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2025/04/19 加筆・修正しました。
「ロキ様、さっきの人、私は知らないわ」
「……上位者の介入で渡ってきたクチかもしれないね」
ナタリアとロキが戻ってきてから、その話ばかりするから、ソルたちにはまったく意味がわからなかった。
「結局どうなってんの?」
「んー、よくは分からないんですよね。ロキ様は何か感じてるみたいだけど」
ナタリアに話を振られて、ロキは少し顔を上げた。黒箱教の教会の中に通されて、買い物に出てしまったというリリスを待っている間のこと。
「……ロキ、なんかあるなら話せよ」
セトが言えば、小さくロキは息を吐いて口を開いた。
「わかるものだな、と思っただけだよ」
「……何が?」
「おそらくだけど……あの木刀野郎、『強欲』だ」
「!」
カルが目を見開いた。カルの中にある『傲慢』が何か知らせたのだろうか。ロキの中には『強欲の器』が残っているだけだ。けれども、それはつまりロキから今の『強欲』に引き継がれたということである。
「加護の話?」
「そうだよ、オート」
オートは首を傾げて、そっか、と呟く。
オートは手元に何か機械いじりの道具を持ってきていたのでそれを広げて遊んでいた。
「同じ世代に複数『器』って出ないんじゃないの?」
「それが起きているんだろうよ。だからなおさら面倒になっているんだろう」
「異常事態だって本で読んだよ!」
オートの知識量が半端ではないのでロキたちもここまで情報を持っていたのかとオートを見て少し目を見開いた。
「異常事態っていうか、具体的に何かある?」
「えーっとね、たしかね、片方しか存続できないって書いてあった!」
オートの知識を全面的に信用するなら、という話にはなるが、それはまずいことではないだろうか。ソルとナタリアが顔を見合わせた。
「もともと『強欲』ってたしかロキでしょ?」
「もう1人の『強欲』はどうなっちゃうの?」
大罪系、と括ってしまうと何やらよくないもののように聞こえるが、地球で悪魔と呼ばれたアヴリオスの感情精霊たちは、カルやロキにとっては決して”悪”ではなかった。ロキたちはソルやナタリアにきちんと内情を知らせており、それが彼女らも話題についてきている一因となっている。
絶対人工的に作られてるというか、後から来てるよね、とソルとナタリアが言葉を交わす。ロキはふと祭壇の方を見やった。
「おひさー」
「あ、デスカル――というか、破壊神サッタレッカ、かな?」
突然降ってくる声。一瞬風の魔力が渦を巻いた。ソルが声をかけてきた少女に返せば少女――デスカルは小さく頷く。
「丁度いい話をしていたからね、割り込みにきた」
「あ、じゃあ、『器』の話?」
「ああ」
デスカルは傭兵として現れる踊り子の姿ではなく、白、黒、赤、黄の四色で構成された服を身に纏っていた。人がいないのを確認して、デスカルは椅子に座る。
外には人がいるが、中には誰もいない。閑散とした教会内は、広くはないのに、狭くもなかった。
「課外授業……」
「そうともいう」
デスカルは笑う。ロキが真剣に話を聞く態勢に入っているのを見て、本気か、と小さく呟いた。
「じゃあ簡潔に話をしよう。まず、器というのはだな――」
♢
課外授業という体で話し始めたデスカルの話は割と短くまとめられていたが、その分情報量だけが多かったといえる。デスカルの話を要約するとこうである。
まず、『器』というのは加護を受け入れる容器みたいなものである。水を入れるには容器が必要だ。
この『器』は通常同じものは複数は現れない。同じ種類の『器』を持っている場合、殺し合いになる。より魔力量の多い方が通常は勝ち、負けた側は死んで『器』は破棄される。
これが判明している理由は単純で、『器』持ちは強力であるため、奪い取ろうとしていた一派がいたことがあり、天然で生まれた者から奪い取るために魔力量の多い者に強制的に『器』を付与する方法がとられていたためだ。
「簡単な話、オリジナルの骨董品オア贋作ってところさ。まあ、今回はもともとロキがループ中に『強欲』を破棄して『強欲の器』だけになってたのが一番でかいよ。拾って別の奴に付与してこっちに送り込んで、ループをこれ以上繰り返させないための楔にした、それが御察しの通り、今日お前らが会ったあの男子だよ」
デスカルはロキを見て笑みを浮かべる。
「もうすぐ帰ってくるだろうけれどね。あの子たちを利用しろ、ロキ。お前なら何とかするだろ」
「またそうやってこっちに投げる……」
「そう呆れんなって。俺はあくまでも使える“手”を示しているにすぎないからな」
まあ、今回のは使おうとしなくてもどこかで使ってんだけどな、とデスカルが言う。
「強欲であるが故に、彼は何度も挑み続ける。掴み取りたい未来のために。超局所型ループとでも言おうか、それ以外の可能性を可能性の段階で消し飛ばす『強欲』の権能」
「何、死に戻りでもするの?」
「ああ、それそれ。まあ、選んで引きずり出してきたのはルイの方だしなあ。俺とスピカは直接は関わってないよ」
デスカルからすれば、今すぐにでもあの権能は外してやりたいが、今外すと下手をすると死ぬという。下手を打たなくても死にまくりの平平凡凡な人間だよ、とデスカルはその人物を語った。
「デスカルたちは何かあげたりは?」
