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2021/09/11 大幅に変更しました。
2023/03/01 カル殿下の発言について修正しました。
カルを避けないであげてほしいというアルの願いは、半ば強制的にカルがロキに会ったことによってかなえられた。本当は王子殿下が主役のパーティでの顔合わせがしたかったのですが、というロキの言葉に、アルは苦笑した。
今日は、王妃ロマーヌ主催の茶会である。社交が得意ではないながらも騎士たちと繋がりのある側妃ブリュンヒルデは、ロマーヌと共に社交界に出ることが多い。実家の爵位は高くないながらも爵位を維持し続けているので、ブリュンヒルデの実家は間違いなくリガルディアの貴族としては優秀だ。
アルの母親はブリュンヒルデであるが、アル自身が青い髪だったことなどの理由から、王位継承権は無いに等しい。ブリュンヒルデの実家も、国内の権力バランスの調整のために娘を王家に嫁がせた節があり、継承権のある子供は特に要求されていなかったらしい(とはいえ2人目は金髪なので継承権がある)。大体対抗馬がロッティ公爵家の長女では敵うはずも無かったとブリュンヒルデは言うが、本当に敵ってすらいなかったらアルにはらからの妹はいなかっただろう。
そんな話をロゼに言い始めるとずっと聞いてくれるのでいつまでも胸の内を明かしてしまうが、アルは、令息姿に姿を変えたロキも似たような性質を持っていることを知った。
「――だから、母上にはもうちょっと自信を持ってほしいんだ」
「なるほど」
王家の子供たちが一堂に会せる年齢に達したということもあって、同じ年代の子供たちばかりのフォンブラウ家が子供たちを全員参加させたので、子供の数がかなり多い。社交シーズンに合わせての開催だったこともあり、王都に子供を呼んだ貴族が多かったのだろう。
王家主催のパーティといえど、銀髪の子供は特に目を引く。しかしロキを守るように立ちまわるプルトスの姿に仰天した貴族は多かったようで、フレイよりもプルトスに攻撃が集中しているのをロキは不機嫌そうに眺めていた。助ける気はないらしいが、都合のいい奴らだ……と子供と思えぬ低音で呟いていたので、転生した人格の本性だろう。
「ブリュンヒルデ様には母上が仲良くしていただいているので、協力は是非に。しかし、ブリュンヒルデ様、なかなか思い込みが激しい方のようで?」
「うん、ネガティブなことはとにかく思い込むね。ロマーヌ様にもそこは迷惑をかけてしまっていて」
「まあ、加護の相性的に、間に割って入ってしまった状態になっているのはロマーヌ様でしょうから、ジーク陛下がブリュンヒルデ様にぶち抜かれないように立ち回りをお願いするしか」
だよねえ、と諦め半分にアルは苦笑した。せめてもの救いは、王陛下の名がシグルドではなくジークフリートだったことだろうか。アヴリオスでは、基本となった神格が同じでも、力を及ぼす神格の所属場所によって影響力が変わってくるので、名前の違いは重要だ。
王妃ロマーヌは魔術師団出身、第2妃ブリュンヒルデは騎士団出身であることもあり、比べた時にどちらの妃が優先されるというのは特にない。だが、王妃と側妃では仕事が違うので、王妃であるロマーヌの方が権力のより中心に居るのは誰の目にも明らかだ。
「ああ、君たちと喋っていると女の子が必要以上に寄ってこなくて安心するね」
「避け方なら心得ておりますから」
「アル殿下、カル殿下も、存分にお使いください」
ここで今アルと喋っているのはロゼとロキだ。本当はアルはプルトスやフレイとの会話の方が盛り上がるのだが、プルトスとフレイがわざわざ壁を引き受けてくれているというのなら、こちらで弟たちを守ることに集中したいのも事実だ。
「アルお兄様、戻りましたわ」
「もどりました!」
「ああお帰り、アイシャ、ソフィア」
「疲れたよぉ兄上ええ」
「おかえり、エリオ」
王家の子供は5人。側妃ブリュンヒルデの子、第1王子アル・ルード・リガルディア。2つ下にはらからの第1王女アイシャ・ジェード・リガルディア。王妃ロマーヌの子はそれ以下の3人で、第2王子カル・ハード・リガルディア、1つ下に第3王子エリオ・シード・リガルディア。そこから2つ下に第2王女ソフィア・ビード・リガルディアがいる。
フォンブラウで言うと、アルがプルトスやフレイと、アイシャがスカジと、カルがロキと、エリオがトールと、ソフィアがコレーと同い年であった。お付きにされるの確定ですねとロキが笑っていたのはアルだけが知っている。
茶会なのだが人数が多いので、王宮の庭園も開放して、自由に歩き回れるようにしてあった。他の公爵家の子供たちが集まってきたら、アル、アイシャ、カルは自分たちと年の近い貴族令息女を連れて歩くことになるだろう。
プルトスとフレイが令嬢たちを置いてこちらへやってくるのが見えた。視線を走らせると、水色の髪の少年、ペイルブルーの髪の少年と、黄緑の髪の少年も歩いてきていた。
