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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年後期編
239/376

9-18

2025/04/06 加筆・修正しました。

プルトスは、ロキに会いに中等部へやってきた。


「ロキはいますか」


プルトスが声を掛けた中等部の生徒はプルトスを見て目を煌かせていたけれども、ロキと聞いて慌てて教室内に入ってロキを呼んでいた。


「どちら様――」


ひょこりと顔を出したロキの目に驚愕が浮かんだ。ラズベリルの瞳が揺れる。プルトスは青い瞳を細めて笑みを浮かべた。


「プルトス兄上……? なぜここに」

「お前に会いに来た」


率直に用件を告げる。会いに来た。ただそれだけだ。ちょっと話をしないかと続ければ、分かりましたと言ってロキは一旦教室に引っ込んで、すぐに出てくる。

シドとゼロが付いて来ようとしたのをプルトスが制止し、ロキとプルトスは2人で歩き始めた。


「――」

「……」


プルトスは何度も口を開こうとして、やめていた。ロキはそんな兄を見ながら、ゆっくりと待った。口を開こうとしていることには気付かないふりをして。


プルトスはといえば、何故ロキを呼んだのか、そんな理由1つしかなかった。

――とにかく今朝の夢見が悪かった。

これに尽きる。


かつてこんな経験したことがなかっただろうか。ロキが半転身を起こした時、ロキだって辛かったはずなのにコレーのことしか考えられなかった。

それをロキは責めたか?


否、である。


何一つ、プルトスはロキから糾弾されたことがなかった。

明らかにロキの方が理由があり、プルトスに非があった時も、ロキは自分のことに頓着しなかった。「大丈夫です」と「平気です」と「なんともありません」以外の回答を聞いたことは、ほとんど無い。女児だった頃の方がまだ文句を言っていた気がする。


夢見が悪かった。それはまあ、稀にあるのではなかろうか。けれども。

プルトスは、この白銀の弟を、その愚かさを知っている気がするのだ。


――ついぞ自分を見れなくて、大事にされていたことにすら気付けなかった?


それはない、この子のことだからそれはない、そう言い切りたい。言い切りたかった。

言い切れるものだったなら、どんなによかっただろう!


プルトスは知っている。精神年齢が最初から高かったが故にロキが命の危機に何度か晒されたことを知っている。病気がちだった過去などロキは語らない。ロキが誰かの手を取るのが苦手なことを知っている。


差し伸べる手は簡単に差し出すくせに、差し伸べられた手の取り方が分からないなんて、馬鹿以外のなんだというのだ。


それが言葉にならない自分が恨めしかった。

校内でなければ。こんな名前じゃなければ。泣くことは悪いことじゃない。縋りついてでもこの弟に言わねばならないと自覚した言葉が上手く浮かばなくて、なのに抱きしめ方も褒め方も分からなかった。


明るい世界にいるやつが、闇の面を持たないなど、影など落ちていないなど、誰が決めたというのか。


考えながら歩いていたから、いつの間にか校舎の隅の方にまで来てしまっていた。


「……ロキ、こっち」


プルトスはロキを空き教室に入れて、内側から鍵をかけた。倉庫になっているようだった。


何で家でもっと一緒に居てやらなかったんだろう。

ロキの目に柔らかな光が浮かんでいるのが分かった時、ツキリと胸が痛んだ。


ロキはきっと、プルトスが何度も口を開きかけたことに気付いている。優しい弟だから、急かしたりしない。


憎まれる役目を自分自身に押し付けようとしていない、純粋な弟を見せてもらえている気さえした。


「――」


結局、言葉なんて出て来なくて、ロキを抱きしめる。ただでさえ14歳でさらに細身のロキの身体は、18歳のプルトスにとっては小さかった。

プルトスの震えの理由が分からないロキは疑問符を浮かべつつそっとプルトスの背に手を回す。


まだ何も知らないロキは、こんなにも簡単に誰かのことを抱きしめることができる。これはきっと、プルトスがまだ分岐に来ていない証である。プルトスにもそんなことは分からないのだけれども。


「――ロキ、僕は、」


何と言えばいいのか分からないから、どうにか言葉を紡ごうとして、やはり何も出てこない。プルトスはロキを抱きしめる腕に力を込めた。


「僕は、お前のこと、嫌いじゃ、ないからね」


やっと紡げた言葉はそんなものだった。ロキは目を丸くした。プルトスはいきなりこんなことを言われてもなんだそれはという反応が返ってくるものだと思っていた。なのにロキはふわりと笑みを浮かべる。そっと身体を離して、言った。


