8-8 孤児院Ⅳ
2025/01/21 加筆・修正しました。
王都内で一番動けるのはカルであるということで、カルに本当にロキが孤児院関係を全部投げた。
「お前なあ……」
王宮に珍しくやって来たロキにカルは息を吐いた。カルの側近として有力視されているロキは王宮に上がることを許されている。そして、エリオからも気に入られている。これで将来王に仕えることを当然と考えている、というところも王家からは非常に評価が高い理由だった。
現在は、カルとアルとともにお茶をしている。
緑茶と和菓子が出てきたのは、今日の給仕がイミットだったためらしい。
「王宮にもイミットっているんですね」
「珍しいですけれど、女性ですよ。叔母上がもうすぐ戻って来れそうだってことで、ドラクル領から出てきたみたいです」
「ああ、なるほど」
未だに国王ジークフリートの妹エミリアの身柄の引き渡しに渋っているカドミラ教会とリガルディア王家が睨み合っている状態である。もう監禁できる理由もない。ロキというエミリア以上の神子が国内にいる以上、カドミラ教会側も『リガルディア国内で最も能力の高い神子に不利益がないように』という理由でエミリアの保護を押し通すことはできなくなった。
「しかし、獣人にも神子がいるのですね」
「ええ」
この場に、似つかわしくない孤児が1人居る。それは、キラキラと光って美しい銀髪の、狼の獣人だった。
「……」
鋭い眼光でこの場にいる3人を射抜いている彼の名は、ディノ。危ういもの、と呼ばれていた。瞳は紫色で、おそらく雷を扱うのだろうと目されている。年齢は11歳、コレーと同い年である。
「……ディノ、機嫌直せ」
「……リョウ、テメエが貴族だってのは分かってたが、まさか王城に上がるようなご身分だったとは思ってなかったぜ。懐いてた俺がバカみてえだ」
彼は、別の国の奴隷商に攫われ売られ、サクヤが買って孤児院に入れた子供である。大きくなったら親を探しに出ると言い出すこと間違いなしの、人間大っ嫌い派閥の獣人である。獣人なのでたぶん帝国出身であろう。首輪そのものは付けていないが、ブレスレットとして奴隷の証を身に着けている。
「リョウと名乗っているのか、ロキ」
「ああ。あながち偽名でもないからな」
「チッ……それで見抜けなかったのか……!」
前世の名であるとはいえ一応使っていた本名である。嘘を見抜く力を持つディノも、それが原因で分からなかったらしい。
「サクヤ殿は俺が公爵家の人間だと知っていて出入りを許してくれていたけどね」
「チッ」
舌打ちの収まらない子である。ロキに懐いていたのも事実だった。だからこそ余計に受け入れられないらしいのである。
「王宮にまで連れて来られると思っていなかったのだろう? そりゃあ恨み言も言いたくなるさ」
「まあ、流石にここまで嫌がるなら次はないな。俺も別にそこまでお前に負担を掛ける気はないし」
ロキはあっさりと言い放ち、湯気の立つ緑茶を口に運んだ。ロキもここに悪気があって連れてきたのではないと分かるからディノは怒り切れないというのに。
「……で? 俺は何をすればいいんだよ」
「んー、獣人である以上、教会が手を出してくるとは思えないが、一応身の安全のためにどこにいるのかわかるような魔道具の類を身に着けていてほしいかな」
「は、首輪付きになれってのか!」
「誰も奴隷になれとは言っとらんよ」
アルの要求にディノが噛みつくと、ロキがくすくすと笑った。首輪付き、と獣人が言うのは、飼われろということか、つまり主人を得ろと言ってんのかと言っているのだ。それは狼の獣人にはかなりきつかろう。
「アル殿下、彼は俺たちに従うのは嫌だと言っているだけです。問題はありませんよ。特に彼、狼なので、犬人系とはまた別です」
「あ、そうなのか?」
「犬っころと一緒にすんな!」
「ああ、分かっているよ。お前が望む対応をしよう。わざわざ来てくれたのだから、それ相応の心を見せるつもりだよ」
ロキがかなり普通に返答をしたところで、カルは思った。
(……ああ、ロキの奴本気で言ってやがる)
こいつなかなか変なところで鈍いからなあ、とカルはふとディノを見やる。
何やら焦り気味の表情になっている。ロキが首を傾げたのが見えた。
きっとロキは、ディノが表情を変えたのには気付いただろうが、何故そうなったのかはわかっていないのだろう。
(……何も言うまい……)
ロキはそもそも自分が相手に信頼されることも信用されることもないと考えている節がある。これがもしもカルたちの見ている夢に出てくるループの結果であるのなら、これほど悲しいことはない。
「……今のは、ディノ君が悪いかな?」
「ええ、今のは、ロキには伝わらないでしょうね」
アルの小声の問いにカルが答える。
ロキは結局最後まで理解はしなかったようだが、自分の反応が悪かったらしいとは気付いたらしく、少し困ったようにカルの方を見る。
カルはあえて肩をすくめ、答えは与えなかった。
♢
ゆったりと流れる時間。
