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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ王国留学編 1学期
306/376

11-38

とある冒険者の話


2025/05/10 編集しました。

セネルティエ王国。多種族国家。それは、転生者や転移者が生きていくのに適した国と呼び変えることができる。セネルティエ王国以外にも、もっと強大な国家が山脈を越えた向こうとはいえ隣接しているので、そちらに流れる者も少なくはないが、少なくとも、彼女はセネルティエ王国に留まっていた。千羽(せんば)(かおり)という名の冒険者。冒険者を名乗るにはまだまだ弱いが、セネルティエ王国内で活動する分には十二分に間に合っている。


「よう、カオリちゃん。今日も朝早くからお疲れ様だな」

「どうもです、ザックさん。今日は私にお客様がいらっしゃるらしいので、午後は店仕舞いなんですよ」

「なんだと」


早朝、土木工事やら水路の清掃やらの雑用かつ難しくないクエストを受けに来た一般平民が溢れ返っている。ここでいう一般平民というのは、戦闘をメインに据えて生活している人ではないという意味であるが、逆に戦闘をメインに据えていると、これもまた少々呼び方が変わってくる。騎士、兵士であればどこかに所属があるという意味で、戦士は単純に戦闘する人、という意味になり、傭兵は読んで字の如く。冒険者は戦士職以外にもいる戦闘を担う者たちへの総称ということになる。


ザックはカオリが知る中では最も強い冒険者であり、カオリたちでは知ることができない情報を持ってきたりもするので冒険者ギルドでも重宝されている男だ。気さくなゴリラといったいでたちだが、年齢的には既に現役引退ごろに差し掛かっているとも聞いているので、このまま冒険者ギルドの役員にでもなるのだろうと思われている。黒っぽい髪は短く刈り込んで、武器は片手斧だった。


「今日カオリちゃんに客が来るってんなら、話は明日がいいかぁ」

「どうしたんですか?」

「ああいや、ちょいと大教会で魔物が出たらしくてなあ、大半は狩っちまったらしいんだが、まだ残ってるかもしれねえってんで来てくれと依頼があってよ。2の鐘が鳴る頃に大教会の裏門に集合するようにって教皇様からの依頼だ。黄金級以上は皆出払っちまうんだよ」


カオリにとってそれは寝耳に水で、いきなり実力者のほとんどが大教会で魔物総浚いしますなんて初めて知った。どれくらいの魔物が出るのだろうか。相手のレベルが分からないことにはどうしようもないが、カオリならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そういう時に私のところに来なくてどうするんですか!? アミュレット作ります! 黄金級6人、霊銀(ミスリル)級3人で9つですか?」

「そうなるかな」


何に対して付与しても一度だけなら死を免れる。すさまじいまでの特化型エンチャント。カオリは自分の店の支度をしてさっそく9つのアミュレットを作り始めた。


2の鐘まであと半刻ほど、となったところでカオリがアミュレットを渡そうとしている9人がギルドの集会場に揃う。そのころになると冒険者の出入りが一気に増えた。カオリは大体2の鐘を地球でいうところの午前10時頃と認識している。人の出入りが増え始めるのがこのあたりだからだが、冒険者ギルドは人の往来が案外多いためか、2の鐘よりも少し早めに人の出入りが増えるのだ。


「一応全員分作りました。超特急で作ったので見た目はあれですが」

「カオリちゃん心配性だなあ」

「テッドさんは危機感が無さすぎると思います」


カオリが特急で作ったというアミュレットは木製の御守りで、ひとつひとつの大きさは5センチ程度しかない。素材が良ければ良いほど作成に時間がかかるので特急だとこうなってしまうのである。


テッドと呼ばれた冒険者は黄金級であり、実力は確かだ。しかしそれでもカオリは心配する。冒険者に絶対という安全がないことをカオリは知っている。だからこそカオリは冒険者ギルドに足を延ばし、わざわざ材料の持ち込みまでしてもらったうえで一撃死回避をアミュレットに付与している。


完全な善意だけだとは言わないが、それでもかなりカオリは善人だった。その時持っている本人の命を確実に一度は守ってくれるのだから、重宝されないわけもなく。王家にその噂が届いたことをカオリが知ったのはもうかなり彼女の存在がギルドを通して冒険者たちに広まった後だった。


カオリはどうにかして今の生活のままでいたいと考えた。交渉に使えるものも特段多くはなく、保護したいと言い出す貴族が多くて交渉は難航したが、金と国内に発生する魔物退治に関する戦力の大半を実質握っていたカオリに対し無理を通すことができる者はいなかった。


「じゃあ俺らは行ってくる」

「怪我すんじゃないぞー」

「わかってるっての」

「お気をつけて」

「カオリちゃんもなー」


ギルドで上から9人の実力者が大教会の魔物討伐に向かい、ギルドに居た者たちで見送ってから、俄かに忙しくなり始める。ここのギルドは商業ギルドとは別館に分かれているため大丈夫だが、商業ギルドではなくとも、魔物の素材集めや魔物の討伐のクエストを受注するために足を運ぶ者が多いのだ。魔物が発生する土地は魔力も豊富である。魔力を利用する国家にとっては魔物は切っても切れない存在と言える。


