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2025/05/15 編集しました。
「……」
「……」
カミーリャは迷っていた。自分はこのままここにいていいのか、と。普通に考えれば、避難誘導に従うのが当然だといえた。ましてここは出身国でもない外国であって、カミーリャは領主でもなんでもないただの生徒である。しかも、金色蝶ら3人も一度プラムたちのもとへ向かったが戻ってきてしまった。近接戦闘しかできないからという理由ではないらしい。一体どういう理由があるのかを知りたいが、ゼロに尋ねても教えてくれなかった。せめてもっと仲良くなる時間が欲しかったものだが、タウアが申し訳なさそうに眉を下げているのを見て、頭を撫でる。
「お前を責めたいわけじゃない。ただ、もうちょっと時間が欲しかったなと思っただけだよ」
信頼関係を築くには時間が必要だ。特に、リガルディア王国はガントルヴァ帝国を最初から警戒していたように思う。辺境伯の息子だったから輪に入れてもらえたようなものだとも思うし、もっと中央で修業ができていれば溶け込むことも容易かったのではないだろうかとも思ってしまう。リガルディアは思った以上に人間に寄った生活をしていた。理不尽な救援要請に独断で応えるような無謀を犯すその根底が人間より強いからという、種族的な絶対の自信に溢れた、根っから戦士の住む国のようだが。
一方でロキは少しカミーリャに絡もうと接してきていた気もする。タウアが逆に警戒してしまってあまり近付かなかったが、ロキは話の切り口を多く作るために近づいてきたといっても過言ではないと思う。ロキの役目はよりカル・ハード・リガルディアのためになる人脈を確保することであるはずなのだから。
自分が提供できるものに何があるだろう。交渉のために何を使ってもいいと父から言われているが、自信などない。ロキがどんな情報やどんな物品を欲するのかを探るのも簡単ではなかった。ハッタリを交えて交渉の場に立つしかないだろうなと気分が重くなる。
鬼の戦闘力は近接戦以外でも使うことができるが、タウアは今もまだ鬼の腕と戦っている状態である。これ以上鬼の力を使ってタウアが鬼に飲まれるようなことを強要したくない。自分のアイテムポーチを眺めて、中に何かないか確認してみる。
その中にあるものを見つけて、カミーリャは立ち上がった。
「主?」
「タウア、ちょっと走るぞ」
「わかった」
その後ろには、4つの影が――。
♢
「こう、お前土壇場で状況変えるの上手いよなあ」
「嫌味か、アレス?」
「べっつにー?」
キヴァ・オネスト・ファウゲル、封印精霊の王。また強烈な上位者が出てきたなとカルが呟いた。そろそろ精霊を呼び準備をせねばならない。精霊を顕現させるのは魔力が必要な場合があり、そのことも考えて、皆の準備に合わせて精霊たちを呼ぶことを決めていたカルたちは、いよいよ兵士たちが精霊を呼び始めたことで自分たちも、と言って城壁の内側で精霊たちを呼んだ。
カルの足元に猫が現れる。
『呼びましたかにゃ』
「呼んだ。助力を頼みたいんだ、リイン」
『ああ、ベヘモスが起きたのですにゃ?』
「ああ」
カルの横ではロキが自分と契約を結んでいるシド以外の全ての精霊と上位者を呼び出していた。これでも周りの精霊が驚かないあたり、ベヘモスは相当タフなのだろうなとカルは何となく察した。
「おーい! ロキー!!」
「ん? どうした、オート」
突然上からオートの声が降ってきて、ロキは城壁を見上げた。上から身を乗り出したオートがあのエルフの研究所長――アディ・プレッシェに支えられながらこっちに向かって叫んでいる。ロキの周りにはそれはもうたくさんの精霊と上位者が並んでいる状況だった。
「オデュッセウスが、配備できるって! 前話してたあいつ!」
「――!」
ロキの目が光る。初めて聞くその名に、新しい加護持ちでも来たのかとざわめく周囲と、事情を察したカルたちが精霊たちを連れて城壁の上へと向かった。
「ロキ、オデュッセウスって?」
「アイゼンリッターの弓兵だな。強弓引きのオデュッセウス、そこから名前をもらっているらしい」
ロキが知るのは概要のみ。詳細はオートが知っている。オデュッセウスはアイゼンリッターよりも一回りほど大きく、弩を背負っており、装飾に見えるようにミスリルで魔法陣が描かれていた。
「え、これって!」
「ロキ、お前ドレインの術式提供してたのか!?」
「ああ、まあな」
術式は見る者が見ればわかる。最初に気付いたのはナタリアで、次に気付いたのはセトだった。ロキの術式は特殊である。形状と言えばいいのだろうか。普通の魔法陣というのは左右対称に作るモノなのだが、ロキの魔法陣は左右非対称になることを一切気にせずに作られている。
「オート、もしかしてこいつ最後お持ち帰りか?」
「ううん、オデュッセウスじゃなくてベオウルフを持って帰るよ!」
