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2025/04/23 加筆・修正しました。
セネルティエ王国の立ち位置というのは、比較的わかりやすいものである。南を大国であるリガルディア王国、西を山脈を挟んでこちらも大国であるガントルヴァ帝国に接しており、大国2つに接する小国の動きが多い、といえばわかりやすいだろうか。
軍事国家であるガントルヴァ帝国は、人間――特にヒューマンを優遇する国家である。特に帝都は、夜間はヒューマン以外の滞在そのものができない内街と、ヒューマン以外の滞在が許可されている外街に分かれているほどだ。帝国のヒューマンはほとんど魔力が扱えないので、自衛のためと言われればなるほどとしか言いようがないものではあるが。
ガントルヴァ帝国は軍事国家なだけあって、軍事技術が抜きん出ている。内政に力を入れ始めたのは割と最近で、今代と先代の皇帝は、先々代がセンチネル王国から分捕った領地を治めるのに内政に力を入れていた。まあつまり、セネルティエ王国は先々代の時期にもともと山脈の向こう側にあった友好的な隣国センチネル王国を失ったのだ。センチネルは滅びてはいない。ただ、最終的に国土の9割を失っただけだ。
いつガントルヴァ帝国がまた外国の方を見るかはわからない。センチネル王国の9割の国土を取り込んだガントルヴァ帝国は、国土だけで言うならばもともとの倍、リガルディア王国の国土の倍の領土を誇る超大国と化した。100年もあれば大まかには統治が完了するだろう。現在手を焼いているらしい魔物の討伐も、帝国の軍事技術でどうにかできてしまうものだと、ピオニーは予想していた。
ガントルヴァ帝国の軍事力に対抗するのは現実的ではない。その上で、セネルティエ王国の王族はヒューマンではないことを鑑みると、どうなるか分かったものではない、というのがセネルティエ王家の考えなのである。
一方のリガルディア王国は、建国後一度も大きな戦に参戦していないという少々変わった経歴の国家である。リガルディア王国が決して弱いわけではないだろう。それは、領内に発生する魔物が冒険者ギルドによって高い等級で討伐依頼が出て、それが放置された場合は領主が討伐依頼を受注するところからも伺える。放置される時間が長いほど魔物は強大に育つものだ。民に被害が出ている場合はもっと早い段階で領主が動く場合もある。
外国を攻めたことがないだけで、リガルディア王国には魔術のおおよその体系が存在しており、魔術を学ぶならばリガルディア王立学園高等部、と言われるくらい国際的に有名だ。国内に幾つも列強の別荘地を抱えていて尚、彼らと敵対していないことから、決して外交が下手なわけでもあるまい。
リガルディア王国で最も有名なのは、竜騎兵だ。竜種に乗った兵士や騎士による攻撃は圧巻の一言。対空戦術を持たない者にとっては、それは存在するだけで脅威だった。
故に周辺国家は、ガントルヴァ帝国を含めて、空の攻略法を、長年研究してきたのだ。
そして、セネルティエ王国は、リガルディア王国に対しては、ガントルヴァ帝国と同じく技術で勝り、空の攻略を考えていた。
だが。
この度、セネルティエ王国は、世界的な有事の発生を感知したことによって、その方針を大幅に転換することにした。
♢
「では、本日は予定通り、工房をお見せいたします」
プラムによるセネルティエの王立施設の見学ツアーは、リガルディアのみならずガントルヴァにさえ施設を公開し、研究開発を行っている現場の長と仲良くなりましょう、というトンデモないものだった。怪訝な顔をしたのはカミーリャで、一応敵対しているはずの帝国貴族である自分にまで見せて良いのかとプラムに問うた。最もなことである。
「ええ、大丈夫です。見て盗んだならばいざ知らず、研究資料を持ち出したりなど、帝国貴族の方がなさるわけがありませんもの」
リガルディアの貴族が居ない場ではこの発言は馬鹿としか言いようがないが、ここにはリガルディアの王族まで揃っている。カミーリャの人柄を信用しているということもあるのだが、下手に隠し立てして帝国に付け入る隙を与えたくも無いのだ。留学生たちに見せるのに彼らだけ外せばつつかれることは分かり切っていた。いや、正確には、そういうタイプの貴族が帝国には多いのだ。プラムも何度か帝国の上級貴族には会ったことがあるのだろう、声音を意識的に柔らかく出すことで棘を隠しているが、聞く人が聞けば一種の嫌味と受け取ることも出来る。
