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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年夏休み編
210/375

8-5 孤児院Ⅰ

2025/01/21 編集しました。

「じゃあ、ロキ兄……様、を、お願いします」

「はい、承りました」


茶髪に炎色の瞳の少年が、身綺麗にしてフォンブラウ邸を訪れる機会はもうほとんどない。ソルはわずかな時間をぬってソルに会いに来てくれたケイリュスオルカを見送った。


ソルはケイリュスオルカと話して分かったことがある。

まず、ケイリュスオルカは夢を見ている時間が長い。夢という形で過去を見続けていると言った方がよいだろうか。ループの認識はあった。しかし自分にはどうしようもないという諦めも見て取れた。ロキのことをソルたちに丸投げする姿勢だったので、そうソルは受け取った。


特別何か言うことはない。しかしケイリュスオルカはソルを見て、良かった、と小さく呟いた。つまりこれまでのどこかでソルが死ぬ可能性があるところもあったということであろう。根掘り葉掘り聞かずともよい。過ぎ去った過去は懐かしむ程度でいい。


さて、ロキのいとこであるが、なかなか人数が多い。

一番大きい家である以上フォンブラウ家に来る客人は多いわけで、必然的にソル、ルナ、アッシュ、ヴォルフガングと会う人数も増えていく。


ケイリュスオルカとその父親は平民になっていた。彼らはそそくさと去っていってしまったが、オヴス家のシエラはなかなか居座った。

ソルとルナを見つけた時、シエラは「貴女がロキお姉様とお付き合いを始めたという男爵令嬢ですわね!」と言い、じっとソルを眺めていた。こんな小さいのによく情報を集めているなあ、と感心したものである。

この子ロキの事好きそうだなー、でもお姉様って言ってるなー、とぼんやり眺めていた。


ちなみにこの後ソルは髪をきっちり編み込まれたりしておめかしなさいと11歳に言われてしまったのである。

ロキはそんなことにはあまり頓着しない。だからいつもソルだってポニーテールで済ませているのだ。


現在ソルは、沢山の服を亜空間に詰め込んでいる。ロキが作っていたらしい服を預けられているのだ。

たぶん国を一旦出る用事が出来たんだろうなーくらいに思っていたのだが、そんな素振りない上に持っててくれと言って作るたびに持ってくるものだから、そろそろ場所がなくなってきた。お前が持ってろは言えないので、受け取ってアイテムポーチにも詰め込んでいる状態だ。


「ソルー」

「はーい」


与えられている部屋のドアの向こうでロキの声がした。ソルは返事をして立ち上がる。

孤児院へ行こうか、とロキに声を掛けられたソルは、二つ返事でそれを受け、孤児院へ行く準備をしていたのである。今日渡す服ではない。ただ、子供たちに会いに行こうという話でしかない。ロキが憂慮している子供がいるという話も聞いていた。


ルナとアッシュはお留守番である。

ヴォルフガングとソル、そして久しぶり過ぎて忘れられそうなアルバが付いていくことになっていた。


「おけ」

「おけ」


白いストラップタイプのワンピースを着たソルを見て、ロキが笑みを深めた。ついでに麦わら帽子を被せる。リボンは赤。小振りな向日葵を2輪ほど飾る。


「漫画みたいね」

「似合っているからいいんじゃない?」


ロキの姿はもはや地球でもみかけることが可能なちょっとおしゃれな男子学生と言った風になっていた。赤いTシャツ、上から白い薄手のシャツを前のボタンを留めずに来ており、七分丈の薄い黒いズボン。ペンダントは赤銅級冒険者のタグ、髪は緩い三つ編みにしてトルマリンのあしらわれた髪留めをつけている。


