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2021/09/09 大幅に変更しました。
スカジの誕生日パーティには、スカジの友人たちが多く招かれた。ロキの友人も招かれているのは、ロキの友人に高位貴族が多いせいだ。
スカジは今日の主役らしく濃い青の生地のシンプルなワンピースで、長いスカジの蒼い髪が良く映える。スカジのガーネット色の瞳がシャンデリアの灯を受けて煌めいた。
ロキは最初の挨拶の間だけスカジの近くに居たが、その後はそっと気配を消して(今日のためにアンドルフやアリアから必死に教わった)ロゼ、ヴァルノス、ソルとの集合場所へ向かう。
子供の誕生日は基本昼間に行われる。今日のパーティも例に漏れず、フォンブラウの庭園を解放してのガーデンパーティだ。少し奥まったところにあるガゼボに集合と手紙を出しておいたので、ロキはガゼボに向かった。ロキの銀髪は目立つので、気配を消してなんやかんやと使用人たちに頼んだ手配やらなんやらとタイミングを合わせるべくガルーとリウムベルと打ち合わせをしている。
今回は、スカジの誕生日パーティだったことと、ロキ自身少年の姿になっているということで、ちょっと警戒が薄れていたのかもしれない。スカジの誕生日を祝うためにやってきた金髪の少年がロキの背をばっちり見ていたなんて、この時のロキは思いもしなかったのである。
「カル、どうかしたの?」
「何でもないよ、兄上。でも、後でゆっくり庭を見せてもらってもいいかな」
「公爵に頼んでみようか」
「はい」
♢
「待たせた」
「いいですよー」
「お先してまーす」
ガゼボには既にソルとヴァルノスが来ていた。そろそろロゼも来ることだろう。
ロキは髪を緩くオールバックにしており、決して派手ではないが、暗い赤のジャケットを身に着けていた。これで存在感が全くなかったのは驚きだとソルが言う。大人の一部には既にバレているとロキは分かっていたけれども、努力が子供には効果があったようでほっとした。
「いやー、まさかこんなイケメンだったとは」
「ロキ様ってオールバックにするとちょっと大人っぽくなるわね」
「父上の小さい頃によく似ていると言われた。俺もこの顔は気に入ってる」
ロキに少し遅れてシドが茶を運んでやってきた。彼が奏斗であることを知らせた時、この2人も彼を殴ろうとしたのにはロキも驚いたが、自分も殴りかかったので人のことは言えないと口を噤んだ。
「あら、もう皆来てたのね」
「ロゼ様、お久しぶりです」
「ロゼ様、こんにちは」
「ええ、お久しぶり、こんにちは」
やってきたロゼにソルとヴァルノスが挨拶をすると、ロゼから挨拶が返ってきた。ロキがロゼの方を見る。ロゼは目を見開いた。
「……ロキ様、どうしてもっと早く呼んで下さらなかったの?」
「俺は何度か茶会に誘ったはずなんだがな。そっちが忙しかったからだろう」
「こんなイケメンになってるんだったらもっと早く来るべきだった……!!」
兎に角、今のロキは顔が良い。限界オタクが量産されそうな勢いでその美貌に惹かれる人々が増えている。ロゼも前世が前世なので顔が良いとありきたりな感想をロキに寄越したが、ロキとて前世は同類である。語彙力が喪失することをおかしいとは思っていない。
ガゼボに近付いてくるロゼを席までエスコートしようとしたロキは、ロゼの後ろに人影を見て、目を見開いた。ここに来るのは自分たち5人だけのはずだったのに――。
「フォンブラウ家のガゼボが木陰の中にあるとは聞いていたけれど、密会には丁度良さそうだな」
日光が当たり煌めく髪、ロイヤルサファイアの瞳、光属性であることをこれ以上ないほどに主張するその姿。ロキは、懐かしさを覚えた。
ロキのエスコートを受けようとしていたロゼが振り返る。
「カル殿下!」
「やあ、ロゼ。この間の茶会以来だね」
ロキは正直、この人物を知らないが、誰なのかくらいは紹介されずともわかってしまう。いくら公爵家といえど、王子が庭を散策したいとでも言えば通れてしまうだろう。今誰はこの家の者でありこの王子の顔を知らない無礼者として振舞おう、とロキは決めた。
「どちら様です?」
「俺を知らないっていうのか?」
