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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年後期編
240/376

9-19

2025/04/06 加筆・修正しました。

「え、ロキって楽器できないの?」

「改めて言われるとぐっさりくる……」


オートの心無い一言にロキは胸に手を当てて苦しむ仕草をした。というか、食堂で言ってくれるなという話だが、まあ仕方がない。


第1王子アル・ルード・リガルディアが主催する音楽会は、基本パイプオルガンのある王宮の離れで行われる。パイプオルガンに合わせるといえばオーケストラ。ロキやソルから言わせると、何故かユーフォニウムだけ存在しないが、それ以外はほとんど揃っているのだ。


言っておくが、ロキは別に才能が皆無なわけではないし、全く吹けないとかそんなことはないのである。ただ、オルガンには合わないものしか才能がないだけで。


セトと比べると青っぽかったのだなとオートの髪を眺めつつロキは息を吐き出した。

ロキはオペラは好まないから声の出し方は分からない。そもそもそんないわゆる文化人としての貴族の性質はほぼリガルディアにおいては重要視されない。魔物に襲われたから討伐、殲滅せよ。それがリガルディア貴族に求められる能力であって、けして他の国のように文化面の担い手ではない。


ロキに才能がないわけではない。再三言おう。


「俺もオーケストラでクラシックよりは、ジャズの方がいいがなあ」


セトがそう言う。セトはコントラバスに才があったらしい。指先の器用な彼ららしいものだとロキは思った。リガルディアの歴史2000年の間に、“古典的(クラシック)”と呼ばれるものが形成されていたこと、内容が地球のクラシックと遜色なかったのは、初めて聞いた時に驚いたっきりである。


「だいたい、それ言うならゼロもオーケストラにはダメダメでしょ」

「三味線と鼓で悪かったな」

「言うなゼロ……俺吟遊とドラムと箏と琴だからな? これ以上のカオスがあってたまるか」


ロキの適性の振れ方は絶対おかしいとはソルの言葉である。ちなみにそのソルの適性はフルートである。ルナもフルートに才があるが、前世が吹奏楽部(吹奏楽団と言わないとルナは怒る)だったことの結果であろうか、彼女はヴィオラにも才があった。


「ルナ嬢がフレイ兄上と合奏してるの綺麗だったな……」

「あー、あれはよかったわ。メロディが重なる部分がとても好きで」


ロキとソルが感想を言っている間、エリオはそわそわしていた。自分と同じ楽器の人間がいるからである。そもそも、兄と今回は同じものを弾くことが決まっている。


エリオとカルはバイオリンである。

元々研究者気質なエリオはあまり人前に出るのが好きではないから、精一杯わがままを言っていたら人が離れていった。これ幸いと研究室に籠っていたものだが、アルの誘いにだけはいつも乗っていた。兄のことを嫌いじゃないとはっきり言えるくらいには、話しやすい人だと認識していたようである。


ちなみに、トールはホルン、ナタリアはフルート、バルドルとクルトはチェロ、エリスはファゴット、ミームはシロフォン、オートはグロッケンと意外と打楽器がばらけている。なお、カイウスがティンパニー、エミリオはコントラバスとなっている。ウェンティはロキと同じくオーケストラではないが、ライアーが得意だ。


「ロキはオーケストラだとほんとに出番ないもんね」

「というか、シロフォンとグロッケンがいる時点でシンバルとバスドラムの人手など足りているだろう」

「はいはい、いじけないの」


ロキはどちらかというとバンドのような状態であるらしい。正確にはパーカッションなのだというが、残念ながらこちらの音楽はそこまで自由ではないようである。


「でも兄上は、ロキの歌を聞きたいと仰っていた」

「――それ、辞退したら駄目なやつか……」

「ああ、春休みは予定が詰まっているから、修了式前にさっさと済ませておくに限るぞ」


カルの言葉に、了承しましたとお伝えください、と力無くロキは返した。


「リガルディアから出たくねえ」

「絶対出なきゃならんから諦めろ」

「帝国に何故皆追従するんだ。何故歌が評価されない。女優はそんなに悪いか!」

「まあ、ちょっとそういう人が歌っているイメージがあるからなあ」


愚痴を零す元気はあるようだな、とカルが笑う。ロキは小さく、俺も管弦楽器の才能欲しかったな、と零す。シドに関しては言ってはいけない。この男は全ての楽器をひとしきり極めているらしいので誰も追従できないと思われる。


