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2025/04/18 加筆・修正しました。
街に出てショッピングしない?というソルの提案にロキたちが乗ったのは、魔物に追われて移動行程の一部を強行軍で走破した結果、時間が空いたからである。これは留学のための移動であり、本来遅れることはあれど、行程が短くなって到着が早くなり過ぎたとなったら困るのは相手の国だ。魔物の襲撃を受けて、到着が早まるのなんてリガルディアくらいである。周りの国をリガルディアの基準で考えてはいけない。
そして、本来女子会、と称してソル、ナタリア、そしてロキに令嬢姿になってもらって着せ替え人形にしてやろう、という魂胆で企画されたこの転生者ショッピング会に、乱入者。
「ごめんなさい、オート様を押しとどめきれませんでしたわ」
「僕も街に行きたいもん!」
令嬢姿のロキについてきてしまったオートを見て、ソルとナタリアは顔を見合わせた。
♢
リガルディア側、国境に最も近い街、エドヴァンズ。商業都市、珍しいことに迷宮都市でもある。
迷宮都市というのは、神代の時代から存在するダンジョンと呼ばれる魔物が発生させる魔物たちの魔核で結界を張って維持している都市のことを指す。
こういった都市は自立していることが多く、領主と真っ向から対立するだけの力を持っている都市も珍しくない。とはいえ、エドヴァンズのダンジョンはそこまで力が強くないため、ダンジョンのケアをしつつ都市を維持しているらしい。ほとんどのダンジョンが踏破され、死に被っている中の、生き永らえている珍しいケースといえる。
「――よく知ってるね、オート様」
「うん、調べたんだよ! こっちに来るのわかってたし、道中にここが入ってるのも知ってたし!」
予備知識はあるに越したことはない。オートの姿勢は喜ばれるべきものであろう。
ロキは現在男の姿になっている。さすがに女3人男1人では、と配慮してのことである。もっとも、そのオート自身は女顔であるためむしろロキの方が訴えられそう、などとネタにされる始末だが。ロキの顔は整ってはいるが、女と思われるような顔立ちではない。父親に似たのがよくわかる顔だ。
ナタリア、ソル、ロキ、オートの4人で出かけることを許可する代わりに、護衛としてアンリエッタがついてきた。セトとカルは宿でおとなしくしておくそうである。
「僕姉さまたちにお土産買っていきたいんだよね。実家南の方だし」
「そうね。それがいいと思うわ」
ソルとオートが話している横では、ロキが店の品揃えを見て興奮を隠しきれずにいた。
「魔物の素材を使った品が多いとは聞いていたが、ここまでか……!」
「あ、ほんとだ。これ珍しいんですよ」
ナタリアが示したガラス玉はゴブリンが持っているが滅多にないものであるらしく、美しいのでアクセサリに使われることが多い逸品。
やはりロキは物作り小細工が大好きなのだろう。
ダンジョン内部の魔物と外にいる魔物は品種が違うと言っていい。ダンジョンは今の地上に繁栄している魔物よりも古い種類の魔物である。魔物にはいくつか種類があるが、今繁栄しているのは種族が関係ないタイプの魔物だ。周りの環境に適応して姿を変化させる卵で生まれてくる。
一方ダンジョンはダンジョンコアという名の魔物であり、ダンジョンコアが生成した殻のようなものである。そして、ダンジョンコアはなぜ発生するのかがよくわかっていない所謂絶滅危惧種の魔物である。現存するダンジョンは都市の維持に必要であるが故に残されているダンジョンが多いが、かつてはごろごろとドラゴンが湧いて出るような危険なダンジョンもあったらしいことがわかっている。
かつて、そんなダンジョン破りをやってのけていた英雄たちがいたというが、彼らは概ね“ほどほどに”という言葉を知らなかったらしい。リガルディアでは割と知られた概念だが、特定の種類の魔物が居ついている場所でその魔物を狩り尽くすと、その魔物の上級種が発生したり、上級種を中心として大規模な大量発生現象を起こすことがある。
これはダンジョンにも当てはまり、特にダンジョンコアはその特定の魔物とは直接は関係がなくても、その種類が多く狩られることを悟ると上級種を生成するらしい。地上ではほぼ確定で1つ上の段階のものが出て来るが、ダンジョンは一味違う。2段階、3段階上の上級種が出て来ることがあるのだ。ゴブリンを狩り尽くしたら、ホブゴブリンや役職持ちのゴブリンではなくオーガやハイオーガが出て来た、というような状況だ。