「――そ、か。ありがとう、プルトス兄上」

「――」


何か心配事がなくなったような表情をするものだから、プルトスが動きを止める番だった。何も知らないなんて誰が決めた。ループの軌跡は積もり積もってロキを形作る一部となって、その結果ロキがたとえきっと一番最初のロキと人格が大幅に変わっていたとしても、もうプルトスに気付く術などほとんどありはしないのである。


簡単に礼を述べる弟に何かの齟齬を感じて、これもきっとロキの言うループの影響なのだろうなと結論付けた。


「ロキ、たとえ、僕がお前を否定しても、僕は」

「プルトス兄上」


そっと頬にハンカチを当てられて気付いた。プルトスは泣いていた。


「……僕はなんで、泣いてるんだろう……」

「きっと悲しいことがあったんだ」


今はもうわからないけれど、と小さくロキは言って、プルトスの涙を丁寧に拭った。


プルトスがどれだけロキを否定したって、きっとロキはそれを受け入れて進んでいく。プルトスはそれが悲しくてならない。だってきっと、ロキのきょうだいの中で、プルトスだけがロキを受け入れられずに生きてゆく。


フレイ神は基本善である。しかしそれはつまり、悪さえも受け入れられるだけの器でもあるということであろう。スカジ女神は善悪による判断を行なわない。ロキ神は中立であり、行動の結果に善悪をつけるくらいだろう。トール神は基本善。コレー女神は善悪で測るものではない。


プルトスだけは、人を見ただけで善悪が分かってしまう。

そのせいでロキを何度も悪とみなしての言動をとってきた。ロキは転生者だから知っている、分かっているというけれど、きっとそれだけじゃなく、ロキはプルトスをそれなりに慕ってくれている。どこに慕う要素があるのかこれっぽっちも分かりやしないが。


プルトスは漸くロキの身体を離した。何が言いたいのかもわからないまま中等部に来ているのだからそろそろ戻らねばなるまい。

そうだ、ただ、夢見が悪かっただけだ。


「ロキ」

「はい」

「……僕も、夢を、見たよ」


お前が死んでしまう夢だった、と告げれば、ロキは軽く目を見張って、瞑目した。そして口を開く。


「――とんだ災難ですね」


ロキはどんな夢だったのか、とは問わなかった。回避の意思はないのかと小さく問えば、俺にどうこうできるものではないでしょうと返って来た。確かにそうだった。ロキの意思とは関係ないところで物事が進んでいくことの方が多い夢だった気がする。


「お前はあまり動じないんだな」

「プルトス兄上が夢を見たということには驚いています。まさか貴方にまで気に掛けられていたとは」

「あ、その言い方、傷付く」

「……善悪が判断基準にある貴方には生き辛い世の中だと思います」


ロキはプルトスを傷付けたことを沈黙で肯定した後、続けられた言葉に、プルトスはロキの頭を撫でた。

ロキは心地よさそうに目を細める。大事な弟だと、プルトスは改めて思った。



「ああそう言えば、ロキ」

「はい」


教室を出てプルトスは高等部へ、ロキはカルたちの元へ戻ろうとする折。

プルトスの言葉にロキは凍り付いた。


「今度楽器の演奏やろうってアル殿下が言ってたんだけど……大丈夫か?」

「――」


そう言ってくるということはつまり、つまり。

ロキは頭を抱えた。


「大丈夫なわけないでしょう……やめてー」


ロキは息を吐いて、どうやってバックレるかを考え始めたようである。

プルトスは苦笑を零した。


そうだ、この弟は、こんなに多彩であるのに、なぜか楽器だけは才能がなかった。いや、本当に、弾けないことはないが、才能はない。

リガルディア貴族であれば問題ないが、外国に出るなんてことになったら大変だ。

ロキは、バイオリンもピアノも人並みにしか弾けない。フルートもチューバもオーボエも、まあつまり人並みに何でもこなせるが、音楽の才能ある貴族子弟と組ませると浮いてしまうのだ。

ロキは歌うことが好きだ。彼の音楽の才能は歌唱に全振りされている状態に違いない。


しかし歌うことは基本身分の低い者がすることとされている節がある。精霊をも呼ぶ歌声に評価が付かないのは悲しいけれども、そういう御時世であるとしか言いようがない。


「アル殿下に俺は呼ばないようにお伝えください……」

「無理だろう。カル殿下がバイオリンだから逃げられんぞ」

「エリオ殿下――はピアノだけどバイオリンも弾けるか、こん畜生!」


ああでもソルのフルート聴きたいかも、といい始めたあたり、ロキは歌を低くみられることに対して何を思っているわけでもなさそうである。


少し晴れやかな顔でプルトスは高等部へ戻っていった。

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