11-40
2025/05/10 編集しました。
「では、御用がございましたらお呼びください」
「ええ、ありがとうございます」
「ありがとう、レディ」
「ありがとうございます」
「失礼します」
案内をしてくれたギルド嬢が去っていく。
それなりの部屋かと思っていたら、最高級の部屋だった。カオリはもう倒れそうだ。相手の格がこれだけでとんでもなく高いことが証明されてしまった。最低でもリガルディア王国の伯爵子息以上ということになる。今までの行動に何か失礼にあたることは無かろうかと必死で頭を巡らせる。現役大学生だったカオリにはまだ社会に出るためにスキルは圧倒的に足りなかった気がする。何せまだ3年生だった。4年生だったらまだちょっと違ったかもしれないが。
そんなことをカオリが現実逃避として考えている間にリョウはそのフードを取って、掻き上げた銀髪と目元まで陰で隠れていた顔を見せた。ランスロットの美貌が眩むほどだ。カオリは視界にその顔が入って最初驚いて飛び上がった。
「!?」
「ああ、リョウでございます、千羽様」
こんな美貌なら、なるほど顔を隠す。さっきも思ったはずだが規格外に顔が良かった。いや、見れる程度の顔ではあるのだが、色彩があまりにその美貌に合いすぎているというべきか。髪は純白の絹のようで、瞳が宝石のようにガラス質の光沢を放っている。見間違いじゃなかった。無機質な美しさというのがしっくり来る。こう、まるで光を当てた黒炭の中にたった1つだけダイヤモンドが混じっているような感覚だ。やたら目を引く。
「なん、か……ものすごく、目立つ容姿ですね……」
「はい。私の種族はこのキラキラした瞳と髪がデフォルトなのですけれど、こちらに来てあまりに自分たちがきらきらしいことに気付きまして、これでもかなり抑えた方なんです」
苦笑を浮かべたリョウは貴人という感じはするが、ドぎつくもない。しいて言うなら雰囲気貴族。とにかく、普通の貴族としてカオリが知っている者たちよりよっぽど話しやすい雰囲気を持っている。顔を見てもこれなら何とかなりそうだ。
「それで抑えた方とは……」
「私は魅了持ちに体質が近いのですよ」
「なるほど」
カオリには魅了耐性が一応あるため、そこまでか? という感覚を抱くに至っていたようだが、本来はもっときらきらして見えてしまうようだ。リョウと名乗った少年がソファに座って用意された紅茶に口をつける。その仕草がなんとも美しくて、つい見とれた。
「……それで、リョウ様。ここに来たということは、本名を教えてくださるのですよね?」
「ロキです」
「……ロキ? あ、申し訳ございません!」
加護持ちか、と理解するに至り、つい呼び捨てにしたことを慌てて謝罪する。構いません、とロキは笑った。
「今までと俺はだいぶん雰囲気が変わってしまうので、世渡り上手と言って誉めてくださって構いませんよ?」
「おお……この悪戯ガキっぽい雰囲気……」
カオリの口をついて出る本音にカオリは慌て、ロキは満足そうに頷く。口調も戻します、と言われたので頷き返せば、ロキは尊大な物言いになった。
「では、本題に戻らせてもらいましょう。もっと多くの素材を自分の手で加工してみたいとは思いませんか、カオリ嬢」
一番カオリが揺れた部分を突き回してくるあたり、人をしっかり見ているタイプだと理解する。ランスロットは見守るだけに徹するつもりらしい。静かに紅茶を飲んでいた。
「……その気持ちも本物ですが、この街から動きたくないのも事実なんです。お願いします、諦めてください」
「最初に受け入れられたことに対する感謝でここに残るというのならば、無駄です。貴女の今の技術力だけではこの街を守ることはできない」
「……なんですって?」
そこまで大それたことを言うつもりがないのは事実だが、何故外国人であるロキにそこまで言われなくてはならないのだろうか。カチンときたカオリはロキを睨んだ。
「この街は今未曽有の危機に瀕しています」
「……それなら早く王家とギルド長にお伝えください。私1人でどうこうできる問題ではないかと存じます」
「魔物が相手です」
「……」
魔物が相手ならばカオリに話をするのはわからなくはないが、でもギルド長にも話をするべきだろう。そう言おうとして口を開きかけたカオリを遮るようにロキが再び口を開く。