「知りません、紹介されたこともありませんし、貴方のような見事な金髪の人間など、お会いしたことがない」
これまでパーティ等に参加してこなかったロキの事を知っている方がおかしいのだが。
「……カル・ハード・リガルディア。この国の第2王子だ」
「フォンブラウ公爵アーノルドが息子、ロキと申します」
金髪碧眼と銀髪赤目、絵になる、とソルが呟いているのをヴァルノスはそっとテーブルの下で叩いた。
「礼儀は弁えているようだな」
「神子だからといって異常に甘やかされているわけではありません。シド、殿下の分の茶器を。ロゼ嬢、こちらへ」
シドが一旦姿を消し、ロキはロゼを席に着かせる。この状況でどこまで話をしていいものかは正直悩みどころだ。ロキの目の前に現れた王子は、美しいオフホワイトの服に身を包んでいた。
「ああ、殿下。茶葉の好き嫌いはありますか?」
「……そんなことを言っていいものなのか?」
「別にここは公式の場のつもりではありませんでしたし。でなければ、わざわざ密会などしません」
「それもそうか……」
ロキは隠すのは得策ではないと考える。ロゼが心配そうにロキを見上げた。
「私は、ピーチ系は苦手だ」
「分かりました。シド、聞こえていたな」
「聞こえてましたよーっと、」
いつの間にか戻ってきていたシドが茶の支度をし始める。丁寧に焼き菓子まで持ってこられている。実はパーティの裏側で密会用に準備してもらっていた。その時ひょこ、と顔を出した黒髪オッドアイにロキがちょっと目を見開く。
「ゼロ……! どうしてこっちに」
「ガルーさんが、こっちを手伝えって」
「シド、使いモンになるのか」
「そこは大丈夫、イミットは体幹がしっかりしてっからな、カートからテーブルくらいならプレート4枚運びだってできる」
教えられているらしい。ロキも一緒にやったことがあるが、なかなか難しかった。
ゼロがてきぱきとセッティングをすすめ始め、シドは茶葉のフレーバーをアップルに変えた。
「うちのご主人様はストレートがお好きなんでね」
「あら、アップルかしら?」
「いい香りね。って言うかフレーバーティーあったの???」
シドが紅茶を出すと即座にヴァルノスとソルが反応する。ロキに席に座れと視線だけで指示したシド。この後は自分がやるから会話に集中しろという事だろう。
「ロキ様、フォンブラウ領って温かかったですよね??」
「寒いエリアでチャノキを発見しました。ウチの茶葉です、ご賞味あれ」
「チャノキ! 高級茶葉じゃん」
第2王子がいる前で遠慮がないソルにロゼが苦笑する。
殿下の横に階級の低い令嬢を置くわけにはいかないのでロゼとロキでカルを挟む形になった。淹れられた茶が興味を引いたようで、カルがロキをちらと見る。
ロキは毒見の作法を知らないのだが、身体が動いた。
カルの前の茶器を取って軽く口を付け、こくり、と一口飲む。
「どうぞ」
ロキがカルにティーカップを差し出す。カルが目を見開いた。
「――ここで、正式な毒見をする奴がいるとは思わなんだ」
「……」
ロキは自分の手を見つめ、それからカルの方を見て笑う。
「なんででしょうね?」
答えなど誰も持っていないので、さてね、とそれぞれ返すだけだった。
ロゼはカルが来たために今日の話し合いが上手く行かないことを見越したのか、茶菓子に手を伸ばし始める。
「……」
「……」
「……」
「……」
「このクッキー美味しいわね」
「ありがとうございます。準備した甲斐がありました」
何も言葉を交わさないのも不自然なのでロゼが茶請けの焼き菓子の話を振ってくれたが、カルは既に怪訝な表情を隠していない。かなり表情に出やすいようだ。
「お店のお菓子、ではなさそうね?」
「俺が焼きました」
「あら、ロキ様の手作りなのね」
「そこに自称プロのパティシエが居たもので」
シドを示してロキが言うと、ロゼはシドに話を振る。
「では、ロキ様の菓子作りの腕前はいかがなものなのかしら?」
「センスは良いっスね。器用貧乏も極めりゃ天才だ」
「だってよ、ロキ様」
「褒められて悪い気はしないな」
他愛もないお喋りが始まったので、カルはちょっとつまらなさそうだ。何かあると思って来ていたのは間違いないようで、ならもっとゆっくり自分たちに近付くべきだったなとロキは内心思う。
