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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年後期編
243/377

9-22 どこかの世界線

2025/04/16 加筆・修正しました。

小さく息を吐き出した少年は、自分についてきてくれた白銀の、今は、少年を振り返った。


「ロキ」

「ん?」


声をかければ返事をしてくれる。今までこんなことあっただろうか。いつもいつも、ロキは少年にとって雲の上の、天上の存在だった。


少年はロキのことを好ましく思っていた。ロキからほとんど友好的な態度をとられたことはないけれど、それでも優しさは態度に滲むもので、少年はロキに拾われて以来、ロキに尽くしてきた。それを人はきっと、敬愛と呼ぶのだ。



少年は知っている、こうしていま彼がついてきているのは異常なことだと。めったにないチャンスだった。ロキ自身が疲れきってしまったことの証であった。


ロキは貴族である。故に、彼が出奔するなど、本来は考えられないことである。

――そう。彼は誘拐されたのだ。誘拐犯にそのままついてくるという愉快な状況になってはいるが、それは良いこととは言えない。


国から、逃げ出したかったのだとロキは呟いた。


もう、疲れた。


友人だと呼んでいた貴族たちのフォローに走り回ることに疲れて、彼は全てを放棄した。友人、元婚約者、家族、みんな。


少年は知っている、その選択の方が当然として受け入れられるべきものであると。彼を断罪しようとした者たちを殺さなかったのは、どうせ自滅すると思ったからだ。


今回のロキは少し、頭がおかしい。

殺すことに躊躇いなく、殺されることに躊躇いなく、人形のようだった。

きっと、疲れておかしくなってしまったのだろう。癒すことができればいいけれど、ロキは性欲に逃げることもなければ戦闘に逃げることもなかった。

未だに操を立てられている元婚約者と従者について言いたいことがたくさんあったけれども、少年は口を噤む。


できることなら、ロキをどこか遠くへ連れて行ってあげたい。戦争も国も家族も何も関係ない所へ連れて行ってあげたかった。

緑と黒の髪の騎士だけが最後まで追い縋ってきた。ロキが右目を彼に置いてきたことが、少年には理解できないが。


「なんで目なんてあげたの?」

「最後まで俺が欲しい言葉をくれたからだよ」


途中で諦めたという緑の髪の少年や魅了魔法でロキを止めようとする金髪の少女もいた。けれど彼らはロキを止めることはできなかった。少年が聞けば、彼らの爵位は低く、ロキの周りにいた公爵侯爵クラスには太刀打ちできなかったのだという。騎士は騎士爵令息で、少年は子爵令息、少女は伯爵令嬢だったそうだ。


だからどうか、幸せに暮らしてほしい。


ロキの小さな願いは、結局最後まで、他人のためで終わってしまった。



ロキが敵側に寝返ったとか、そんな話は聞かない。カルは自分の過ちを恥じた。けれどもう、ロキは帰ってこない。


自分が手に入れた愛する少女は、何も知らない。この国が今ひどく揺らいでいることを知らない。


「最近セトを見ないね」

「ああ、あいつも忙しいみたいでな」


紫の髪の少女は、王女であった。友好の証ということで、婚約が受け入れられた。セネルティエ王国第3王女プラム・セネルティエ。彼女はロキを追い出してからずいぶんと散財してくれているが、カルはもう何も言わない。


セトを見ないのは事実。

だが忙しいというのは事実ではなかった。


セトは死んでいる。

抗議文をカルに叩き付けてきたのは記憶に新しい。


再会した時のセトの目は片方濃桃色になっていた。ロキから瞳を貰ったのだろうな、とカルは思った。そしてそれが表す意味を、今ならわかる。


もう、疲れたのだろう。

自分が愚かにも、婚約者だったロキを追い出したりしたから。


彼女の事情は分かっていたつもりだった。前世の話をされた時は驚いた。なぜ気付かなかった。前世を話したということはそれだけ信頼されていたはずだった。


きっと今頃令息姿にでも成っている頃ではないだろうか。一緒に城下に遊びに行ったときに見せてくれた姿を、思い返す。その姿の方がしっくりくるほど、様になった姿だったのを覚えている。それでも彼女は彼女であり続けた。疲れてしまったのにそれを表に出せなかったのは公爵家だったからだろう。