「うわ、どこのバンド所属?」

「そこまで俺の格好ははっちゃけてねえよ」

『ロキカッコいいなあ』

「ありがとうアルバ」

「ソル様結構白似合うよね」

「あら、ありがとうヴォルフ」


今度V系バンドのカッコしてよ、などとロキと喋りながらソルは屋敷を出る。

貴族街に孤児院はない。平民外付近まで降りて行かなければ。


王都の造りは、複雑なものだ。

中央に王城がある。

その四方位を、上流貴族邸エリア、中流貴族邸エリア、下流貴族邸エリア、商人街エリアが囲む。元々山を切り開いて作られた都市であり、元は山城である。


下のエリアに降りるには商人街エリアを通らねばならない。

と、思われている。


実際のところ、商人街エリアに行く前にギルド本体に向かえば実はギルド同士の転移で支店へ飛べるのでそこまで苦にはならない。

一般平民にもいきわたっているような服装をしているソルと、明らかに若い冒険者状態の服装をしているロキ、2人が貴族街から出て来ても、誰も何も言わない。


理由は単純に、銀髪の少年であるという一点に限る。

王都上層、学園もあるこの階層において、ロキの名を知らない者はいない。学園では必ずと言っていいほど何か事件の渦中にいる人物であり、拉致されたこともある。あれは親を止める方が大変だったが。


冒険者ギルドへ向かい、転移陣を使わせてほしいと願い出れば、丁度来ていたセトも合流して一緒に行こうという話になる。


「なんだ、セトも知ってたの?」

「ああ。いや、スリやるやつと追いかけるやつでえらい実力に差があって笑った」

「盗まれたんだね!」

「おうよ仕方ねえだろ耐性ねえんだもんよ!」


セトはもう今日の分の依頼をこなした後であるらしい。ヘロヘロになって戻って来たハンジの傷を治療薬をかけて直してやり、大銀貨を1枚貰ったソルはこれも引っ張っていきましょうと提案する。ロキは反対しなかった。



孤児院に着くまでに、3回。

ロキが男を殴った回数である。


相変わらず加虐体質だなあと思ったソルは、相手が悲鳴を上げた時点で次に蹴りを入れようとするロキを引っ張って先へと進んだ。

分かる、怒るのは分かる、ソルの尻に手を這わせた無粋な男に対して怒っているのは分かる、でも頼むから人刃の硬さで殴るな、相手の頭が割れる。


というかロキ自身触られていただろうにそちらには全く反応を示さなかったあたりこいつ徹底してやがる、とはハンジの台詞である。


外見上は小さめの孤児院。そこにこんなぞろぞろとそこそこ身なりの整った子供たちが来れば、何だろうと眺める者、足を止める者もいるわけだが、ロキたちがドアをノックすれば、子供たちがわっと出てきた。


「あれー? 蒼い火のお兄ちゃんだーこんにちはー!」

「こんにちは」

「えー。お日様のおじちゃんはー?」

「彼なら国に帰ったぞ」

「「「「「えー!?」」」」」


子供たちのブーイングを聞きつけたシスターが姿を現す。焦げ茶のストレートの長髪と翡翠色の瞳の穏やかそうな女性だ。


「まあ、リョウさん、こんにちは。えっと、大したもてなしもできませんが、お入りになってください」

「お邪魔します。ああ、サクヤさん、今日は友人たちを連れてきたのですが」

「はい、どうぞ入ってください」

「「「「「お邪魔します」」」」」


扉を早急に閉めて、ロキたちは孤児院の中を見渡す。セトは何度か来たことがあるらしく、眉根を寄せた。


「相変わらずひでえなこりゃ」

「ああ、また暴走したんだろう」

「暴走?」

「ああ」


聞き返したソルにロキは答えた。孤児院自体は汚れているわけではない。掃除をサクヤが徹底しているのだろうというのは何となくわかる。ただ、白いはずの孤児院の壁が、巨大な獣の爪で抉ったような状態になっていた。他にも切り裂かれた石も多く見つけることができる。


