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2025/01/24 加筆・修正しました。
「おー、夏休み魔物退治御苦労様フォンブラウ家の最終兵器」
「漢字の羅列を聞いた気がする……」
「合ってるぞ。さて、後期一発目始めまーす」
神学にて、デスカルが自分のブースにやってきたロキを迎えた時のセリフである。後期からは神学の時間が2コマに増えた。
いろんな意味で間に合わないこともあるのだろうが、こういう組み方をされているのはなぜだと甚だ問いただしたい。
「まあ、優秀なお前さんらのことだから、あらかじめ示していた分の神話は大まかに読んできてくれたことと思う。特に前世持ち、お前さんらは知っている神話の人物相関図とだいぶ変わってるところに気が付いたと思うが、気にしなくていい。この世界はそういう世界だ」
「「「「「はーい」」」」」
ロキは小さく自分で書き出していた相関図を机に出した。
一応家族にいるのでということで北欧神話、ケルト神話、ギリシア神話系列のものは書き出してみたが、メインは変わっていないことが多いケルト、大筋が軍神アレス付近以外特に変わっていないギリシアと異なり、よりにもよって、北欧神話の神々の関係が意味が分からないほど友好的になっているところが多々見られるのである。じゃあお前らなんで戦争した。
特にひどいのはフレイとスルトとロキである。
まず、ロキの扱いがどこのアメコミかとツッコミを入れたくなるほど悲惨な出自になっていた。一族から捨てられたってなんだ。絶対この神様一族捨てた方が正しいだろう。
そしてフレイとスルトが仲良しである。
これは北欧神話系の神霊が本拠地にしていた地域が野焼きをしていたことに起因して、自然の破壊を次の豊穣の糧とする神話に切り替わったのではないかとロキは考えている。
バルドルとヘズ、ロキの神話はおよそ変わっていない。また、加護を受ける者はヘズではなくホズルという名になっている。これはバルドルの弟であるホズルを見ても明らかだ。
「ま、お前さんたちも気付いていると思うが、加護持ちの名が必ずしも神話と同じ位置にあるわけじゃない。ロキとトールが兄弟な時点でお察しということで」
「はーい、じゃあむしろ聞きたいでーす」
「なんだー」
「なんで私ソルなんですか? なんで男神なん?」
「それはソルに聞きなさい。俺は太陽神じゃありません」
デスカルがケラケラと笑った。アストが黒板に簡単に相関図を描き始めた。
「え、なんだよ説明すんのか?」
「太陽神同盟の方話しといたがよくね? あと軍神同盟」
「あー、そうか。属性の件もあるしなあ」
「私も加わろう」
メビウスがひょっこりと顔を出して講義に加わった。
描かれる相関図にさらっとアマテラスの名があってロキたちは目を伏せた。太陽神あまたあれど、この女神ほどロキたちの前世に密着した神はおるまい。お天道様が見ている国で育った魂たちである。何故同盟なんてものができたのかを疑問に感じながら講義は始まった。
「んじゃ、まず太陽神同盟についてだが、これの盟主は太陽神スーリヤだ。ここに加わっているのがあと、光明神ルグ、同じく光の神バルドル、太陽神ラー、ソル、アポロン、ヘリオス、アマテラス、シャマシュ、イントゥ、あとは炎の神アグニとか。言っていったらきりがない」
「スーリヤ神の加護はまだこの世界に働いているとみていいのよね?」
「そうじゃなきゃ、オレイエが生まれるわけがない。あれは正真正銘スーリヤの息子だ」
そうでなければ、もうスーリヤという名の子が生まれているはずさ。
デスカルの言うことはもっともだった。
ロキはぼんやりと、ああ、そうだな、と思う。
「……あの土地は、世界樹の根があるんでしょ、デスカル」
「……さすがに経験済みの奴には隠せねえな」
デスカルはそう言いつつ、簡単な地図を描いた。
「教育を受けているお前さんたちには大体頭に大まかな世界地図くらいは入っていると思うが、ここがリガルディア、山脈と大河を隔ててガントルヴァ帝国、帝国内部北方に飛び地のようにあるのがセンチネル。センチネルの王都は台地に築かれている。歴史でかじっただろうが、センチネルとガントルヴァは何度も戦争を繰り返し、その末に平野をセンチネルはほぼ失った。王族の血統もな。だがまだその頃はロルディアが活発に活動していた時期だ。ロルディアの元にいるリーヴァ・イェスタ・ガルガーテの庇護下にある以上、リーヴァの弟の血統である王家を失うわけにはいかなかった」
デスカルが簡単に語り始めた。
ガントルヴァ帝国、リガルディア王国、センチネル王国は3国で合わせて元は1つのガルガーテ帝国という国だった。
この国を解体したのは死徒列強第4席『竜帝の愛し子』リーヴァ・イェスタ・ガルガーテの弟である。息子2人と娘1人の3人に国土を分割して相続させた。
子供たちでは広大な土地を治めきれないと考えられたからだと伝わっている。
が、そこにリーヴァの意思が絡んだとも、魔物の発生が多くなっていることから、魔物の大量発生が起きる前に対処しやすくするために分割したのではないかとも研究者は語っている。
ロキがリーヴァに直接問えば答えは出る。ちなみに今まではそんな猛者そもそもいないのだから推して知るべし。