「そういやベオウルフも強弓引きだったな……」
ぽんぽんと情報を喋るオートの口に飴玉を突っ込んだゼロが今はそのことは置いておけ、と言って、状況を整理し始めた。
「ロキ、ベヘモスからはドレイン出来そうか?」
「五分五分だよ。うまくいけば強化魔法を削れるけど、俺はどちらかというと出力に回したいかな」
「お前の魔力回路よりオートの方が向いてんじゃね?」
「モードレッドの魔力回路が俺の魔力量に耐えられそうにないからなぁ……ちょっと彼を使うのは気が引けるよ!」
ロキの言葉にカルは首を傾げる。その時、リンクストーンが光った。
「あ、れ? この色は誰だ、ロキ?」
「カミーリャ? ゼロ、タウアに渡したのか?」
「ああ。必要になるかもしれないと思ったからな」
カルがとにかく、とリンクストーンに魔力を流せば、すさまじい風の音がする。
「うお!?」
『あ、カル殿下ですか!? ロキ君はいますか!?』
「いるぞ」
答えてロキにリンクストーンを渡す。すると、カミーリャが珍しく早口で言った。
『ロキ君、協力させてほしい。君ならば使ってくれそうなものを持ってきた』
「……この音、アキレスのチャリオットに乗っているな?」
『ええ。到着次第みせま、す!」
リンクストーンの光はそのままに、上からカミーリャが降ってきた。タウアも横にスタッと降り立ち、さらに、モードレッド、ガウェイン、ランスロット、ベディヴィエール、アキレス、フローラ、サンダーソニアの7名が同じく上から降ってきた。加護固有魔法であるアキレスのチャリオットを解除して降りてきたのだろう。
「追い返すの嫌になる数で押しかけてきたな!」
「協力したいんです」
このまま引き下がりはしないとカミーリャはロキに目で訴えかけた。こんな風にカミーリャが言ってくることはまずないとロキも思っていたのだろう、驚いていたが、少し考えて、小さく頷いた。
「ロキ君、昨日まだ中央にいるときに長物が欲しいと言っていましたよね? 丁度いい長物を持っていたので、どうだろうと思いまして」
「……ほう」
そんな言葉を言った記憶などないが、カミーリャの言葉にロキは目をきらめかせる。カミーリャがこの件で割とがっつり噛もうとしていることにロキは気付いたのだろう。持っていたならもっと早めに言ってほしいとも思ったのだが、なぜ彼がここまでそれを言わなかったかはすぐに分かった。
カミーリャがアイテムポーチから取り出したのは、とてもではないが人間が持てる大きさのものではなかった。およそ12メートルの長物で、布が巻かれた何か。しかもそれが4本出てくる。タウアが運ばざるを得ない状況になるような代物のようで、そのタウアもかなり重そうに運んでいた。
「……これは」
「はい。巨人の投擲槍です」
布を広げた中にあったのは、明らかに巨人族サイズの投擲槍だった。巨人族にとっての投擲槍ならばこのサイズでも納得がいく。ロキ達が会ったことのある巨人族はそこまで大きくない者が多かったが、本来巨人族というのは種族、部族単位での平均身長が20メートル前後のものを言う。10メートル超えれば巨人であるのは当然なのだが、それでも、かつていた巨人族は50メートルが平均だったと伝わっている。
「こんなもの一体どこから?」
「……父はもともと、商人だったんです。西に山に籠っている巨人族がいるんですが、彼らに食料を売りに行った際に交換したものです。丁度あの鉄の巨人と同じくらいの大きさの方々でした」
それ、めちゃくちゃ君が小さい時の話じゃないかな!
ロキはその言葉を飲み込んだ。
「それはありがたく使わせてもらおうと思うけれど、いいのかい? 壊れるかもしれんぞ?」
「構いません。本来はドラゴンの表皮を撃ち抜くためのものだと聞いています」
「君は巨人族に仲良しでもいるのかな?」
「はい。今も文通しています」
とんでもない伏兵が隠れていたなあとロキはしみじみ思う。というか、そんなに自分たちと関係を持ちたいならそんな面白そうな話を何故してくれないのかとか、投擲槍をお前が持っている理由は一体何なんだとか、言いたいことが一気に増えた。
「……どうですか?」
「……オデュッセウス、あの弩を背負っている奴に撃ち込んでもらうのが一番いいと思ったんだけれど、どうだろう?」
「なるほど。加工はできますか?」
「すぐ終わるよ」
ロキが投擲槍の加工を始めたのと同時に、カルたちはモードレッドに話をつけたようだ。アキレスにも協力を願いたいと言いつつ、フローラには防御を、サンダーソニアには風から雷魔術への昇華を手伝ってくれと頼み込む。オートだけでは不安だし、送り込まれてきたレオンとアルの使い方もまだわからない。
加工が終わったとロキは言って、タウアにそのままオデュッセウスのところへ運んでもらった。投擲槍を弩に装填してみて、ちゃんと撃ち出せそうだと確認をしてみる。カミーリャが目を見開いていたのだが、ロキはそれを一瞥しただけだった。




