11-12
2025/04/29 編集しました。
「ここね」
「うあー」
「……」
「……」
「……」
マーレ、ブライアン、エドワード、カミーリャ、タウア。
荘厳と言って差しつかえない教会の前で、5人はその建物を見上げていた。
6人乗りの馬車で揺られてやってきた5人は、学校からも見えるほど巨大なカドミラ教の総本山、大教会――ではなく、旧教会と呼ばれる、セネルティエの王都が小規模だった頃からある小さな教会を目指した。とはいえゴシック調の建物が特徴で、高い尖塔がそびえ立つ建物の素材そのものは白に近い石材であるため、アダマンタイトによる対魔防御建築で埋め尽くされたセネルティエの街の中では異質である。
しかし、そのステンドグラスはセネルティエのガラス工芸の技術の粋を集めたと言っても過言ではないほどに緻密で繊細な植物の図柄が描かれていた。
エドワードが先触を出した後、返事はすぐには返ってこなくて心配したが、どうやら祈りの時間だったらしい。この時間じゃないはずなのに、というエドワードの呟きにタウアが少し目を細めた。
「そういえばソルからの伝言なんだけれど」
門の前、門番のいない門をくぐろうとした時、マーレが言った。
「ソルがどうした」
「なんでも、神官のイカレ具合を見てきてほしいって。ロキの生死にかかわるからよろしくってさ」
「重大案件」
「そろそろ胃が痛くなってきました……」
「主、平気ですか……?」
カミーリャの胃が限界を迎えそうだ。エドワードとマーレは顔を見合わせる。神官のイカレ具合というのはおそらく、神子をやたら探し回る傾向のことを言っているのだろうと察しがついていたためである。ブライアンは、あまり教会を好きではないという理由でかなり避けていたらしく、マーレに役立たずと言われて更にしょげた。
「カミーリャ」
「はい?」
「カドミラ教がやたらと神子を欲している傾向については知ってるか?」
「あ、はい。それは実家でも同じでした」
エドワードの問いにカミーリャは小さく頷く。
「それがおかしいとソルたちは言っているんだと思う。むしろロキは神子当事者であるし、かなり狙われて生きてきたのではないかな。こうして出歩けているのはひとえに……転生者であることと、公爵家であることが原因だと思う。公爵家ならば神子を守れるだけの力もあるだろう」
なるほどな、とカミーリャは思った。が、マーレが口を挟む。
「ループの方が原因として重たいと思うよ。話じゃ前世はただの学生だったらしいし、いきなり政治なんてできっこない。王家が神子を盗られてるって言ってんだから公爵家で守れるわけないじゃない」
「そう決めつけるなよ」
「ていうかロキの母親生きてるんでしょ。母親が生きてるなら守って当然だわ、あの人教会に入っちゃったら使い潰されて死ぬの目に見えてるし」
ここにナタリアがいたなら、この時点で気づいただろう。本来ならば彼女では知りえないことを知っているという事実に。
なぜならば、ゲームにそれらの記述は一切ない。ロキは女であって男ではなかった。
荘厳なステンドグラス。光を受けているのを眺め、中に入ったらさぞや美しい光景が見られるだろうと、マーレは小さく呟いた。
♢
教会に使われているうっすらと青い光を纏う巨石は、竜が棲んでいた岩肌を削って持ってきたものである。魔力で変質したものであり、ドラゴンのブレスでも受けない限りはそうそう破られることはない。アダマンタイトではなくこんな素材が使われていたとは、とブライアンが珍しい物を見るように呟いた。
ステンドグラスはマーレの予想通り光を受けて煌めいていた。
祈りを捧げている神子の少女がいた。年齢的には10に満たないくらいだろうか。お客様だ、と小さな声で呟いて近寄ってくる。
「おきゃくさま」
「こんにちは、マーレ・マティグリーと申します。神官様はいらっしゃる?」
「すこし、まっていてください」
「ええ」
少女はゆっくりと歩いて去っていく。光を受けて煌めく白髪に白いシスター服、まさに神子といったいでたちと言えばいいだろうか。マーレはそれを少し憐れむ目を向けた。
基本的に教会の中では信徒はみな平等である。カドミラ教は世界樹によって一人一人の人間が作られているとし、人類を“契約の種族”とする。
神子という存在はその中にあって、その契約の軛を取り消す力を持っているとされており、それは時に厄災を呼び、滅びをもたらした。故に神子は力の使い方を教えられる教会に保護されねばならない。
「親元を早々に引き離されるとああなるわ。本当に小さい子ばかり」
「……通常は姿を拝見することすら困難だと聞いていたのですが、違うのですか」
マーレの言葉にカミーリャが問いかけた。
「そりゃ、教皇が直接指揮を執って改革を始めているらしいからな。神子を親元に返そうとしてるらしいよ。その教皇と今は連絡がつかないわけだが……」
「無理に引き取られていった神子も多いけれど、極稀に農村にもいるらしいわ。そういう子は口減らしで買われているの。その場合は親元に返すのは困難」
エドワードとマーレの言葉にタウアが微かに表情を歪めた。
「農村の教会も関与しているのですか」
「基本的にはそうだよ。まあ、教会の改革を急いでもらわないとまずいけど。まずは教皇がどこにいるのか知らないとね」
