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2025/01/26 加筆・修正しました。
「エリオ・シード・リガルディアです」
「トール・フォンブラウです」
「ヨシュア・ヴィヴィッドと申します。よろしくお願いします」
「ロキ・フォンブラウだよ。今日はよろしくね」
まれに学年合同戦闘訓練なるものが行われることがある。
ロキたちは今回それに巻き込まれた。
思い付きは大体ペリューンなので皆諦めているところである。アマゾネスのやり方はよく分からない。
参加した上級生が少なかったため1年生を2人から3人受け持つことになり、大まかに仲良しグループで別れた1年生を割り振られたのだが、エリオがずっとロキを見ていたらしく、ロキだけ割り振りではなく直接彼らが寄ってきてしまった。
いや、そうでもしなければ皆かなりロキを怖がる可能性があったのでロキとしてはありがたいのだが、巻き込まれたこのヴィヴィッド子爵家の息子はガチガチに固まってしまっていた。哀れなものだ。
「あ、えと……トール様の兄君ですか?」
「ああ、そうだよ。気負うな、と言っても無理かもしれないけど、何かあれば言ってね」
「あ、ありがとうございます」
ヨシュアはそう言って、しかしエリオとトールを見た。
ヨシュアの家は貴族とはいっても、中流貴族である。ロキたち相手に委縮するのも仕方なかった。
「トール、ヨシュア殿はいつもこう?」
「申し訳ありませんロキ兄様、今日いきなりエリオ殿下が連れてきたので、俺もほぼ初対面なんです」
トールに小声で問えばそんな答えが返ってきた。
これまで会話を交わしたことはなかったとのことだが、ヨシュアの評価自体は聞き及んでいたと言い、彼が武器適性を見るスキルを持っていることが分かった。
「武器適性を見るのか。いいスキル持ちじゃないか」
「はい、ただ本人はそれでいろいろ事情があるようでして。俺も詳細はよく知りません」
「構わないよ。ところで、どうせだったら見てもらったらどうかな? アンドルフのと同じタイプかもしれないけれど」
「そうですね。ロキ兄様もいかがですか?」
ヨシュアと知り合いだったのはエリオだけなのかと思いつつロキはヨシュアに問いかける。
「ヨシュア殿、少し頼みがある」
「はい、あ、武器適性ですか?」
「ああ」
理解が早くて助かるよ、とロキは言った。ヨシュアはでは失礼します、と言ってからふ、と虚空を見つめる。
「えっと、これは……初めて見る型ですね。既存の形とは少々違います。一応ハルバードというべきでしょうか。バルディッシュ? 斧部分が大きいけど槍が……?」
「ああ、やっぱそうなるんだ」
ヨシュアのネオンピンクというべき瞳が魔力を宿してさらに輝く。武器適性を見るスキルは珍しいので既に適性をロキが大まかにでも把握していたことにヨシュアは驚いていた。
「御存知だったのですか?」
「既製品のハルバードはどうにも軽くてね。一番しっくりきそうな感じに近いのがこれだから使っているんだけど」
「あー、武器の規格が合わないんでしょう。あ、そう言えば今度2年生の武器が出来上がったので持ってくると知人が申しておりました」
「ああ、できたんだ」
ロキは喜色を滲ませた声を上げた。
ヨシュアはそのあともロキの適性を見ていき、高い適性を誇る刀と薙刀、片鎌槍を告げた。
「転生者なのですか? 随分と日々羅華の武器に寄っているようですが……」
「ヒビラカ?」
「ええ、精霊大陸の傍にある島国の事です。サムライとかニンジャとかいう戦闘職がありますね。日々羅華の人は小柄なので、切れ味の鋭いものの方が扱いやすいみたいですよ」
ロキらの住む大陸を魔大陸と呼ぶことがあるが、別の大きな大陸があと2つあり、そちらは精霊大陸と獣大陸という。メインの種族は大陸名から御察しというやつである。
イミットの武器と言わなかったということはおそらくそちらが完全に人間の国なのだろうなとロキは思った。字は日々羅華。
和とか大和とかではないのだなあとなんとなく思ってしまった。
「ロキ様はハルバードだと斧部分を強調されたものの方がいいのでしょうね。規格品ならバルディッシュの方がいいかもしれませんが、素直に規格品の刀や片鎌槍を使えばもっと戦闘は楽かと」
「ふむ。ありがたいね。アンドルフに見てもらった時は武器の名前でしか聞いて無い気がする。俺の記憶違いかもしれないけれど」
ロキは割と小さい頃に《転身》を使用したため、適性武器が斧槍系であることが分かっていた。だからこそ、それをメインの武器に据えたし、フォンブラウ家はそう動いている。他の武器も使うことを勧めてきたのは当のアンドルフだったが。
「そういえば、ロキ兄様は姉様だった頃とは適性が変わっているそうですよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ね、姉様……?」
トールの発言にヨシュアが驚いたように目を見張る。それは驚くか、と思いつつロキはヨシュアに事情を告げた。
「ああ、俺は諸事情あって性別が逆転していたんだよ。呪いで姿を変えられてたらしいんだけど、まあ、ロキ神の加護持ちなのにこれじゃ笑い種だよね」
「え、じゃあもしかして、ロキ様が“男装令嬢”ですか?」
男装令嬢、などと呼ばれていた時期――あったな、あった、そんなのあった。
ロキはヨシュアの問いに頷いた。
「それは俺だね。青銀とか言われていなかったか」