「……アル殿下、アイシャ殿下、ソキサニス公爵令息とゴルフェイン公爵令息が来ていますね」
「ああ、本当だ」
「あら、もう来ちゃったのね。スカジったら、こんなにかっこいい弟君を紹介してくれないなんて、釣れないわね」
「姉上脳筋だからなあ」
じゃあ、そろそろ行くね、とアルが先に輪を外れる。フレイとプルトスがアルのすぐ後を歩き始め、水色の髪の少年が後を追う様について行った。待っていたとばかりに令嬢たちが囲み始めるのが見ていて面白い。
「じゃあ、私も行くわね。上手くカルを守って頂戴、ロゼ、ロキ君」
「かしこまりました」
「御意に」
スカジが漸く姿を現したので、アイシャがスカジに近付いて行った。黄緑の髪の少年と青い髪の少年もそこに合流して、アルとは反対側に歩き始める。これで大体どの派閥に居るのかわかるので、丁度良い派閥把握にもなっている。
アイシャ第1王女は金髪に碧眼で、王位を継いでもおかしくない容姿をしているため、アルを担ごうとしている派閥よりも潰しにくいので、ジークフリートが手を焼いているらしい。アーノルドは外交の他に国政の事も手を出し始めたらしく、首が回らんと愚痴っているのをロキも聞いたことがあった。国内の事に関しては宰相が居るのだが、この宰相がまたいろいろとやってきた一族の人間であるため、全く国王から信頼が無いという。プルトスとフレイは、書面の下読みをさせてもらえるようになったと言って張り切っているので、ロキは何も言わないことにしている。
アーノルドが動かなくても良い状態になったか、アーノルドが動けなくなって国内の事を投げたかのどちらかだとロキは思っている。前者だといいなと思いつつも、多分後者だとも思っていた。
「エリオ、ソフィア、母上たちの所でゆっくりしておいで」
「やった! お菓子食べてもいい!?」
「食べ過ぎるなよ?」
「うん! 行こう、ソフィア!」
「はーい!」
エリオが走り始めたのを見て、状況が飲み込めたらしいコレーが、トールを引っ張って王妃たちと喋っているスクルドの方へ足を向けた。聡い子である。コレーがお茶会で作ってきた友達たちもまばらについて行っているのが見える。
「カル殿下、ソフィア殿下は花は好きでしたっけ?」
「ああ。一番母上に似たな」
「なら、コレーに任せておけば間違いはないでしょう」
「すごい自信だな」
「あんなに愛らしく聡いコレーが殿下を困らせることはまずありえませんからね」
我ながらブラコンシスコンだとは思っている、とロキが言うと、ロゼがくすくすと笑った。
「殿下、私たちもそろそろお茶菓子を頂きたいですね」
「ああ、そうだな。ロゼとロキがくれたレシピで作った菓子はあのテーブルだ。行こうか」
カルよりは薄めの金髪の少年が合流してきたところでカルも歩き始める。ロキはこいつ見覚えあるなと思いつつ、公爵家ならこの家だなとあたりを付けた。
「クローディ公爵令息か」
「貴方は……ああ、フォンブラウか」
「ロキだ」
「レオンだ。……お前女じゃなかったか?」
「他言無用で」
従兄のレインと名前が似てる。王家の子供たちに最初に近付けるのは公爵家の子供たちなので、次は侯爵家だ。カルの進行方向から行き先を悟ったらしい子供たちが何人か近くに待機していた。近くにはいるが全く近付いてこようとしない青い髪の少年にロキは軽く手を振る。彼は小さく手を振り返してきただけだった。
「彼は?」
「メルヴァーチのレインです。大所帯に突っ込みたくないタイプですよ。氷属性だと聞いています」
「納得した」
カルがいつの間にかロキと打ち解けているので大人たちは驚いていたが、テーブルに到着してわっと寄って来始めた子供たちを黒髪の少年が上手く足止めしてくれた。
「あら、ゼロだわ」
「ゼロ? 彼お付きの許可下りたのか」
ロゼの声にそちらを見たカルが驚いたように身を見開く。ロキがまだお試しですが、と小さく答えて、食べてみたいお菓子を皿に取って移動を再開する。テーブルまで持って行って、ロキがさっさとカルを椅子に座らせ、椅子の空きを埋める。こうしないと寄ってくる子供たちが多いこと多いこと。フレイたちから前情報を貰っていて本当によかった。
「毎度こんな状態なんですか?」
「毎度だぞ」
「今年からは1席も空かなくなって安心だ。なあ、ロキサマ?」
「レオン、厭味言わないの」
ロゼがレオンに注意をすると、レオンは椅子にもたれかかる。
「まあ、存在自体は分かっていたのにいつまでも顔を出さなかった俺に対して、男であるという理由でカル殿下を一身に守っていたであろうレオン様の苦労は報われてしかるべきものだと思いますよ、ロゼ」
「……そっか、レオンも公爵家だから5歳の貴方の誕生日パーティに参加してたわね」
「というかこれだけ喋るってことはお前転生者だな。まともそうでちょっと安心したけど」
レオンが身体を起こしてクッキーに手を伸ばした。ロキ的にちょっと聞き捨てならない台詞が混じっていた気がするのだが。
「……まともじゃない転生者に会ったことがあるんですか?」