「しない。命を保証してやってるだけでもありがたいと思ってほしいくらいだ。あいつ平凡だから精神病んだり死にまくったり大変なんだよ」
「それは神様の事情では……」
ナタリアが眉を顰める。デスカルはいいや、と返した。
「自分で女の子を救うって言ったんだ。それに手を貸しているだけだ。他にも候補はいた、その中で本人が言いきった、それだけだ」
「でも選んだのは貴女方でしょう?」
ナタリアが責めるようにデスカルに言う。デスカルは息を吐いて言葉をつづけた。
「強欲の権能を引き継げる奴はそう多くない。ましてロキが持っていたものを、ロキがまだ生きている状態で受け継いでいるんだぞ。あいつのための、あいつに合わせた中身じゃないから、いつだって溢れ出している。ロキの服をあいつが着れるか? ロキのポテンシャルについていけるクラスのものに耐え得るとなるとごくごく限定されてしまう。それに適っちまった向こうを慰めてやるんだな。……上位者が介入するまであの小娘を止めなかったお前の責任でもあるぞ、ナタリア・ケイオス」
デスカルが底冷えのする声を発した。ナタリアが肩をびくつかせる。
「アウルム――シドだっていただろう? ロキだっていただろう? オーディンだっていたはずだ。少なくとも前回、あの時、お前が、学園内で、あの小娘を説得していれば、あの戦争は防げただろう?」
「あの人が説得聞くような人に見えるっていうの!? ロキを助けなきゃロキを助けなきゃってハイライトの無い目で言ってるようなあの人が!? ふざけんじゃない、何言ったって届かないのにどうしろってのよ! しかもあの目……怖いに決まってるじゃない!」
「そこじゃねえ! 自分の手でこそ助けられるなんて思いあがってる傲慢な小娘だと罵ってやればよかったんだ! お前なんかにロキの未来まで決められるもんかって叫べばよかったんだよ!! お前があの子とオートやセトを接触させなかったせいでそれを言うのが遅れてセトもオートも戦死しただろうが!!」
周りが目を白黒させて何とか情報の整理に努める中、がなり始めたデスカルとナタリアに、ロキが介入する。
「待て、2人とも落ち着け」
「止めないでよロキ!」
「あーうっぜえ! ループをただ眺めているだけでも疲れるってのに、アウルムの負担も考えずに自分のことばかり! ロキはもう諦めたけどな、その時のシドを助けたくて有利に事を進めるための記憶と加護全部捨てるようなやつのことはもう知らん!」
さらっとディスられた、とロキが呟きつつナタリアを抑え込む。デスカルは一旦深呼吸してから言葉を続けた。
「とにかく、俺たちはこれ以上の干渉はしないと決まってる。これ以上干渉するならロキとの契約を通して以外にない。俺みたいなのが降りてくるだけでもこの世界に多大な負担をかけてるんだ。この世界を支えてるのは闇竜じゃなく竜帝。上位者がちょっと介入したくらいで泣き言いうな、本当はお前らだけで解決しなきゃならなかったのにできなかったのが悪い」
「じゃあどうしろってのよ、あの人めちゃくちゃ強いのよ!」
「そんなん闇魔術で何とかしろや! お前闇だろ! 風に頼むな阿呆か!」
「向こうも闇持ってるっつーの!」
「ああ言えばこう言う! それこそロキ使えよ! 向こうさんの属性を欠損させるもよし、変化させて別の属性に強制的に変えちまうもよしだろ?」
ナタリアは悲鳴を上げる。
「他国の貴族にそんなことできるなんて上位者だけよ!」
「他国が怖くて戦争ができるか! 上位者に国がねえとでも思ったのか? 俺たちだって人間の干渉を受けたせいで何万年と戦争してるんだ。ループで頭いかれかけてんのは分かるが、自己保身に走るなら最後までぶっちぎればいい。そっちの方がロキたちもやりやすいだろうよ、下手に頼れる位置にいるせいでロキがお前を手放さずに自滅トリガーになってんのがわからねえのか偽善者! 邪魔! はっきり言って邪魔。お前さんのせいでロキがロルディアに引き渡されたの見たぞ、俺は!」
デスカルがまくしたてるのを見て、上位者にもかなり迷惑をかけているのだなあとロキは思う。そしてはて、と首を傾げる。
「待てデスカル、俺に対してなぜそこまで?」
「……前に言ったよな、お前は上位者とも何度も契約を結んでいると。その中の1柱が俺だ。あまり適性が高くない風を補うものとしてお前は俺に契約を持ちかけた」
「応えたのか」
「最初は蹴った。でもお前は兄者――ナツナと契約して良い線行ったからな。じゃあ協力してやらんこともねえ、って話に乗ったんだよ」
結果は今を見りゃわかるだろうがな、とデスカルが自嘲気味に笑った。
「風、破壊、死、病。どれをとっても俺は人を守るものにはなれなかった。そして何より、俺ではロキを守れなかった。お前に守られた。二度とやるかってんだ畜生」
デスカルの言葉にロキは眉根を寄せる。デスカルは上位世界でも最強の一角のはずである。それが庇いきれなかったとはこれいかに。
けれど、ならばロキから贈る言葉は一つだけだ。
「デスカル、最強であることと全てを守れることはイコールではないだろう」
「……知ってんだよ、そんなことは」
そんな世界だったら、楽だったのにさあ。
デスカルは席を立つ。
「悪いねナタリア・ケイオス。ちょいと八つ当たりしちまった。応援はしといてやるから、まあ頑張れよ。ほら、帰ってきた」
近付いてくる人の気配と入れ替わるように、デスカルはそれだけ言って姿を消した。




