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2021/08/04 大幅に変更しました。
魔力とは、この世界に溢れる大いなる力の1つで、エネルゲンである『エーテル』と各エレメントの性質を保有する『マナ』によって構成される。
アンリエッタは風属性の魔力を保有しているため、最も相性が良いのは風属性魔術となる。この世界の生物の大半は魔力を作る器官を持っており、その器官を『魔力回路』と呼ぶ。心臓付近に存在する血管のような管全体を指す言葉であり、魔力を生成する第1魔力回路と、体中に魔力を行き渡らせるための第2魔力回路とが存在する。
「流石ですねロキ様、お上手です」
「ありがとうございます」
プルトスが茶会から戻ってくるまでにロキの分の勉強は無事に終わりそうだった。ロキには早速魔力を感じ取るための訓練をさせることにしたアンリエッタの判断は間違いではなかったようだ。
魔力を感じ取るための手法をアンリエッタから教わって早速実践したロキは、自分の中にある熱量の多さに驚いてしまった。胸の辺りに集中して意識を向けると熱量を感じるのだが、一度意識を向けると、ロキの中の熱量はそのまま意識を持っていかれるんじゃないかと思うほどの激流だったのだ。
魔力を感じ取れていない状態の子供の魔力を外部から操作しようとするとかなり骨が折れる。ロキは幸い転生者で話が通じるので、魔力の感覚に慣れておいてもらい、上位者があれこれしようとするときにロキの身体に反動がなるべく返ってこないように下地を作るのだ。
ロキは頭の回りも良く大人と同じ目線で、言葉で、物事を理解してくれるので、かなり時間短縮になっている。
ロキの魔力は複数の属性が複雑に絡んでおり、魔力回路も未発達のまま、魔力の逃げ場のない状態が続いていた。
「ロキ様、よくできました。少し休憩しましょう」
「……、はい……」
膨大な魔力を扱うと疲労がたまる。ロキはすっかり疲れてしまったようだった。
ロキは現在晶獄病という病の症状を発現しており、この病は魔力回路を上手く流れ切らなかった魔力が時間をかけて凝固し魔力回路の外側へ飛び出してくるというもので、魔力が結晶化して魔力の持ち主を結晶の檻に閉じ込めるように見えることから名が付いた。更に、この晶獄病は、その人の体質によっても重症化するかどうかが判別できるのだが、ロキは、恐らく重症化しやすいタイプだとアンリエッタは考えている。
膨大な魔力を持つということはそれだけで、未発達な身体には負担になる。ドラクル公が封印を掛けているので若干落ち着いて見えるが、実際は微妙なラインだろう。
ロキに症状を伝えた時、納得する部分があったのか、ああ、なるほど、と返してきた。余命宣告をされたわけでもないとロキは笑ったが、治療が難しいことは理解できたようで。
こうして勉強に勤しんでいても、いつ症状が悪化するかはわからない。晶獄病の子供は大半の場合、成人まで生きられない。治療法は確立されておらず、治療の経過を見るだけの症例も無い。所謂難病であった。
休憩を挟んで勉強を進めていると、外が俄かに騒がしくなる。そろそろ今日の分は終わる、という頃だったので、まとめに入って外を見に行くことにする。アンリエッタはロキがプルトスと仲良くする気が全くないのかと思っていたのだが、どうやらそういう訳ではないようだ。
メティスとプルトスが茶会から帰ってきた事を知らせる騒がしさが伝わってくる。ロキが出迎えるというので、アンリエッタはそれについていくことにした。
思えば、もっとちゃんと、加護の相性について考えておくべきだった。そうすれば、子供たちに負担をかけることも無かっただろうと、アンリエッタは後に回想する。
♢
プルトスが帰ってきたと聞いて、勉強を切り上げて部屋から出てきたのはなにもロキだけではない。フレイとトールは既にホールに居り、ロキと同じタイミングで着替えたらしいスカジが出てきた。
「スカジ姉上、気合入ってますね」
「今日は記念すべきプルトスの初めての茶会だったからな。ロキこそ、あまりいびってやるなよ」
「善処します」
4人でプルトスを待っている。近くにガルーやメイドたちが控えていた。
「……!?」