王宮でお茶をできるような身分の者は限られているが、そこには最低限、公爵家の者が入っている。そして先に伺いを立てたうえで、ロキはディノを連れて王宮へやってきた。
ディノはロキの立場をある程度わかっている。
大人しく、特に問題も起こさず、猫を被っている状態であった。
ただ、庭だけは気に入らなかったようだ。
「いやだ。この花嫌い。花弁がびらびらいっぱいあってヤダ」
「八重の花嫌いなのか!?」
「あっちのはあんま匂いがきつい」
「やっぱり嗅覚が優れているんだね。今は風下になってるから、そのせいもあるかな」
「あとあの葉っぱとか切られてるのヤダ」
「あ、それ分かる」
「ロキの裏切り者」
「日本庭園に万歳」
ロキの言葉に、よく分からないけどたぶんそれだ! と同意を示しているディノに、カルとアルは顔を見合わせた。
「ロキ、お前は彼の好みも分かるのか?」
「いや、彼らは単純に、自然な状態を好んでいるんだと思うよ。俺は随分と前世の好みを反映しているようだから、イミットのような好みをしていれば大体俺の好みと被るかな」
「え、イミットの知り合いとかいるのか?」
「ああ、まあな」
はたして、平民であるはずの獣人少年が公爵家の令息に対してこれだけ口を利いているのが、いかにおかしなことであるかをロキは認識するべきではないだろうか。
「ロキ、お前はあまりにも相手の身分を気にしなさすぎる」
「身分によって苦しんだ英霊の名を知っているから余計にかな。まあ、俺は直接会ったこと無いし、当時本人がどう思っていたのかも分からないけど、それでもいくらでも想像はできるよ。この国はまだ、ヒューマン以外も生きやすい国だと思うけれど、たかがヒューマンか否かで相手を侮蔑する発言を許す気はないし。だから、公式の場でだけは表面だけでも取り繕ってもらう。そうじゃなきゃ獣人は首を斬られかねないからね」
「お前長文話すと物騒な台詞しか吐かないな?」
ロキの言葉にカルがツッコミを入れた。ロキが悪戯っぽく笑う。
「でも事実だろ?」
「まあそうだけども! 高等部の教官に獣人を起用するようにって父上に進言したところだからもうちょっと待って!」
「やっぱりカルは仕事が早いな!」
「お前ん家の使用人が皆人狼族とか言われたらやるしかないじゃないか!」
カルの言葉にロキが笑みを深めた。その笑みを見て、ぼふっと顔を赤らめたディノは決して悪くないだろう。
「ロキ君って何も考えずにふっと笑みを零すのやめた方がいいと思うよ?」
「?」
「兄上無駄です、こいつの無意識の行動を止める手立てはありません」
「そんなに?」
「こいつはどいつもこいつも魅了しながら颯爽と消えていくから……」
「カル、やめろ、俺はそんなサムライの如く潔くはないぞ?」
「お前は一度俺たちの夢の内容をすべて見るべきだと思う」
アルの言葉にカルがツッコミを入れればロキが口を出し、カルがロキをつつき始める。
ディノはそんな3人を眺めつつ、気に入らないと言い放った庭を見やった。
薔薇は大輪のものばかり、人工的に刈り込んだ植え込みはシンメトリーに整えられている。ロキがあまり庭を眺めないのも、ディノが気に入らないなあと思うのもそういうところに起因するのであろう。
「そういえばロキって噴水もあまり好きじゃないよね?」
「美しいとは思うのですが、やはり水は上から下に流れるものだと思うのです。ああ無理、センチネル行きたい」
「イミットの国と似たような風景があるんだってね。私も見てみたいよ」
写真なんてものがないため、話に聞き及ぶだけの風景ではあるのだが。
やはり、デスカルたちが知らせてくる風景の話を聞いていると見に行きたいと感じてしまうのは致し方なかろう。
ロキが噴水をあまり好まないのはまあ、前世の記憶の所為であるとロキ自身が断じている。何せド田舎の山と川と海が近場にある島に住んでいたらしい。一体どんな田舎だとカルが問うたことがあるが、もう地名までは覚えておらず、ただ、魚を生で食べていたとかとても信じられないことを抜かしたのでそれ以来聞いてはいない。
ロゼたちも似たようなものだったのだが、まあ、彼女たちはやはり自分の好きなように庭を造らせると日本庭園を造り始めるので、ロキも似たようなものを作るであろうことは想像に難くなかった。
食文化については日本人転生者とイミット以外の同意は得られなかった、とはヴァルノスの言である。
「そろそろ帰るか」
「やったー」
「王宮に来ておいて早く帰りたいとか抜かす奴初めて見たぞ」
「事実だからな、けっ」
ロキはほらこれ以上は言うな、とディノを引っ張って帰って行った。
ちなみに、それをカルとアルは見送り、顔を見合わせて。
「今度孤児院見てきますね。俺は、ディノがロキに対し『あんなに俺の事構ってたくせにっ!』て飛び蹴りをするに次のティータイムのタルトを賭けます」
「じゃあ私は『なんで俺に声掛けてくれないんだよ馬鹿あああ!』ってロキに泣きつくにブリオッシュ賭けるよ」
――ちなみに、この勝負はアルが勝った。