「ちなみに今度のはそんなに大規模なやつじゃないのでここに居るメンツ以外にソキサニス公含めた公爵たちくらいしか来ない」

「おいそれ駄目なやつやん」


クルトとミームとオートが固まった。


「公爵様に聞かせる――?」

「胃が痛いわ」

「辞退しちゃ駄目……?」

「お前らお豆腐メンタルか」


セトのツッコミが本当にロキに近付いてきたとはナタリアの言である。



音楽会の当日、ロキは、知らない曲を、ソルたちがステージ上で演奏するのを、静かに眺めていた。

地球の音楽ではない。こちらの人間が作曲しているのだからそうだろう。でも、なんとなく懐かしい旋律が混じっていたりする。


ロキが眩しそうに王子たちを見ているのを、アーノルドは静かに眺めていた。歌唱が評価されない時代に生まれるべきではなかっただろうと言わしめるロキの歌を、この場にいても、聴くことはできなかった。


離れはわざと音楽のために作られた場所であり、王族の離れとしては小さい部類であろう。あくまでも同じ床で一緒に演奏して楽しむのが目的であるらしく、コンサートホールのような形ではない。


ステージは少々上がっているだけだが、差としては十分なものだろう。

アーノルドたちは今回楽器を持ってきていない。普通の貴族なら皆何かは才能があってしかるべき、という風潮がある。アーノルドはチェロであるし、スクルドはクラリネットを弾くことができる。ソルが一緒に歌うことがあったので、フォンブラウ家の者はロキとソルの声がどれだけよく響くかを知っていた。


「――ああ、楽しかった」


アルは青い髪を揺らして笑った。ソキサニス公爵グラートは称賛の拍手を送り、アーノルドたちもそれに倣う。アルは楽器を置いてロキの前に立った。


「ロキ、楽しんでくれたかな」

「……はい。とても」


ロキは笑みを浮かべた。本心からの言葉であるのはアーノルドにも分かる。アルがよかった、と言って苦笑した。


「本当は、君が歌える環境が作れればよかったのだけれど」

「いえ、私の歌など、お聞かせするほどのものでもございません」

「でも、とても美しい声で歌うと聞いたよ」


カルの前でほとんど歌ったことなどないから、十中八九情報源はエリオであろう。

咎める気はないけれど、ロキは少し困ったように笑った。


「エリオ殿下ですね」

「あはは、ばれてしまったか」

「カル殿下の前ではほとんど歌ったことなどありませんから」


アルの言葉にロキが返せば、アルは私も聞いてみたいなあと小さく呟いた。いつか聞かせることになりそうな気がするのはロキだけではあるまい。


「ああ、そういえばもうパーティの招待状は行ったかな?」

「はい」


今度のパーティはなかなか大きいよ、とアルは言った。ロキも参加せねばならないパーティである。それは、カルの誕生パーティを兼ねている。国を出ねばならないカルのために、先にパーティを開催することを、ジークフリートが決めたのである。


ロキはこのパーティのために新しく服を作る羽目になった。スクルドがだいぶ絞っていたのでデザインを選ぶだけで済んでしまったが。


「今日はもうこれで解散だけれど、またおいでよ」

「ありがたいお言葉ですが、基本は父にお任せするつもりですよ」

「つれないなあ」

「フレイ兄上たちで我慢してください」


アルは笑う。ロキは基本王宮に近づきたがらない。その理由の詳細は不明である。ただ、ループが原因なのは確かだった。


次に彼らが顔を合わせたのは、約1週間後のことであった。


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