マーレは小さく呟いて、近くの長椅子に腰掛ける。いくら総本山の御膝下の教会であるとはいっても、旧教会にいるのは司祭クラスである。ここにロキがいたならば、教会内を見て回ったことだろうが、彼女はそこまではしない。
「マーレ嬢は、どこでお知りになったんでしょうか」
「私もループは覚えてるからね。ロキ様に会ったの、初めてではないですし」
カミーリャの言葉にマーレは答え、連れてこられた神官に礼をした。神子は笑って茶の準備をしに行き、神官はマールたちを一室に通す。
「初めまして、この教会の管理をさせていただいている、神官リドルと申します」
「マーレ・マティグリーと申します。本日はお話を伺わせていただきたくて窺いました。よろしくお願いします」
「エドワード・カヴフラムと申します」
「こちらこそよろしくお願いします。失礼ですが、そちらの方々は?」
神官がブライアンたちを見やった。ブライアンとカミーリャは顔を見合わせて前に出る。
「ブライアン・フーリーだ。よろしく頼む」
「キョウシロウ・フォン・カミーリャと申します。こちらは従者の、」
「タウアとお呼びください」
席に着けば先ほどの神子がもう1人の神子とともに茶を淹れ始め、タウアは目を細めた。出されたクッキーはおそらく教会に併設されている修道院で作られたものだろう。修道院は通常山奥にあるのだが、この教会はもともと人里離れた場所に在ったのだ。そこに街ができたというべきか。魔物の寄り付かない土地は限られている。
「さて、どんな話を聞きたいのでしょうか?」
「まずは、シスターさんたちですね。神子ばかりなのですか? それに幼いわ」
いきなり核心近くを聞いたマーレにエドワードとカミーリャは目を見開いた。本来なら、もっと遠いところから聞くものだろうにと。リドルは笑った。
「直球ですね。好感は持てますが」
「詳しい話を聞かせていただけますか」
「ええ。まず、ここにいる神子様たちは、センテリディクス教会から送られてきた者たちです。魔力の質はあまり良くはありませんが、神子としての能力は十二分に持っていらっしゃる方ばかりだ」
ブライアンはしまったな、と思った。自分がいくら地盤固めのために学園内で他の貴族子弟や平民と接しているといっても王都の中だけだ。婚約者であるマーレはおそらく教会の勢力図を頭に入れている。
「教会にも勢力図あるのかよ……」
聞こえるかどうかわからないくらいの声で小さく呟き、ブライアンはマーレとリドルの会話に聞き入った。
「神子様たちが幼い理由はわかりません。王都の方が安全だと考えたのかもしれませんね」
「お待ちください、リドル殿」
カミーリャが声をあげた。
「センテリディクス教会と言えばガントルヴァ帝国の教会のはず。なぜ国境を越えてまで?」
「センテリディクス教会の周辺は魔物が多いですからねえ。本来ならば防衛に充てるべきと思いますが、やはり幼いが故、でしょうか」
「……もっと年齢の高い神子はいるのでしょうか?」
「一定の年齢に達せば教育のために教皇様と枢機卿の元へ送られますよ」
なので今ここにいる神子様たちはこれから教育を受ける方々なのです、とリドルは言う。マーレは眉根を潜めた。何かが繋がらないのだろうなとエドワードは思いつつ、さらに踏み込んだ。
「神子にしては彼女らの魔力量が低くはありませんか」
「……さて。そうなのですか、私にはわかりかねます。魔力を測れるのですね、カヴフラム様」
「……」
狸だ、とエドワードは思った。
表情をよく見ていなければわかりづらい。柔和そうな雰囲気が警戒心を収めてしまう。カミーリャもなんとなくわかってはいるようで、油断なくリドルを見ていた。とはいっても、いくら貴族と言えどほとんど社交の場に出たことのないはずのカミーリャは、そこまで機微に敏くはないようで、もともとのセンスと父親に仕込まれたのであろう笑顔でぼろを出していないだけにも思える。
(カミーリャ、ここは俺とマーレで相手をする。聞きたいことがあったら言ってくれ)
(わかりました。ありがとうございます)
小さくカミーリャと言葉を交わし、エドワードはマーレと神官の方に集中し直す。マーレと神官の会話は総本山で何があったのかに変わっていた。
「教皇と連絡が取れないと仰っている方が居まして。その方は国外の方なので、気になったようですが」
「ああ、教皇様の件は本当に残念です。総本山の枢機卿派が教皇と息子殿を監禁してしまわれたようなのですよ」
リドルは目を伏せがちになり、本当に残念だとまた呟いた。
「おかげでこちらも情報が追い付いておりません。他の教皇派の教会では神子様が攫われたという話も聞きます。トリスタン様の安否が気になるところですね」
「枢機卿派の目的はわかりますか」
「わかりますが、それを聞いてどうするのでしょう。何か打てる手があると?」
「目的が一致すれば、使える手はあります」
マーレが言っているのがロキであろうことはすぐにエドワードも思い至った。なるほど、列強を使う気か。
「私の学友に列強とパイプを持つ方がいます。彼の人の助力が得られれば、監禁されている教皇やトリスタン様を救出できるかもしれません」
ロキのことをダシに使っているわけではないが、本当にロキの協力を得て事を起こした場合は、ロキにずいぶんと借りができることになる。
「……わかりました」
リドルは小さく息を吐いて、一言告げた。
「枢機卿派の目的は、世界のループの停止及びループからの脱出です」




