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2025/05/05 編集しました。ベヒモスとべへモスはわざと使い分けています。
「ねえ、皆、聴いてほしいの」
プラムのサロンに集まっていつものごとく情報交換を行っていたロキたちに、プラム自身が大きな爆弾を投下することとなった。
「どうも、なんか乙女ゲーム進行してるっぽい」
「女だけで勝手にやってくれ」
「このシリーズの代表悪役令嬢が何言ってんのおおお!?」
ロキの返答に対してプラムはツッコミを入れた。致し方なし。
「まあ、茶番は置いておこうか。乙女ゲーム版がいくつか種類があるのは知っているけれど、いったい何故そうだと思ったんでしょう?」
「アキレスの取り合いっぽいことになってる」
「ああ……アキレスか」
最近ロキはプラムたちへの敬語が抜けつつある。仲良くなってきた証と思っていいだろう。
ロキは最近自分によく絡んでくる美しい蒼髪の少年を思い浮かべた。男らしい口調が目立つものの、気が抜けるとどうにもオーバーリアクションとちょっとばかりおしとやかな言葉が飛び出す、ロキ的には付き合っても苦のない人種だった。あと、恋愛事情が進展しつつあるのは半分くらい自分の所為のような気がしなくもない。
「で、何故あれを取り合うことに?」
「多分、ヒロイン同士の潰し合いみたいな感じ。ほら、『イミラブ』ってシリーズ通して複数ヒロインがいるでしょ」
「ふむ」
第1作目のエリス、ルナ、ソルの時点で既に3人いるのだ、その後もヒロインが複数いるのはソルやルナ、ロゼから時折漏れ聞くことがある。ヒロインが1人でないならば、複数いるヒロインも同時に存在しているはずなのだ。今回は偶然にも、そのヒロインたちの仲が悪いだけなのだろう。
「名は?」
「片方は同じクラスよ。サンダーソニア・ゼピュロス」
「ああ、あのペリド……若草色の髪の」
「言い直さなくてもいいのよ、ロキ様」
ロキは髪の色まで宝石に例えそうになったのを慌てて言い直した。国外に出たことでわかったらしいのだが、あまりセネルティエの人間は色を宝石に例えない。逆に花の色によく例えているのを耳にしていた。つまり、おそらくこれも文化だと思われる。
「あ、いや、こちらの方々が植物に例えるのをよく耳にするし。王族の名も、花が好まれるのはそのせいかとも思ったよ」
「ああ、そういえば私たち皆植物の名前ね」
プラムが気付いたように兄弟の名を出す。ペチュニア、ギリア、アスター、プラム、ガイラルディア。恐らく先に出た2つはプラムの姉たちの名だろうな、とロキは思った。綺麗な名前だ、と返せば、プラムがロキを見て表情が固まり、みるみるうちに真っ赤になった。
「……体調でも崩したか?」
「~~っ、何でもない!」
顔が良いのは知ってたけど!
プラムの小さな呟きを聞き逃さなかったロキは自分の表情のせいかと理解した。理解したのだ。理解してしまった。そこはそっと流すところだろうに。
「見惚れたのか、俺の顔に」
「はァ~~、そんなわけないとは言わないけどそこは言わないお約束か『それならいいが』くらい言って鈍感演じればいいのに!」
「ヤダそんな俺キモイわ願い下げミストルティンで頭撃ち抜く」
「辛辣っていうか間髪入れずに答えてそれなの!?」
想像したのかしていないのかもわからないほど即座に答えを返してきたロキにさらにプラムのツッコミが入る。余談だがプラムとロキでこれが成立すると知って最初にツッコミをぶん投げたのがソルだったことをプラムは忘れてはいない。
サロンで当たり前のように寛げるロキもロキだが、周りの者たちも今のやり取りで脱力した面はあったらしく、静かに皆がテーブルに置かれた菓子に手を伸ばし始めた。なんだかんだで真面目な者が多いのもの特徴といえるだろう。
「んで? そのヒロイン2人はどうするの?」
「なんか見てる感じあんまり悪役令嬢相手に危害を加えようとかぷぎゃーとかはなさそう」
それなんか問題ある?