カオリが開店準備を済ませて、2の鐘が鳴る頃から本格的に街が動き始めるのと同じくして、ギルドも動き始めるため、ギルド内は騒がしくなっていく。セネルティエ王国は子供の魔物狩りを推奨しておらず、基本的に登録しているのはカオリからすれば子供だが既に15歳を越えた者がほとんどだ。


「カオリさん」

「はい、いらっしゃいませ。あれ」


ギルドのカウンターの横にある売店、そこに併設という形でアミュレットを売っているカオリは、自分の目の前に現れた少女を見て驚いた。つい先日アミュレットを買いに来たので既に作っている安いアミュレットを勧めた子供だ。


「もしかしてもう壊れちゃった?」

「ううん……リッドに盗られちゃいました……」

「そっか」


ああこのタイプか、とカオリは心苦しくなる。カオリのこのアミュレットは非常に価値が高いため、本来の値段を考えるととても子供が買えるようなものではない。けれど、街中には魔物が現れなかったとしても、貧民と呼ばれる者は存在する。そんな者たちを守る一助になればと格安で売っているのだ。


が、一度使えばなくなるそれは、消耗品に分類される。こちらに来てすぐ、カオリは一度同じ目に遭った。転売という形で、自分の考えたものを最悪の形で利用された。自分の作ったものにそれだけの金を生み出す効果があることは嫌というほど思い知った。だから管理が行き届きやすいようにギルドにお願いして転売したものは異常に高く値段を釣り上げた者に限って厳罰対象に入れてもらった。そのせいで嫌がっていた貴族との接触が多くなったのは苦い思い出だが。


契約魔術という方法で縛ればいいととある貴族には言われたが、人が死ぬようなことはしたくなかった。契約魔術は違反した者に罰が下る。その際死ぬ場合もあると聞いたため、丁重にお断りしたのだ。


彼女がリッドと呼んだ存在は、カオリが転売の金額制限を付けたことで、その金額制限ぎりぎりを狙って転売して回っている子供のことである。彼のところは姉弟が多いから、そして親も母親だけと経済的にかなり厳しいのだ。父親が衛兵で、街の人間を庇って魔物との交戦で亡くなったため、周りも親を亡くした彼らに強く言えない状況だという。


たまに魔物を狩ってしっかりお金を稼ぎ、普通に素知らぬ顔でカオリの店でアミュレットをいくつか買っていくのでカオリも強くは言えないが、金が必要な事情があるのだろうとカオリは踏んでいた。もしかしたら母親が病にかかっている可能性もある。


「人の物を盗るなんて駄目ね、リッド」

「げ」


丁度視界に件のリッドが目に入ったのでカオリが言うと、リッドは少女を見て事情を理解したらしい。


「別にいいだろ、盗られる方が悪いよ」

「盗賊のスキル持ってるリッドの方が有利じゃん!」

「盗み防止のエンチャントでもしとけばいいじゃんか! カオリの店で売ってるんだし!」

「高くて買えないもん!」


幼馴染であるらしい2人の口論を聞きながら、カオリは苦笑を零す。まだリッドの腕にはアミュレットがあるから、用事はカオリに対してじゃないはずだ。王都付近の魔物はそこまで強くないが、魔物は魔物。金になるほどのモノを狩るとしたら、午前中から出ていなければ厳しい。


「ほら2人とも、もう口論はやめな。私も午後からお客さん来るから午前中に稼がなきゃいけないんでね」

「あ!」

「え、そうなんですか?」


リッドは事情を知っていたような顔で、少女は初耳という顔だ。閉めちゃうの、と少女の身体から力が抜けた。リッドが前のめりになってカオリの方に顔を近付けてくる。色の薄い赤紫の髪はこのあたりでは珍しいから、恐らく地毛だが魔力のせいだろうと考えられる。


「カオリのそのお客さんって、外人だよね?」

「うん、そう聞いてるよ」


耳が早いな、と感心しているとリッドは青ざめた。どうしたのだろうかと思っていると、震えながらリッドが口を開く。


「カオリ。外国行っちゃうの……?」

「あー……いや、行く気はないよ」

「本当に!?」


まあ、稼ぐための伝手が一つ減るのは痛いわなあ。そんなことを考えつつ、リッドに聞かれたことを短く答えた。


「カオリのこと使えそうなら連れていきたいって、その人言ったらしくってさ」

「あー、貴族かぁ」


そういう尊大な物言いならば貴族だろう。しかも外国の貴族か。断る理由を理解してくれるかどうか。リッドたちと長く話し込んでしまったため待っていてくれた冒険者たちが並んでいるのが目に入り、カオリは慌ててリッドと少女を一旦退けると客の相手をし始めた。


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