貴方たち、は」

「……竜が狂い、精霊が蝕まれ、魔物が生命維持さえできず、誰かを神と崇め奉ることで精神を保とうとしながらそれさえ許されなかった人々を、殿下は既に知っています。それを引き起こしたのが、今見せられたような人生を何百、何千、何万と繰り返す、俺たちが“ループ”と呼んでいる状態です」


皆狂って当然なんだ、ロキに好意を抱く人ほど狂っていったんじゃないか。そんなカルの呟きに、プラムは納得する。


ロキは、欠陥個体だ。人刃にとっては致命的な、筋力方面が著しくステータスが低い。つまり、人間でも強化魔術を上手く使えれば、組み敷くことができるかもしれない。輝かしいものを堕落させたくなるのは、人間の攻撃的な部分を喚起している証拠ではなかろうか。少なくともロキは、その毒牙に掛かったことがあるのだ。


「俺の進化を皆が止めなかったのも、ネメシス先生が、俺の怒りを止めようとしなかったのも。たぶん、俺が周りを威嚇することで、周囲の人間が俺に近付かない状況を作ろうとしているんだと思うよ」


ロキが周りを揶揄うのは、ロキの自由さの結果だと思っていた。度が過ぎたものがほとんどないからこそ、ロキ神の権能を上手く制御していると思っていた。それによってロキが自分を守る盾を下ろしているのだとしたら。


もしかしたら、やたらとアレスを煽るのは、その盾をあえて下ろして近付くことで、アレスを盾に使えるからではないか、なんて勘繰っていたプラムは、身体を震わせる。逆ではないか、と――嫌われていいから、アレスを守ろうとしているのではないか――そんな、可能性が、脳裏を掠めた。


だって、そうでなければ、ベヘモスと対峙する前にあんな夢を見る意味が分からない。


自分がループの理由の一端を担っていることが、こんなに苦しいとは思わなかった。オートが怖がったロキの瞳は、ヒマワリの金色を反射して、アレキサンドライトのように、深い桃色の中に青と黄色が散らばっていて、とても美しかった。


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