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2025/05/12 編集しました。
「うへ」
プラムの王女らしからぬ声に、ロキ達サロンに集合した者たちでプラムの手の中にある会報を眺める。セネルティエ王立学園は学内会報を作っている。新聞は無いのだがそのミニチュア版が出ている、といった印象だ。
さて、この時期であるため何となく内容はわかっているのだが、恐らくテストの結果が載っているのだろう。リガルディア王立学園では掲示板にでかでかと全員の名前が張り出されるのでどっちもどっちだが、見やすさで言ったらセネルティエが良かろう。
「殿下、お気を確かに」
「何で私こんなに高いの……? やばい次のテストもこれキープしなきゃひぃいいいいい」
順位が高かったことで悶絶しているらしいプラムの手から会報を受け取ったアレスがおお、と声を上げた。
「1位ロキじゃねーか。アテナが1位から落ちるとか初めてだわ」
「へー。やたら記述問題が多いと思っていたけど、やっぱり俺に有利に働いてしまったようだね」
「まじか」
ロキは元来口先の上手い加護であるため、ロキがもしもその力を口頭だけでなく記述にも使えるとすれば、元になる知識が必要とはいえ、かなり記述問題にロキは有利になることになる。恐らくもともとアテナがその位置を占めていたのであろうが、ロキよりもアテナの方が時間が無かったのと、後は単純な知識量の問題か。
「ロキ、歴史の大問3、小問2のガルガーテ帝国が分裂した当時のことは何が正答だったんだ? 習った記憶がないんだが」
「ああ、あれは列強第3席と第4席と竜の話になるから正答など参考書や教科書だけでは分かるわけがないね」
「じゃあ何で知ってるんだ?」
「リガルディアの傭兵の話を記した本があるよ。人刃だったようだし、手記だったがセネルティエの王立図書館にあったぞ」
「ぬあっ」
手書き、手書きか、とアテナが呻く。リガルディアの使用する言語というのは基本的にセネルティエよりも音がはっきりしており、態度を考えないとかなり相手を侮る様な会話になる。現在、ロキ達がうまく合わせているが、地球でいうと英語とフランス語で喋っているような状態なのだ。下手をすれば文字が無くなっていることもある様な派生言語である以上、手記を読むのは実はかなり難しいのである。
「ロキ、時間が空いたらでいい、付き合ってくれないか」
「いいとも」
またマスターのところ行こうかな、と呟いてロキは小さく頷く。
「意外とオート君順位高いんだな」
「何位ですか?」
「12位」
「一学年は何人ですっけ」
「150弱だな」
結構高いねえ、とオートはちょっと嬉しそうにしながらソルはー、殿下はー、セトはー、と尋ねていく。ソルは8位、カルは4位、セトは26位とかなり上位勢をリガルディアが占めていた。
「すみません、俺は何位ですか」
「カミーリャは……あ、2位だ」
「くぅっ……」
アテナが顔を両手で覆った。化粧が落ちそうだとハラハラするプラムをおいて、アテナがなぜ会報の方を見ないのかロキは察してしまった。プラムが持っていたということは、プラムに届けるべき者がいるはずで、それがアテナだったのだろう。一度に2人に抜かれたらアテナの加護持ちともなればプライドが砕け散るに決まっている。
しかも、生身の人間に。
「……カミーリャ、つかぬ事をお聞きしますが、貴方確か普通に人間でしたよね?」
「はい、見ての通り魔力も魔術が使えるほどは持っておりません」
ちょっと申し訳なさそうなカミーリャ、それを誇らしげに胸を張っているタウアとちょっと面白い絵面が出来上がった。
「待て、カミーリャ殿、さっきの問題は解けたのか」
「ああ……実は、ロキ君が読んだという手記、俺が見つけたんです。でも俺には読めなくて、ロキ君に一緒に読んでもらったんですよ」
「そこに呼んでほしかった!」
「諦めろアテナ、あいつらがそれ読んでたの俺らが教会対策で走り回ってた時だぞ」
「悔じい゛……」
アテナがこんなにリアクションする娘だったなんて意外ね、とマーレとナタリアが笑う。アテナと言えば沈着冷静なイメージが強かったためだが、案外負けず嫌いな面があったと知って驚いたと幼馴染であるはずのエドワードまで言い始めたので、よほど冷静なイメージが強かったのだろう。
「そういえば、エドワード、マーレ嬢、ブライアン殿、教会はどうだった」