とはいえ、使用人を巻き込んでロゼが話し始めた時点でおかしいことに気が付くようなら、話を聞かせても良いという判断なのかもしれないと、ロキはロゼの出方を待った。
「……」
どうしたらいいのか分からない、というソルの焦りが感じ取れるのは、ロキ自身が静観を決め込んだせいだろう。ロゼの話のヴァルノスが乗って、振られた話にソルとロキが答えていく形で、この秘密の茶会は進行していった。
「……なあ、俺はもしかして君たちの邪魔をしてしまったのか」
話のネタになる菓子の種類をシドが追加したりしていたからバレてしまったのか、カルが口を開く。ロキは笑みを浮かべてカルに問うた。
「何故そうお思いに?」
「……ロゼ嬢は普段こんなに菓子類の話をすることはない。ヴァルノス嬢だってそうだ。ロキ、君が普段どうであるのか、俺は兄上から伝え聞いた話しか知らないが、君たちに当てはまる共通の条件は転生者であること、だ。わざわざ秘密裏に茶会をするような場で、茶菓子の話をするような者ではないと思っている――特に、半精霊を巻き込んでまで」
カルが思っていたことを一気に話し始める。相当我慢していたのだろう。誕生日パーティ自体は各貴族の入れ替わりがあるので5時間ほどが予定されているが、ロキたちがここで茶会を始めてまだ1時間と経っていなかった。
「……竜にしちゃよく我慢した方だと思うぜ、俺は」
半精霊――シドが口を開いた。
シドは黒髪に金目の少年だ。リガルディアでは金目銀目と呼ばれるのは半精霊という特殊な体質の者を指す。半精霊というのは、本来肉体を形作っている組成の一部が精霊と同じくマナで形作られている者の事を指し、金目は魔力特化、銀目は物理特化のステータスを持っていると言われている。
シドの口ぶりからして、カルが竜の血が色濃いことを悟ったロキは、ぐっと伸びをした。
「殿下、貴方嘘も腹芸も苦手そうですね」
「うっ……」
「そこはロキが補佐していったらいいんじゃないの?」
「ロキなんて名前に補佐が務まるかい」
ロゼは、また言ってる、と呟きつつ、カルにクッキーを差し出しす。
「そうですよカル殿下、私たちは今日は話し合いのためにここに集まりました。転生者にしか分からない複雑な話です」
「俺ではわからないという事か」
「分かることもあるかもしれませんが、まだカル殿下がロキに会ったことが無かったので、外しておりました」
ロキが話の中心だと言外に告げたロゼに、カルはロキの方を見た。ロキは軽く肩をすくめるだけだ。飲み終わったティーカップにゼロがお代わりを注ぐ。
「……俺では、父上への報告もままならないか?」
「殿下の口からでは伝え辛いと思いますよ」
「そんなにか」
「複雑怪奇です」
ロキが端的に自分たちの状況を言い表しても、カルが引き下がらない。自分がここにいる貴族たちをまとめ上げていく、という様に教育されているはずなので、割と今尊大に振舞っているロキの態度に不安を覚えているのかもしれない。
「ロキは殿下を裏切ったりしませんよ?」
「分かっている! でも……」
不安だ、と呟くカルに、ロキは違和感を覚える。そして理解した。シドを見ると、小さく頷かれた。
「……マジかよ」
「どうしたんですか?」
「ループの影響モロに出てる」
「……へっ」
会話の繋がりがおかしいのだ。話題が飛んでいることに皆気付きもしない。一様に影響を受けた者の症状なのだろうなとは想像がついた。
「……仕方がない。殿下に分かるように話を整理しながら行くか」
「ロキ、あんたそれでいいの?」
「俺は悪役令嬢ロキなぞよく知らんからな。俺は俺の感覚を信じる」
あんたがそれでいいならいいわ、とロゼも言う。ヴァルノスとソルは早速メモ帳を取り出し、シドがカルのためにメモ帳を寄越した。
「じゃ、早速。この3年間で何か気付いたことある?」
「多すぎて逐一報告を上げたかったくらいだ」
「じゃあロキは多そうなので後で。ソルは?」
「私からは2つだけ。まず、うち列強の血統だね。間違いじゃなければ第18席よ。もう1つは、ヒロイン発見。エリス・イルディ見つけたわ。転生者かどうかはまだ不明よ」
エリス見つかったかあ、とヴァルノスが呟く。カルは首を傾げた。
「イルディ家に令嬢はいないはずだが?」
「庶子ですからね」
