9-24
第9章最終話です。
2025/04/16 加筆・修正しました。
ロキは出発の準備をして、ゆっくりと息を吐いた。
セネルティエへの留学で、メンバーに大きな変更はなかった。
パーティの時に襲ってきたのは教皇とは無関係と判断されたため、留学はこのまま敢行されることになったのである。
解決していないことは多いし、けれどだからと言ってそれを子供であるロキ自身が解決できると思うほど自惚れてもいなかった。大変なことを大人に丸投げするのは子供の特権であろう。
アーノルドたちが解決すると言ってくれたからそちらに投げた。そんなロキを責めることはできまい。
教会の人間が貴族街に入れなくなって久しいが、リガルディアではいまだに教会を追い出す動きが続いている。
貴族街に教会の人間が上がってくることもほとんどなくなったが、完全になくなったわけではない。ロキたちは特に何かやったわけではない、大人たちがやっていることだ。弾圧に向かわないといいがとはエリオの言だった。
出発はもうすぐだが、その前にロキはたくさんやっておくべきこともあったので、あわただしく駆け回っていたものである。
まずはルナについて。アッシュとヴォルフガングに任せるのは今までと変わらない。ルナの武器適性に弓矢があるので、そこを伸ばそうかという話になった。ロキはそこまで交友関係が深いわけではないが、弓を扱える生徒にくらいは面識があった。
次に、ロゼ。彼女に女子のまとめ役を任せることにしている。本来はロゼがまとめなければならないが、ソルやヴァルノスといったほかの令嬢もいたこともあり、其方はそちらでカリスマ性を発揮していたのだ。その中からソルが抜けるのでロゼにはこれから頑張ってもらわねばならない。ソルがいなくなることで、マルグリッド側へロゼのサポートを頼むこともしてきた。
幸いマルグリッドはロゼに対して普通に接してくれたので特に問題はないと思われる。
ヴァルノス。彼女は自分で適当に動けるので特にロキは心配はしていない。最近は婚約者になったユリウスとお茶をしている姿をまま見かける。うまくいっているようで何よりであった。国内に残る事情を知った力の強い転生者貴族は多くて悪いことはない。
エリスのことは主にロゼに任せることにしている。異母兄のイザークがいるからきっとおかしなことにはならないだろうと踏んではいるが、まあ、どう転ぶかなど分かったものではない。
男子の方ならば、ハンジのことをシドに任せることになる。ハンジは平民である以前に、帝国の人間だ。普通に考えて、誰かに守ってもらえる可能性は低い。シドも平民ではあるが奴隷表示がある限りハンジを直接庇うことはできない。つまり正確にはきょうだいに庇ってやってくれと頼まねばならないが、トールに一応頼んである。どうせ同学年の者たちはシドがロキの奴隷だと知っている者が大半なのだから。
エリオはまあ研究さえできれば暴れることもあるまい。定期的に連絡を取って話し相手になってやればいいかなくらいにロキは考えている。
アッシュとヴォルフガングはルナについていることが決定していた。
レインとレオンはカルとロキがいなくなる分人心掌握に努めてもらうことになっている。
バルドルとクルトにはバルドル神の神話を気にしすぎないようにと伝えた。
ウェンティにはロキが個人的に気になったメンバーをまとめておいてもらうようお願いした。いつもつるんでいるメンバーだったらしく、おっけ、任せといて、と元気な返事が返ってきたが、ロキとしてはウェンティのことも割と心配だったりする。
エドガーは相変わらず情報も商品も持ってくるのでリンクストーンを渡した。
エドガーは家の方が忙しくなっているらしく、いつぞやシスカ家やファンベル家とのいざこざ以来絡んでくることは少なくなってしまったけれども、ロキを変わらず慕ってくれているようなのでロキ的にはほっとしている。
魔物たちは連れて行くことが正式に決定したので、ロキは誰を連れていくかで悩んでいる。とはいっても、スレイプニルかフェンリルかの二択なのだが。ナイトは大きすぎるし、ヘルは半身が腐敗しているため連れて行かない方がいいだろう。
ロキは結局、フェンリルを連れていくことに決めた。スレイプニルにはエリオを守るようにと言い含めて。
「じゃあ、エリオたちを頼むぞ」
『はーい!』
魔物との最後の戯れの時間が終わる。スレイプニルは名残惜しそうにロキの髪をくしゃくしゃと食んでいた。
