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2025/04/05 加筆・修正しました。
こんこん、とドアがノックされ、アーノルドは入れ、と促した。ぎぃ、と重そうな音を立ててドアが開き、王宮にあるアーノルドの執務室に灰髪の少年が入ってきた。
「ただいま戻りました、アーノルド」
「おかえり、ウォーレウス」
恐ろしく整った顔をしている。鋭い目は剣呑に光っていた。
灰髪とルベライトの瞳を持つこの少年を、アーノルドは一度ロキに会わせようと考えていた。彼は学はないが頭は回る。希少で特殊な力を持っていることは分かっているが、彼の姉を庇護下においてあげられなかったのは悔やまれた。
彼は世界間漂流者である。
彼の姉は波長の合う世界を見つけられたらしく、そのままその世界のアンダーグラウンドに潜ってしまったようで、彼は悲しんでいた。アーノルドにはどうすることもできない。アーノルドの世界観に奴隷や娼婦は普通にいるし、それがよくないと言われる原因がそもそもよくわからないのだから。
ウォーレウスの名は彼の名前をこちらの発音で言うとこうなるというだけで、本当はもっと短いらしい。ロキならはっきり言えるんだろうなくらいには思う。
ウォーレウス、彼は実際にはロキのために用意された影武者である。ロキと並ばない限りぱっと見ではロキだと思えるくらいには背格好と色彩が似ていた。
アーノルドはとにかく金が欲しいと言って無謀にも男娼として身を売っていた彼を引き取り、遠縁の男爵家の養子として教育を施した。彼が持っていた武器は魔銃と機構的には同等の物だったが、鉛弾を撃ち出す物であった。ロキであればその銃がしょっちゅうドラマに登場するコルト・ローマンであることに気付けただろうが、アーノルドにそんな知識はない。
現在その銃はアーノルドが保管している。その代わりにと言っては何だが、ウォーレウスにナイフの使い方を教え、魔銃を与えた。相手をショック死させる可能性がないわけではないけれども、【スタンボルト】という雷属性の魔術を刻んだ弾を与えて、なるべく戦闘が滞らぬように。
不満を言ってこないのはそれなりに使えているからだと判断している。
王宮にウォーレウスが上がって来れるのは理由がある。
まず、アーノルドが許可していること。次に、ジークフリートが許可していること。ジークフリートは案外ウォーレウスを気に入っていた。
ロキを守るための必須条件である外見だけではなく、中身も気に入ったのだと豪語していたが、中身までロキに似ていると指摘された時には、ああだから自分はこの子供を放っておけなかったのだなとアーノルド自身納得してしまった。
ウォーレウスは字が書けなかった。文字はこちらよりも姉がいる世界の字を覚えた方がよかろうということで同じ文字が書かれた転生者や転移者たちの書き記した記録やらなんやらを貸し与えた。ウォーレウスはめきめきとその頭角を現していった。学は無いといっても、頭の回転は非常に速い。組織の頭領を張るだけの器はあるだろうと思えるほどの。
彼は非常に狙われやすいらしい。姉があんたに書いた手紙だと言って持ってきた手紙には、『ウォーレウスに休める場所があってよかった。ありがとうございます』という旨が拙い字で書かれていた。姉とは5つ以上年が離れているようなので、姉の方は初等教育を受けた後身を落としてしまったのだろうか。
執務室にさらっと音を立てずに入り込んできたジークフリートにアーノルドは片眉を上げた。
「ジークフリート陛下、音を立てずに入ってこないでください」
「えー、いいじゃないか。久しぶりだな、ウォーレウス」
「お久しぶりでございます、陛下」
ウォーレウスはすさまじい色香を放っている。ロキが意図して放つような雰囲気を、常時。これは彼にとっては武器になりえるものであり、おそらくアーノルドが拾い上げるまで実際彼の武器だったのだろう。
「今はどうしているんだ?」
「いい感じに結束の固い組織に入れました」
「お姉さんは?」
「無事です」
「それは重畳」
ジークフリートはアーノルドの机にちょいと腰を乗せてウォーレウスの頭を撫でる。彼の姉に尋ねてみたがウォーレウスはどうやらロキより1つ年上らしい。発育が悪すぎて、ロキと同じようにガリガリだったのだ。拾ったのはほんの2年前の話であるし、ようやくしっかり肉がついてきたところである。
「しかし、前より色気あるなあ。まだそっちで行くのかい?」
「今のポジションを守るには其が一番ですから」
「世知辛いなあ」
「俺だってとっとと辞めたいですよこんなの」
腰が痛えだけですわ、と茶化したウォーレウスは、それでも、と柔らかな光を目に浮かべた。
「ボスを家族と呼べるようには、なれそうです」
「――そうか。辛くなったら、愚痴を言いに来てもいいぞ」
「ありがとうございます」
