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2025/05/12 編集しました。
「アイゼンリッター?」
「うん、使えると思うんだ!」
ゼロが帰還してベヘモスの情報を手に入れたロキ達を前にオートが力説する。どうやら、ベヘモスは百キロメートル単位の体躯を誇っているらしく、生半可なものは魔法でも効かないだろうとゼロは言った。ナタリアの震えを抑えるようにソルがそっとナタリアの背に手を回している。
「ゼロ、ベヘモスの頭大きかったんだよね?」
「ああ。後ろまでは100メートル以上あったと思う」
頭だけでそれかよ、とセトが呻く。ドラゴン狩りならば経験していても、上級竜種を狩るのなんて初めてのことである。しかも狩ると言っていいのかどうかも怪しい。
「全体でどれくらいあったんだ?」
「38万メートル?」
「何故メートルで言った」
どうやら380キロメートルとよくわからない数字を誇る巨躯の持ち主らしいベヘモスだが、通常は上級竜種と言えば人間の言い分を聞く頭はあるはずである。交渉の場にすら立ってくれない頑固者だったのだろうかとプラムは首を傾げた。
「何故ベヘモスは我々の話を聞いてくれないのでしょうか? 交渉の余地もなかったのですか、ゼロ?」
「あれと話はできん」
「え、何故?」
ゼロに問えばスパッと答えが返ってくる。どうして、と問えばゼロははあ、と息を吐いた。
「わからないのか。ループで狂ったのは人間だけじゃないということだ。精霊をも狂わせるそれの影響を竜種が受けない道理もない」
「え、じゃあ、ベヘモスももう狂ってるってこと?」
「ああ」
何度も死を経験させられたような濁り方だった、とゼロがよくわからないことを言うので、さらに首を傾げたプラムだが、ロキはそれでベヘモスの状況に考えが及んだらしく、口を開く。
「もしかして、あのベヘモスは寿命が近いのか?」
「ああ。あんな大木が生えるようなベヘモスは千年単位で眠っている。恐らく建国前から眠ってるぞ」
「……ループで時間が進むのは竜帝だけか。交渉の余地なしという理由は?」
「竜なのに蛇のような眼をしていた」
「……」
ゼロの答えにロキが口元を抑えた。蛇の目、一体どういうことだ、と思ったプラムだが、蛇の目は瞳孔が丸いことを思い出した。竜種の瞳は通常どちらかというとトカゲのような、瞳孔が縦に細長い瞳をしているので、つまり。
「目が開き切ってるの?」
「そう言っている」
それは確かにもういかれている。ということは、今現在ベヘモスは虚ろな目でひたすらプラムに向かってきているということなのだろう。
「明日にはもう立っていられなくなるだろうな」
「アイゼンリッターで足止めして魔法で焼くのが一番効果は高いんじゃないかなあ」
「配備できるアイゼンリッターっていくつなんだ?」
「20かな。うまくいけば30」
「情報提供は役に立ったようだな」
「うん、移動速度が格段に上がってるらしいよ。あとは少しでも搭乗者に慣れてもらうだけだね!」
子供だけで作戦を立てるなんて実にばかばかしい。けれど、セネルティエの人間よりもリガルディアの人間の方が圧倒的に魔力量が多いのだから仕方がない。
「俺は今から一度気を逸らせないか試してくる。無理だったらそのまま帰ってきて戦闘準備だな」
「わかったわ」
ゼロが再びワイバーンに変じると、ロキが乗って飛び立とうとする。待て、とカルが声を出す。ロキは振り返った。
「俺も連れて行け。ゼロはロキ以外を乗せるのは嫌だろうが、許せ」
「阿呆か」
「俺は構わん」
「アンドルフたちの心労も考えろ」
「お前が死ぬのが一番危ういわ」
カルがそのまま押し切ってついていくと言い、リンクストーンの調子を確認してから飛び立つ。残されたプラムたちはもう姿を確認できる場所にまで来てしまったベヒモスを前に、国境付近の城壁へ移動するかどうかの確認をセネガル王に送った。
♢
「……でけえ」
「すさまじいな」
つい口調が崩れたロキに同意するようにカルが頷いた。ベヘモスの視界を飛んでも特に何かされるわけでもなく、尻尾さえ反応なし。これは本当にプラム以外目に入っていないのだと悟り、ロキは術式の構築を開始する。
