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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ王国留学編 1学期
288/378

11-20

2025/05/05 加筆・修正しました。

ロキ・フォンブラウは神子である。故に狙われることも多く、その分だけアーノルドら家族が守ってきた。その意味をはき違えるほどロキは愚かではなかったし、前世での知識も相まって彼がアーノルドらの指示に従わないことなどなかったのだが――。


国外となれば話は変わってくる。アーノルドに情報を貰うために手紙を出したロキはアーノルドがこの場にいたら危機感を覚えるほどに危険へと近付いていた。


トリスタンを助けるためとはいえ、多少の手紙のやり取り以外に特段交流があったわけでもなく、そんな者のためにロキが時間を割く必要はどこにもなく、また、あくまでも教会内部のこととして片付けてしまってもよかったのだ。


枢機卿派を一掃したとしても、教皇派が神子をどう扱うのかなど、ロキたちにはわからないのだから。教皇派の立ち位置を明確にした後で、交渉材料に持ってくるならばまだしも、現時点ではどうしようもない。だから、今ロキが動いているのは、完全に善意で、裏はない。説明を求めれば裏くらいは設定しているかもしれないが。


ロキ・フォンブラウという男を取り巻く環境が、変化を始めている。

今回の一連の騒動に巻き込まれようとしている円卓加護勢にしろ、王族であるプラムにしろ、歯車になるしかないのだろう。


イナンナから一度もたらされた情報がそれ以降の動きを見せないことに一握の不安を覚えながら、ロキは刀を振るっていた。


「お前ハルバード以外も一通り使えるんだな」

「まあ、そうだな」


アキレスの言葉にロキは答える。ロキが最も苦手としているのは徒手空拳の類だ。前世で柔術をそれなりにやり込んでいただけに悲しいものがあるが、それでも適性自体は平均値が高いらしく、達人とまではいかずとも喧嘩では負けないくらいには強くなる素質があるとのことだった。ネメシスはにやにやしながらロキを見ているが、そのあたり本当にバルティカの嫌な部分が強調されている人物だと感じる。


バルティカ・ペリドスは人間を観察するのが好きなのだ。まったく困ったエンシェントエルフである。


「弓はそこまで、って感じだったけど」

「ソルが弓を使っているのもあってね。まあ、弓の挙動くらいならできるよ」

「流石に強弓の類はないか?」

「【ミストルティン】を受けたいなら最初からそう言いなよ」

「やめて! 絶対踵射抜くでしょそれ!」


アキレスのような“弱点が一ヶ所だけあって他は無敵です”タイプの加護はバルドルのような“ヤドリギ以外のものでは傷つけられない”タイプの類似加護扱いになる。ヤドリギの矢(ミストルティン)はバルドルという無敵の神格を射抜いたことで、“無敵の者を傷つけられるもの”という性質が加わる。加護の面倒なところは、こうやって回り道をすれば案外対抗策になりうるものがぽこじゃか湧いてくるところにあるだろう。


ロキ神のようなタイプだとあまり弱点はないが、ヘイムダルという名にめっぽう弱い。

同等の効果を持つものとして考えるならば、ゼウスという名に対するテュフォンという名も挙げられる。とにかく、名前の持つ特徴を大体加護を持っている者は引き継いでいた。


「わかっているとも。『オデュッセイア』でも読んだのかい?」

「まあなー。でも自分の加護をもっとよく知りなさい、ってさ」

「当然だなぁ」


“神学”とセネルティエ王国で呼ばれている講義はどうやら加護について知るための講義だったようで、ロキもアキレスもモードレッドたちに至るまで、過去に現れた同名の加護を持つ者たちの残した文献および書き記された書物を読むことを推奨されている。ロキはそれが北欧神話系で、アキレスはギリシャ神話系というだけだった。