「そうです、はっきりした目鼻立ちで美しいのにドレスを着ない令嬢。たった一度だけ、パーティに姿を現して、それ以降はどこにも出てこないと噂の。小さい頃有名でしたよ!」
「だろうな……」
ロキは少々懐かしい気持ちになった。今でこそ終わった話だが、そんなことで命の危険にさらされていたと思うと、ちょっとばかり情けなくなる。あと、どこにもその御令嬢が出てこないのは現在令息だからである。
「……トールの適性は?」
「ハンマーですね。でも、長柄の方がいいでしょう。後は、剣も適性が高いですね」
「やった」
「エリオ殿下は?」
「エリオ殿下はメイスの適性が最も高いですね。ナイフと、投擲武器、あと罠も高いです」
「うわっ、地味!」
「むしろ安全地帯で動くなって言いたいのでちょうどいいですね。派手だと弾幕用に引きずり出されますし」
ヨシュアはなんだかんだ言って肝が据わっているのではなかろうか。
ロキはそんなことを思いながら、実践訓練に移った。
♢
ペリューンが課したノルマは、先輩を捕まえろ、というものである。組んだ先輩を捕らえろと。ロキが捕まるわけねえとセトたちは苦笑していた。
ロキは空を飛ばず、武器を持たず、魔術のみで応戦し、尚且つその場からほとんど動かないという制約付きで3人の相手をしていた。それでも全く3人に対して苦戦していないのがロキのスペックの高さを象徴しているだろう。
セトは早々に捕まり、カルも捕まっていた。手を抜いたのがバレバレである。
ソルやルナに関してはあまり動くタイプでなかったのもあってあっさりと捕まっていた。
「ロキ以外皆捕まったわね」
「まああいつが早々に捕まってたら怠慢もいいとこだけどな」
「でもロキ全然ガチじゃないし」
「トール君とロキって並ぶとロキが薄いの分かるわねー」
ソルたちが呑気に会話に興じている間にロキはエリオに蹴りを食らわせて沈め、トールを投げ飛ばし、ヨシュアを地面に叩き付ける。
「いづッ」
「あだっ」
「ッ!」
地面に伏していたエリオが顔を上げた。
「ひでえよロキに、先輩!」
「あは、身分で戦いが回避できたら苦労しないよ。むしろ王族は真っ先に殺されるものだと思うがどうかな。せめて自分に合った戦闘方法を探しな。向かってくるな」
半ば呆れたようにロキは息を吐いた。
「捕まるどころの話じゃなかったわね」
「そもそも人刃って捕獲できたっけ?」
「出来ないでしょ。神殺し含めて人刃なのよ?」
「じゃあ無理ねー」
ヴァルノスが会話に混じる。ロキはトールを蹴り起こし、ヨシュアの手を掴んで立たせた。
「ロキ様強すぎですよ……」
「進化個体だからね。切り傷はないかな?」
「はい」
ヨシュアは興奮が冷めないせいなのか、ロキに対して緊張している様子は見受けられなくなっていた。会話を通して多少は打ち解けられたのだろう。
ヨシュアが目を見開き、ロキを見る。ロキは目を伏せて、にぃ、と笑う。
「“鞘”か。考えたな」
「あ?」
「え?」
ヨシュアが最後の一手を仕掛けたらしい。しかしロキはそれをものともしなかったようだ。状態異常か何かをかけたのでは、とカルが言ったので、恐らくそれに準じる策を講じたのだろうとソルたちは判断した。
「……規格合わなかったのかな」
「刀に規格なんぞないぞ?」
「え?」
ヨシュアが目を丸くする。鍛造の曲刀なんだから当然だろう、とロキは肩をすくめる。ヨシュアは現在刀も鋳型タイプが主流であるから、ロキにもそれを当てはめたようだ。ロキが知っている刀は日本刀であり、鋳型もあったかもしれないが、基本的には直刀で作って、急激に冷ますことで反りが生まれたものしか知らない。刀の鞘が専用に作られたもの以外に仕舞えないことから、反りが合わない、という言葉が生まれるような代物なのである。
「俺の刀はイミットの使う刀をイメージした方がいい」
「あー……それじゃ仕方ないかあ」
止まるわけなかったですね、とヨシュアが苦笑した。だが、なかなかいい判断だったとは思う、とロキは伝える。ちょっと脱力してしまったヨシュアと投げ飛ばされた地点から戻ってきたエリオとトールを招き、最後に捕縛の仕方を教えて授業は終了となった。
♢
「そういえば思ったのですが」
「ん?」
「刀って布で巻いた場合はどうなりますか?」
「……もしかしたら、君が考えた通りになるかもしれないよ?」
授業後、ヨシュアがロキに問いかけた。ロキは明確な答えは俺も持っていない、と言って曖昧な答えを返す。思い立ったのでカルやトールも誘って、ついてきたエドガーも伴って図書館へ向かい、人刃について調べてみた。
「……人刃って面白いな。鞘があると眠ってしまうのか」
「そのようだね」
本の記述を見たカルの言葉にロキが小さく同意を返した。布による鞘の効果はあまりないらしいが、このあたりについてはクラウンに聞かねばならないとロキはクラウンに会う日時を考える。
「……ロキ、今さらっと分かった弱点について何か言うことは?」
「特に弱点とは思わんな。鞘が必須なのは刀だから、この国で鞘の可能性に行きつく者はそもそも少なかろうよ。鞘を当てられた時のために魔術用のリフレクターでも作るか」
「それがいいかもしれませんね」
ヨシュア同意を示した。ロキはシドが何か考え込んでいるのは見ないことにする。
「ヨシュア、しばらく俺に付き合え」
「あ、はい」
「必要な物資があるならお手伝いさせていただきますよ」
「助かるぜエドガー。穴は埋めてかねえと」
ロキのことをゼロに任せて、シドは近付いてきたエドガーを連れて図書室を出て行った。聞いてない。俺は断じて聞いていないからな。
ロキはそう何度か自身に言い聞かせて、図書館を後にした。




