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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年夏休み編
209/377

8-4 旧クレパラストⅡ

2025/01/21 編集しました。

「ソル様、ケイリュスオルカ殿がいらっしゃいました」

「通して頂戴」


アッシュとヴォルフガングがソルに小さく礼をする。ルナとソルは紅茶を準備させ、案内されてきたケイリュスオルカがきちんと貴族らしい礼をするのを見て、ああなるほど、とケイリュスオルカの置かれた状況を理解した。


少なくとも男爵令嬢である2人に対する平民の礼ではなかったのだ。きっとそれは、ソルとルナだから気付いた、いや、気付いてくれとケイリュスオルカの方からメッセージを仕込んできたと考えるべきであろうが。


「お久しぶりでございます、ケイリュスオルカ殿」

「お久しぶりです、ケイリュスオルカ殿」

「お久しゅうございます、ソル様、ルナ様」


3つ年下ならば、11歳だっただろうか。まだ子供に見えても仕方がない。平民に落ちたと言えど、その仕草が洗練されているのは、ここまでの時間の中で彼自身がきちんと努力とともに身に着けたためだろう。


自分たちを見下した様子の無い元侯爵令息を前にソルとルナは顔を見合わせて、ケイリュスオルカに席を勧め、茶請けに出されたクッキーを摘まんで見せた。ケイリュスオルカは勧められるままにソファに座り、簡単な挨拶を述べるとクッキーを摘まんで紅茶に口をつける。


「美味しいです」

「御口に合ったのならば、よかったわ」

「こちらもどうぞ」

「ありがとうございます」


ソルがはっきりと目上の者としてケイリュスオルカに声をかけていた。ケイリュスオルカが丁寧にソルへの相手をすることで、確信を得ていたソルとルナはますます自分たちの持つ答えに自信を持っていく。ああそうか、覚えているのか、知っているんですね、と。


世間話をするつもりだったが必要なさそうだと判断して、ソルは居住まいを正す。ケイリュスオルカのシャキッと伸びた姿勢が最初から真剣だと物語っている気がした。


「では、本題に入りましょうか」

「よろしくお願いします」


ケイリュスオルカはまだ11歳である。対してソルとルナは14歳だ。対等でない上に相手が年上、とは大変なものである。しかし気後れなどしない。だから、きっと彼は覚えているのだと、考えてしまう。アッシュ、ヴォルフガング、そしてアッシュについているアルバはそれぞれ顔を見合わせて、部屋に防音の魔術をかける。


「単刀直入に尋ねます。ケイリュスオルカ、貴方は将来もう一度貴族街に足を踏み入れることになりますね?」

「はい。自分は、5年後、王立学園へ参ります」


確定だったか、とソルは呟く。ルナはケイリュスオルカの目を見た後、静かに目を伏せた。この未来を知っているということは、転生者であるか、ループを知っているか、どちらかということなのだから。


「ねえ、ケイリュスオルカ君」

「はい」

「貴方は何回目かしら」

「自分も詳しくは、覚えておりませんが、ゆうに50は、超えていると思います」


ゆっくりながらもはっきりとした受け答えに今度はソルが目を伏せる。ナタリアが20回くらいだと言っていた。つまり、その倍はきつい思いをしているはずだということで。


「……それで、貴方が私たちに貴方がこの世界の異常に気付いていることを知らせて、何が目的なのかしら?」

「……私の目的は、私の想い人と、相棒を生かすことでございます」


そのために、貴方たちであれば、自分を狙うことはないとわかっているので、頼らせていただきました、とケイリュスオルカが言う。ルナが転生者だったことは、知らなかった、と言って、胸に秘めておきます、と苦笑を浮かべて見せた。夢の中で見たことのある、皆を安心させる為とも、呆れを含んだ微笑とも取れるロキによく似た笑みを。


「ソル、彼の想い人って言ったら」

「ええ、あの2人でしょうね。でも」


ルナとソルが視線を上げてケイリュスオルカを見る。わかっている。わかっているのだ、彼が助けたいその2人を守るために必要な人物が誰であるのかなど。


「……私たちに頼みたいのは、ロキを守ること、ね?」

「……はい、お察しの通りでございます」

「……貴方から見た必要な事項を教えてくださいますか」

「わかりました」


ケイリュスオルカは笑みを浮かべて、ソルへの要求を突きつける。


「ロキ兄を、騎士にしてはいけません。魔導騎士ならばまだやりようはあります。一番良いのは魔術師団に所属させることですが、とにかく、ロキ兄は周りに合わせようとしてくれるから、騎士になったらきっと自分の一番得意な魔術を使わないようにしてくれると思います。そうなってしまったら、ロキ兄は自分の身を守る方法を一つ捨てることになります」


そんなことになるわけがない、とソルは思った。しかしケイリュスオルカの瞳に嘘はなく、きっと本当にそんなとんでもないことが起きてしまったのだろうな、とソルは悟った。なるほどな、とルナは小さく呟いて、ケイリュスオルカの瞳を見つめる。


