8-6 孤児院Ⅱ
2025/01/21 加筆修正しました。
「子供たちを、外に出してあげられなくて」
シスターサクヤの話を聞いてみよう、というロキの提案でソル、セトも子供たちと遊ぶ手を止めてリビングルームと呼んで差し支えないであろうテーブルと椅子が設置された部屋に集まる。
シスターサクヤは最初こそ和やかに近況をロキに報告していたが、しばらくすると思いつめたように言葉を零した。ロキはもともとこの孤児院にある程度足を運んでいたようで、大体の状況は分かっているらしかった。ただ、最近はロキの方もバタバタしていたし、思うように動けなかったのはどちらも同じだろう。後見されているソルたちにとってはアーノルドがルールだ。遊びに行くと申請したわけではないので正確なところは分からないが、そうしょっちゅう出歩けたとも思えない。
セトは遊び足りない子供たちのために一緒になって走り回ったためか、自分たちが動くのとはまた違った動きで消耗して、テーブルに突っ伏している。子供たちは無事遊び疲れてくれたので昼寝中である。
「一体何があったんですか」
準備された紅茶と素朴なクッキーにまずは手を付けて、ロキが口を開いた。シスターサクヤはしばし瞑目すると、ゆっくりと口を開いた。
「……子供たちを狙う輩が、増えました」
元々この孤児院は王都の中でも有数の規模を誇るため、元々金目の物を狙って侵入者が度々あった。外見上は小さな孤児院だしあまり金目の物は置いていないのだが、シスターサクヤ自身が、割と有名な治癒魔術師であることもあって、冒険者が守ってくれることも多かったのだという。しかし、ここ最近はその手に負えない頻度で子供たちが狙われていた。特に、孤児院出身の子供たちは、どこかの貴族や商家の人間が養子に取ると言って引き取らない限り冒険者になるしかない。
冒険者になれるようになるまでは訓練を付けてもらったり荷物持ちやアイテム拾いの手伝いで孤児院出身の冒険者たちについて行ったりするのだが、オレイエやロキ達が来ていたことで、多少魔術や剣に覚えのある子供たちが出てきた。そんな子供たちが収入を増やすためにギルドにクエストを受注しに行くのは自然な流れだろう。
「……前から、追いかけられることがある、と子供たちが言ってはいたんです。まさか、こんなことになるなんて」
ロキが考え込んだのが分かったので、セトはそっと視線を上げる。今ここにいる子供たちは、5つにも満たないくらいの年端も行かぬ子供ばかりだ。貴族の方が成人は遅いと言われるが、平民だと大体12歳から15歳の間で成人式を行う。ロキが口を開いた。
「……子供たちがいなくなったのは、何日前ですか」
「3日前です」
シスターサクヤがすり、と右腕を擦るのを見て、ソルが口を開く。
「シスターサクヤ、あなた腕を怪我しているの?」
「あ、いえ、大きな傷ではないんです、それにもう治っています」
ロキがそれに引っかかったのか、目を細め、ついで壁にある大きな獣の爪痕を見やる。この爪痕自体は魔力を辿ればここにいる子供のものだと分かるのだが、成人とまでは行かずともそこそこ成長した個体でなければこんな爪痕は付かない。そんな年齢の子供はここにはいなかった。攫われたのだろうか。
「あの爪痕、ディノですよね」
「……はい」
「押し入られて襲われましたか」
「……面目ありません」
「いえ、貴女は攻撃魔術を持っていなかったはずです。恥じることはありません」
ロキが何を言いたいのかはセトにも分かった。
恐らくだが、シスターサクヤが襲われ、反撃できなかったところを、獣人の子供が攻撃したと言いたいのだろう。
「ねえロキ、ディノって?」
「獣人の神子だ。まだロッティが手を出していないからな、フォンブラウがどうこうできるもんじゃない」
蜥蜴人と仲が良いのがソキサニスであるとすれば、獣人やエルフ、ドワーフといった亜人種と仲が良いのはロッティである。フォンブラウはむしろ獣人とはあまり反りが合わないため、獣人を保護するにはロッティの介入が必須である。脳筋と脳筋は筋肉でしか分かり合わないという事だろう。フォンブラウのようなインテリ系が入ったところで反発されるのが目に見えるというものである。
