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2025/04/26 表現の修正・編集しました。
セネルティエ王国王立学校中等部の時間割は、1年間似たような時間割で進む。国語、数学、歴史、神学、魔物学、魔術学、魔術鉱石学、武術、帝国語の9つの基本科目があり、選択科目が技術、家庭科、音楽、美術の4つから選ぶ合計10科目を毎週同じ時間に受講することになっている。
授業が始まって2週間が経ち、それぞれのクラスで行われていた武術における順位の決定のようなものも終わった。
4組は留学生であるロキがトップ、2番がアレスだった。4位に入っていたカミーリャが何度も掲示コーナーを見直しているのを見てタウアが嬉しそうに口元を綻ばせていたのを知る者は少なくない。
アレスはセネルティエ王国に3つある公爵家のひとつ、シェネスティ公爵家の跡取り息子だ。シェネスティ公爵家は2代前に当時の王弟が分家したもので、アレスが当主になる時に侯爵家になる予定の家だ。これで王女の誰かが降嫁してくるとアレスからあと2代は公爵家のままになるが。
ロキや別のクラスにいるカルとの会話に普通に混じってくることがあり、加護持ちらしい脳筋戦法にも対応できる、話し相手としては実直すぎるのでロキよりカル向きな友人、というのがロキからの評価だ。評価できるほど上かといわれると疑問ではあるが。
ロキとカミーリャだが、時間割を2周しただけで大体講義室の位置と次の講義を覚えてしまったようだ。2人はいつも一緒に行動しているというわけではないため、周りのクラスからは帝国の貴族とリガルディアの貴族の仲が悪いと思われて久しいこともあり、2人の仲はそんなに良くないという噂が流れはじめた。それを聞いたプラムたちが顔を見合わせているのを、他のクラスの子供たちは知らない。
あと、2週間過ごしてロキたちは分かったことがある。
そう、プラムが言っていた叔父の存在である。どうやら武術を嗜んでいるという名の筋肉ダルマである。一周廻って神々しいわぁ、とプラムが言っていたのでかなりプラムは毒されているらしい。
一応立場的には生徒指導を担当しているようで、何人も彼の目について引きずられていった。ロキが目を付けられたことは無い。カミーリャも然りで、恐らくだがリガルディアを舐めてかかっている生徒を引きずって行っているんじゃなかろうかとはアレスの言であった。
「だってフォンブラウをキレさせたら碌な事になんないって聞くし」
「あ、警戒されてるの殿下じゃなくて俺なんだ?」
アレスの言葉に謎だとロキが零していた。
♢
「ソル、一緒にお昼でも食べないか?」
「お誘いありがとうございます、ブライアン様」
ソル・セーリスは少々困っていた。というのも、ソルを気に入ったらしく声を掛けてくるセネルティエの上流貴族の誘いを断れないのだ。ソル自身も断るスキルが足りないこともあるかもしれないが、それ以上に多分この男、しつこい。しかも侯爵家の令息であるらしく、何かと家格を引き合いに出してくる。
顔立ちは綺麗だ。綺麗な顔立ちが台無しになるくらい性格に難がある。少なくともソルはそう思った。なんか似たようなやつを知っているような。
食事に付き合う必要があるわけではないけれど、ソルの立場では下手に動けないのである。令嬢姿のロキならキリッと振ってやっていいのかもしれないが、男爵令嬢でしかもアーノルドに後見してもらっているソルは下手にアーノルドに負担をかけたくない。
ロキが食事に誘ってくれるようなことがあれば、それを理由に断って、尚且つ見せつけも出来るのだが、ロキはソルを食事に誘うことは無い。理由は分かっている。今ロキはカルの代わりに公爵令息のアレスと帝国貴族であるカミーリャの2人との窓口にならなければならない。カルの方はカルの方でアレスとは別のセネルティエの公爵家、侯爵家の令息たちとよく食事しているのを見かけるので、ソルが邪魔をすることはできない。というか、女に現抜かしてないで幼馴染であろう令息たちと同じように人脈を広げようとは思わないのだろうか。
思うわけがないというのもソルは知っている。ソルが知っている乙女ゲームの攻略対象であるこの令息は、所謂女っ誑しである。ソルはこの乙女ゲームのヒロイン枠に自分はいなかったと記憶しているのだが、どうしてこうなった。やめてよして触らないで、といったところか。
