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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ王国留学編 1学期
285/378

11-17 いつかどこかの世界の話

2025/05/03 加筆・修正しました。

幾度も繰り返される同じ時間に、平凡な精神で耐えられるはずもない。それは生きとし生けるすべてに言える話で、そこに、ヒューマンも、竜も、関係なかった。

人刃とて、そう。


たとえ平凡な精神でなかったとしても、繰り返される時代が長く、続くと思っていた時間が徒労に終われば心を蝕まれよう。


そこは地底というわけでもないのだけれども、暗く光のない世界。白銀の髪を大地につけて、青年はぼんやりと虚空を見つめていた。


長らく光など見てはいない。聞こえるのは自分の息遣いと時折近くにやってくる魔物の生活音、あとは自分を取り込んでいる魔物の立てる音のみ。


青年がここにきてどれくらい経ったのかはわからない。

死んではいないから、そんなに時間は経っていないのではないかと思うのだけれども、青年はもうとにかく腹が減って仕方がないのだ。とはいえ腹を満たす手段はない。


ぐらつく思考に小さく息を吐いて嘲笑った。何かをしっかりと考えるだけの思考力など残ってはいないけれども、嗤わなければやっていられない。どれくらいこうしているのだろう。外はどうなったのだろう。戦争は終わったのだろうか。


結局何も救えなどしなかった。

ああやっぱり自分はいらない者だったのだと改めて感じて、青年は安堵した。


誰も間違ってなどいなかった。

役立たずが役立たずのまま終わるだけだった。


どこからか音が聞こえる。


青年は自分の生の無意味さについて嘆くつもりはない。無意味なら無意味らしく誰の邪魔にもならずにいたい。希望だけはあった。その希望を叶えられるのか、掴み取れるかは青年次第、だったはずだ。


遠くから流れる音は、歌のようだった。微かに聞こえる低い音。響くようなものではなく、ではこれは、声だろうか。


青年は気付いた。これは、男の声だ。

男が、歌っている。


母親に庇われた命を、結局最後まで誰かのために役立てられなかった。それが少し■しくて、胸の奥の痛みに青年は首をかしげる。なんだろうこの感情は。


戦争の引き金を引いたのは自分ではないけれども、今までの回帰の記憶から考えられるのは、戦争はきっとリガルディア王国側の勝利に終わったであろうこと。死徒列強が味方に付いた以上ガントルヴァ帝国に負けるはずがない。きっと、自分がいなくても、うまくやる、皆なら。ガントルヴァの才子は、ちゃんと死んでくれただろうか。


ガントルヴァとリガルディアの交渉を行ったのは王子殿下で、材料集めを公爵令息たちがやっていた。自分に出る幕などなくて、自分は何をすればいいのかわからなくなって、列強たちに他に何か同盟を結ぶのに必要なことはないかと問うて。


結局何もできなかったから、青年はここにいるのだろう。

誰も知らないこんな場所。

助けはこない。


助けられたいとも思えないのは、青年がすっかり心を折られているからではないだろうか。

母親のことが大好きだった。転生者であるという自覚とともに、それを知っていてくれた母親の存在がどれだけ心強かっただろうか。


その母親が自分を庇って死んだとき、青年は思ったのだ。

“ああ、またか”

と。


記憶がごちゃごちゃになっていた。

母親は絶対に死ぬ。

青年にこれは変えられなかった。


青年が幼かったころに何度命を狙われたことか。母親はただそれから青年を守ってくれるだけだ。十分だった。

大好きな母親が何度目の前で死んだことか。


世界の回帰なんてろくなものではなかった。皆を助けられると、そう思った初回の自分はバカだったのだろう。後悔先に立たず。


赤ん坊に母親を救うなんてことはできなかった。魔法も魔術も使えなかった。身体が出来上がっていないから。


■しい。■しい。■しい。■しい。■しい。


また音を声として聞き取って、青年は目を細めた。

よく聞き慣れた声だった。

がくりと肩から力が抜けて、腕が下がる。魔物の手が伸びる。


震える身体と背筋を這い上る快楽に青年が涙を零した。

思考する。

堂々巡り。

少しずつはっきりと聞こえてくる声。


母親の墓の前で、青年は泣かなかった。泣けなかった。慣れていた。母親の死になど、とうに慣れていた。


『お前が、お前さえ、そんな名を持って生まれなければ――!!』


母を溺愛していた父。殴られる、知っている。もう痛みなど感じない。

未来を司る女神の名を冠された母は、スクルドは、青年の呪われた名を知ってなお、庇ったのだ。


青年の名は――ロキ。

悪神ロキ。


終わりを呼ぶもの。

世界を終焉へと導くもの。

すべてを奪い去る業火の神。


ああ、そうだ、だから、


「『お前()なんて生まれなければよかったんだ』」


知っていた。

わかっていた。

気付かないふりをしていただけだった。


もう、疲れてしまった。

こんなところで諦めたくなどないのに、母に顔向けすらできなくなってしまうのに。


声が、聞こえる。


『――』


耳にふと、聞きなれた男の声。

母に向けて歌う、それは。


「ちち、うえ……」


眼を見開いて、そしてロキは口端を上げた。泣きそうな顔で笑った。

ああ、なんてバカだったんだろう自分は。愚かな自分を嗤った。


確かに聞こえるその声に、ロキは笑う。救われた。


いつかの記憶。回帰(ループ)の記憶。

ロキを蝕んだそれは、今漸く晴れた。


虚空に向けて、声の聞こえる方へ、ロキは微かに手を振った。

銀糸が揺れた。

ふらと倒れこむ白い肢体に魔物が絡みつく。


ここは誰にも見つけられはしない。

青年は目を閉じる。


さようなら、きっと優しかったはずの世界。



アーノルドは歌っていた。風の吹く丘。ロキの大好きだった場所。

スクルドが好んでロキを連れてきた場所。


生まれつき錯乱の見られたロキを大事に育ててきたつもりだった。

けれどロキにはきっと伝わらなかった。

それでもいいからと皆で手分けして世話を焼いたものだったけれど。


なんて悲しい結末だろう?

ロキは守られることに耐えられず、飛び出して行ってしまった。


守られていることをきっと、認識できていなかったのではなかろうかと、黄緑の髪の上位者が言った。

列強の言葉にも耳を貸さなかったのは、やはり錯乱ゆえか。


中身のない墓の前で、アーノルドは歌う。

供えた花、たくさんの花束、なあロキ、お前は愛されていたんだよ。


茶髪の少女がアーノルドたちに約束した時間はここまで。

もうじき世界は巻き戻る。


「まだ、諦めませんから。ボクはこんなの認めない、もう一回」


歌が聞こえていたということは?

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