♢
出発は馬車である。ロキはカルとセトとともに乗ることになる。セトの肩にはコウが乗っていた。フェンリルは白銀の毛並みをロキにすり寄せて撫でられ、満足そうに唸った。
「ロキの荷物少ない」
「アイテムボックス持ちめ……」
ロキの荷物が少ないなど、今に始まったことではないのだが、まあ、倉庫役も務められるというのは非常に使い勝手がいいものなのだ。馬車が最低限人間を運ぶだけで済むというのもある。
「今回は大容量のアイテムボックス持ちばっかりだからなあ」
「馬車が少なくて済むと考えようか」
「盗られる心配もなくなるわね」
夜盗が出ないわけではないから、普通は皆警戒しているものだ。
特に今回はカルたち貴人が強いため護衛もかなり厳選された強者揃いになっている。
「メイドが戦闘メイドばかりになったな」
「ソルたちも貴人であることに変わりは無いからな。万が一があっては困るだろう」
ソルもナタリアも、それぞれ国防と血統の面で非常に重要な家の出身(表向きだけだったとしても)であるため、手は抜けないのが実情といったところか。
「セトナ殿が来てくれたのは本当にありがたい」
「ソルちゃん死なすわけにはいかないからね」
菫色のショートボブの侍女が答える。傍には執事服を着た神子――ラックゼートがいた。
「ロキ、ガルーがついて来れなくてうにゃうにゃ言ってたわ」
「ガルーは父上の側付きだろう」
「ゼロ以外に側付きがいないとアンタ死徒側に来ない可能性あるもの」
「ああ、あの人狼の奴はどうなったんだ?」
「山籠もり中よ。あいつ私でも投げられるもの」
ガルーの息子はアンタの側に上げるには弱いの、とセトナがくすくすと笑う。ロキは肩をすくめるラックゼートに小さく息を吐いた。ロキの知らないところでなかなか人生を謳歌している彼らについては、まあ、口を出す気はないのだが。
「そろそろ出発ね」
ソルの肩に乗っているアンフィは楽しみなのだろうか、2つの頭がどちらもゆらゆらと揺れていた。
見送りに来ている学園の生徒たちの代表として、ロゼとレイン、ウェンティ、レオンが前に出てきている。
「行ってらっしゃいませ」
「怪我も病気もしないように」
「身体に気を付けてね~!」
「手紙くらい書けよ、筆不精」
最後のが明らかに俺のことだなとカルが突っ込みを入れた。ロキとセトがくすくすと笑う。準備を終えたゼロが顔を出し、他の生徒の方へ行ったので、イミットの知り合いでもいたのだろう。
「ロゼ、皆を頼む。レオン、不安なことがあるのであればいつでも連絡をよこせ。レイン、エリオ殿下を頼む」
「わかってるわ」
「言われなくても」
「わかってる」
ああ、知っているとも、ロキは彼、彼女らをとても信頼している。きっと大丈夫だろう。でも、助けを求められる状況ぐらいは作っておいてやりたい。
「ウェンティ、くれぐれも無理はするなよ?」
「だーいじょうぶ! ロキ君てば心配性なんだからぁ」
この中で一番心配なのがウェンティだったりするのだが、ウェンティは幼さの若干残る美しい顔の唇で弧を描く。ロキはこのウェンティの顔に弱かった。何か隠しているのだが、ロキの加護に引っかからない程度のごまかしをしているときの顔だ。
「……やれば出来そう、も多く抱え込むと大変だからな。待ち時間の延長ぐらいはできる、申告はすること、良いな?」
「あははぁ、そういうとこ変わんないね! うん、わかったよ」
ウェンティは笑い、ロキは肩をすくめる。明言されなければ分からないけれど、隠していることは分かる。内容は不明、そんな状況。
ロキは、いわゆる嘘看破のスキルを持っている。それを誰かに言ったことはないのだが、ウェンティはいつの間にか知っていた。ベリアルがロキに知らせた情報によると、ウェンティも何らかの感情精霊の加護を持っているという。そこまで踏み込むにはロキが持っている情報が少ないし、ロキはウェンティが教えてくれる日を、心待ちにしている。そんな日が来ないと理解はしているけれども。
「……んじゃ、任せたよ」
暗い思考を振り払って、ロキは言葉をかけると踵を返す。オートが最初に馬車に乗り込んだ。カルとセトが最後に皆に別れを告げて馬車に乗り込む。ゼロが戻ってきて5人とも馬車に乗ると、御者にあてがわれているアンドルフが御者台に乗り込んで馬車を出発させる。ソルとナタリアはロゼ、ヴァルノス、ルナ、エリスに別れを告げて、馬車に乗り込んで出発した。