ロキを追い出したカルに最初に盾突いたのは男爵令嬢であるソルだった。


『ふざけんじゃないわ』


彼女は、ロキの前世で姉だったと聞いている。きっと、弟だったロキのためにフォローに走り回っていたことだろう。

彼女は家と縁を切ったうえで、カルに不敬罪確定の罵倒を浴びせかけ、予定調和の如く不敬罪で処刑された。


その次に死んだのがセトだった。ロキを連れて行った少年に最後まで追い縋り、ロキから瞳を貰った男だった。泣いて帰ってきて、俺は爵位は継がない、騎士にもならない、そう言ってロキの目を食って死んだ。


鮮烈な蒼が翻る。奔る翠を、カルは知っている。

けれどここには、欠けた月の刃を振り下ろす死神は居ない。


気ままな風を自称する男も、どこかへ行った。

ロキと仲の良かった男爵令嬢たちは散り散りになった。


竜の首を落とす蛮勇は、居ない。


悲しみと虚無を湛えた濃い桃色の瞳の奥に、緋色を見た気がする。


カルからみんなが離れていく。

親友も、家族も、みんな。


じゃあ、愛をとってはいけなかったのか。

きっとそうだった。自分は、王族なのだから。


自分はきっと、ロキを幸せにしなくてはならなかったのだろう。婚約者だった彼女をせめて、幸せにしなくてはならなかったのだ。

妻が1人だけだなんて誰が言った。複数いたっていいはずのこの国で、こんなことをするだなんて愚かにもほどがあったんじゃないのか。


ロキは言っていたのだ。

婚約破棄だけはするんじゃない、と。なにもいいことなどないから、と。


まだ、婚約者になる前の話である。

諦めきったロキの顔を覚えている。


戦争も間近。

リガルディアに、もはや戦争回避の道はなかった。



ロキはカルを追い詰めていた。

ロキは敵だった。いや、寝返ったわけではなくて、単純に敵だった。第3勢力みたいな状態だったのだ。


カルはそれを受け入れた。これがせめてもの罪滅ぼしになってほしかった。


「やっぱりロキは強いな」


せめて、幸せにしてやれたなら。

こんな無表情な人形みたいな顔など、見なくて済んだだろう。


感情なく、感動なく、ただ淡々と周りを煽動して、それで終わりだ。ロキはそれでもカルを殺しに来てくれた。

ロキが手にかけた何かと同じになれたら楽だった。彼の中に何も残らなくてもいい。

楽になって、それでおしまいでもいいのだ。


「殿下」

「うん……?」

「俺は、こんなのは認めない」


カルはロキの言葉に首をかしげた。

何を言っているんだろうか。


「認められないんだよ、カル。こんな悲しい終わりだなんて」


そうだな、と返したかった。もう戻れない。

認められないなんて子供のような戯言を今になってロキが言うのかと、カルは思った。

でも、本心を聞けた気がした。ちょっと、嬉しかったのは事実だ。


「カル、いつかまた出会おう。その時は、友達になれたら嬉しい」


セトも、ソルも、死なない世界を。

ウェンティも、もっと別の形で自由になってほしかった。

ロキはカルの傍に倒れている紫髪の少女と茶髪の少女を見やる。


「彼女たちも、本当は死ななくていいんだ」


全てをこの手で壊して、そこから、やり直そう。

ロキはそう言って、立ち上がる。


ロキ神と、ラグナロク。

それは世界を再構成する、一種の世紀末。


「悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ、皆」


それは誰への言葉だったか。

ロキ、それはきっと、世界樹のある世界において、もっともその声を響かせやすい存在。


「俺はこんなの認めない。――其、あらば、我は瞳を閉じる。観測者共の目を閉じる。今一度、焼き果たす。世界樹の枝葉を、焼き焦がす。実るべき枝を、手折る。精霊共、その眼を閉じよ。私は今この場においてこの枝を切り落とす――【世界線の終局(ラグナロク)】。景気よく行こうぜ、もう1回!」


世界が白む。

カルは最後に、手の甲へ口付けられた気がした。


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