「しかしそれは、私たちがロキ様の将来を狭める、それを要求する、ということでございますね。ロキ様はそれをお許しになると思われますか?」

「ロキ兄は許さないよ。でも、やってもらわなきゃ困るんです。お願いします」


ケイリュスオルカが知っているのはその事実だけだ、と言った。だから、自分よりもロキの近くにいるソルたちに骨を折ってほしい、と。ルナは顔を顰める。これ以上ソルに何を望むのだ、と小さく呟いた。


「……わかりました。ロキ様については何とかしましょう」

「ありがとうございます!」

「ただし」


ソルの答えにケイリュスオルカが表情を明るくする。ソルはその代わりに、と言ってケイリュスオルカに条件を付ける。


「うまくいったらすべてロキ様に報告させていただきます。その時にロキ様から叱られたとしても、ちゃんと聞いてくださいね。そして、貴方のお願いを聞くのは今回だけです。次はないものとお考え下さい」

「はい」


ソルは柔らかな口調でケイリュスオルカに告げて、ケイリュスオルカはわかっていたといわんばかりの反応を示した。ソルは小さく息を吐いて、努力はするわ、と付け足す。ソルではロキを止められるかどうかわからない、というのがソルの抱いた感触だったのだから、仕方がないだろう。ロキに願えば考慮はしてくれるだろうが、いざという時どう転ぶかわからないのがロキという男なのである。


ふとソルはそういえば、とケイリュスオルカを見る。


「ケイリュスオルカ殿、貴方のお母様はどんな方だったのですか?」

「母ですか?」


ケイリュスオルカは驚いたように目を見張り、ふ、と口元を緩めた。その表情だけで、母を慕っている様子が伺える。


「……母は、とても優しい人でした。自分が頑張ったら、頑張った分褒めてくれて、沢山抱き締めてくれました。沢山撫でてくれました。厳しい人だったけど、優しい人でした」


思い出を噛みしめるように抽象的な事柄を語るケイリュスオルカの表情は晴れやかなものになっていた。


「……自分が母の話を聞かれるのが好きだって、覚えてらっしゃったんですか、ソル様?」

「え?」


ソルは驚いたように目を見開く。その反応だけでケイリュスオルカにはわかったらしい。


「あ、違うんですか!?」

「ええ、今ふと聞いてみよう、と思ったものだから」

「……母が亡くなったことを、可哀そうだと仰る方は多かったですが、自分から見た母の話を聞いてくださるのは、ロキ兄か、ハドか、貴方しかいないんです」


ありがとうございます、とケイリュスオルカは言った。

窓から差し込む光がオレンジ色に染まり始めた。ああもうこんな時間なのかとソルが窓の外に視線をやって、ヴォルフガングを見る。オレンジ色の髪の従者はオリーブ色の瞳を見開き、何を求められたのか理解するとすぐに部屋を出て行って、小袋を持ってきた。


茶会は終わりだ。余ったクッキーを小袋に詰めて、ヴォルフガングは丁寧にラッピングする。ソルが手を出してそれを受け取り、ヴォルフガングは一歩下がった。


「これ、お土産にどうぞ」

「ここまでしてくださってありがとうございます」


これはあなたの母親が好きだったクッキーよ、とソルが知らせると、ケイリュスオルカはまた眼を見開いた。


「……ありがとう、ございます……!」


彼の母親――アンネローゼが好きだったクッキーというのは、アーノルドとタラニスが頑張って作ったクッキーのことを指している。父だけでなくケイリュスオルカが来ることを、おそらくスクルドに予知されていたのだと理解したケイリュスオルカは、それでも、わざわざ伯父と叔父が手間をかけてくれたことを知って、喜んだ。


「母も、喜びます。必ず届けます」


今日はもう遅いから泊まりなさい、とアーノルドに言われて、ケイリュスオルカは恐縮しながら使用人室に泊まることとなった。



「ソル、どうだった、ケイは」

「クッキー、泣くほど喜んだわよ」


ロキが食堂で夏季休暇中の課題を片付けている横にやってきたソルは自分の課題を広げつつロキの問いに答える。


「でも、よくわかったわね、ケイリュスオルカの好物」

「……父上が、アンネローゼ叔母上の好きなものはこれだった、と、タラニス叔父上と話しているのを聞いたんだ。母上が、今日はケイリュスオルカが来る、と知らせてくださったので、何かできないかと思ってね」


ロキは視線を上げることなく答えた。日本と似た若干穏やかな気候のリガルディア王国は、もうすぐ茹だる様な暑さを迎えるだろう。


「アンネローゼ様って夏に亡くなったのよね?」

「ああ。もうすぐ命日だよ。カガチでも呼んでみる?」

「だったら鬼灯でも贈ればいいと思うわ」

「それもそうだな」


ロキとソルは夕食の時間まで課題にペンを走らせた。


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