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2025/04/16 編集しました。
夢見が悪いとはまさにこのこと。ロキは身体を起こし、小さく息を吐いた。
「――」
あの神子についてとやかく言う気はないし、あの場で首を刎ねなければ彼が必要以上に苦しんだのは想像に難くない。けれども、そのあとにこうして知り合いだった頃の夢など見せられれば、気分も悪くなる。
ロキはロキの起床に気付いたシドが入ってきたので問いかけた。
「おはようございます、ロキ様」
「シド、お前、敵にいた奴が味方だったころの記憶とか見たときどうしてる?」
「おい朝イチでなにヘビーな質問くれてんだ」
手早くロキの洗顔の支度などするシドに先日の神子の件だ、と告げればあー、と少々逡巡した後、シドは口を開く。
「何とかして割り切るしかねえよ。まあ、あいつに関してはお前はあいつがいなくなったことでループするほど思い入れちゃいねえみたいだった」
「……ああ、そうだ。……というか、俺もループのスイッチなんだな」
「あー、その話してなかったな」
洗面道具をロキに渡し、朝食の準備をしながらシドは続ける。
「ループのスイッチって今は2つあるんだよ。お前ともう1人、今追わなきゃならねえ方、2人が持ってる、つーか、持ってた」
「持ってた。今はないってことか?」
「ああ。お前が一旦放棄した」
「ほう」
スコーン、ベーコンエッグ、ポタージュ、サラダ、紅茶の準備を終えたシドは洗面を終えたロキから洗面道具を受け取って片付けを始める。
「で、そのスイッチというのは?」
「お前女将がスキルとか加護とか祝福とか教えてくれたとき、『強欲の器』って持ってたの覚えてるか」
「ああ、大罪系あったな」
窓から柔らかな日差しが差し込んでいる。春休み直前、まだ気温は低い。基本的に低血圧なロキがきちんと起きるまでには少々時間があった。
「ま、この世界にゃ天使と悪魔の概念がねえから皆精霊なわけだがな。こないだ会ってたベリアルとルキフェルもそれ。だが、まだ会ってねえ奴がいる」
「強欲というと、こちらではアモンだったかな?」
「そ。マモンじゃねえんだな、これが。マモンだと金だけだから金運の精霊扱いですわ」
「なんだその白蛇みたいな扱いは……」
似たよーなもん、とシドは笑う。
ロキたちの前世と少々異なる力の配分がなされているのがまるわかりである。傲慢を象徴するはずのルキフェルがあのざまだったのだ。
しかもベリアルに関しては特に問題発言をすることもなかった。なぜ問題発言をすることが前提になっているのかなどロキは知りたくない。
「力の精霊アモン。神格を次々取り込んでいったことから、そんな立ち位置になったみたいだが、こっちで無茶しちまったんだろうなあ。別の世界線で人間落ちしてるし」
「そんなことがあるのか」
「ま、なんか考えがあってのことだと思うけどな。こっちのために力をセーブしてくれたのかもしれないし」
シドの言葉にロキは眉根を寄せた。
「……巻き込みすぎだろう、俺」
「お前がやるときには大体毎回『悪いが付き合ってもらうぞ』とか言って拒否権ねーんですけど?」
「だろうな、俺だからな」
夢で見たよ畜生、とぼやきながらロキは朝食を食べ終えて紅茶に口をつける。
「アモンはかなりお前に協力的だった。あいつは、求める者には協力を惜しまない。強欲たれ、さすれば何か掴めるやもしれぬ。そんなスタンスだしな」
「求めずして手に入れられるようなのはいねえ、ってか」
「そうだろ、普通は」
「そうだな」
シドが淹れてくれたレモンティーは、ほんのりと甘い。
「俺は、皆で笑っていたかったんだな」
「その皆の中に一部入ってねえ奴いるけどな」
「ミーム嬢か」
「ああ。まああいつは自業自得だわ。伯爵令嬢として最低限以上やろうとしねえから、『強欲の器』持ちのお前とは相性悪いんだよ。悪くなった、つーか」
ロキはシドの方を見る。シドが首をかしげた。
「どした?」
「器、か」
「……あー、ああ、そうだ。本来なら器じゃなくて『強欲』そのものが出てるはずなんだよ。ルイさんが動いたから多分お前の『強欲の器』とかその辺に耐えられる奴を引き込んだんだろうな」
「被害はあるのか?」
「死に戻りしまくり」
「小規模かつ局地的な災害だな」
全くだよ畜生、と言いつつシドは首に触れた。かなり強引に強請った末に漸くロキからもらった革製の首輪がある。もうだいぶ擦り切れてしまったけれども。金属製の首輪はアミュレットの役目を果たすが、ロキはシドに合わないからと言って、革製を好んで着けさせていた。
「なあロキ、ちょっといいか」
「どうした」
「首輪新調してくれ。できればお前の魔力いっぱい込めて」
「ああ……そうか、1年会えないもんな」
奴隷用の首輪だ。すっかり忘れていたが、シドは一応公式にはロキの奴隷である。だが特徴的な金目であることもあり、半精霊を庇うために首輪をつけられていることは明白で、誰もそれを咎めることはなかった。
しかしそれも、リガルディア国内での話である。他国に出ればそうはいかない。奴隷を禁じている国もあるくらいだ。
諸々の理由から、今回シドは留学生の一団から外されていた。
魔力パスがないわけではないが、ドゥーやヴェンと違ってシドは半精霊で、肉体が半分ある状態だ。魔力パスがなくても構わない代わりに、契約者がいなければ十全に戦える状態にはならない。
紅茶を飲み終えたロキは席を立った。ちょうどいいタイミングでゼロが着替えを持ってくる。ロキは手早く着替えて教室棟へ向かった。
♢
『えー』
魔物に留学の旨を話したら最初に拒否の声を上げたのはフェンリルだった。
「えーって。もう確定事項だからどうしようもないぞ」
『そんなあ……』
フェンリルの毛並みを撫でてやりながらロキはほかの魔物たちも見る。
ヘルは分かっていたらしくふん、とそっぽを向くだけだった。拗ねては、いるようだ。
『りゅーがくってなんぞー?』
『外国に行かれてしまうようですね』
『えー』
ナイトとスーの会話はのんびりとしたテンポで繰り広げられている。ナイトに関しては、大きくなりすぎて単独で別の小屋を用意されるほどであった。ロキが会いに来なくなると知ってかナイトがやたらすり寄ってくる。
「こらこら」
セトのグリフォンは空を飛べるうえに、ほかの国にも軍馬として使われていることがあるので、連れて行っても問題自体はなかったりする。セトは拒否したが。下手に捕らえられたりしたらたまったものではないからだ。
メビウスが今日は珍しく何か調査のためと言って教員たちに交じって慌ただしく動きまわっていた。