魔物の管理ができなければダンジョンを中心とした迷宮都市は消滅する。魔物が溢れても、狩り尽くして魔物がいなくなっても、街の維持はできないのだ。そんな中で、魔物を狩り尽くし、ダンジョンコアを破壊するというダンジョン踏破をやっていたのが、英雄たちである。なるほど、魔物を狩り尽くしたならダンジョンコアを破壊すれば魔物は溢れない。回答としては完璧である。机上の話。
何はともあれ。
ダンジョンが消えれば迷宮都市は立ち行かず、力のあるダンジョンを痛めつけすぎれば反動として列強に近しい所謂ボスクラスのようなものが生まれてくる。
現にクーヴレンティがダンジョン出身の魔物の最終進化形態であることは、実は出身地方によっては有名だったりするのだが。
閑話休題。
ダンジョン出身の魔物は総じて、肉体が残らないことも見分けるポイントとなっている。倒せば塵になって消え去るのがダンジョンの魔物だ。
地上を闊歩する魔物は肉体が残る、生き物なのだとわかる。
ダンジョンの魔物は基本的にダンジョンから出てこない。稀に出てきて討伐されるが。また、地上の環境に慣れたダンジョン出身の魔物も肉体が残る。
ダンジョンの魔物はドロップアイテムを出す。ゲームのようだと思えるのは致し方ないだろう。なお、逆に人間は死ねば魔物に食われて死体も残らない。
「この都市は輸出も多そうだな」
「ここってどこの領地だっけ?」
「クローディだ。王都にいることも多い分、自立している都市を集めてあるらしい」
ロキは魔物のドロップアイテムを売っている店を眺めていた。
「オート様がいる以上服は見れなさそうね」
「ロキ様も動かないし。まあ、アクセサリでも見とこうか」
「そうね」
ナタリアとソルは言葉を交わし、オートとともにロキの傍へ寄っていった。ロキが見ている魔物のドロップアイテムには実用的なものも多数あった。
「マナクリスタルがある」
「珍しい、マナクリスタルなんて」
マナクリスタル、と呼ばれるのはマナが固まったもの。属性結晶とも言い、いうなれば魔力結晶と同じである。マナクリスタルは基本的に都市の結界の維持に回されるため、都市が買い取っている。出回っているということはそれなりに採れているということだろう。
余談であるが、実はこれは人間からも採れる。晶獄病患者の身体から生えるのが、実はこのマナクリスタルだったりする。ロキは不思議そうな顔でマナクリスタルを眺めていた。
「アイテムドロップとか、もはやゲームよね」
「リアルモン〇ンならやってるな」
「いうな」
ロキはそのうちオートを抱え上げ、ナタリアとソルが見たいものはあるかい、と問うた。じゃあ、御厚意に甘えて、と、ナタリアとソルは服屋へと向かった。
♢
この都市は北にあることもあって、長袖の服が多い。長袖ってコーディネート考えるの楽しいわね、とはソルの言である。
ロキは勝手に男物を見ているのだが、オートはなぜか女物の服を見ていた。いや、姉への土産ならばまだわかる。しかしそうではないのだ。
「……これ似合うかな?」
「なんでオート様女物見てらっしゃるんです?」
「男物に僕のサイズがない!」
ぶっちゃけ肩幅が足りません、とオートは正直に言った。ロキが自分の服を選んで適当に合わせているのを見て、オートがうげ、と呻き声をあげた。
「ちょっとロキ、なんでそんな白いのを着るのさ!」
「ダメか」
「せめてもっと暗い色を着てほしいな!?」
オートが慌ててロキの方へ向かっていく。ロキは白のシャツとスカイブルーのジャケットを合わせていた。そんな薄い色は認めんぞとオートが濃い色のジャケットを持ってくる。そろそろこの服の組み合わせ飽きたと宣った。ロキが御洒落をする男だったということであろう。
ロキは見目がいいこともあって周りの客の目をよく引いていた。銀髪を隠していないこともあるだろう。
「女だったらメイドさんたちが頑張って着飾らせたんだろうなあ……」
「男でも十分飾れるわ。特にロキ様ほとんど肌出さないでしょ」
「そうなんだけどねえ……」
ナタリアとソルも買いたい服が決まったので服を買ってアイテムボックスにしまい込んだ。ロキはアーミー系の服が置いてあったことに興奮していた。致し方あるまいとソルがつつきに行けば、ロキ自身はもう買いたい物自体は買っていたらしい。何を買ったのかと尋ねれば、ニットだと答えが返ってきた。
その後アクセサリを見て宿に戻った。いつから側にいたのか、ゼロが陰ながら護衛をしていたことに気付いたソルは、前より隠密がうまくなってらあ、と感心したのだが、それはまた別の話。




