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2025/04/19 編集しました。
セネルティエ王国には、美しく聡明な王子と王女が5人いる。
王子は2人、王女は3人、5人とも仲良く暮らしているという。
プラム・セネルティエは第3王女であり、現セネルティエ国王の第4子である。
彼女には、基本周りに言えない秘密があった。
「さてと……今日もやりますか」
1人きりの部屋でプラムは王族らしくない言葉で呟いた。紫の髪は赤紫への美しいグラデーションがかかっているが、これは扱える属性が多いために起きた特徴といえる。
プラムは転生者である。
これまでと違い赤子として目が覚めた時にはプラムはそれはそれは驚いたものだが、今はもう慣れた。そういうことになったのだと、案外すんなりと受け入れられた。
自分の趣味と全く同じ部屋をしていたゲームの中のプラム王女に苦笑していたプラムだが、そうもいっていられなくなった。ひとえに気付かせてくれたのは祖父だし、超のつくスパルタ指導を始めた祖父のことが恐ろしくてたまらなくもなったものだが、今考えてみれば、その反応は当然だったのだと納得できるのであった。
――さてプラム殿。 君のゲームはここで終わりだ。
プラムの日課は、まず体力づくりのランニングで始まる。動きやすいシャツとスラックスを履いて外に出ると、既に庭には老人が立っていた。
プラムの祖父にしてこの国の先王である。
セネルティエはこの辺りでは小国だ。ゆえに、この国家は王家まで、生き残るため、雑種であった。
プラムの祖父は、吸血鬼である。とはいってもハーフで、そこまで吸血鬼の特徴が出ているわけでもない。土属性に適性が高く植物に関連する名が多いセネルティエ王家の中で、唯一血のような真っ赤な瞳をしているくらいだろうか。祖父に付いて学ぶ過程で初めてプラムは祖父が列強第8席『吸血帝』ユスティニフィーラの系譜にいたことを知った。
「おはようございます、御爺様」
「おはよう、プラム」
今でこそ優しい笑みを浮かべている祖父を最初、プラムは非常に恐れていた。何せ、プラムに対していきなりスパルタ教育を始めたのだ。その意味を理解した今はもう何とも思っていない。
「今日もよろしくお願いします」
「よろしい」
祖父はプラムの横で簡単にストレッチをする。プラムも簡単に関節を動かしてから走り始めた。
「プラムや」
「はい?」
「もうすぐ留学生が来るよ」
留学生、ということは現在プラムがいる中等部3年に、ということなのだろう。セネルティエにも王立学園はある。
「どちらからですか?」
軽いランニングをしながら言葉を交わす。祖父のおかげで随分とこの身体のハイスペックっぷりを知った。流石は乙女ゲームのヒロインになるだけはある。吸血鬼の血を引いていることも大いに関係していることだろう。
「近隣諸国、リガルディアと、ガントルヴァ、シルヴィニア、そして西方諸国だね」
「まあ、随分と……」
大所帯になるな、とプラムは眉根を寄せた。そんなにいっぺんにたくさん来られたら警備に割く人員の手配が大変ではないか。
「帝国はわざとリガルディアに重ねてきただろうね。最初はリガルディアのみから打診があっていたから」
リガルディアは同盟国であるため、断る理由は特にない。それに、リガルディアから留学生が来ること自体は、もう数年前から王族同士で話し合っていたので、予定が組まれていたことはプラムも知っている。
「それで、その方々はどのような方々なのですか?」
ゲームの開始は16歳時点だったので、15歳のことはほとんど語られない。故にプラムにはどう動けばいいかがわからない。シナリオはまだ、ない。
「リガルディアは、王太子とそのガードに公爵子息と騎士爵子息、イミット、男爵令嬢2人、技術の共同研究担当の子爵令息の7人だ」
「既に大所帯ですね!?」
「男爵令嬢たちは向こうが捻じ込んできてね。エングライアの系譜が混じってるから多分、エングライアの別荘に用事があるんだろう。まあ、警戒するなら公爵令息だね。フォンブラウの若い狼。いや、銀髪公子と言ったほうがわかりやすいかな。魔道具越しでも契約精霊が怯えてしまうくらい強力だ」
「フォンブラウ!?」
プラムは驚きを隠せない。フォンブラウの公爵令息といったら、プルトスかフレイかトールのはずだ。しかし銀髪といった。銀髪は誰だ。ロキだ。悪役令嬢ロキだ。
「え、その方、もしかして名前はロキと……?」
