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新章開始です。
2025/04/16 編集しました。
リガルディア王都の造りは単純明快である。
上流階級ほど上層に、下流階級ほど下層に住んでいる。
いつの時代だったか、反抗しようとした者がいたらしいが、周りの下層の住民に止められてしまったらしい。王都の造りをちゃんと理解すれば、上層に魔力を多く持つ者がいないと機能しないことがわかってしまうためだろう。
塔のような構造をしている王都は、王城こそ山の上のような高さにあるが、下層は地面を掘って地下へ地下へと作っている。日当たりも悪いわけでもなく、平民階級の区画は広いのだから嫌なら移動すればいい。どの階層に住むかは大まかにしか決まっておらず、貴族はそこに関与していなかった。
王都の周りは不毛の地とまではいわないが、荒野が広がっている。ここに王都が建てられた原因は、戦争に備えてのことである。王城は自然環境と魔物を利用した要塞なのであった。ゆえにギルドの支部がなければ王都は立ち行かない。否、魔物に襲われるのは人間なのであるから、もともと王侯貴族にとって魔物など問題ではなかったのだろう。
して、その構造から、馬車での移動には必ず転移を使用せねばならない。エレベーターのような便利な道具はこれから先掘るかもしれない場所に設置するわけにもいかず、転移陣のみが使われている状態である。
♢
使っている馬車が高級な貴人用のものであるため、特に誰も身体を痛めることなくゆっくりと彼らの留学の旅はスタートした。
ロキはカーテンを開け放ち、窓の外を流れる雲を眺めていた。車内に会話などはなく、けれど張り詰めた空気でもなく。
リガルディアからセネルティエへ向かうルートは、山越えの最短ルートと山を迂回するルートの2つがある。
山越えは時間こそ短いが、気温が低い。体調を崩す可能性があるようなことはしないに限る。行軍くらいだ、あの道を通るのは、とは、カルの言であった。
山を迂回するルートでは、山がなくなり丘のような場所を越えることになる。魔物もあまり棲まないような冷帯地域であり、安全と言えば安全だが、水精霊と火精霊の勢力の丁度衝突点であるため、気温の上下が周辺に比べてかなり激しい。
村は転々と存在しているため、そこを経由しながらセネルティエに向かう。森と山という魔物の巣窟を抜けるよりは、楽なものである。
問題点をしいて言うなら、人間が通りやすいということは、魔物も通りやすいため、案外獣型の移動に長けた魔物に遭遇しやすいということだろうか。気温の上下が激しい地域に適応した種類がいくつかいるため、魔物との遭遇は必然と言えた。
現在ゼロは御者席にいる。元来あまり狭い空間に居たがる男ではないので、これくらいでちょうどいいだろう。
高級馬車はあまり揺れないとはいっても体力は奪われるもので、一番体が小さく体力の少なかったオートが一日目の夕方頃には眠ってしまった。ロキたちとは別の馬車に乗っているソルとナタリアの方は、恐らくだが馬車の中で普通に眠っていたのではなかろうか。
「この道中は野宿はしない。早めに村に入れるといいが」
「平気だろう。オートは特に体力がないから、休ませておく方がいい」
魔物たちは馬車の側を突いてきている。コウとアンフィはフェンリルに乗っていた。フェンリルは休憩を入れるとロキに撫でられに寄って来る。フェンリルがいるため無用な魔物の接近を防ぐことができていた。ちなみにオートの魔物はケットシーである。
「街が見えてきましたよ」
「おー、街壁ある」
「すげー」
街壁、とは、名の通り、街の外側に築かれた外壁のことである。
セトとロキはおお、と声を上げた。ほとんど自分たちの実家以外城壁や街壁のある街など見たことがないのだから当然であろう。
ロキはむしろフォンブラウ家の領地で街壁のある街なんて存在しないため、初めて見るような状態である。
フォンブラウ家はどちらかというと魔物の棲む領域と人間の活動領域の境界がぼんやりしているが、魔物が人里にやってくることはほとんどないため、街壁がない。
フォンブラウの旧領都は城壁及び街壁があったらしいが、病気の原因になるからやめたとはアーサーの言だったりする。
カルたちを乗せた馬車の一行が立ち寄ったそこはある程度の大きさのある街であった。5メートルほどの高さの街壁があり、門の前には兵士が立っている。
