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2025/05/10 編集しました。
「ロキ、アーノルド卿!」
「カル」
ロキたちが廊下に出たのが見えたらしいカルたちが飛び出してきた。アーノルドが単独で騎士や兵士たちを薙ぎ倒してしまったので、ロキたちが戦闘をすることはほとんどなかったが、カルたちの方はセトとナタリアの闇の魔力が炸裂しまくっていたらしく、カルがいるにも拘らず纏っている闇のマナが多かった。若干金色蝶の服が赤茶けているのは、恐らく――いや、確実に魔物の返り血だろう。
「そちらも大変だったな」
「全くだ。裏側から入ることを前提として警備されていた気がする」
「ループを覚えている神官が多そうだから、そのせいだろう」
カル班の者たちが廊下の曲がり角から全員で姿を現し、ソルがほっと息を吐いた。ロキはあまり魔術を行使しなかったが、向こうは殲滅できる大人がいなかったのだから、必然的にセトやナタリアに頼ることになっただろう。特にカミーリャは身体強化もできない魔力を扱えない人種である。とはいえ、タウアがいるから決定的な危うい場面はなかったのだろうが。
装飾の多い木製の扉を開けると、鮮やかな赤いカーペットと豪華なシャンデリア、その明かりの下に壮年の男がソファに腰かけて本を読んでいた。紺色の髪と紫紺の瞳が落ち着いた雰囲気を纏わせる人物である。
「父上」
「……ああ、トリスタンかい」
トリスタンが声を掛けると男は本から視線を上げ、トリスタンを視界に収めると破顔した。トリスタンが男の腕の中に飛び込んでいき、頭を撫でられ始める。あまり時間がない、というほど慌てるわけではないが、プラムたちはいつ兵が来るかとそわそわしているので、ロキはプラムを促して2人で男――教皇ジュードの前に立つ。
「トリスタン、彼らは?」
「我々の現状に胸を痛め、救出に来てくださった貴族の方々です。プラム王女殿下と、ロキ・フォンブラウ殿です」
手紙のやり取りが1年ほど途絶えていたロキの方は、神子であることを明かしていなかったため銀髪であることを驚かれるかと思っていたが、そうでもない。表情の変化は読み取れず、むしろ知っていたような態度だったので、ロキは、この男はループを知っていそうだ、と思った。
「まさかリガルディア王国の貴族の方がいらっしゃるとは思ってもいなかった。礼を言う」
「文をやり取りする程度には親しくさせていただいておりましたので、当然のことでございます」
ロキは膝は着かずに礼をしているだけだ。リガルディア王国の貴族は数年前にカドミラ教徒を貴族街出禁にしてしまったため、現在はほとんど繋がりがない。礼を尽くすのが通常とはいえ敵対者相手に礼は最低限で良いだろう。
「……して、ここから出た方がよさそうであるな」
「はい。父上、こちらです」
トリスタンが教皇の手を引いて部屋を出る。部屋の外はアーノルドによって殲滅された兵士と騎士が捕らえられて転がされており、教皇はアーノルドと視線を合わせた後、小さく礼を口にしてアーノルドらが上がってきた階段を降り始めた。
ロキは部屋の外に出ていき、プラムはアレスとアテナを傍に呼んでこれからの予定を確認する。
「まずはこのまま教皇様とトリスタン様を王宮に上げて、安全の確保を行います。次に、トリスタン様を王宮で保護したまま、教皇様だけこちらに戻っていただいて、こちらの取りまとめをしていただきます」
「はい」
アテナが静かに頷いて、プラムの指示に従う。アレスはこの後の予定をアーノルドに伝えに向かい、ロキは少し考えて口を開いた。
「プラム殿下、事前に打ち合わせた通りの文面で良いかと存じますが、トリスタン殿は保護に何らかの理由付けが必要になるかもしれません」
「え?」
ロキの言葉にプラムが目を丸くした。何故、と問えば、ロキはわかりきっていることを聞くなと言わんばかりに息を吐いた。