ロキが何かに気付いたようだった。ドアが開いて、ただいま、と朗らかに言ったメティスと、その後ろをついてくるプルトス。家族を見たところで笑ったりする子でもないので、アンリエッタは何も気にしていなかったのだが――。
「おにいさま!」
コレーが顔を出した。熱は下がったのだろう。ロキが見舞った時にはかなり高熱だったと聞いていた。ほっとする一方、ロキが胸を押さえたのが目に入り、アンリエッタは声を上げる。
「ロキ様?」
「あ……」
ロキはアンリエッタの方を見た。少し蒼褪めているその顔色は、怯えているように見えて。
魔力が大きく動く。フレイとスカジがロキを振り返って、ロキは弾かれるようにきょうだいから離れる。
プルトスがロキを見ていた。その視線は、家族に向けるものではなくて、冷たい。まるで、親兄弟の仇を睨んでいるかのような。プルトスの魔力が動いていることに気付いた時には、もう遅い。
「――何をしてる? その化け物を捕らえろ」
プルトスの声に、その場に居る者たちは目を見張った。その化け物と呼ばれ、指を差されているのはロキで、化け物ではなくプルトスの妹のはずで、いや、そもそも正妻の子供を側室の子供が捕らえろと命じるなんてあってはならない。メティスも驚いていたが、正気に戻ってプルトスの手を叩き落とした。
「プルトス! ロキになんてことを言うの!」
「……?」
プルトスは首を傾げる。
「あれは妹じゃありません」
「プルトス!! お茶会で苛ついたのはわかるけど、いい加減にしなさい!!」
「あれは、あんな妹は、僕には居ません」
様子がおかしい、と思ったのは、アンリエッタだけではないはずだ。ロキはガルーが駆け寄ったのを振り払って胸を押さえこんだ。アンリエッタははっとする。
(晶獄病の魔力暴発――!!)
慌ててロキとガルーの間に障壁を張り、ロキに駆け寄る。フレイが近付いてきたのをアンリエッタが止めて、ゼェゼェと肩で息をして、冷や汗で濡れたロキの額を拭ってやる。
「ロキ様、これは晶獄病の発作です。任せてください」
「あ……ん、」
「大丈夫です。誰にも怪我はさせませんわ」
「……ん」
ロキの周囲を障壁で囲い、フレイを引き離し、プルトスを障壁で覆う。
「何をする?」
「ロキ様がプルトス様の魔力に中てられてしまったようですので、一度遮断させていただきました。メティス様、プルトス様の魔力を抑えてください」
「分かったわ。ロキは大丈夫なの?」
「晶獄病の発作です。もしかすると、――」
めき、みし、とおよそ人体から発せられるとは思えない音がし始めて、ロキが床に頽れた。ロキ、と弱々しくフレイが呼ぶのが聞こえるが、ロキはちらとそちらを見ただけでもうそれどころではなくなってしまったようだ。
アンリエッタは再度、目を見張る。ロキの中心に集まっていた魔力が右半身に集中している。この症状は分からない、とアンリエッタは後退った。
バシュッ、と何かを突き破るような音がして、魔力で張った障壁に赤い飛沫が付着する。
トールが悲鳴を上げた。
「ロキねえさま!! ねえさまー!!」
「ろき、」
「ロキ……」
スカジとフレイも動けない。ロキの右半身から伸びた鋼鉄の穂先――それは、紛れもなく、斧槍で。
「半転身……ッ」
「ガルー! アーノルドに早馬を!」
「かしこまりました」
ロキは小さく息を吐いて、身体を起こした。
「アンリエッタ先生」
「ロキ様、」
「母上から頂いた服、破れてしまいました」
苦笑を浮かべるロキの表情と、斧槍に変化した右腕、皮膚を突き破ったらしい血痕と、無残に引き裂かれた白いシャツ。余計ロキを悲壮に見せる。
「アンリエッタ先生、」
ロキの瞼が落ちそうになる。そりゃそうだ、とアンリエッタは思う。斧槍に触れないように身体を滑り込ませ、ロキを抱き留めた。
「ば……化け物……!」
プルトスの言葉にメティスがプルトスの顔を引っ叩いた。
「お前にも同じ血が流れているわ。二度と化け物などと呼んでは駄目。良いわね」
「……はい」
有無を言わさぬメティスの剣幕に、とうとうプルトスが黙った。コレーは血を見慣れていないせいか気絶してしまったようで、騒然となったホールにはトールの泣き声だけが響いていた。
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