「……ロキ、もしかしてここって」

「ああ、獣人の先祖返りがいる。ヴォルフガング、お前にはそいつを頼みたい」

「うん、わかった」


ヴォルフガングは壁際に近付いて、爪痕を見る。子供たちが不安げにヴォルフガングを見上げている。


「……この子たち、これをやった子のこと怖がってないのかしら?」

「かなり気が強いし口も悪いからな、言いたくても何も言えないだけだろうよ」

「それが余計アイツの孤独に拍車かけてるけどな」


ソルが問えばロキとセトが答える。なるほどそういう状態か、とソルは何となく納得した。


ここは、貴族街と平民街の間辺りにありはするが、孤児院内に居るのは基本的に捨て子だ。この都市は身分が低い者ほど下の階層に住んでいる。

オレイエは緋金級であるがためにギルド本部まで出てこれて、なおかつ記憶があったためにロキに会うタイミングを掴み取り、何かの縁を結んでいった。


しかし彼は基本的にカーストの中では一番下に当たる出身である。この都市では最下層民などと呼ばれることもある階層の出身――土地を持たない農民の立場は、いつも低いらしい。

フォンブラウ家では考えられない事である。


獣人に限らず亜人への差別意識の強い人間というのはどこにでもいる。ロキたち人刃も差別される側であった。貴族だからどうこうなっていないだけだ。人刃を怖がることから忌避することに繋がり、忌避はいつしか相手が下民であるからだという思想へ変わっていった。これが最も顕著なのが帝国だ。


リガルディアはむしろ今までずっとリガルディア王家がその王位を他家に譲ったことがないため、表現するならばリガルディア王朝なのである。変わったことはない。


リガルディアを支える六公はいまだに倒れたことがない。倒れそうになっても圧倒的武力でもって持ち直す。であるが故に、上流階級にいる者で自分たちの血統が死徒であると知らない者はあまりいない。特に学園へ通えば嫌でもその思想は叩き直される。


――お前が嫌う死徒の血がお前にも流れているぞ、やってみるか。


いつの時代でもそれを先導してきたのがフォンブラウやら王家やらで、相手が女だろうと容赦しない。死徒の傷は人間よりも治りが早いのである。であるから、平民の、おそらく純血の人間であろう子に協力を仰いでその子に傷をつけ、喚く貴族令嬢の手を切り落としていた時期もあったようである。ちなみに大体そういう貴族令嬢は腕が生えて来て絶望することが多いようだ。


こんな物騒な国であるから、驚くべきことに上流の貴族ほど下層の住民に対する差別意識が薄いという状況を作り上げている。

何の気なしに獣人を雇っていたり、エルフを魔術の教師に選んだり、解放奴隷のスパルタクスにうちの騎士団においでと熱烈な手紙を送っている者も存在する。


むしろ差別意識が強いのは騎士爵や男爵なのである。

しかしまあ、今この場に居るのはこのメンツだ。

セトもソルも自分が人刃やらなんやら、人刃ではなくとも死徒の血統であると知ってしまっている。獣人の子供の暴走なんてそもそもロキの生死(デッドオアアライブ)を天秤にかけられたタイムアタックより楽なものなのだ。


「……なんか今私、よく自分たちロキの事守れたなと思ったんですけど?」

「何を逡巡したか知らんが同感だな」

「お世話になりました」


順にソル、セト、ロキの台詞である。

子供たちがわちゃっと寄ってきた。


「風の兄ちゃん、またナイフ教えて!」

「私も!」

「蒼い火の兄ちゃん、魔術教えて!」

「俺も!」


子供たちは30人ほどだろうか。なかなか多い。

ソルの傍にやってきた少女が問う。


「赤い髪のお姉ちゃん、お姉ちゃんは私たちに何をくれるの?」


ああなるほど、この子たちは何かをくれる人が来ると思っているのだとソルは思った。


「そうね。じゃあ、私は刺繍のレシピでもあげようかしら?」


セトがソルを見る。ソルが笑ったので、わざとだ、と理解したようである。


「ジグソーパズルで売るか?」

「あ、いいわねそれ。ていうか孤児院て予算降りてないっけ?」

「ここの教会とっくに売り払われてるしな。どうせどっかのやつが横領してんだろうよ」


サクヤの服装が巫女服だったことを思い出したソルは、教会がもう機能していないから和神系のシスターが常駐しているということに理解が及んだらしい。それにしても、とセトが呟く。


「前より減ってるな」

「ああ。女子が随分減ってるね」


2人の言葉に嫌な予感を覚えたソルだった。


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