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2025/04/19 加筆・修正しました。
ロキたちが無事に国境付近の街に着いたのは翌日の明け方だった。
疲れてしまったオートはセトが抱えている。
眠そうなナタリアとソルをロキが令嬢姿になって抱えつつ街に入り、そのまま宿を取って休んだ。
魔物に襲われた旨は話を通していたので宿も快く受け入れてくれたものである。
なお、怪我をしてしまった騎士はこの街に置いていくことになったようだ。
♢
アンドルフはアンリエッタとともに話し合いをしていた。
まずは、騎士をどうするかである。選りすぐりの騎士たちのみを連れてきているとはいえ、やはり怪我をした者がいるのはいただけない。
王子といい公爵令息といい子爵令息といい男爵令嬢たちといい騎士爵子息といい、まあつまり留学生全員なのだが、落ち着きすぎである。
リガルディアで、まして冒険者ギルドに登録していればああなってしまうのも致し方ないとは思うが、それにしても魔物との戦闘の結果瘴気に侵されることを文献でしか知らなかったという発言には驚かされた。
通常は瘴気については知っていて当然なのだが、それを見たことがなかったということは、彼ら自身が全く瘴気に侵された事がないのだろう。それもそうか、彼らは学生で、しかも身分が高くて、傷つけられていいものではないのだから。
騎士が平民出身であるがゆえに魔力量が少なく瘴気に侵されやすかったことも原因といえるかもしれない。瘴気は魔力の性質が若干変化したものであり、通常は個々の魔力で防いでいるものである。所謂レジスト能力の高さで侵されるかどうかが決まってくるのだ。
レジスト能力が低いということは、光属性魔法・魔術や闇属性魔法・魔術の魅了や精神汚染にもかかりやすいということ。錯乱されてはたまらない。瘴気はレジスト能力を著しく削り取る性質も持っているため、やはりここは怪我をした者を置いていくことで決まった。
「やはり最後にものをいうのは魔力か……」
「こればっかりは仕方がありません。ロキ様にあまり頼りすぎるのは良くありませんから」
「ロキ様は浄化は適性が低いが、そもそも瘴気を防ぐ術を持っておいでだからな……」
病気と同じである。
治療ばかり皆目を向けるが、ロキは予防に重きが置かれたバランスをしているといっても過言ではない。皆が後出しばかりするからロキ自身がまだそこに辿り着いていないだけだ。
幼い頃からロキを知っており、かつ、その魔力の適性を知っているアンリエッタからすれば、もったいない、の一言だ。
ロキは、魔力回路が、所謂閉鎖型の体質である。そもそも人間や人刃というのは閉鎖型の傾向が強い種族なのだが、神々の介入によって放出型になっている。これに関しては少し調べれば誰でも知ることができる程度の知識なのだが、ロキの周りには放出型の魔力回路を持つ者が多いこともあり、普通は放出型、と思っていてもおかしくは無いだろう。ロキの場合は晶獄病があったから回路の体質を知っているだけだろう。
さて、この閉鎖型の魔力回路は、基本的に身体強化や自身に掛ける他のバフに対する高い適性を示す。自分の身体の内を廻る魔力の操作に長けるようになるのだから当然と言えば当然である。人刃族は特に身体強化に特化しており、転身状態ではエンチャントによる属性の切り替えをすることができる。この特性が前面に出ているのがロキであると言っていい。
物理的に流し込まれた毒であるとか、体外から流される電流であるとか、そういったものを除く、所謂魔術的な意味での状態異常、要は魔力による相手からの干渉を受けてのダメージ、不調というものは、自分の体内の魔力をどれだけ掌握できたかでレジスト率が変化する。
身体強化が得意な脳筋が何故か魔術に対してやたら高いレジスト率を誇っている場合がある。そういうものは、それは恐らく脳筋ではなく、かなり魔力を丁寧に扱える技量寄りのゴリラと呼べるだろう。アンドルフの昔の渾名だったりする。
ロキはスキルとして『状態異常無効』のスキルを持っているが、どうにもロキから漏れ聞くループの話からは、ロキはもともと状態異常無効なんてスキルは所有していなかったようだ。つまり、逆である。近しい下位スキルを持っていたところに、ロキの魔力を操作する卓越したセンスと、肉体的な虚弱さ故の努力による本人の魔力回路の掌握が実を結び、状態異常無効スキルにまで、元のスキルがランクアップした。
ロキのあの状態異常無効スキルの真相は恐らくこれで間違いないだろう。
今のロキはこの状態に気付いていない。けれどももし、ロキが自力でそこにたどり着いていたなら、きっと今回の旅は一番最初から、ロキの結界の中で皆行動することになっていたのは想像に難くない。ロキが得意とする結界はどちらかというと、張るというより、ロキの体内判定を体外にまで広げているに近しい。騎士の矜持でそれではいけないのですと言い切れる者がどれだけいるか。ロキは口がうまいのもアンドルフたちは知っている。乗せられて丸め込まれる未来しか見えない。
