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2025/05/10 編集しました。
今日もギルドは繁盛している。おかしな言い方ではあるが、まあ、あながち間違っていないと思うのでそれでいいかと思うカオリである。視界の端にフード付きのローブを着た少年と、よくギルドを訪れているランスロット、モードレットの姿が映り、自分の客が来たことを理解する。しかし顔を隠しているのは悪手だとカオリは思った。ギルドはそういうのを嫌う。顔を隠すような相手とは取引しない。ランスロットとモードレットもローブを着ているのである程度は上手く身分を感じさせない姿になってはいるが。
ギルドに人の出入りが一旦少なくなるのが昼間である。その時間を狙って相手は来ると言っていたから、この時間帯は少し早い。恐らく、あまり圧迫感を与えないでギルドの雰囲気も知っておきたいとかいうタイプだろう。であるから、自分と話したがっているのはローブ姿の少年だろう。歩き方で男と判断しているだけで、背格好は女でもおかしくはないくらいだった。ランスロットが割と大柄であるから、余計に。
時間の20分前には店仕舞いをして、話し合いのために奥の個室を借りる。すると受付カウンターから「すでにあのフード付きのローブの方が借りておられますよ」とお客様対応されたので驚いた。
ギルドの集会場では食事が出る。カオリが近付いていくと、どうやら結構な大人数で来ているらしいことに気付いた。ローブ姿は気を引くためもあったのかもしれない。フード付きのローブを着た少年は、カオリが近付いてきたことに気付くとまず軽く頭を下げた。
「初めまして。本日はお忙しい中、御対応いただきありがとうございます」
「……こちらこそ初めまして。千羽香と申します」
「リョウとお呼びください」
貴族だと思っていたのでいきなりの丁寧な対応に驚いた。そして、何より。
なぜ彼が顔を出さなかったのかを察した。
フードの中身の、顔が、良すぎる。見目が整いすぎている。そして、銀髪だった。銀髪であれば髪を隠すのは当然だろう。魔術での偽装をしてこなかったということは、変装を不誠実と考えているタイプ、または状態異常に異常なまでの耐性があり、自分の意志に関係なくレジストするか、どちらかと考えられる。
「お食事はどちらでお召しになりますか?」
「こちらでも構いません。ギャラリーがいた方がいいならば慣れるまではこちらでと考えています」
「お心遣い感謝いたします」
営業スマイルなのだろうが、顔が良い。リョウを名乗った彼は、貴族にありがちなとにかく顔が良いタイプであるようだった。
「すんません、鶏のローストとサラダと――」
モードレッドが全員分をまとめて注文し始め、カオリもギルドの者たちも驚いた。普通は1人前としてコース料理を貴族は頼んでいくのだが、庶民的な階級の者なのだろうか?
「私、あまりフルコース得意ではないんです」
リョウが苦笑を浮かべてそう言った。聞けば、もともとかなり大食いで、フルコースのように少量を長い時間かけて食べる食事が苦手なのだという。それに皆でワイワイするの楽しいので、と語る、貴族としてはなんだか女性的な柔和さを感じながらカオリはリョウと話し始めた。
「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何なりと」
「何故私のことを?」
「ベディヴィエール様とランスロット様に聞いたためですね」
ベディヴィエールとランスロットのことである、良い人材がいることをつい言ってしまったか、アミュレットか何か自分に縁のあるモノの話でもしていて話題に上がってしまったのだろう。もともと専属にならないかと誘ってきたランスロットのアラゴ伯爵家の申し出を蹴っても紳士的に場を収めてくれたのはランスロットだった。
「……私は、私を受け入れてくれたこの下町のために働きたいのです。ここから出ることは考えられませんし、外国に行くようなことを考えたことはございません」
「……そうですか」
