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2021/09/02 大幅に変更しました。
――漸く、見つけた。
少年は歓喜した。己の求め続けていたものがそこにある事実に。
靡く白銀、煌めくラズベリル。彼が求めていた全てが、そこにある。
その色彩に愛しさを感じる。この色を守りたかった。守る力は自分にはなかったけれど。
今度こそ力を手に入れるから。
だから、どうか、その横に侍ることを、許してほしい。
霜の様に包むのが上手い彼の事だから、今度こそ自分に失敗は許されないのだ。
今度こそ、この翼を捧げると誓ったのだ。
ゼロは今はまだすぐ傍にある箱庭の夢に、背を向けられない。
♢
食事は本来コースで出て来るのだが、ムゲンがあまり堅苦しいのは嫌っているという事で、今回はデザート以外の全ての料理を先にテーブルに全て並べてあった。食べる手は止めずにアーノルドとムゲン、スクルドとドゥルガーが話し始めると、メティスが子供たちの様子を見ながら食事を進めているのが伺えた。ゼロがロキをじっと見ている。ロキはいい加減くすぐったくなってきた。
ゼロ・クラッフォンという人物は、『イミラブ』の攻略対象の1人だ。立場としては、悪役令嬢の従者。所謂ヤンデレ枠で、ハッピーエンドでは片時も傍を離れずヒロインを溺愛、グッドエンドでは距離はちゃんと確保しつつもヒロインを溺愛し主人たるロキに仕える。トゥルーエンドでヒロインとは知人でありロキを慕い続ける様子が描かれ、ダークエンドでは刺客を向けられ瀕死の重傷を負ったロキを殺して後を追い、バッドエンドではロキは行方不明、ゼロは白銀の刀を持ってヒロインを殺しに来る、という何とも両極化しているキャラクターである。
(明日はゼロが来る!? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!)
前日に連絡を入れたらソルは慌ててロキに攻略対象としてのゼロの特徴をロキに伝えた。
(いいですか、ゼロはヤンデレです。気に入られたら最後、気に入った相手を自分の手に入れるまで追いかけ回してくるタイプです。ダークエンドでは敬愛してたご主人様が虫の息だからって殺して後を追うような奴ですからね!)
ソルは本当にロキがゼロに気に入られて殺されたことでもあったかのように心配していた。今なら冷静になっているのでなんとなく納得ができるが、ループが1度や2度の話でないようなデスカルの発言から見て、何度も繰り返した内のどこかでそんなことがあったという事実をゲームを通してロキもソルも知っているだけなのだろう。
ロキをじっと見ているゼロの様子が普段通りでないのは何となくわかる。上手く視線を逸らすことができずにロキが困っていると、トールが寄ってきてロキに抱き着いた。ゼロと睨み合っていると思ったのだろう。
「ねーさま?」
「ん、どうしたの、トール」
「お元気ない?」
「ん、大丈夫」
トールの頭を撫でる。食事の場で席を立つのは基本マナー違反だが、隣に座っていたトールが来なければ、ロキはゼロから視線を逸らすことはできなかっただろう。フレイやスカジも様子を見守っていたようだったし。
「ほら、席に戻って。食事中に席を立つのはマナー違反」
「はぁい」
トールが席に戻る。ゼロは相変わらずロキを見ていたが、ロキはもう視線は合わせないことにした。とはいえ食事に集中できやしない。
アーノルドとムゲンが何か話していて、ムゲンの手元の食事が驚くべきスピードで消えていることにロキは気付いた。マナーを守りつつ食事が早いのはフォンブラウでは見慣れた光景なのだが、話しながらアーノルドやスクルドより早く食べるというのがなんとも。
新しいワインのボトルが開いた。
「ムゲン殿食べるの早いな……」
「父様母様より早い」
フレイとスカジも流石に感想を述べている。まったく気にしていないトールが頬をいっぱいに膨らませながら食事をしていた。4歳に完璧なテーブルマナーを求めるのは早すぎるだろう。