友人に対して以外はあまり普段喋らないからこそ、他人にとってロキの言動は余計重たくなるが、それだけロキが言葉を尽くせばそれだけ気にかけられているのだ、心配されているのだという認識を持ってしまうだろう。特に今回ついてきている護衛たちは獄炎騎士団の面子も多い。流されずにいてくれる者が多そうで安心してはいるが。
「ともかく、あの騎士は置いておく。セネルティエとの国境を越えれば魔物は格段に弱くなる。だが、魔物が多いのは昨晩も見た通り。つまり」
「次も強行軍ですね……フェンリルの速度についていけるのが救いでしょうか」
「だが昨晩以上の速度を出せばノクターン卿の馬たちを抑え込めなくなる。やはり魔力量の少ない騎士を置いていくか」
「それがいいでしょう。予想以上に魔物が多かった」
特に、群れがあるのがつらい。たとえ弱いとか知能が低いとか言われている魔物でも群の長は人間並みとまではいわないが、ゴブリンやオークなどの亜人程度の知能を持っていることが多いのだ。組織立って動かれると逃げきれない。そも魔物の知能は決して低くない。平野には風属性の魔物が多い。風属性自体は単純に切断系の魔法が多いため余計恐ろしいところだが、下手に強力な風属性を持っていると、雷属性に発展してしまう。雷は熱量光量共に人間を止めるには十分すぎる威力を持つのだ。
アンリエッタは放電を防ぐためにウルフたちに水をかけていた。ロキはおそらく避雷針替わりであろう氷のとげをナタリア、ソルと共同で張ったあの壁の外側に設置していた。
弟にトールがいて、雷属性の特性を知っていたが故の行動だろう。アンリエッタの行動も雷の性質をそこそこ知っていたからこそのものであった。
「ロキ様の話では、寒い地域では雷は発生しやすいのだとか。ウルフ系もあまり多くなくなってきましたし、物資調達をしっかり行って、明後日には出発いたしましょう」
「ロキ様たちを頼みます。明日は我々で物資の買い出しに入ってきますので」
「わかりました」
今後の方針が決まったのでアンドルフとアンリエッタは軽く水を浴びて床に就いた。
♢
ふわふわもちもち。
ソルが抱いた感想である。
鳥のさえずりも聞こえて、ソルは自分が顔を押し付けている温もりをもう少し堪能しようと抱きしめた。
「んっ……」
抱きしめている温もりが身じろぎした。ソルはそっと目を開ける。
もっとくっつきたいのだけれども。
「……わーお」
ソルの目の前には、銀髪の美少女が眠っていた。
日光に照らされた髪が煌めいている。夜に見ていたのとはまた違った美しさである。今は非常に健康的な色の肌。夜は陶器のように見えるのでなかなか近寄りがたいが、今は穏やかな表情も相まって、生きているのだなと思わせる。
そして、ソルが顔を埋めていたのは、まあ、見事な谷間である。
「……女として負けたわ」
いや、この美少女の正体はソルの彼氏なのだが。なのだが。
おそらく、自分とナタリアを運んで疲れたのであろう。ロキのことである、疲れた、男に戻ったら流石にヤバいな、じゃあ女のままで寝てしまおう、という思考が働いたに違いない。皆が思っているほどこの男は繊細ではないのだ。むしろズボラである。
「んぅ……」
銀髪の美少女――ロキは、再び身じろぎして、手を伸ばす。ソルに触れて、身を寄せてきた。
「……ロキ様、あんまり気持ちよさそうに寝てると揉みますよ?」
可愛すぎか、と心の中で呟きながらソルはロキに呟く。
ロキがすっと目を開けた。
「おはようございますソル様。構いませんよ」
「おはようございますロキ様。この美乳め」
揉んでやった。
♢
「アンドルフから、朝からシャワーを使っていいとのことでした。物資の買い足しはアンドルフたちがもう行っている時間です。ごゆっくりなさってくださいまし」
ロキは説明しながら自分の荷物を確認する。ロキはまだ昨日の服のままだ。ナタリアを起こして先にシャワーに行ってもらった。シャワーがある、というところにソルたちが感動を覚えたのは脇に置いておく。
「ロキ様って男女ですごく口調が変わりますね。何でですか?」
「……そうですね……男の意識と女の意識、2つあるような感覚ですわ。男から記憶も引き継がれますし、女からも引き継がれます。けれど、そう、思考回路が少し変わっていると言えばいいかしら。筋力にもだいぶ差が出ていますし。というか男の私なんであんなにぶっきらぼうなんですの」
ロキはここぞとばかりに男の自分への不満を言い始めた。ああ、女の方のロキはビシビシなんでも口にしてしまうタイプなのかとソルは納得した。
「表情筋が死んでいるのは百万歩譲ってループのせいとして。いじめには気付かないわ物作りに没頭して徹夜するわ事務能力が高くて引っ張りだこだわ学生ってなんですのお飾りか何かかしら」
「あっ、ロキだった」
「そこで判断なさるの!?」
のんぶれすおせっきょうぱーりぃ、ソルがひそかにロキが怒っているときなどに一息で長文を話すことを指して言う言葉である。
女のロキは表情が非常に豊かだった。普段のロキを見ているが故だろうか。
「――さて。私は戻りますわ。もうすぐ国境です。あ、フリーマーケット見に行きませんこと? 予定より1日早まったので行けたと思うのですが」
「いいですね。行きましょう!」
ナタリアもつれて行こう、と話は決まって、ロキは男部屋に戻っていった。
直後聞こえたオートの悲鳴は、聞かなかったことにしたソルである。女になってもやっぱりズボラだったようだ。