「わたしがひろいんだ、とか、馴れ馴れしくカル殿下に抱き着こうとするぱっぱらぱーな頭のお嬢さんならいたよ」
「……何がどうしてそうなった???」
「ごめんロキ、私その茶会行けなかったの……」
「ああ、あの茶会はロッティ家は急にこれなくなったと聞いていたが」
昨年のスカジの誕生日パーティの時にやった報告会で、ロゼの母親が晶獄病を発症している可能性をロゼに示され、慌ててアーノルドとデスカルに報告したことを思い出す。ロゼは多分母親が倒れた時茶会より親の傍に残ることを選んだのだろう。
「母が晶獄病らしき症状で倒れまして」
「叔母上が!? ……今は? 息災か?」
「はい、ロキ様に相談したら、ロキ様の晶獄病を緩和していた薬をフォンブラウ公爵から頂けまして、無事快方に向かっております」
「良かった……」
カルはほっとしたようだが、レオンはぎょっとしたように目を見開いていた。ロキはちらとレオンの方を見る。レオンはロキに視線を移した。
「……お前、病気だったの?」
「療養のため基本屋敷からは出られなかった。その分、今後しっかり殿下を守らせていただくよ」
「……無理するなよ?」
「じゃあ物理はお願いしようかな」
このころのレオン様まだひねてないんだ、と、こっそりソルとヴァルノスが話していたことを追記しておく。
♢
茶会も終盤に差し掛かった頃、カルのテーブル近くもだいぶ落ち着いてきていて、もうすぐ入学なのに自分だけ魔力が少ないとレオンが落ち込んだり、ロゼが自分もだと墓穴を掘ったり、ロキが魔力でテーブルの上に兎を跳ねさせたりしていたところに、ストロベリーブロンドの少女が走ってやってきた。
「カル様! お会いしたかったですぅ!」
レオンの顔を盗み見たロキが、ああこいつか、と納得してロゼを見た。ロゼは唖然と口を開けて固まってしまっている。
少女はそのままカルに飛びつこうとしていた。ロキが椅子を降り、少女の足を引っ掛けたのを、何人の子供たちが見ていただろうか――いや、見えていただろうか。
「きゃっ!?」
少女が倒れる前にロキが少女の手を掴んで助け起こす。ロキは無表情だった。
「大丈夫ですか、レディ?」
「はわ……」
口元を手で覆った少女は顔を赤くしている。ロキは無表情ながらも微かに気遣いの色を浮かべて、少女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「はっ、はいっ! だいじょぶですっ!」
ロキが少女を立たせると、少女は慌てて名乗った。
「あっ、名乗り忘れて申し訳ございません。私、メアリー・ハンティアと申します」
「そうですか。私はロキといいます。足を挫いてしまわれたようですね? 良ければお連れしましょうか」
「えっ、ありがとうございますぅ……でも、お茶会は良いんですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。怪我をした貴女をこのままにしておくのが一番良くない」
「はぅ……ありがとうございますぅ」
ロゼの目が死にかかっているのは気にしたら負けだ。カルはレオンがロキの対応に目を見張っているのを見ていた。
ハンティアといえば男爵だ。公爵令息であるロキより先に名乗るとかありえないとか、そもそも王子に抱き着くなよとか、言いたいことは色々あるのだが、何より、ロキが迷いなく彼女に足を掛けて転ばせてから手を取ったことが信じられない。普通はこんな礼儀知らず触りたくも無いと嫌う者すらいる中で、カルがターゲットにされていたとはいえ、なんだろうこの違和感と既視感は、と。あと早業過ぎる。
「……ロキは後でお説教だわ」
「ロゼ……」
ロキが少女を送り届けに姿を消した途端、ロゼが口を開いた。
「ロキ、あいつ自分の顔の良さを分かっててあれやってるでしょ」
「そこは間違いないわ。ちょっと芝居がかってたのは、元々ああいう演技が好きだったからだと思うけど」
「公爵家の子供がやっていい動きじゃないよあれ」
レオンがロゼに同意している。その内戻ってきたロキは、ゼロに濡れタオルを所望し、椅子に座り直した。
「ぶえー、疲れた。なんだあのお花畑は」
「さっき話してた頭の悪い人」
「あれがか。ハンティア男爵家は何をしているんだ。ちょっと成功したくらいで、あんなのがのさばってたら御取り潰しもやむなしだぞ」
「ロキ様の素ってそっち?」
「ああ、悪い、結構口が荒くてな」
「いいよ、そっちのが話しやすいし」
疲労困憊とまでは行かずとも、少なからず疲労が溜まってしまったらしいロキに、ロゼとカルがせっせと菓子を皿に並べてやる。他のヒロイン早く調べなきゃ、とロゼが言っていたので、カルはぼんやりと、先程のストロベリーブロンドの少女がロゼとロキの考える危険人物だと悟った。
だが、何故だろう。
あの少女とは、これからも会う気がしてならないのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