兵士に書類を見せて街壁の門をくぐると、夕焼けに照らされた街並みが広がった。
「うわ、すっげ」
「屋根が赤いから綺麗だな」
「オートそろそろ起こすか」
「いや、寝せておこう。運べばいい」
ロキはオートを見下ろす。身体を起こし続けていると悪いと聞いたことがある気がしたので靴を脱がせてセトと自分の膝で寝かせている。きっと余計疲れているのでこのまま寝かせておくつもりであった。
「着きましたよ」
アンドルフの言葉にロキはドアの方を見る。アンドルフが降りてドアを開ける。ゼロが来なかったということは、ゼロも眠っているのだろう。
「ゼロは寝たのか」
「イミットは馬車移動に慣れておりませんからな」
「まあ、揺れるだろうし仕方ないんじゃないですかね。殿下、お先に失礼します」
セトが先に降り、オートを抱える。ロキが降りて周りを確認し、カルが降りてきて、宿を見上げた。
まあ、普通に上流階級が利用するような宿であることは分かっていたけれども、大きな宿だ。
「大きいな」
「王族も使っていますからね」
アンドルフはソルたちも降りてきたのを見ると、では、と言って宿屋に入っていく。ロキたちはそれについていき、アンドルフがいろいろと手続きをしてくれるのを眺めていた。後からゼロが起きてきて慌てていたが、荷物は全てロキかナタリアが持っているので特にやることはない。オートはいまだに眠っていた。
「部屋は3つです。殿下には申し訳ありませんが、6人部屋です」
「構わない。それに大部屋なんて、楽しみだったんだ」
アンドルフはロキに鍵を渡す。ロキは小さく頷いて割り当てられた部屋へと向かった。
この宿屋は前世のホテル形式である。ロキは部屋に入るとソファに全員分の荷物を出した。セトの荷物はなぜかエナメルバッグのようなバッグに入っている。文化というか、文明レベルがやはり謎だ。
ロキの荷物はザック1つ分程度しかない。着替えと武器とそれ以外にはない。食料などは野宿の予定が立ったら買えばいいのである、というのがアンドルフの言である。とか言いつつ多分アンドルフはカルとロキとナタリアの分くらいの食料は持っているのだろうが。
貴人にひもじい思いをさせるほどアンドルフは抜けた男ではない。アンリエッタもついてきているが、そちらはソルたちを引率している。
フォンブラウの抱える人員がいかに強いかという話が見え隠れする。ジークフリートとアーノルドの旧知の中であることもあり、アンリエッタは信頼で選ばれたとみていいだろう。今回の留学の貴人の守りのためについてきた者たちの半分ほどがフォンブラウ家の勢力下にあった。
部屋はそれなりに広く、大きい。ベッドが2つ以上ある環境が珍しいためかセトが相変わらずぽかんとしているが、ロキは前世の知識で見慣れた和室と洋室の混合の部屋であるため特に何か思うことはない。ロキは和室空間に陣取った。
「お前やっぱりそっちに行くのか」
「どちらかというとこちらの方が落ち着くからね」
ベッドは4つ。ゼロとロキが和室で寝るのは確定だろう。
うにゃ、と小さな声がして、オートが欠伸をして起き上がった。
「うーん……」
「おはようオート」
「おはよ……」
目を擦り、オートは再び大きな欠伸をして、辺りを見回す。
「……あれ? もう着いたの?」
「着いたぞ」
「ええー!」
オートは声を上げた。
「景色見たかったのに! 起こしてよ!」
「お前すぐ店に行くだろ。だーめ」
「ロキ意地悪ー!」
オートが景色が見たい見たいと騒ぎ始めたので、椅子を窓辺につけてやる。オートはそこに乗って窓の外を見つめ始めた。
「綺麗だなあ……」
「あら、オートが身体乗り出してるわ」
「あ、ソルさーん」
ソルがどうやら窓の外を見ていたらしい。オートが手を振っていたのでロキも顔を出してみた。
「あ、ロキだ」
「なんだ、隣なんだな」
「まあ、楽だしねえ」
アンドルフが部屋に入ってきて、隣の部屋に他の護衛たちがいることを告げて去っていった。
「ロキ、ここルームサービスあるんだってさ」
「ほう。1階に食堂もあったのにな」
「個人経営だったのかもな」
笑みを浮かべたソルはどうする、と問いかけた。
「カル、ルームサービスと階下で食うの、どっちがいい」
「……ルームサービス、かな」
「わかった。ゼロ、行ってこい」
「了解」
えー、とオートが声を上げるが、まあそうでしょうね、とソルが笑ったのでよしとする。
「ほらオート、早く座れ。ソル、また後で」
「ええ、また後で」
窓から顔を引っ込めて、ゼロが戻ってくるのを待った。