「せっかくお誘いいただいてありがたいのですけれども、今日はプラム殿下からお誘いいただいているので、お断りさせていただきますね」
「なっ。何故? いつもは俺と食事をするじゃないか」
お前がウザいだけです、と言わなかったのは貴族として叩き込まれた礼儀作法のなせる業であろうか。ソルはにこやかな笑みを浮かべて断りの文句を並べたのだが、何故嫌味だと気付かないのだろうか。ここまでくると自分が女に振られることは無いと高を括っているようにも思える。是非令嬢ロキのような絶世の美女にこっぴどく振られてプライドそのものをズタボロにされてくたばってほしい所だ。
大体約束があるならそっちを優先する決まっている。いくら侯爵家とはいえ王家を無視していいなんて、そんなにセネルティエ王家は力を削がれているのだろうか。とてもそうは思えないソルである。
どう躱そうか迷っている所に、仏が現れた。
「ソル嬢、こんなところに居たのか。探したよ」
「エドワード?」
「エドワード様」
ソルにとっては隣のクラスの一番階級が高い人、そしてカルがよく一緒に話している公爵家の令息である。露草色の髪と碧の瞳が、彼の魔力の高さを物語る。ブライアンももちろん知り合いのようで、エドワードがわざとらしく驚いて見せた。
「ブライアン、君も居たのか。悪いがプラム殿下がソル嬢をお呼びだ。また今度にしてくれ」
「はー、付き合い悪い奴だな。ソル、また誘うぞ。じゃあな」
「……失礼します」
ソルが立ち去るブライアンを礼で見送った後、気遣わしげにエドワードが口を開いた。
「邪魔したかな?」
「いえ、いい加減話通じないし鈍いしウザいし親の七光りなの丸分かりだし貴族辞めた方がいいんじゃないですかね? 助けてくださってありがとうございました」
「流石リガルディア、女性も強かだね」
エドワードのそのオブラートっぷりもすさまじいと思うのはソルだけだろうか。どうやったら今の批判をくるっと一言に包み込めるのだろう。カルとまともに論じ合っているのを傍目に見たことがあるので、かなり頭が回るタイプだろうというのは分かるのだが。
「彼がいつも君に迷惑をかけていると聞いた。本当に申し訳ない」
「いえ、いいんです、庇ってくれないロキの責任かな、と思ってますけど」
ソルがそう返せば、エドワードは苦笑した。ロキが庇わない理由の1つは、ロキ自身がソルならなんとかできると思っている節があるからだとソルは思うのである。過大評価と言いたくないが多分過大評価だ。
正直、ブライアンは躱すのが大変なのである。ドン引きでもしてくれたらと思って趣味の話をしたら根掘り葉掘り聞きに来たりと非常にうざったいのでどう逃げようか悩んでいた。ロキをやたらライバル視しているのでロキのところにだけは行きたくない。確実にロキならばあの侯爵令息を煽り、売り言葉に買い言葉でことが大きくなる。ロキは人をいらだたせることに関しては一級品なのだから。
「お迎えありがとうございます」
「早く助けてあげられなくてごめん。次はもっと早く来るよ」
「そんな、お手を患わせるわけにはまいりません。次こそ逃げきります」
ソルとエドワードはそんな言葉を交わしながらプラムたちの待つホールへ向かった。
♢
「――ってことがあったんですよ」
「うわぁ、大変そう」
プラム主催の小さな茶会にて。
高等部にいる金色蝶たちも誘って、女子だけの茶会をプラムが開いてくれた。正確には金色蝶の提案だったらしいのだが、女子トーク、ないしは恋バナをしたい年頃なのである。
ソルは先ほどエドワードに助けられたことを簡単に皆に説明したらしい。
「どうせデートならロキからのお誘いがいいなあ」
「あら、貴女たち付き合っていたの?」
「え? あれ、言ってませんでしたっけ」
ソルの本音らしき言葉を拾った金色蝶の言葉にソルが返し、金色蝶は言ってないわ、と返す。
「初めて知ったわよ。付き合っているにしては距離が遠い気もするし」
「え、そうなの? あんまり近かったら重くないですか?」
「あ、そう思ってらっしゃるんですねー」
金色蝶にしてもアルテミスにしても、ソルとは男性との距離感が少々違うのである。西の人だからなのか、転生者であるなしがあるのかはわからないが。
「ロキ様もあまりソルさんを拘束しようって感じでもないですしね」
「あいつはあんまり束縛好きじゃないみたいですしねー」
「束縛云々よりは、お互いの気持ち次第かしらね」
「アカネはいいなあ、そんな風に思えるなんて」