リョウは残念そうにそう答える。あまり深追いしてくる気配がないが、油断はできないと思った。こういうタイプは最後に何か重要なことをボロッと零して釣ってくるタイプだとカオリは確信していた。
「では、せめてこちらからの注文を優先していただくことはできないでしょうか。そのための融資であれば仰ってくだされば何なりと」
そう来たか、と思った。要はお得意様になってやる、金は出すから優先権を回せと。
「申し訳ございませんが、私の作成できるアミュレットは材料持ち込みの上製作費を支払っていただく形になります。優先的に作るのは持ち込みの方のみです」
にこりと笑って返す。相手も貴族だ、外国人よ諦めろという意味だと分かってくれるはずだ。カオリの笑みに何を感じたのか、リョウは困った表情になった。
「……できれば、AAランク相当のモンスターの材料でお願いしたかったのですが……それだと厳しそうですね……」
「AAランク!? ちょっと待ってください、それセネルティエの魔物じゃないですよね!?」
リョウの言葉に周りまで目をむいていた。カオリだけではない。セネルティエ王国に分布している魔物は基本的に最高でもBランクがいいところなのだ。Aランクと言ったら、もっと東の国――それこそ、リガルディア王国のような。
「あ」
カオリは気付いた。外国人だと言っていた。行商人が多いから、珍しい魔物の素材を使ったものを買っていく西の国のことばかり考えていた。違うのだ。この、目の前の少年は恐らく。
「……まさか、リガルディアの方ですか?」
「はい」
柔和な笑みを浮かべたリョウの瞳は、いたずらが成功した時のような、面白がる光をたたえていた。その瞳は、人の瞳とは違う、やけに煌めくガラス質。
カオリは考える。リガルディア王国といえば、とんでもなく珍しい魔物の宝庫であり、ポピュラーな魔物も多いがその大半が強力な種類に限られることで有名な、魔物と人類の最前線に位置する国家である。
国民の大半は微弱であれど魔力を持ち、強力な者になると平民であっても貴族を凌駕する魔力量を誇るという。ワイバーンを片手で捻る女傑、グリフォンに認められた少年、ドラゴンと契約を結ぶ竜騎兵、死者が出るほどの魔物の大量発生する森に覆われた土地を治める貴族、魔物に埋め尽くされた街道のあった土地をたった1騎で国境付近までぶち抜いた騎士、軍神の壁を守る人間たちの最後の味方。
リガルディアの人間に欲されるということは、それだけ重要視されていることを示し、かつ、リガルディア側が重要性を感じるほどに状況が動いていることを示すに他ならない。
そして、カオリの中には実は未練と呼ぶべきものがあった。
セネルティエ王国内の魔物の素材は大半を捌いてきたカオリにとって、自分の技量がどこまで通じるか試したいという欲求は確かにあったのである。セネルティエ王国内の素材はほぼすべて扱えるレベルに達した。扱う機会が少ないため若干不安なのはBやCランクの素材だが、リガルディア王国へ行けばそれも寧ろよく扱う素材になるだろう。試したい。
「うぅ……」
「ふふ。根っからの職人だったみたいですね」
「くぅっ……」
外国へ行く気はなかった。東は危険だ。でも、そこへ安全に行ける可能性があるのなら、寧ろ乗ってしまう。リョウは眦がキリと吊り上がっている顔からはちょっと想像できないレベルでほにゃっとした表情を見せた。つい可愛いと思ってしまったカオリだった。
食事を終えたタイミングでリョウが視線を黒髪で黄色と赤のオッドアイの少年に向け、その少年がカウンターへと向かっていった。本格的な話はこれからなのだろう。いや、既に大半している気がするし、このままだと皆の援護を受けられなくなって押し切られる気がする。大人たちの視線はカオリが自分を高めることに余念がないのを知っているからか、温かいものになっているし、逆に子供たち――特にリッドの視線は泣きそうなものになっていた。うまく断る自信がない。
「部屋の準備ができました」
「ありがとうございます。行きましょう、千羽様」
「はい……」
あれ、とふとカオリは思った。
今、千羽ってちゃんと聞こえたような気が。
案内してくれるギルド嬢の後をついて、リョウ、ランスロット、カオリは並んで歩いて行ったのだった。