風に桃色の髪が揺れる。若竹色の髪の少女の前に立つ桃色の髪の少女は、涙を目にいっぱい浮かべて表情を歪めていた。


若竹色の髪の少女、名をサンダーソニア・ゼピュロスという。


桃色の髪の少女、名をフローラ・ノックバートという。


どちらも乙女ゲーム上においてはヒロインのはずなのだが、現実となるとヒロイン云々言っていられないもので。


「サンダーソニア様、もう、アキレス様に近付かないでください……!」

「う、え。そんなこと言われましても……!」


フローラは、いわゆるゆるふわ系である。涙を浮かべた表情の破壊力がすさまじく、サンダーソニアはどうしてこんなことに、と思っていた。


舞台設定において留学生という形で本来そこにいないはずの名前が現れるというのは、ゲームのプレイヤーだった者からすれば原作崩壊もいいところである。それを引き起こしたのが本家本元にも現れる『ロキ・フォンブラウ』だったのだから、サンダーソニアは情報収集に勤しんでいた。


(こちとらロキ様のことで頭がいっぱいなのよ! やめてこんな時にアキレス絡みの話題なんて!)


サンダーソニア・ゼピュロス。ゼピュロス家は平民だが、アキレス・コートレンジャーのコートレンジャー伯爵家とは仲が良い。所謂幼馴染というやつなのだが、知る人ぞ知る、程度である。フローラがこうしてサンダーソニアに言い募ってきたあたり、フローラはアキレスのことが好きなのは確定事項だろう。


サンダーソニアは困り果てる。

情報収集と称してアキレスにロキとの接触を図ってもらったのだが、その情報の受け渡しには接触するのが早い。なんでと言われればアキレスが字が下手糞、もといサンダーソニアがアキレスの走り書きがこれっぽっちも読めないせいなのだが、解読に時間をかけるのはいいが、アキレスに聞きに行かねば読めないような文字はどうしようもない。定家か。人文系大学文学部古典専攻舐めんなと息巻いていたころが懐かしい。アキレス辞典が欲しいくらいである。


ロキ・フォンブラウ、貴族に対してはそこまでではないが、案外ガードが堅い。いや、ガードをやたら堅くしているのはあまりロキの傍に居ないゼロ・クラッフォンである。


なにせ、ロキに接触を図ろうとすると、遮ってくるか、別の用事を頼みに来たりして、機会を奪われる。やらしい、とは思うが、ロキが行動しやすいようにと配慮してのことなのだろう。


であるから、アキレスを切るという選択肢はサンダーソニアにはない。切れるわけがなかった。ロキとの接触の機会を窺っているのに、それができない。幼馴染であるアキレスへの影響も考慮して中等部からほとんど会話することがなかった。そもそも平民である以上、いくら幼馴染でも気安く伯爵令息に声をかけになど行けるものか。


そう、サンダーソニアからアキレスに話しかけに行ったことなどない。アキレスから話しかけてくるので応じているだけだ。そういう体にしないとアキレスが後で大変になるからだ。


「……私、最近はアキレス様に自分から話しかけに行ったことなんてないです。それに今はアキレス様にお願いをしているので、その言葉は承服いたしかねます」


サンダーソニアのキラキラした琥珀色の瞳がフローラを見つめる。


(あと、アキレスよりぶっちゃけフローラちゃんの方が好みです)


女顔の男より女の子がいいです、と内心ぼやきつつ、サンダーソニアはフローラの泣き顔を見ていた。美しい桃色の長い髪は緩くウェーブがかっており、風に乗って揺れる。菫色の瞳は幕を張った涙が日光を反射してキラキラと光った。


「アキレス様に頼み事なんて、失礼だとは思わないのですか?」

「貴族相手の頼み事ですもの。よほど平民が直接やるより伯爵令息様にやっていただいた方がいいこともあります。多少生き汚くてもいいじゃないですか」


サンダーソニアが貴族と渡り合うには武器になるものが少ない。使えるものは使わなければ。ロキ・フォンブラウという存在はサンダーソニアにとっては金よりも重いものなのだ。貴族の話は信用できないものが混じっている。アキレスはその点安心して信じられる。


「……とにかく、私はアキレス様との接触を断つつもりはございません。アキレス様に直接仰ってくださいませ」


サンダーソニアは強い口調で言い切って踵を返した。フローラも平民なのでどちらにせよ不敬だ。ならば言い出しっぺに行ってもらいたいのは当然のことだろう。フローラとの会話は魅力的だが、今は他にせねばならないことがあるので。サンダーソニアはその場を立ち去ったのだった。


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