漸くゼロが食事をすすめ始めて、ロキは視線を上げた。もうゼロとずっと視線が交わることもあるまい。ちらとゼロの方を見ると、何かに満足したような、楽しみが増えた子供のような顔をしていた。
♢
食事を終えて、一旦クラッフォン一家が客室に下がると、ロキも寝るための準備を始めた。読書で腹休めの時間を置いたら入浴をして、パジャマを着用する。後は寝るだけ、という段階で、アーノルドに呼ばれたので慌てて部屋着に着替え、アーノルドの執務室へ向かった。
「ロキです、失礼します」
「入りなさい」
執務室にはアーノルド、スクルド、デスカル、アツシ、リオ、ムゲン、ドゥルガー、ゼロがおり、ロキと付いてきたアリアを含めると10人という大所帯になった。
「皆さんお揃いで、どうされたんですか」
「ロキ、以前から言っていたと思うが、お前に掛かっている術式を解くためにムゲンたちには来てもらった」
アリアがロキのためにソファに敷物を敷いて、ロキはソファに沈み込んだ。アーノルドは椅子に座っているが、他の者たちの為にもソファや椅子が用意されていく。ムゲンとドゥルガーはゼロの手を握っているが、ゼロがロキの方をじっと見ているので引き留めているようにも見える。
「ロキ様、とりあえずかかってる術がどうにかならないと俺たちもどうにもならないという判断に落ち着いた」
「そうでしたか」
デスカルの言葉にロキは納得したような、自分が理解できていない情報が多すぎるためか分からないような。アーノルドがロキにも分かるように説明をしよう、と言って資料を出してくる。
「ロキ、簡単に言うと、お前には性別転換――変化魔法がかかっている」
「変化魔法ですか」
「ああ。ロキ神の加護と相性が良いから解けにくかったんだろう。しかし、術式から見て半永久的なものと判断した」
「それで魔法、ですか」
「そうだ」
生まれた時から女の姿ではあるが、違和感を覚えていた。他者からの干渉によるものである可能性はもともと話に出ていたし、ロキだって考えなかったわけではない。断定できたということは、その尻尾でも掴めたのだろうか。
「そして上位者が手を出せないと判断した理由だが――」
「はい」
「……術の維持にお前の魔力が使われている。本来魔力を持つ罪人への封印措置と同等の術式だ。封印ではなく、身体を半永久的に性別を変更するものではあるが」
リオが、術が解けると君の魔力量は倍に膨れるだろう、と言ってきた。ロキは蒼褪めた。現状ただでさえ魔力量が多いとか晶獄病とか考えたいことが多いのに、そんなことを言われたら恐ろしくなってしまう。
「え、あ、父上、晶獄病はどうなりますか」
「本来ならば耐えきれず一気に結晶化すると思う」
ああ、やっぱりか、とロキは思う。アーノルドは不安げなロキの頭をそっと撫でた。当然だろう、嫌だと言われるかもしれない、でもやらなければロキは短命にその生を終えるだろう。しかし解決策なしで行動に移す人ではないという、ロキの一方的な信頼によって、アーノルドの心配は裏切られることとなった。
「ロキ、嫌なら嫌と――」
「分かりました、よろしくお願いします」
「!」
アーノルドは目を見開いた。ロキがアーノルドを見上げる。
「私は、いえ、俺は父上の指示に従います」
「――」
その時、ドン、と鈍い音がした。そちらに視線を向けると、ゼロが自分を抑えていた両親を振り払ったらしく、ムゲンとドゥルガーが床に伏している。
「え……?」
「?????」
デスカルが立ち上がりゼロの前に立った。
「ちょっと待て」
「断る。ずっと待たされているんだ」
「分かってるよ、よく今まで我慢したな! でもあとちょっとでいいから待ってやれ! ほんとにあとちょっとだから!」
デスカルは何かゼロと共有事項があるらしい。アーノルドは目を丸くした後、ロキの方に向き直った。
「ロキ、今から、まずお前に掛かっている変化魔法を解く。その為にムゲンとドゥルガーの子供の協力が必要だった。その後は、お前の体力次第だが、術式の完全破棄をする。後日、半精霊と仮契約してもらう」
「はい」