アカネは一応男爵家の出であるらしいのだが、家が没落しており、それ以前から交流のあった金色蝶に拾ってもらって留学してきたという。
「思えば、ソルさんって男爵令嬢よね? 公爵令息となんてそんなラブロマンスみたいな展開あり?」
「あー、実は実家のごたごたを収めてくれたのがロキの実家でして。後見人になってもらってるので、フォンブラウ公爵の一存で私たちの意思はどうとでもなるんですけどね」
「え、何それ」
それは面白くないわ、と金色蝶が言う。金色蝶は確かに父王に意見するだけの気の強さも実力もあるだろうが、ソルにはそんなものはないのだ。
「まあ、なんだか公爵御本人が乗り気なので、私たちは婚約という形に収まっています」
「貴女の意思はそこにはないような言い方だけれど、違うの?」
「ちょっとでも嫌だったら突っぱねてますよ。置いて逝かれるのがわかっててもそれでも婚約するなんて、相当好きじゃないとできません」
ソルとロキの思いというのは、周りからはわかりづらいものなのだろうか。理解されないのは少々悲しいが、でもガールズトークできるのははっきり言って楽しいのでよしとする。ちなみにループの経験で語るならば、ソルがロキを置いて逝く可能性5割強、ロキがソルを置いて逝く可能性5割弱といったところ。
「まあ、ソルはかなりはっきり言うタイプみたいだし、それならいいのよ?」
「ロキ様のどこに惹かれたのです?」
「うーん、なんだかんだで気配りが上手いところと、案外面白いところかなあ」
その程度の条件ならいくらでもいるだろうが、ロキだからこそと思える部分がそこに含まれているのも事実なのである。ぼんやりと淡い思いであることも理由の一因だとは思うが。
「どこに惹かれているのかと言われるとあれですけどね、説明は難しいです。でもロキじゃないとダメ、っていう感じというより、ロキを支える役は譲らないわよ、みたいな?」
「ほうほう」
「私の居場所はここ、みたいな」
ロキがそこにいるのが当たり前なのだけれど、当たり前じゃないことを知っている、みたいな感じです、とソルが言えば、アルテミスが少し悲しそうな顔をした。
「それは少し、悲しいわ」
「はい、私もそう思います」
「それでもロキさんを選ぶの?」
「ええ、まだ気持ちの所在ははっきりしないし整理もできてなんかないけれど、ロキのことを好きなのは事実なんです。一緒にいられるだけで十分幸せだって思ってしまうくらいには、ね」
ロキのことを考えているときのソルは幸せそうに目を細める。そのことを言ってはやらないのだとアカネとアルテミスは決めた。金色蝶が笑ってソルに言う。
「大事にしてもらいなさいよ」
「ええ、わかってます」
「結婚式には呼んでね?」
「あはは、呼べたらお呼びします」
会話に一切加わってこないナタリアが紅茶を淹れなおせば、金色蝶が口をつけた。ソルは紅茶の香りを楽しんで、静かに飲み干した。
♢
「……絶対無理」
「俺はお前みたいなタイプとは合わんが、いつまでもそのままではいられないことくらい分かっているのだろう?」
伝えたはずだぞ、ロキが向かう、と。
ロキは目の前の緋色の髪の少年――アレスに言う。アレスは相変わらず顔を顰めてロキを見ていた。ロキの口調が言い切り型なのは威圧感を出すためだろう。
「俺の目は治らない」
「治す気が無いの間違いだろう。それでも貴様軍神の加護持ちか?」
腕を組んでいるものの、アレスを真っ直ぐ見ているロキは、決してアレスを焚き付けようとしているわけではないし、声音に棘も感じられない。けれどアレスが嫌がっているのは、アレス自身が触れられたくない何かがそこにあるからなのか。
アレス・シェネスティ。セネルティエ王国シェネスティ公爵家長男たる彼は、目が悪い。目を凝らしても何かをその瞳が映すことはほとんどないようで、だからロキの位置入換の魔術にも引っかかった。
「加護は関係ない。俺の目は魔物に盗られた」
「相手が分かっているならなぜ奪い返しに行かない。何かあるならば手を貸そう」
アレスはロキの手を取らない。ロキは小さく息を吐いて、お前が嫌がるならばこれ以上は言わない、と告げる。
「だが、こちらに何か降りかかったならば、問答無用でお前の目を奪い返してやる。何を隠そうと無駄だ、覚えておくといい」
「うるせえよ」
分かってんの、そんなことは。
それでもなお口先での抵抗を試みるアレスに、ロキは踵を返した。
ソルの発言の逝く、という部分は同音異義語で金色蝶たちには行く、だと思われています。