「べへモス」
「……な」
べへモス、と聞いて、カオリはすぐに山脈竜、と連想した。伝説としてしか語られない巨体を誇る竜。しかしそれならば余計にどうして自分に言ってくるのかわからない。それこそ王家が対策を講じるべきだ。
「……余計に分かりません。どうして私に言うのでしょう」
「……実はですね、この、ベヘモスの来襲というのは、確定事項ではないのです」
「……」
なるほど、それならば王家を動かせないのも納得である。確定事項ならばいいが、自然災害で国を移動せねばならないようなことには普通、ならない。国ごとの移動なんて、確定事項であっても対策できることではないのに、踏み潰されるのを待つ謂れも無いということか。
「でも、王家には知らせるべきでしょう?」
「……既に知らせてあります。でも、今からの準備期間がどれくらいあるのかも分からないんです。対策はすべて打っておきたい」
「……それで、私のアミュレットに行きついた、と」
「はい」
事情は分かった。そして彼も自分の方に引き込めればと思っていたようだが、所詮冒険者で平民のカオリについての重要度は高くない。ベヘモス戦に向けての準備にカオリを専念させたいのだろう。そしてそれは恐らく、ランスロットが証人になるのだ。だから彼は一切口を出さずにこの場で茶を飲んでいるのだ。いつも背負っているはずのギャラハッドは今日は誰かに預けたのであろう。
「……私はその注文を受けても貴方の方へは行きませんよ?」
「構いません。こちらとしても確定でいらしてくださる方とそうでない方に対する対応は変えざるを得ませんので、助かります。今からお渡しする材料で、ある限り、作ってください」
「……わかりました」
持ち込みした人を優先すると言ってしまった以上、ここで手渡されたら優先せざるを得ない。その場でロキは魔物の素材を大量にカオリの前に置いた。アイテムボックスからそのまま出したのだろうと思いつつ、きちんと整理されて袋に詰められている材料を見て、カオリは目をむいた。
「コカトリスの尾羽!? Bランクの魔物じゃないですか!」
「実家によく出ていたし、学園の敷地内でもたまに出ていました。こちらでは全くと言っていいほど遭いませんが」
「うぅ…私確実に加工できるのCランクなんです。Bランクの魔物とかこっちではあまり出ないので」
「構いません。練習台にでもお使いください」
「はっ?」
ああ、やばい。カオリは思った。
これ、こちらの良心の呵責を狙っているパターンでは。
資金を出すだけではなく材料の持ち込みをさせているのがこんなところで仇になるとは。制度は使いようなのだと改めて認識したカオリである。とにかくこちらの頭で考えつく程度のことならば既にロキ自身が全て対策を打っているのではなかろうか。
「くぅっ……こんなことをしても揺れませんからね!」
「揺さぶれればなお良いと思っておりますが、本心からです。貴女に、我が主――カル・ハード・リガルディアのアミュレットも製作していただきたいと考えておりますから」
ひどいと思う。ここで王族の名を出すのは。
そうだった、とカオリは思い出す。
リガルディアの学生が留学に来ているという話が、あったはずだ。であれば、その時迎えられたうちの誰かであるはずのこの目の前の少年は、あれ?
何でこの子は動いているのだろう、と思った。本来国に帰るなりなんなり対策はあるはずである。でもすぐ気付いた。危機が訪れるのが確定事項でない限り、同盟国でありながら留学の取りやめなどは外聞が悪い。貴族の学校の話だ、政治に絡むのは致し方ないのだろう。
ヘルハウンドやバジリスクといった有名どころや、あまり知られていないが危険度の高いブラッドサイス・スパイダー、その他まだランクの低いロックウルフやウィンドウルフ、ロックラビットなど様々な種類の魔物の素材と共に、小白金貨を3枚置いて、ロキは頭を下げてきた。
「ひとまずこれでお願い致します。足りなければ言ってください。追加料金はいつでもどうぞ」
「わ、わかりました……」
白金貨など初めて見た。それをポンと出していったロキに驚き慄きつつ、カオリは依頼を受諾するに至った。
なお、カオリの受けた依頼は無事効果を発揮することとなるが、それはまた後のお話。