「黒目だからです。セネルティエにおいても、黒目を表立って攻撃する者はいないと思われますが、カドミラ教では黒は忌み嫌われた瞳の色でしょう?」
「……あ」
プラムはすっかり忘れていたらしい。アテナが慌ててメモし始め、どういった理由付けをするかとロキと話し合う。
「ではどうすれば良い? 黒目を忌避する理由すら我々にはわからないのだが」
「それは今のセネルティエ王家が吸血鬼に近しいからだと思います。セネルティエ王家はユスティニフィーラに近しいため、寧ろ黒を尊ぶ傾向があるのではないですか?」
「なるほど?」
セネルティエ王立学園は制服を設定してあるが、基本となる地の布は黒に近い紺色である。カドミラ教の神聖な色として白と緑が尊ばれるのと何ら変わらない。王族がずっと黒を尊び衣装を作っているのは、プラムが暗い色の服を着ているのも似たような理由だとロキは考えていた。
「吸血鬼は黒と赤を好む。真祖の瞳は黒く、後の世代は瞳が赤いためです。……そして俺が知る限り、真祖で今も生きているのは、死徒列強第6席『吸血帝』以外に居ない」
「だからユスティニフィーラと関係がある、と」
「ああ。確か、今の古い吸血鬼族はユスティニフィーラの血族しかいないはず。先王陛下も赤目ではありませんか」
ロキの言葉に、アテナはうぐ、と言葉に詰まった。ロキは少しまた考えてから口を開く。
「……これ以上セネルティエ王家についてべらべらと喋ってもいいものでしょうか?」
「いえ、いいです、そこまででいいです!」
どこまで情報を握られているやら、とアテナがぶるりと肩を震わせた。ロキはくすくすと笑いながら、「脳筋は扱いやすくて楽でいいですねえ」と言って、合流していたアキレスを見やる。アキレスが情報を流したということで間違いないと理解したアテナが拳を握り締めたので、後から御叱りが行くのだろうなと思ったロキだった。
「御爺様ならば何か御存知かもしれません」
「……アレスが戻り次第アテナを情報伝達に遣わせるのが良いかもしれません。あらかじめ話を合わせていただく必要があるでしょう?」
「ええ」
プラムは祖父を話し合いに引っ張り出すことをアテナに頼んで、戻ってきたアレスを護衛の任に就け、強化魔術を自身に掛けて王宮へと走り出したアテナを見送った。魔物の出現は既に止まっている。
「では皆様、王宮へ戻りましょう。ロキ様、ナタリア様、セト様、御協力をお願い申し上げます」
「わかりました」
「はい」
「了解しました」
それぞれ答えてジュードとトリスタンを護衛するために立つ。アストルフォがトリスタンの許へ走ってきて、飛びついた。
「心配したよぅ!」
「ありがとう、アストルフォ」
加護持ちであろうと問題なく閉じ込めるだけの力を備えていた教会に驚きつつ、ロキは周辺を【探知】で探った。足元にいる魔物に関してはどうしようもないが、警戒しておくに越したことはない。ゼロがすぐ後ろに現れたので、地下の魔物への警戒を言いつける。
「ゼロ、魔物の警戒を」
「わかった」
ロキはできるだけ把握距離を伸ばしてから話し合いをしているアーノルドとジュードの許へ向かった。
「アーノルド閣下、ジュード台下」
「――どうした、ロキ」
「自分がなるべく探知範囲を広げておきますので、一刻も早く王宮へ向かったほうがよろしいかと考えられます」
既に知らせにセネルティエの公爵令嬢が動いております、と付け足して、ロキが頭を下げる。ジュードが小さく頷き、アーノルドがロキの顔を上げさせた。ロキはアーノルドの指示に従って顔を上げ、ジュードが軽く手に光を集める。
「君は闇属性が強かったはずだ。一時的に光を与えよう。役立てなさい」
「感謝申し上げる」
立ち上がって目を閉じたロキにジュードの手に集まった光がふわりと飛んでいく。ロキの身体に触れた光は青白い小さな光を散らして消えた。ロキの髪がはっきりと陽光を反射するようになったことにプラムは気付く。赤みが強くなったというべきか、黄色が混じったというべきか。青白かった銀髪が、白金のような銀髪に変わっている。マナと属性と外見の関連性を思い返した。