片眉を上げたソルの無言の問いかけにプラムは首を左右に振った。問題はないのだ。問題は。
「で?」
「あの商家同士で暴れられると困る」
「経済の話だったかー」
恋愛からいろいろ拗れるのはよくある話にしろ、国内でやられたらたまったものじゃないわ、しかも相手貴族だし、とプラムが眉間にしわを寄せる。ソルがロキの方を見やれば、ロキは既に何か紙に認めているところだった。
「ロキ、何書いてるの?」
「アキレスに対しての助言という形で知らせるべきかと思ってね。ゼピュロス嬢の実家は確かアキレスの実家に資金援助を行っているはずだよ。まあ、それ以前から付き合いはあったようだけれど」
「いつの間にそんな情報仕入れてくるの?」
「アキレスから聞いただけ」
アキレス・コートレンジャーが友人関係がバレる云々を考えるタイプではないことは、ロキたちからは最初から分かっていた。すぐにわかるくらいアキレスがあけっぴろげな男だったことも要因ではあっただろう。ロキのように会話の中で誘導尋問染みた真似をすれば気付かずに話すくらいはあるかもしれない。それか、分かっていて話したか。
「アキレスも馬鹿ではないよ。家のことについては『そりゃあ教えらんねえなあ』と言っていたから阿呆だとは思うけれど」
「うっかり話したりはしないのね」
「言ったでしょう、聞いたのだと」
ロキはくすくすと笑った。サロンに集まっているのは以前と同じメンバーだが、そのうちここにアキレスと2人の少女も加わることになりそうだ。
「でもまあ、庶民ここに招くより先に俺らにはやることがあるンだろが」
話を聴くに徹していたモードレッドの言葉にプラムは頷いた。
「イナンナが転生者なのはちょっと察していたけれど、まさかベヘモスが出現するなんてこと言い出すとは思わなかったわ」
「ベヘモス、必ず出現するのでしょうか?」
「そこは賭けになるらしいわ。出てくると思っていた方がいいって」
先に知れてよかった、とプラムが息を吐けば、ロキが少々怪訝そうな顔をする。カルがそれを見て口を開いた。
「プラム、我々の知るベヘモスと貴女の言うベヘモスに何らかの差があった時が恐ろしいな。詳しく聞かせていただけるかな」
「あ、はい」
黙っていたカルが口を開いたことに驚きつつ、プラムは自分の持っている知識の中のベヘモスの特徴を伝える。
「そうですね、まずとても大きいです。街の上なんぞ歩かれたらその街は消滅するでしょう。ブレスは吐きません。人語は通じます」
「ふむ」
ロキを見やれば難しい顔をしていた。いや、周りからは目を細めたくらいにしか見えなかっただろうが。
「ロキ、付け足す情報はあるか」
「……そうだな……問答無用人間ぶっ殺すマン?」
「え?」
プラムは人語を解すると言ったのになんだそれ、と周りも目を丸くする。ロキが言っているのはベヘモスという外見の魔物の事ではないのではないかと気付いたのは、ランスロットだった。
「もしやそれは、特定の個体の事ですか?」
「……ああ。俺は生まれてこのかたベヘモスに遭ったことはないんだけれども、1体だけ記憶に引っかかっているんだ。恐らくイナンナ嬢が言っているのはこの個体の事だろう」
聞き逃すべきではない言葉が混じっていた気がしなくもないが、今はまず、サイズは、色は、特徴的な部位は、と円卓加護勢から質問が飛ぶ。ロキはそれに端的に答えていく。
「サイズは不明だ。どこかの山が動いたのかと思うほどに。色は紫紺、巨大な亀のような姿をしている。甲羅に大量の魔力結晶を背負っていた」
答えを聞いてベディヴィエールが口を開いた。
「そこまで大きいと強化魔法で全身を強化している可能性がありますよね」
「ベヘモスは上級竜。下手に討伐すれば14席が出てくるのでは?」
「しかし穏便に追い返すなどできるでしょうか?」
「セネルティエで止まればいいがよ、セネルティエ越えちまったら後ろはソラリオ王国だ。平野ばっかで山もなんもねえ」
ランスロット、ガウェイン、モードレッドの言葉が交わされ、そこにアレスが口を挟む。
「最悪オレが出る。これでも祖竜の父親の加護だ、なんとかできんだろ……」
「ならんぞアレス、それではお前が加護に呑まれて暴走するやもしれん!」
「めいっぱい人間死ぬよかましだ」
「そうさせないために対策をといっているんだろうが!」
アレスの後ろ向きな考えをアテナが跳ね除ける。プラムはああそうか、と、突然彼らがこうやって言い合いを始めた理由を理解した。
他国を巻き込むつもりがないのだ。今回ロキたちには傍観していてもらおうと考えているのだ。プラムは転生者だからロキ・フォンブラウというキャラクターのスペックは知っているし、巻き込んだところでそうそう死なないだろうと思えるだけのものを知っている。しかし彼らは、そんなことは知りもしないのだから。
「……」
静かに、黙ったまま話し合っているセネルティエのメンツを見つつ、ベヘモスを倒すための策に頭を回しているであろうカミーリャが顔を上げたのを、タウアは見た。魔物をほとんど見たことのないカミーリャが、知るために沢山の本を、資料を読み込んでいることを知っているのは、未だ黙ったままのタウアくらいなのだった。