リガルディアの貴族はこの棘や毒に気が付き辛く、遠回しな言い方や婉曲表現が非常に苦手である。それに対応できる転生者がいかにリガルディアにとって強力な武器足り得るかが分かるというものだ。別に外交は下手ではない、武力のちらつかせ方が上手いので。
「オートの手綱はセトに預ける」
「なんで俺ェ!?」
ロキから手のかかる学友をぶん投げられたセトの悲鳴が聞こえるが無視する。
プラムが客人らを引っ張ってきたのは、王都の中央付近、大通りに面した一角の軍事研究施設であった。ここも黒地に溝の掘られた四角い建物で、建築様式と呼んでいいのか怪しいが、黒箱教の教会をモデルにされているらしいことが分かるくらいには同じような外見をしていた。
黒い金属を削り抜いたその建築様式は、ここを建てたのがいったい何者であるのかを如実に表しているような気さえする。
施設内部に入って見せられたモノに度肝を抜かれているのがありありとわかる表情をしているのはアルテミスだった。ロキも驚いた。表情はあまり変わらなかったが、目を見開いたので素の表情筋が薄いロキにしては驚いていることを察してほしい所である。
「ロキ様驚かないんですね」
「驚いてます、これでも」
「あ、そうなんですか?」
プラムの言葉に素直に返せばプラムの方が驚いた表情を見せる。
ロキ達の前に広がっているのは、研究施設であると同時に、建造施設でもあったようだ。そこには人型に組み立てられた機械が並んでおり、向こう側には母艦と思しき巨大な船型の建造物もあった。
何で人型なんだ、とカルが問えば、プラムは詳細は知らない、転生者でも混じってたんですかね、と返してきた。十中八九某機動戦士他人型ロボットのことを指しているとみられるが、ロキは今は何も言う気にはならない。素材は一体何だ、緻密に組まれた魔法陣の詳細を覗いてみたい、と思うばかりである。
ここまで自分の興味を引くものが組み込まれていようとは、迂闊であった、と後にロキは語った。
「今研究中の鉄騎兵、“アイゼンリッター”です。とはいえ、私に語れることなんてほとんどないので、彼らに任せます」
プラムはそう言いながら白衣の研究者と思しき者たちを示す。彼らはプラムたちに気付くと会釈をして研究、無いし建造に戻っていく。研究者たちに耳の尖った者が多いことに気付き、ソルが呟く。
「エルフが多い……?」
「こっちはエルフが多いですね。外装なんかの部署だとドワーフが多くなりますよ」
「やっぱり得意不得意あるんだ」
「ミスリル以上のものを加工するのは人間では手の届かない位置ですし、魔物の素材で外装を作るとなるとやはりエルフの解体技術は必要です」
エルフは狩猟を行い森に暮らす種族である。魔物を狩り、その素材を加工して貿易品としているのはリガルディアの形態に近いところがあった。魔物の素材で外装を作るということは、今は軽量化の方向に研究を進めているという事だろうなとロキには何となくあたりが付いた。
少し歩いて鉄騎兵から離れ、戦艦らしき建造物の前に来ると、その外見がドラゴンを模したものであることに気付いた。
「……?」
「……」
カルとゼロが似たような、少しばかり戸惑ったような反応になる。ロキはその反応を見たうえであらためて建造物を見る。2人が戸惑った理由がすぐに分かった。
「プラム殿下、ワイバーンの鱗を使っているのですか?」
「はい。よくお気付きになられましたね」
「竜混じりとイミットが反応してますので」
「ああ、なるほど」
カルとゼロの方をプラムも見て納得したらしい。
なお、ロキの知る限り、セネルティエ王国は戦艦をいずれ持ち出してくる。これは勿論前世の記憶による知見だが、帝国とリガルディアが戦争をしようという時世になってリガルディア側でセネルティエが参戦した場合、この戦艦に類似したものを拝むことができていた。全長50メートル、搭乗人員22名。今建造中の目の前の物よりも小型で小回りが利いていたことを考えると、戦争までの間に兵器としての転用を図るのであろう。
「これは威嚇と航行速度を突き詰めた設計だそうです」
「ああ、なるほど」