「馬車を使いますか?」
「魔物が暴れた後で普通の馬が動くものか。ロキ、魔物を貸しなさい」
「はい。【召喚】、フェンリル」
フェンリル、と聞いて驚いた子供たちの目の前に、ロキのすぐ後ろに現れた4つの起点を繋ぐ魔力の線が魔法陣を描く。白い何かが魔法陣から飛び出し、ロキの許へ擦り寄った。ロキが手を伸ばすとそこに顎を乗せたのは、体長5メートルは優に超えた真っ白なオオカミ。
『お呼びですか、主』
「ああ、フェン。これから彼らをこの国の王宮に送り届ける。俺の足となってくれるね?」
『御意』
ロキは確認の口調ながらフェンリルに寄せる信頼が見て取れる。フェンリルはジュードとトリスタンを見て、『なるほど』と呟き、身体を伏せた。ロキがフェンリルに乗るとジュードとトリスタンが乗り込む。それでも問題がないほどにこの魔物は強靭な四肢を持っているらしかった。トリスタンがアストルフォに何か指示を出していた。
「ロキ、我々は後から向かう。軍神の加護持ち、円卓の加護持ちはロキに続け! 今ならばロキも多少の光属性への抵抗力もあろう! 行け!」
「疾く」
ロキがはっきりと言った。フェンリルが走り出す。その速度は確かに街中を走るためのもので、大きな躯体を誇るフェンリルには走りにくいかもしれない、とプラムが思った瞬間、ロキにマナが集束し、弾けた。一拍置いて、プラムの視界からフェンリルが姿を消した。
「!?」
「『イミドラ』に出てくる白い星喰狼の移動魔法ですね」
「あ!」
ナタリアの声にプラムは理解した。なるほど。でも疑問が大量にわいてくる。今はそれを質問している暇は残念ながらない。
「アレス、イナンナ、ガウェイン、モードレット、ランスロットとギャラハッド、ベディヴィエールは先に王宮に向かってください」
「ちょっと待って!」
「?」
プラムが指示を出した途端それにストップがかかる。声の主はアストルフォだった。
「どうしました?」
「えっとね。移動用の加護固有魔法を持っている人はそれを使うように、ってトリスタンが言ってたんだ。ああう、ボクなんかが言っちゃってごめんね??」
「……いや、そっちが早いぜ。オレが全員の移動をする。加護持ちは含めねえから先に行け円卓共」
アストルフォの言葉に賛同したのはアレスだった。プラムは頷く。ソルがそれを見て小さく息を吐き、ガウェインに声をかける。
「ガウェイン、一緒に行きましょう。私でも【太陽神の戦車】なら何とかなるわ」
「ふむ、太陽に関連する者しか乗せられなさそうな名前ですね。お誘いありがたく思います、レディ・ソル」
「――煌々たる光を放つ、霊光に依らぬ恵みの熱を持つものよ、広き青き命の営みの紡がれる場所を照らす我が足となれ。【太陽神の戦車】」
ぶわ、と周囲の熱量が上がる。ソルの足元に炎をところどころに纏った黄金の戦馬車が現れる。ガウェインが乗り込んで、ソルが手綱を引いた瞬間、金色の光になって、見えなくなった。
「……すごい」
「加護持ちならばああなる場合もありましょう。順次移動を開始しなさい」
その場にいる唯一の大人であるアーノルドの指示に従ってそれぞれが移動を始める。口も大変達者なガウェインがいれば問題ない。乗り物に関する加護を持ち合わせた加護持ちたちは次々と姿を消し、最後にアレスが号令をかける。
「――雑兵、故に繋がり紡がれる、堅き護りの担い手よ、赤き髪、青き瞳の武神は貴殿らをこそ見守る者也。【ファミリア・オブ・アレス】」
プラムを含めた加護を持たない者たちに振り注ぐ赤い光が、アレスに率いられるようにして動き始めた全員に纏わりつく。アレスの速度に普段なら追いつけない者も、ギリギリ追いつく程度の者も、赤い光が失われるまで――セネルティエ王宮に着くまで、脱落者はおろか、息が切れることさえなかった。