「そのうち戸籍登録されて上がってくると思います」
というか登録されてる戸籍の情報を覚えてるのか、とロキはそっちの方に驚いたが。
「エリスという、令嬢? に何かあるのか」
「私たちと同類の可能性があるのですわ」
ロゼとロキでカルへの解説を挟むのがいいだろう。
「列強の血統って、『イミドラ』寄りの情報だな」
「そうね。私も調べてびっくりしたわ」
「セーリス男爵が仰ったの?」
「ええ」
この情報はロキに任せていいかな、とロゼが問えば、ロキは小さく頷いた。
「ヴァルノスは何かある?」
「ソルと話し合ってた分もまとめて報告するわね。ロゼ様とやり取りした分はロゼ様からお願いできますか?」
「いいわよ」
「ありがとうございます。私からの報告事項は3つ。1つ目、列強第3席『蟲の女王』ロルディアの娘がうちの領地に棲みつきました。幸い蝶型なので人命被害は今のところありません」
しょっぱなから強烈、とロキが呟き、カルは目を見開いた。
「カイゼル令嬢、それは本当か?」
「嘘言ってもどうにもなりません。錬金の素材採取地にやってきたので間違うわけないですし、一度話もしましたが、あの子ぼんやりしてるし羽が傷付いてるし、姉妹と折り合いがつかなくなって逃げて来たんじゃないですかね」
「……直近で報告されているロルディアの娘の被害報告はカマキリ女だったな」
「蝶は分かりやすい攻撃手段がないし、それで逃げてきたのかもしれないわね」
ヴァルノスがちらとロキを見る。ロキは何も言わなかったが、言いたいことがあるのは表情を見れば何となくわかった。
「次は」
「2つ目は、ダークエルフの遺跡を見つけちゃったので交易始めました」
「ああ、先年度のカイゼル家の収支報告書に書いてあったな。人命被害は?」
「主に冒険者の皆さんが。特に、帝国から来てる人の被害が酷いですね」
「まあ、帝国にはエルフ族はいないからな……」
ロキやロゼよりカルの方が話を飲み込める事象もあるのがこれで分かってきた。というかカル殿下、もう収支報告書見てるんですねとロキが言えば、父上が、もたもたしていると人間の時間間隔に置いて行かれるからと仰っていた、と返ってくる。それにしたって早すぎると思うのはロキだけじゃないはずだ。
「3つ目は、ユリウス様のお家ひと悶着起こりそうです」
「あら、シーズ伯爵家?」
「長男が病にでも罹ったか」
「まさしく。『イミラブ』の時系列から見てこの時期だとは思ってたけど、こんなに早いと子供では手の打ちようが無いわ」
ロキは黙って見守るが、ロゼとソルがあの薬はこの薬はと質問攻めし始めた。ソルのセーリス家とヴァルノスのカイゼル家が薬品精製分野でライバルなのは知っていたが、ロゼも土属性の公爵家の出だ、同等に語り合う知識は持っていたらしい。
「……この国の令嬢たちは頼もしいな……」
「将来の嫁候補かもしれませんよ」
「誰の?」
「殿下の」
「やめろ、じいやみたいなことを言うな」
ロキがくすくす笑うのを見て、カルは肩の力を抜いた。本気ではないと分かったらしい。それにしても、と小さな声でカルは囁き続ける。
「兄上は君が女の子の外見をしていると仰っていたのにな」
「呪いで姿を変えられていたと聞いています。3年前にこの姿になりました。俺は現在も晶獄病の予備軍ですが、それを抑えるのに一役買っていたらしいです」
「……晶獄病?」
「難病です。帰ってから調べてみてください」
あと、女の姿が見たいならいつでも言ってください、とロキは付け足した。カルはカッと頬を赤らめる。
「な、そんな破廉恥なことっ」
「……?」
ロキはきょとんとし、その後にや、と口角を上げた。
「あらら、殿下ってば、俺が貴方を誘うと思ったんですか」
「ちょっとロキ、艶事で揶揄わないで!」
流石にロゼから制止が入った。ロキはこうして他人を揶揄う癖があるようで、ロキという名に相応しいと思ったのは、誰だっただろう。ロゼも本当に怒った様子はなく、呆れたような、見守るお姉さんのような視線なので、カルは自分が子供として見られていること、そして守られたことに気が付いた。
その後ロキとロゼからの報告があり、それぞれの対策を話し合う。ロキはこの後カルを揶揄って遊びはしなかったし、穏やかな茶会が続いた。