カルとゼロが困惑しているのは、この戦艦の装甲の材質がワイバーンの鱗であるためだ。同族の匂いがする機械的な何か、と見えているに違いない。つまり、この設計は完全に対人間用。魔物たちは見掛け倒しなどきかない。彼らはその瞳も鼻も耳も人間以上に良い物を持っている。
カミーリャとタウアは目の前に広がる巨大な建造物に目を丸くしている。ワイバーンの外殻を使用する、とは、なかなか考えたものだなと冷静になったカルが返していた。
「ワイバーンの外殻……?」
「外殻というとおかしいか。皮と鱗のことだ。鱗が長年折り重なって硬化したものだな。強化魔法が解けないレベルで重ね掛けされているから、人間の撃つ魔術なんかじゃ割れないと聞く。竜騎士がいないとこうなるのか、面白いものだな」
カルは人間に利用された下級の同族を見上げてくつくつと笑った。ああ、人間は恐ろしい、こんなアイデアが出て来るところなんか、まさしく。
「俺はあまり気分がよくない」
ゼロが顔を顰める。こればっかりは、人間の血がより濃いカルの方が早く慣れてしまっただけなのでどうしようもない。
「イミットにはそりゃああんまり気分のいいものではないだろうけれど、慣れてくださいませ」
「殿下もお人が悪い」
国防に使えるものを使おうとする姿勢は悪いものではないだろう。プラムもあえて自分たちの技術を開示することで相手の疑心を削ぐつもりだ。
ロキは外殻呼ばわりされているワイバーンの鱗を張り合わせられたものに近づいた。ドラゴンに外殻なんてものは存在しない。外殻とは俗称で、解説は先ほどカルが述べた通りである。気付いたエルフがぎょっとしてロキを見た。
「なぜ人刃がここに??」
「リガルディアから留学生として滞在させていただくことになっております、ロキ・フォンブラウと申します」
にこりと笑みを浮かべてエルフに告げれば、エルフは「あー!!!」と声を上げてバタバタと走り去っていった。
「ロキ、脅かしたの?」
「いや、名乗っただけだよ。もしかすると、バルティカから何か情報が回っていたのかもしれないな」
「ああそうか、バルティカのところがエルフの総本山だっけ」
ソルが近づいてきて問いかけたのでロキはそれに答えた。死徒列強第13席『魔王』バルティカ・ペリドスが率いるエルフの総本山はリガルディア王都の北東側にある。
人間と友好関係を結んできたはずのエルフが列強に率いられるようになってしまったのはもう3000年も昔の話である。ロキたちの理解では、人間が悪い。
こうしてどこかの国に一緒に住んでいるだけでも重畳なのだ。リガルディアは上流ほど実力主義の脳筋の傾向があるため、種族に対して差別はない。問題は中流であろう。もっとも周りと違うことを誇示したい階級はそこだ。
「帝国の人間至上主義も嫌いじゃないけれどね、やりすぎってもんでしょ。リガルディアの新興貴族もそんなんばっかりだし」
「こればっかりはどうしようもないだろう。一部は商人が噛んでいるからな、下手に動くと経済が立ち行かなくなるし」
「え、そんな豪商までかかわってたの」
「非常に不本意だけれどね。エドガーがどうにかするさ」
ソルの言葉にロキが返す。ぼんやりと記憶の片隅にある誰かの泣き顔をロキは思い出してしまった。
少しして先ほどのエルフがここの責任者を連れてきたらしい。足音が複数。ロキはそのエルフのことを“小さい”と思った。
一言で表すならば“幼女”である。幼女に会う確率が高すぎてワロエナイとかロキが考えたのはこの際置いておく。
「ふむ、貴方が鈴蘭公か。聞き及んでおりました、私はここの研究所長の任にある、アディ・プレッシェと申します」
「敬語は不要です、プレッシェ殿。これからよろしくお願いいたします」
「ふむ、ならば、こちらこそよろしく頼む」
アディ・プレッシェ、エルフ族の幼女――ではなく、この場のエルフの誰よりも高いその魔力量からみて、エンシェントエルフである。赤髪の毛先は白く、瞳は美しいアメジスト。エルフにしては珍しく火属性のようである。
エンシェントエルフである以上、同じくエンシェントエルフであるバルティカとの関連は否めない。
「死徒同士が会話してるように聞こえるの私だけかしら」
「あながち間違いじゃないのでスルーで」
「王女相手に男爵令嬢が大きく出るわね」
「だって遠慮なんて嫌でしょう、金色蝶殿下は」