孤児院に目を付けられた直接の原因は、オレイエが銀貨を置いて行ったことだったようだ。ここは孤児院の中でも大きくはあるが、その分子供の数も多く、資金繰りに悩まされている。ディノという獣人の子供はまだうまく自力で魔力の調整ができておらず、建物をしょっちゅう損壊させていた。一度オレイエが寄付してくれた金で建物を修繕するのは当然だっただろう。
オレイエから指導を受けた子供たちがクエストに出られるようになって、多少資金面は苦しくなくなったものの、今度は子供たちがつけられているという報告。シスターサクヤは頭を抱えた。
そして、とうとう押し入ってきた男によってシスターサクヤは負傷し、ディノがその力を揮って腕を切り落とし、男は這う這うの体で帰って行った。
問題はここからで、この男が恐らく子供たちについての情報を売ったのではないだろうかという事だった。獣人の神子もそうだが、他にも光属性を扱えそうな金髪の子供もいて、そういう子は奴隷として売ればかなり金になる。リガルディア王国の奴隷は基本的に犯罪者しかならないが、半精霊など、捕らえられると命を搾取されかねない種族を守るための制度でもある――それを文字通りの意味で使うとなれば、バレたらただでは済まない。それでもやめないのは、それだけ大金が入るからだ。
「奴隷に落とされていたら、俺たちでは救えんぞ」
「最悪その奴隷の主になる可能性もあるわよね」
「人刃に奴隷の主が務まるもんかよ。奴隷が可哀そうだぞ」
順にロキ、ソル、セトの言葉だが、セトの言葉が一番人刃族を如実に表しているだろう。人刃族は自分よりも下に何かを扱うことに慣れていない。とりあえず自分たちと同じようなものとして扱ってみるのだが、人間の奴隷はそれにはまず耐えられない。身体強度も魔力保有量も種族ステータスがそもそも人刃の方が上なのだから当然であろう。粗雑に扱ったらあっという間に壊れるのは当然のこと。
シスターサクヤが表情を陰らせる。セトが確認したところ、いなくなった子供は大半が女だ。12歳から16歳までの少女たちがいたはず。というかロキはその子たちのためにソルを連れてきたと言っても過言ではなかったはずだ。ロキはよくもまあここまで冷静でいられるものだと思いながら、あまり動じなかった自分自身も人のことは言えないかと考える。
男でいないのは3人、女は4人いない。恐らく攫われてしまったであろう少年の中には、とても身体が弱い子がいた。放置場所によっては既に死んでいる可能性すらある。
「ひとまず、ディノが無事だったからいいとしよう」
ロキはそう言って、けれども子供たちを探すことを考えているようだった。セトはこそっと自分の契約精霊であるフゥに子供たちの捜索を命じておく。ロキのヴェンがやった方が早いかもしれないが、やらないよりはいいだろう。
「ロキ、その子たち探しに行くの?」
「できれば、な。ミカエルというやつが関わってるだろうから」
「あら」
ソルが少し驚いたような表情をした。ああ、あの表情をセトは知っている。攻略対象を見つけた、という表情だ。どんだけ散っているんだ攻略対象。多すぎるだろうと内心ツッコミを入れつつ、セトは身体を起こした。
「最近はだいぶ落ち着きましたが、クレパラスト方面から来る人が多いですね」
「ああ、今年はちょっと魔物の発生が頻繁にあったから」
スタンピードとまでは行かないまでも、それなりに数が多かったのだ。クレパラスト侯爵家は地形変化を扱える血統魔法があった。フリーデンブルク伯爵家にはそんな大層なものはない。まだ就任して数年の新伯爵には多少まだ荷が重いと見える。
ふとロキはハンジとアルバを見やった。アルバは何か考えており、ハンジは頭を抱えている。
「ハンジ、何かあったか?」