「ああ、それについては報告しようと思っていたんだ」
話題の転換をはかったカルに乗ったブライアンが4人で向かったリドルのいる教会についての話をしてくれた。
♢
旧教会へ向かったのはエドワード、マーレ、ブライアン、カミーリャ、タウアの5人で、以前と同じメンツだった。そちらの方が話もしやすいだろうという配慮のもとである。
修道院の煙突から煙が出ていて、ほんのりと焼けた小麦の香りが漂ってきた。今回も馬車で入場して途中で降り、漸く着いた礼拝堂には、リドルがいて、神子たちに何か教えているところだった。
「――ですから、欠損魔法とは、シヴァの加護により与えられた理を書き換える大いなる力なのです。……さて、皆さん休憩にしましょう。お客様がいらしてしまったので、本日はこれにて解散とします。時間になったらお祈りをしてくださいね」
「「「ありがとうございましたー」」」
リドルはキリのいいところでマーレたちに視線を向ける。話がございます、とマーレが言えば、小さく頷いて奥の部屋を準備してくれた。
タウアがいつも通り立ったまま話を聞く態勢に入り、リドルと他4人が席に着く。報告することと言えば1つだけだ。
「それで、お話とは?」
リドルの言葉にエドワードが口を開いた。
「もう御存知かと思いますが、大教会に監禁されていた教皇猊下及びその御子息を解放いたしました。それと、回帰の影響で人格に支障をきたしていた者たちの治療も行われました」
「はい。存じております。わざわざ報告に来てくださってありがとうございます」
リドルがニコニコと笑みを浮かべて答える。教会もかなり耳が早い者とそうでない者がいるが、彼は耳が早い方だったようだ。
「……本当はロキ様がいらしてくださるのが良かったのですが、流石にいらっしゃいませんでしたね」
「!」
リドルの言葉に身構えたのはカミーリャだった。一緒にいる時間が比較的長かったようだから、その間にロキの何かを聞いているのかもしれないと思いながら、エドワードは話を続ける。
「何故ロキが来る方が良かったのでしょうか? 彼とこの教会の接点などないはずです」
「ああ、そうとも言えませんよ。ヤヤンはこの教会の出身ですし」
これは、つまり、ヤヤンがロキに諭せばロキは来ざるを得なかったということだろうか。ロキならば断れそうな気もするが、この話の感じから行くと、そもそもヤヤンはロキに話していないのかもしれない。
「ロキが来るかどうかはヤヤン司祭に任せていた、と?」
「ええ。ヤヤンは回帰について全くではありませんが覚えていなかったので、覚えている私が動いた方がいいかどうか、悩んだ結果です。この教会には神子様ばかりがいらっしゃいますし、ロキ様がいらっしゃれば神子様たちとも打ち解けてくださるかと思ったのですが」
神子様たちの中には全く人の指示が無いと動けない方もいらっしゃいます、とリドルは言った。
「私はもともと貧民街の出身ですので、奴隷を見たことがございます。調教された奴隷そっくりです、あの神子様たちは」
ループの積み重ねが影響を残している、とロキ達は言っていた。神子たちにもそれが当てはまっているのだと考えれば、リドルがロキに神子たちに会ってほしいと願うのも無理ないのではないかと、思ってしまった。ここにガウェインやモードレッドがいたら、神官や巫女たちと同じ状況にあるのだと悟っただろう。
「……ただ、フォンブラウの狼――アーノルド公は回帰の中で方針を変えて変えて足掻き続けていらっしゃいましたから、皆が測りあぐねていたのだと思います。彼への否定意見を口にした者のところにロキ様は近寄りません。近付いてきたとしたらそれはその者を陥れるために探りに来ているだけでしょう。ロキ様はアーノルド公に絶対の信頼をおいていらっしゃいますから」
隣国の教会であるはずなのにそこまでリガルディア王国の住人であるはずのロキのことを知っているような口ぶりで話すリドルに恐怖を感じたのはエドワードだけではなかろう。マーレの顔色も悪くなっていた。カミーリャが口を開く。
「なぜそこまでロキ君のことを御存知なんですか?」
「……回帰の最後、次への回帰を願う女の子がいるのですよ。彼女が言ってきた事がございます。ロキ様を助けてくれ、と」
結局それはその女の子が自分に都合の良いように物事を進めるために必要な措置だったようで、私たちは利用されただけになってしまいましたが。
リドルが紅茶を飲み、唇を潤した。