彼の背中には大きな傷があった。それを隠すようにスレイプニルの刺青が刻まれたのをアーノルドは知っている。何の偶然だろうか、神の気紛れか。
フォンブラウの家紋は、黒いスレイプニルだ。
♢
ロキのいる場所――つまり学園中等部に、ウォーレウスが出向くことになったのは3日後のこと。転生者であるロキたちに、そして何より、死徒列強と繋がりのあるロキに、状況を判断してほしいということで、現在までに回収されている漂着物を運んだ。
「あんたがロキか」
「初めまして、ウォーレウス殿」
こいつら似てる、とは誰の呟きだっただろうか。そしてそれだけで、ウォーレウスが誰のために拾われたのかを勘繰った者たちもいただろう。
「ウォーレウスってこっちの発音でしょう。本名は“ウォレス”かな」
「転生者って本当なんですね」
「日本人だよ。分かる?」
「知らね。俺はロシア生まれイタリア在住ですがね」
「マフィアかなんか?」
「下っ端だけどな」
「庇護者がいるなら重畳」
「なるほど御父上そっくりだ」
軽いテンポで会話を交わして、2人は現在ロキが借り受けている研究室に入っていった。この研究室は、エリオがいるためロキが借りるという名目でロキ、オートが居座っている部屋だ。
「オート、エリオ、お客様だ」
「ほや?」
「ん? え、すげえそっくり」
「えー? 目が吊ってんのがロキだろ?」
「オート先輩、影武者って言葉知ってる?」
オートにエリオが真っ当な言葉を掛けるのを、ロキはくつくつと笑いながら見ている。
オートとエリオともう1人の3人しかいない研究室にはたくさんの銃が積まれていた。
「こんなに銃が――」
「流れ着いてるが扱いに困っている、って状態らしい」
「何故」
「こっちの世界では鉛とか銀とか、精霊に影響を与えてしまう素材があるんだ。鉛弾を打ち込まれると一時的に精霊が動けなくなる。そうなると世界のマナのバランスが崩れる」
ロキの説明になるほどとウォーレウスは小さく呟き、運んできた箱を近くに置いた。これだけ銃があるならこの箱程度どうとでもなりそうだ。
「僕はオート・フュンフ! 2年だよ!」
「エリオ・シード・リガルディア、1年だ」
「では改めて。ロキ・フォンブラウ、2年だ」
「……ウォーレウス・フォン・ヴォネット。就学しちゃいないがお前らより1つか2つ上だろうよ」
ヴォネット家は鋼の属性が強い男爵家である。領地持ちではあるがそこまで広くもない。そこの三男に滑り込まされたのだが、特段問題もなかった。ちなみに妹弟にあたる者もいつの間にかできており、顔を出すだけ出したら弟妹に飛びつかれたなんてこともある。
ここからは堅苦しいのは無しね、とオートが言い出し、視線を1人の男に向けた。銀髪、褐色の肌、サングラス。サラシにコート、暴走族かとロキに言わしめた男。
「俺はカガチ。死徒列強とか分かる?」
「知らん」
「じゃあそのままで! 今回は銃の扱いについて、俺に任されてるから、一応話合いって形で決めていきたいと思います」
カガチの言葉にロキはクッ、と笑った。
「ヘタレめ。皆さんでお話合いしましょう、じゃねえでしょそこは」
「仕方ねえじゃん! 言うけどロキ、俺とお前の前世たぶん年齢近いぞ!?」
「法制度が同じだからと言っても受け取り方はそれぞれ、か。なるほど?」
どうやらカガチも転生者の類らしいと察したウォーレウスはロキとカガチの様子を見守る。ロキはカガチをからかいつつテーブルにぽんと1丁のハンドガンを出した。オートが反応する。
「あ、これカッコいいやつだ」
「ピースメーカーか」
見ただけで俗称を答えたウォーレウスにロキは頷いた。
「ああ。ちなみにこいつは一緒に保管されてた日記があってな、こっちの人間と結婚した英語圏の人間が持って来たもの。おそらく保安官か何か」
「カッコいいよな、これ」
「俺も好きだよ。まあ、後の人たちは手入れの仕方が分からなかったからだろうけど、扱いが雑で残念」
リボルバー式だけかとウォーレウスが尋ねれば、そうだとよかったんだが、とロキが答えた。
「自動拳銃もあるのか」
「あるんだなこれが。M1911とMk.22とあと、M3913は確認した」
「あ、これイーグルじゃね」
「あ、それ好き」
好き嫌いじゃないんだがとは誰も言わない。
「てか日本からのも流れて来てんのな」
「俺たちの生まれた世界とは限らないのがなぁ……俺たちの間にもいくつか違いがあったわけだし」
「まあ、ロキのとこが一番普通だよなあ。俺のとことか皆魔法使えたし」
「なんだよその現代ファンタジー」
「俺たちもあるぞ、そういうの」
「ウォーレウスもかよ? いいなあ夢あるなあ!」
話を聞くに、ロキの前世が二ホンという国家から来ているのはエリオもオートも理解はできている。ロキの前世の日本には魔術も魔法も無かったという。
ロキの反応を見て、エリオとオートは顔を見合わせた。ロキたちが楽しそうだからいいか、と。