「……今日、俺は受けなかったんだけど、依頼の中に光属性の子供を探しているって出てた。金髪で赤い瞳の少年だそうだよ」
「ミカエルだな」
「ってことは自力で逃げ出したってことか」
追われているというのなら、探してやらねばなるまい。
「そんな、よろしいのですか?」
「問題ありません。ソル、ハンジ、お前らはここを頼む。あとヴォルフもだな。アルバ、ソルに何かあったらまず殺す」
『僕にだけ酷いと思うんだ!』
アルバの反応を見ながらロキは口元をほころばせる。どうせ実力ある者たちである。その辺の連中程度なら簡単に捻るだろう。
「セト、来てくれ」
「おう」
「シド、てめえも俺に張り付いてんなら付き合え」
「ばれたー」
黒髪金目の少年が姿を現し、シスターサクヤは驚いた。まさか気が付けないとは。
「気が付きませんでした」
「まあ俺半精霊だし。ロキ、行くなら早めがいいぜ。依頼自体は今日出されたもんだがな」
「ああ」
ロキはシスターサクヤに一礼して出て行く。セトとシドがそれに続いた。
♢
たとえば、それは、街中を眺めるため。
たった1人の子供をきっかけに、繋がった人の仲を、見つけ出そうと足掻く白銀がそこにあった。
『セト殿、見つけましたよ』
「おう、ありがとうな」
セトが精霊を使ったのはロキには見えていたらしい。セトがロキと共に孤児院を出ると同時に、フゥが戻ってきて、セトにミカエルの居場所を伝えた。
ロキはフゥの言う場所にヴェンを遣わし、ミカエルを正確に補足する。
「追うぞ、セト」
「ああ」
「シドは置いていく。お前は掴まってくれるなよ」
「じゃあ首輪つけてくれ」
「久しぶりに聞いたなこのネタ……」
ロキがやれやれとシドに白銀の首輪をつける。
リガルディア王国の正式な奴隷ならば皆金属製の首輪をつけている。青紫の魔力結晶を埋め込まれた逸品――さりげなくアミュレットにされているようだとセトは気付いた。
「おら、さっさ行け」
「怪我などしてくれるなよ。金属の生産量が増えていたらただじゃおかんぞ」
「普通喜ぶとこなんですけどね!!」
ヴェンが追ってくれている。ロキはセトと共に石造りの壁を駆け上る。
『こっちよ』
ヴェンを追ってロキとセトが建物の屋根の上を疾駆する。ロキに関しては飛行したほうが早いのだが、セトに合わせているのだろうことが伺える。
セトは全速力でヴェンとロキを追った。
スラム街にどんどん近付いていく。セトはスラム街に入る前から表情をしかめた。すさまじい臭いがする。いくらスラムといっても、リガルディアでここまで臭気がするのは珍しい、とロキは思った。腐敗臭か、糞尿の臭いか。とにかく、あまり気分の良い物ではない。
「やばいなコレ」
「下手したらスラムに住む人間丸ごと燃やす勢いだ。鼻がバカになっちまう」
ロキも言うということは相当だ。セトはまだ自分たちは屋根の上にいるからマシだということに気付き、小さく息を吐いた。魔物が汚物の処理をしてくれているはずなのになぜこうなった。
『あそこよ』
「降りるぞ、セト」
「うげー……」
「俺が飛翔に助走がいるのは知っているだろう」
「知ってますとも」
ロキの言葉にセトは小さく息を吐いて、屋根から飛び降りる。
下には、少年がいた。金髪の少年だ。すすけてくすんでいるが、見事な金髪の少年だ。
破られた服。手荒に扱われていたのは分かる。
セトは問答無用で魔術を放った。
「我が盟友を守る銀の風壁――【銀閃の風壁】」
「《空を駆ける道化の靴》」
少年は周りを警戒している。魔術を探知してか、慌てて走り出そうとする。その目の前にロキが降り立った。
「――!」
「見つけたよ、ミカエル」
少年は目を見張り、相手が見知った相手だったことに安堵する。なんだなんだと声がする。誰かは知らない。男が数名。浮浪者の様相を呈した男たち、ミカエルは見目もいいからさぞや恐ろしい思いをしただろう、とロキは思った。
「ミカエル、帰ろうか」
「あ、ああ!」
では手始めに。
「蹴散らすぞ、セト」
「おうよ」