説明をしてロキの意思確認をしたらすぐにでも行動に移れるようにここに皆呼ばれていたのだろうなとロキには何となくわかる。あっ、とデスカルの声がして、ロキのすぐ横にゼロがやってきた。
「おいゼロ、何やったらいいのか教えてねえぞ!」
ムゲンの発言にアーノルドがぎょっとしたが、ゼロがパッとロキの手を取ったのを見て半身退いた。ゼロに手を握りこまれたロキはゼロと視線を合わせる。
「――」
子供ってこんな表情していいもんだっけか、とロキは思った。ゼロが、ずっと探していた宝物を漸く探し出したような表情をロキに向けたからだ。
「……俺と、番ってください」
「お断る」
「……あっ、ちが、番じゃない、間違えた!」
雰囲気たっぷりの所をロキにバッサリ切られて、ゼロは言い間違いをしたと言い始めた。番って伴侶じゃん俺女でいる気ないよとロキが反応を返すのも当然である。いや、よくぞ雰囲気に吞まれず返したものだとさえ思ってしまうが。
「えっと、俺に、傍に侍ることを、許して、ください」
「……はい、と言いたいところだけれど。俺、女のままでいる気ないよ。この顔に惚れたんなら諦めな」
「そういう問題じゃない、です」
女の姿に見惚れていたとかそういう訳ではないと必死に主張してくるゼロに、ロキはその言葉を正面から受け止めてやることにした。
「俺も自分がどんな顔になるかは知らんぞ」
「顔で選んでない」
「じゃあ何を見てるって言うんだ」
「懐かしい魔力だから……でも初めて会ったはず」
あ、これループの影響かとロキはデスカルたちを見やる。そういえばゼロも居た方が良いとか、ループの説明をされたときに言われた記憶が。目が合ったデスカルは小さく頷いた。確認したロキはゼロに向き直る。
「……分かった。でも侍る許可は、お前が本当に俺に掛かっている呪いを解くことができたら与えよう」
「言質は取った」
「ああ」
ゼロはロキの横に座り、魔力を同調し始める。
魔力の同調は、魔力操作をある程度こなせるようになった段階で行うものだ。具体的には、全く違う系統の性質の魔力を持つ者同士が波長を合わせる段階の事だが、ロキは相性の良い上位者としかやったことが無かったため、体力的にかなり厳しいものになることが予想された。
「ゼロはもう魔力を発現しているんだな」
「魔術はまだ扱えないが、魔力の性質だけでいいなら特に問題ないぞ」
後ろからアーノルドとムゲンの会話が聞こえてきた。
ロキは魔力同調に集中する。ゼロの手から魔力が流し込まれ、ロキの魔力に解ける。ジワリ、と、熱が生じる。
「……今日、魔力使った……?」
「いえ、あんまり……」
「……魔力が馴染んでないのにどんどん吸い込まれる……」
5歳ってこんなに喋るっけなと思いながらロキはゼロから渡された魔力を全身に回していく。少し体が軽くなってきた気がした。
リオがロキの後ろに立ち、背中に手を当てる。何かをぐっと掴み上げられた気がした。
「――!?」
ロキの身体がガタガタと震え、軽く握っていたゼロの手を握り締める。ゼロはリオを見ないように顔を背けた。
「よしよし、そのまま魔力を満たして。――よし」
リオの声に合わせるようにロキの身体は熱を発し、そして、ビキ、と何か割れた音がした。
続けてぽふん、と可愛らしい音がして、ロキが煙に包まれる。
「……あ」
「っ!!」
煙が晴れる。ソファには銀髪の少年が座っていた。ロキがドレスやワンピースで来なかったことが幸いして、少々ぶかぶかではあるがシャツとスラックス姿である。
アーノルドが飛びついて力いっぱい抱き締める。少年姿のロキはそんなアーノルドに驚いていたが、にへらと笑った。
離れそうにないアーノルドをアツシが引きはがし、ロキはゼロの方を見る。
「ゼロ、さっきの話だが」
「あ……、はい」
「“許可する”。存分に俺に仕えろ」
ゼロがこれ以上ないと言わんばかりの笑顔を浮かべたことも、ロキが本当は皆に礼を言いたかったことも、大人たちは分かっている。
ロキの視界が暗転する。最後に目に入ったのは、倒れることを予期していたらしいアリアの細い指先だった。




