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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年後期編
238/377

9-17 どこかの世界線”ジャッカル”

2025/04/06 加筆・修正しました。

ロキという男が裏切る可能性は前々から言われてきたことだった。セトは小さく息を吐いて、裏切られた事実をようやく直視した。ロキによって斬られた左腕がひりついている。


もう戻れやしないよとこちらを馬鹿にしたような笑みを浮かべたロキの表情が、本当は泣きそうだったのを、セトは知っている。


連合軍を組まねば太刀打ちできないほどに、ロキという存在は強力だった。

第1王子アルを襲い、アルの側近であり兄であるプルトスを瀕死の重傷にまで追い込んだロキは、国内でも反感を買っていた。致し方あるまいと、セトは思うのだ。


セトはアルとプルトスから話を聞くためにカルとレオンと共に2人に宛がわれている療養室にやってきた。


ノックをすれば入っていいよとアルの声が返って来て、3人は中に入る。ここを訪れたのは5日ぶりだ。


「5日ぶりだね、カル、セト君、レオン君」

「お元気そうでよかったです、兄上」


カルが代表として言葉を返し、まだベッドに横になっている2人の近くに椅子を持ってきて傍に座った。


「話を聞きに来たんだろう? 何が知りたい?」


直球なアルの言葉にカルは目を伏せた。

カルはロキと仲が良かったけれど、ロキがカルにだけはすべてバレないように動いていたことを、レオンとセトは知ってしまっていた。

ロキが今回の戦争を止めたがっていたことも、ある日ふつりと動かなくなって狂ったように笑いだしたことも知っていた。


「……もう、全部終わってしまったんですよ。今更とは思うけれど――」


ロキの公開処刑は明日だ。

もう誰も戻れはしない。ロキは今頃独房の中でやたら大人しくしていることだろう。覆ることのない公開処刑という民衆への終戦のプロパガンダを終えたら、ロキはきっと笑って眠るだろう。それが分からない貴族はもはやリガルディアにはいなかった。


民衆は上手く煽られてくれるだろう。ロキは周りの国まで巻き込んで、自分を敵にしたうえで土地に甚大な被害を残すことで強制的に国同士の協力を取り付けた。この後も戦争は起きてしまうだろうけれども、ロキは、兵士を大量に殺していった。女子供に農作業をさせなければならない国が多いから、そこまで大きな争いは起こす気力もないだろう。


ロキの掌で転がされているのは気分が悪いものだ。なんでこんなことしかしないのだろう、あの男は。


「……ロキが死なない未来を、見てみたかったです」


カルが絞り出した声はもうロキの命を完全に諦めたもので、もう仕方がないなあとセトは思うのだ。

ぼんやりとセトたちを見ているプルトスの目に浮かんでいる涙に気付いた。


「プルトスさん?」

「……ロキの」

「……」

「……もっと、ロキの話を、聞いていればよかった」


プルトスの言葉は、きっと誰もが思っていることであった。

最後まで戦争すべきではないと言い続けたロキの事を勘繰った結果、戦争が自分に齎す被害が大きいからだと結論付けた者がいた。本当にそうならロキは自分のために戦ったはずだ。誰も彼もを敵に回してたった1人で大戦争なんて馬鹿な真似はしなかったはずだ。


ロキは処刑される。きっと笑って死んでいく学友のために、カルが、エリオが、フレイが、レオンが、ロゼが、カイウスが、エミリオが、快適に過ごせるようにと、独房などといいながら実際は牢屋なんかじゃなく普通の部屋に置いて過ごさせていることもセトは知っている。鍵もかかっていない部屋、大きな窓が日光を取り入れた、上等な部屋から、ロキは結局自分から外に踏み出すことは無かった。ただの、一度だって。


もはや逃れられない状況を作ったところでロキは肩の力を抜いた。酷い男だ、と、レインが泣いていたのを覚えている。

割と階級に厳しいはずのナタリアがロキの顔を叩いて、目に涙を浮かべて「なんでまた死ぬ気になってんの」と怒鳴ったのを覚えている。


ロキは謝らなかった。いっそ謝ってくれたらいいのになんで謝ってもくれないのと親しかった男爵令嬢たちは言っていたけれども、その理由をセトは知っている。


ロキはけして謝らない。自分に非があるときにはちゃんと謝るけれども、その非の上に相手の努力が重なって何かを成した時、ロキは謝らないのだ。


セトのせいだとセトは知っている。ロキを謝れなくしたのは自分だと、セトは知っている。


非を認めてごめんと言った時、稀にある「そこはありがとうでしょう」というところ。セトはロキに謝ってほしかったわけじゃなかった。だから、そこはありがとうって言ってくれよと軽い気持ちで言ったのだ。