「まあね」
ソルと金色蝶が言葉を交わす。ロキはプレッシェのスキルによって背筋を走り抜けた悪寒に目を細めた。
「ステータスが凄まじいですね……ここまでのものは、私も初めて見ました。あと器がいっぱいあるんですがこれは」
「すみません俺ステータス視れないので勘弁してください」
ロキ達の世代はもうステータスを視る神の目が無い。ロキが素直に告げると、プレッシェが笑った。ロキの手を取ってこっちだ、と言って引っ張っていく。
ロキはそれについていった。慌ててプラムたちもそれを追いかける。
「私は君の事情はあまり詳しく知らない。けれど、我らの王は貴方の平穏を望んでいる。楽しいことを考えよう、何だって聞いておくれ!」
「はい、お心遣い、痛み入ります」
プレッシェはロキのステータスに何を見つけたのだろうか。それともステータス以外の何かも見ることができるのだろうか。考えても分かりはしない。ロキは小さく息を吐いて、連れて行かれた先にあった大きな戦艦を見上げた。先ほどのワイバーンの戦艦よりも大きい。
「今作ってる最新機だよ」
「すごいですね。火竜を狩りましたか?」
「ああ、それにだいぶ解体技術も上がったし、もっと頑張るよ。リガルディアのように騎竜兵を育成することは出来ないからね」
でも、騎竜兵も見たいかなあとプレッシェは呟く。人工で竜でも作る気だろうかとロキは思ってしまった。エンシェントエルフならやりかねない。
竜側の知能が低いならいざ知らず、基本的にロキたちが知っている竜種は非常に知能が高く、ロキたちを超える破壊力を持っていることもザラである。
火竜をベースに作られたらしいそれは、浮遊するように術式を組まれた魔石とそれに見合うだけの重量を積載したタイプのようである。
「まあこれは王族の脱出用なんですが」
「だからそのまま推力のみ搭載していると言ったところですか」
「ええ」
そんな技術を公開してもいいのかとカミーリャが目を見開いたのと同時に、オートがロキとプレッシェに飛びついていった。
「プレッシェさん、僕はオートだよ!」
「オート?」
「こら、挨拶の仕方は教えただろ。彼は自分の学友のオート・フュンフ。技術交流は彼に任せています」
「ああなるほど。おつむが緩めなのか。かわいそうに」
「なにおぅ!?」
プレッシェの言葉にオートが切り返す。見ていればエルフとホビットかドワーフかの会話のようなもの。ロキは「では、技術系はこいつにどうぞ」と言ってソルたちの方へと戻ってきた。
「あら、もういいの?」
「俺の専門は小細工だからな。あんな大ぶりなものは組むのが大好きな我らがオート君にやらせればいいさ」
「あんたも容赦ないわね」
ロキの言葉にソルが笑って返す。プレッシェと話し込み始めたオートは楽しそうである。
「オート様ってああいうのも好きなの?」
「あの手のものはよく好む。エリオも」
「エリオ殿下は確かにああいうの好きそうよね」
「あーもう所長のバカー! 皆さんこちらですー!」
プレッシェの熱談が始まっているのに気付いたエルフの1人が茶を用意して座れるところまで案内する。ああなると止まらないんで、と遠巻きに聞こえるメイン動力の回線がどうの、軽量化のためにあまり金属を使わないつもりだが何のといった会話をしているプレッシェを示した。ああなると止まらないのはオートも同じだ、とロキが言う。
「俺もあれ聞くべきか?」
「いや、もうオートがあちこち走り回ることはなかろうよ」
「ならいいか」
セトが腰を落ち着けて茶に手を伸ばす。カミーリャやアルテミスはぽかんとロキたちを見ているだけだ。見慣れないものを見たと言わんばかりに。
「始業式まであと3日です。エルフやドワーフの方とはここで慣れ親しんでおいてください」
「ああ……なるほど、そういうことか。お気遣い感謝いたします、プラム殿下」
「……」
カミーリャがプラムの意図に気付き感謝を述べれば、タウアが礼をする。プラムはにこりと笑って、この後自分は稽古があるからと言って去っていった。ロキたちもある程度眺めるのに飽きたら移動しようという話になる。
オートがひと段落着くまでカードやろうぜとセトが言い始め、ポーカーを始めた。
余談であるが、なかなかいいところまでカミーリャが行ったものの、ロキの1人勝ちだったのだとか。