「ああ、そうだよ。お前が話してくれた情報と食い違っていたから余計に危ういと思うのだ」
つまり、それは、とプラムは情報を整理する。
「ロキ様は男性……?」
「まあ、もともとロキ神の名を受けるのは代々男だからね。女が彼の名を受けるなんて信じられなかった。何か訳ありだろう。幼少期の情報が全くなくてね、おそらく母君のスクルド殿が未来予知で情報抹消の指示をフォンブラウ公に出しているのだな」
祖父の言葉にああなるほどとプラムは納得した。プラムは留学した時にロキの母親に会ったことはない。母は幼い頃に亡くなったと令嬢ロキが受け答えていたのを覚えている。
「彼らの対応の一切はお前に任せる。特に、向こうはお前を警戒していた。お前と同類がいるとみて間違いない」
「向こうも転生者ですか……」
エングライアの関係者がいるとは言っていたが、男爵令嬢は十中八九ヒロインのうちの誰かだろう。後で資料に目を通さねばと頭の片隅にメモ書きして、プラムは次の情報に耳を傾ける。
「帝国は同学年の王族がいないこともあって、西の辺境伯の息子とその従者を寄越した。あわよくばこちらの魔術体系も盗もうという魂胆だろう。けれど、こちらの子とはパイプを作っておくように」
「なぜですか?」
「従者が鬼との融合個体らしい。肩身の狭い思いをしていることだろう。帝国としては邪魔な分子だろうから、捨てる気かもしれない。そうなればよい拾いもの、そうでなくともうまくいけばリガルディアに動いてもらう理由が作れるかもしれない」
戦争でもおっぱじめる気か、と問おうとして、いやそうなのだろうなとプラムは祖父の目を見て目を伏せた。思い出した、何度か繰り返したハッピーエンドの先の、開戦手前でプラムが消えてしまった世界。
少しランニングのペースが乱れる。
「戦争は嫌いです」
「だがこれ以上帝国に好きに動かれるわけにはいかない。センチネルに頼れない今、死徒血統排除を掲げる帝国との戦争は免れないのだ。プラムや、わかってくれ」
「指示を出すのは御爺様じゃなくて現国王である父とその跡を継ぐ兄です。戦争を回避する手立てはないのですか」
留学していた時はこんな話なかった。
プラムはこんな話を聞くのが嫌だった。
平和に普通に恋愛をするのだと思っていた。ゲームの世界じゃないのだと嫌でも思い知らされたのはこの戦争の話がちらちらと見え出したあたりから。顔に傷のある赤毛の女の言葉が脳裏を掠める。
リガルディアが今まで戦争に参戦した記録はない。平和ボケしているのかと思えばそうでもない。魔物が多すぎる、魔物が多い土地柄流れ者が多い等の理由から、リガルディアは戦闘経験は非常に豊富だった。
リガルディアはただでさえ死徒血統の血脈が濃い。王族は定期的にイミットや臣籍降下した竜の血の混じった公爵家の子供と結婚しているし、周りの公爵家も稀にどこの馬の骨ともわからない出身不明の者を連れてきて結婚し、次の世代は強力な人刃が生まれている。おそらくふらりとやってくるのは別の国に生き延びた人刃血統なのだろう。
「回避はできん。いや、王族としては思ってはならんかもしれんがな。私は死にたくない。真っ先に処刑されるのは私だろうからな」
吸血鬼であることを公表している以上、下手に帝国に下ればプラムの祖父の命は無いだろう。そしておそらくプラムたちも逃れることはできない。人間とほとんど変わらないのにこの警戒のしよう。一度リガルディアと情報を共有するチャンスが欲しかったのだと祖父が少々疲れた笑みを浮かべた。
ランニングを終えて組み手に移る。
「西方諸国は王女と貴族令嬢を出してきた。3人だ。王女は先王をとっとと退位させて兄弟に政務をほっぽり投げたことで有名な、怪物王女」
「ああ……」
こちらの方はまだましだろうか。いや、戦争の火種にしか見えないのがなんともつらいところである。シルヴィニアの留学生は公爵家の令息であるという。恐らくこちらは偶然時期が被ったため、リガルディアとの伝手を求めてきたのではなかろうかとのこと。
「今のところ渡せる情報の概要はこんなところだな。リガルディアに失礼の無いように。今夜には到着するはずだ」
「今夜ですか!?」
「ああ、すごく早いぞ。我々なら1月かかる道のりを7日で踏破してくるんだから。流石竜と人刃は違うね」
「なんでそんな重要なこともっと早く教えて下さらなかったのですか!」
プラムは少し楽しそうな祖父ピオニーを思いっきり投げ飛ばしてやった。