それがここまで続くならきっと、セトは絶対に言わなかった。

皆の非の上でロキはそれを利用して今回の戦争を起こした。ならば、ロキにここまでさせたことを謝らねばなるまい。なのにもうロキの命は失われることが決まっている。ごめん以外に何を言えばいい。それさえ自己満足に過ぎず、彼の命を救う物足り得ない。


ロキが言う台詞は決まっている。

「俺の公開処刑の決定お疲れ様、ありがとう。これで俺の思い描いた未来が手に入る」


最後まで謝らないし弱音も吐かない男だった。こうなる未来への分岐まで、できることなら戻りたい。


「ロキの事を、何も知らないことに、今更気付いたんだ」


プルトスの声は弱々しかった。

王族とはこうあれと、最後に定義をくらったジークフリート王の顔が忘れられない。

家族を傷つけることで自分の行動と家族は全く関係ないことを見せつけていったロキは、きっと欲しかったもの全てを手に入れることが確定したから肩の力を抜いたのだ。


どう思っていたの、と小さく問いかければ、小さく、「早く殺すべきだとしか思っていなかった」と返って来て、ああなるほどなあとセトは思った。


「気付いちゃったんですね」

「!?」


セトの言葉にプルトスが顔を上げた。


「まさか……君は、ロキの――」

「何であいつがあんたを傷つけたのかくらいは簡単に予想できますよ」

「……ッ、うううぅうう……!!」


プルトスは泣き始めてしまった。やっと気付けた、蔑ろにし続けてきた弟の、ちょっと歪んでしまった愛情の形に気付いてしまった。


そしてそんな歪んだ弟の心情を正確に測るに足るのが、ロキと同じく神話において悪者のように扱われる神霊の加護を受けている者であることも、知ってしまった。神が手を組み打ち倒す敵は強大であることがほとんどである。故に神話において敵とされる神は性根がどうであれ巨悪であることは確かなのだ。オーディン神やトール神とロキ神、オシリス神とセト神、アテナ女神とアレス神のように。



「……ロキ。お前やっぱり締まらないよな」

「なんだよ唐突に」


動き易い服を着ているロキは年齢相応の幼さを見せていた。セトはそんなロキの手足の腱が今は切られていることを知っている。


「プルトスさん、気付いたぞ」

「――」


ロキは目を見開いた。

そして、うそだろ、と表情の抜け落ちた顔で言ったのだ。


「うそだろ……気付くわけがない。だってプルトス兄上は俺のことを悪だと認識しているはず。あの人に悪に掛ける情けはない」

「気付いちゃったって言ってるだろ」

「なんでっ」


腱を切られたロキは立てない。座っているソファに沈めていた身体を跳ね起こして、ロキは姿勢のバランスを崩した。手首の腱も切れているので、上手く手をついて姿勢を正すことも難しい。ローテーブルとソファの間に落ちそうになったロキをセトは支える。ロキが目に涙を浮かべ始め、ああもうすぐ処刑なのに泣きはらしちゃうんだなあとそんなことを思った。


「何で……? 誰も傷付かなくていいように計画したんだぞ……? 何で気付いた? 何が足りない? 皆が笑って、戦争が終わったら、それでいいのに。俺は全世界救いたいとか言ってない! なんで俺なんかのことで皆泣くんだよ!! ねえ何でッ!?」


最後の方はもはやヒステリックな叫びだった。

“俺なんかのことで”なんて、簡単にお前が言えるからじゃないかなとは、セトは言えなかった。誰も傷つかなくて済むように計画されたことなのか。だからあんなに人が死んだのか。なるほど自分が恨まれればすべて万事解決だ――。


ふざけるな。


「ロキ。俺はお前のことが大好きだよ」


セトはロキを抱きしめた。


「本当はお前が自分のことが大嫌いなのも知ってる」


ロキが抱きしめてくれる誰かの背に手を回すのが苦手なことも、知ってしまった。

使われた方が気持ちが楽だからという理由で特定多数の肉体関係を持っていることも知っている。虐げられる方が気が楽なのは、彼自身周りを傷つける自覚があるためだろう。


「でも、ロキ。俺はお前が大好きだよ。だから、お前のことが好きな、大切なやつのためにさあ。お前が死ななくても済む道、一緒に探そう」


誰かに聞いてしまった世界そのものの回帰の話は、確実にセトをも浸食していて。


「俺たちの記憶の改竄なんて、許さないからな」



ロキの処刑は相成った。セトは名を捨てた。ロキの恋人であったソルという男爵令嬢は、賢者になり、死徒列強入りを果たしてしまった。


「私は貴方達を許さない。けれど、ロキが、彼が守った世界だから。だから、見ててあげる。壊しはしないわ」


そんな死徒列強第8席『業炎の魔女』ソルと共に、緑と黒の髪のジャッカルを名乗る青年騎士がいる。


2人の事を合わせて“墓守”と呼ぶ。



――1人の少女が泣いていた。


「これもダメなの? 認めないわ。もう1回!」


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