「……その時に知った、と」
「ええ。アーノルド公に家を勘当されたそうですが、何かの間違いだ、と考えるのではなく、自分に何か過ちがあったのだ、父上は理由もなく俺を切り捨てる人ではない、と。彼の中では自分が全て悪くてアーノルド公が全て正しいのでしょう」
父親に全幅の信頼を寄せているのは大教会の一件でエドワードたちも見ている。確かに、ブライアンたちの目に映ったアーノルド――フォンブラウ公爵は、真面目で、子供想いの父親だった。が、同時に敵を叩ける機会は徹底的に利用してくるタイプだとも感じた。その機会を招くロキを利用しているだけと言われればそれまでのような気もしてくる。
「……俺たちは、ロキを信じたいと思います」
「ええ。それがよろしいでしょう。ロキ様は、世界の誰よりも正しいことに背く神格の加護を受けている。故に正道を彼が歩むのは至難の業です。それを回帰の中で幾度となく繰り返してきた強さが彼にはある。彼の悲劇には意味がございます。私はそこに関わる力を持ち得ませんが、貴方がたはこれから先4年の間、彼を守る手を持っていらっしゃいます。是非、己を守ることで、学友を救えること、頭の片隅にでも止めおいていただきたい」
リドルはちょっと喋りすぎましたね、と笑った。
♢
「よくそこまで詳細に覚えてるな?」
「いや、やたら鮮明に覚えている。これも回帰の影響ってやつなのかな?」
「かもしれんな」
4人の報告を受けたロキ達は少し考えた。そして気付いたのはもちろん転生者、正しくは、ゲームのプレイヤーたちだった。
「男性諸君、今のブライアンの話、たぶん高等部入ってからの貴方たちの恋愛事情に関することだから気をつけておいてね」
「恋愛かよ」
「カミーリャは大丈夫、帝国関係ないから」
「帝国以外のところが大惨事な気がするんですが」
「それは仕方がないわ! 政略結婚のはずの婚約を別に好きな人ができたからって破棄しちゃうお花畑ばっかりだもの!」
茶化して言うソルに薄ら寒いものを感じたブライアンがマーレを見る。マーレはブライアンと目が合うと、少し視線を泳がせてから、苦笑した。
「……否定は、してくれないんだな、マーレ」
「……ごめんなさい、ブライアン。でも、私の魅力が足りないのよ、きっと」
貴方に婚約破棄されたこと、10より先は数えてないの。
マーレの言葉にブライアンは、自分もまた当事者であったが故にリドルに目を合わせて滾々と話をされたのだと、くどいほどに彼が語った理由を思い知った。
「さて、暗い話は終わり! お茶でもしましょう!」
プラムが明るめに声を出した時、突然地面が揺れた。
「きゃっ……!」
「な、なんだ!?」
「地震だ!」
ロキが天井を見てシャンデリアに手を向ける。シャンデリアを吊るす鎖に魔力が走り、天井にも伝っていった。カートが動き、茶器がカチャカチャとぶつかり合って、繊細な陶器は床に落ちて割れてしまう。
「長すぎない、これ!?」
「ちょっと東北を思い出すな」
長い揺れは前後左右プラス上下と空間を揺さぶっていく。ガラガラと音がしてどこかが壊れたらしいことにプラムが青ざめる。ソルたちは慌てて全員をテーブルの下に隠した。
「タウア、扉を開けろ! 扉が開かなくなるぞ!」
「わかった」
カルの言葉にタウアが体当たりのように扉に向かっていった。タウアが明けたのは右側だけ。左の扉は既に開かなかったようである。
「……治まった?」
「……ああ」
漸く揺れが治まったのでほっとしてテーブルの下から這い出ると、ナタリアが呆然としていた。今度はお前か、とロキが呟くと、ナタリアがさあっと青ざめる。
「ナタリア、どうした」
「ロキ様、どうしよう。来ちゃった」
「……何が、」
「ロキっ!!」
ロキが泣き出したナタリアの涙をハンカチで拭いてやりながら話を聞くが、ロキは何かに思い至ったらしい。次の瞬間、別の部屋から走ってきたらしいイナンナが開いている方の扉に手をついて肩で息をしながらロキを呼んだ。
「イナンナ?」
「皆が無事か確かめないと」
エドワードがアテナとアレスと共に動き出す。イナンナは息を切らして次の言葉を紡げない。ロキはけれども、ハンカチをナタリアに持たせてその場を離れる。
「ロキ、どこ行くの」
「ギルドだ」
「どうして? 危ないわ」
プラムの言葉にロキは振り返る。
「ベヘモスが来るぞ」
地震で廊下の天井が崩れたらしく、やたら石をヒールで踏む音が響いていた。