リーヴァがロルディアの元へ下った原因は、帝国と死徒列強との停戦協定である。この時点ではまだイミットをはじめとする竜族は死徒に数えられていなかった。『竜帝の愛し子』であるリーヴァがロルディアに下ったことで同盟関係が結ばれたのだ。
同盟関係になった結果、イミットの代表であるドラクル家は当主を列強入りさせることとなり、その血統に契約の形で連なっているガルガーテ皇家の血を継いでいる3国の王家は死徒列強と停戦協定を結んだままになっていた。
王家の血統が結んだ契約である。
死徒列強にとっては、リーヴァが「もう構わない」と言いさえすれば簡単に捻り潰すことができる程度のものでしかない。
彼らは単独で一国の軍勢を捻り潰すのに余りある力を振るう。
ガルガーテ帝国を困窮させたのはロルディア単騎であった。
故に人質となった人間が皇族のリーヴァだけで済んだのである。
土地を分割した結果、ドラクルの住む土地はリガルディアになった。
しかし、帝国には何らかの事情があったと見える。兄弟国であるセンチネルを滅ぼさんとし、平野を奪って、リガルディアとも小競り合いを起こした。センチネルは王族を次々と喪い、太刀打ちできる者が減っていった。その結果生み出したのが、武の王家と政の王家である。武の王家は決して政治に口出しをしない。いざとなれば政治を回すくらいのことはするが、それ以外は基本的に口を出さない。彼らがそうまでしてその土地を守らねばならないのには理由がある。
彼らの本拠地の台地には巨大な根が張っている。これを神々と自分たちを繋ぐものと捉えて、センチネルはその土地の先住民族の時代から守ってきた。
言わずもがな、これが世界樹の根である。
そして、武の王家を作ったことでセンチネルは万全に戦うことができる状態になった。武の王族はあえて先住民の血を入れることで大樹を傷つけぬように注意を払いつつ、王家の血を失わないように盾とすることとなったのである。
血統を失えば人間の国になる。そうなったら、ロルディアの別荘があるセンチネルは蹂躙される。リーヴァというたった1人の名に縋って生き延びていた。
しかし長いガントルヴァの襲撃に耐えきれず平野を手放したが故に簡単にリガルディアを頼ることもできず。
リガルディア王家のようにドラゴンに騎乗する力を持つ者はいなかった。
「――まあ、こんな歴史がある。あの国を失えば帝国は世界樹なんざ知らんからな、あっさりこの世界は崩壊するだろうよ」
「ロキが世界樹を焼くことは?」
「ない。断言してやろう。ロキは世界の文明を、築き上げられた虚構をすべて打倒して消える。世界規模の仕切り直しスキル持ちだ」
「某エロゲじゃあるまいし……」
「残念ながら似てるんだよなあこれが、あの軍神の剣持ちさんに」
デスカルにも話が通じた。ソルはロキを見た。ロキは軽く肩をすくめるにとどめた。
「世界樹がそこまでヤワだとも思えないけれど。少なくとも、竜帝が上位竜である以上、闇竜と同じく権能の及ぶフィールドはあるんじゃないの? であれば、世界樹が滅んでも、すぐに崩壊することはないのでは?」
「ああ、まったくその通りでな。お前は志半ばに倒れるとどうやらリガルディアの人間全員の命を使って世界樹を守るために結界を張るようだぞ。アウルムは外されてたようだが、センチネルに戦いを全部投げて、ブラフマーストラ撃たせまくってる」
デスカルの言葉に大体理解したらしいソルやロゼが頭を抱えた。
「……ロキってば……」
「ロキとしては、ループしていることを知っていようと知らなかろうと、まだ次が続くから繋げなくては、と思っているのでしょうね。魔力量が少なかったレオンや私は先に倒れたのでしょう」
「いや、レオンは最後まで残ってるはずだよ」
「え、なんで」
ロゼの言葉に横槍を入れたロキにレオンが問う。
「だってレオンの力は星の力のはずだろ? 獅子座の」
「……ヤダ何で知ってんだよ家の秘密なのに!!」
「闇と光が同居する世界なんざ星空以外に無いと思ってね。……クローディの本質は夜の支配者だろう。アヴリオスに獅子座は存在しないから、転生者由来かな。ドラクルのあれは幻想という実態がない揺らぐものだし。まあ、クローディは家紋に散々星を散らしてるんだから宣言してるようなものじゃない?」
「お前の間違ってない思考の飛躍に敬意すら覚えるわ!」
ロキの言葉にツッコミを入れたレオンは小さく息を吐いた。
「星の力、というと。つまりなんだ、レオンの出力が高いのに調整できないのはそのせいか」
「ああ。けどこの結論に辿り着くまでに3年ほど使ったからね、俺は。コントロールできない理由は多分また別にあるよ。この国はそういう国だ。どれだけ血統が薄まってもね」
だから俺のような先祖返りの個体が進化してあっさり本家になってしまうのだろうよ。
ロキの言葉にメビウスが苦笑を浮かべた。レオンとロキの瞳に走る帯状の光が、彼らが何者であるのかを物語る。
「話が簡単に飛ぶのは困りものだな、ロキよ。私との契約は忘れたかのように全く使わぬし、寂しいものだ。もっと頼ってくれて構わん。列強もそれを望んでおろうに」
「……ああ、まったく、話の飛躍が酷いね、俺は。さて、結局この講義はどこに繋がるんだい?」
ロキの言葉にデスカルが小さく息を吐いた。
「へーへー、んじゃあ講義に戻りますよっと」