土というか、大地属性を持っているベヘモスに基本雷は効かない。アース機能を備えているのだ。まして、威力が不十分であれば、その有り余る魔力に物言わせてすべてレジストされる可能性だってある。ロキは丁寧に術式を組んでいく。大人も舌を巻くような魔術を多く扱うようになったロキは、それでもベヘモスを止めるのは難しいと感じた。指輪に魔力を込め、ベヘモスの頭上に術式を発現させた。
「ロキ、いつの間に魔法陣使えるようになったんだ」
「少し前から長期休暇中に魔法陣を曽御爺様に倣っている」
「よくついていけてるな……」
邪魔をしないようにそれ以上は何も言わなかったが、発動した魔術は氷魔術で、それも威力のかなり高いものだったにもかかわらずベヘモスはそのまま進み、当たり前のように氷を鱗で砕き散らしていった。
「……氷は無駄だな、これは」
「蒸し焼きは?」
「ロッティ公爵が来るなら何とかなるが、それ以外ならば時間がかかりすぎて逃げ出されるだろう。やはり一番良いのは雷で内側から焼く方法か?」
「どうするんだよお前雷適性低いじゃないか」
「トールを送ってもらうわけにはいかない。モードレッドのクラレントで代用できないか?」
考えをまとめつつロキは周辺を見渡す。小さく息を吐いて、使えそうな魔法を選定しつつ自分にできる最高の状態を探している。
「今夜まで待ってみるか?」
「いや、間に合わない可能性がある。一応、雷魔法をメインに据えていくか」
「俺は何もできんぞ」
「構わんよ。俺にとってはお前が無事であることがある意味勝利条件だ」
カルとロキが言葉を交わしながらベヘモスに向かって他にもいくつか魔術を撃ってみる。カルには特に反応はないように見えたのだが、ロキは目を細め、ニ、と笑った。
「どうした」
「ドレインが効きそうだ。対策は打てる。帰るぞ」
ゼロが旋回して城壁へと戻る。ベヘモスの移動速度がなかなかに早い。カルは振り返って真っ直ぐにベヒモスの瞳を見た。濁ったその瞳がぼんやりとカルを捉える。
「待て、ロキ、ゼロ」
「どうした」
「ベヘモスの考えていることは読めないか、ロキ。お前魔物の思考大体読めるだろう?」
「魔物と竜種を一緒にされても困るんだが」
ベヘモスが何か言っていないか気になる、とカルは言った。ロキはこういう時のカルの意見を大事にしてくれる。カルの周りに大量に防御用の魔術防壁が掛けられた。こんなことしなくても竜の血筋であるカルは虚弱な人刃であるロキよりも防御力は上なのだが、そこはロキのしたいようにさせた方がいいだろうとカルも思っている。
♢
ベヘモスの頭の上に降り立ってみた3人だったが、ベヘモスは本当に3人を無視し続けた。効かない攻撃をしたところで気を引くことすらままならないということなのだろう。
ロキがそっとベヘモスの頭に直接触れる。頭の上で不安定すぎて面倒くさくなったのか仰向けに寝転がっているゼロと、胡坐で座り込んだカルとロキは身を寄せ合っていた。カルの方に少し身を寄せたロキは顔を顰めながらだんだんカルに寄りかかってくる。無理をさせているかもしれないと察したカルはそんなロキを支えるように胸に受け止めた。やるからには最後までやってくれるであろうロキを信じてのことだった。
ロキの額に脂汗が浮く。無理をするな、だけは今は言わない。ロキの濃桃色の瞳が揺らいでいる。感情がよほど揺さぶられているのだろう。べへモスが大きく一声鳴く。揺れる身体と寄りかかってくるロキの身体が冷たく感じて、ぎゅっと抱きしめた。
気付けばベヘモスの進行速度がわずかながら遅くなっていた。ロキがゆっくりとベヘモスから手を離してカルに完全に寄りかかる。
「どうだった」
「……死んでも死んでもまだ生きている」
「……」
「……気が、狂いそうだ」
入り込んできたからには見てもらうぞと言わんばかりに叩き付けられた、とロキは言った。死を自覚したにもかかわらず再び目が覚めるのは、竜にとっても苦痛だったらしいぞ、とロキは力なく笑った。
「ベヘモスの望みは?」
「……ループからの脱却」
「やはりそうくるか」
カルはロキを支えつつそっとベヘモスの上から飛び立った。
「魔力を回復しておけよ。遠いとはいえ全属性を持ってるのはお前なんだからな」
「ああ、今は甘えさせてもらうよ」
ロキが珍しく回復の指示に素直に従うのを見て、カルは事態の深刻さを改めて認識することになったのだった。




