8-2 オヴス家Ⅰ
2025/01/21 編集しました。
オヴス家、という家がある。
オヴス家、というのは、伯爵家である。家の規模もそう小さくもないし、領地経営もなかなかのもの。しかしまあ、この家。
公爵家の息子を婿取りするのは少々荷が勝ち過ぎていたと言っていい。
それでも婿取りができたのは、公爵領に近かったことと、学園で義娘と公爵家の息子が知り合っていたことがきっかけである。
特に、息子の方は経営能力はあるが次男坊だったため、騎士を目指そうとしているところだった。兄が愚鈍ならばまだ彼も領地を、と望まれていただろうが、兄はその世代でもキレ者として名が知れていた。
後腐れなくすっぽりとオヴス家に婿に入ったのは、タラニス・フォンブラウ。アーノルドの弟である。
タラニス自体は加護持ちだったため惜しまれはしたものの、加護持ちでありながらアーノルドに劣る戦闘力から、フォンブラウ領の切り札であるべき領主には向かないとして、ふらりと王都へ出て行ったのであった。結局別の領地の経営をやっているわけだが、そちらの領地はそこまで魔物も強力ではない。あまり問題はなかった。
そしてそんなタラニスだが。
実は、フレイとロキに酷く目をかけている。
♢
「フレイ、ロキ!!」
「タラニス叔父上!!」
「お久しぶりでございます、タラニス叔父上」
どっちがガキだとアーノルドにツッコミを入れられながらタラニスは近付いてきたフレイとロキを抱きしめた。
距離的には近くても、転移先として設定していないため、実際はメルヴァーチ領が一番簡単に飛べる先でもある。故に王都でしか彼らに会うことはない。
タラニスには娘が1人居る。美しい赤毛に空色の瞳の少女だ。
名はシエラというので、目しか見てなかったなこの人、とはロキの言である。
兄弟仲が良い公爵家、お互いに納得したうえでアーノルドが家督を継いだことに起因するのだろうが、ロキたちはそれを非常にありがたく思っている。
「ほらシエラも」
「……」
シエラはじっと空色の瞳でロキを見ていた。
ちなみに彼女。
ロキの事を未だにお姉様、と呼んでいる。
男だなんて信じませんわよと言い続けていた、ロキにとってある意味一番からかい甲斐のある面白い従妹である。
「……ロキお姉様」
「まだいうかお前は……」
「俺お兄様ですぅ」
「あはは、ごめんなー」
フレイの言葉にタラニスは苦笑を零す。ロキがわざと呆れたような声を出して内心シエラの反応を笑っていることをタラニスはおそらく知っている。そしてロキは、シエラがロキの女の姿にこだわる理由は知っている。けれどそこはもうたまに付き合ってやらんことも無いからいい加減機嫌を直してほしいと思うのである。
「……シエラ。化粧なら今度付き合うから、もういい加減機嫌を直せ。タラニス叔父上をいつまで困らせておく気だ」
「6年目ですわね。最近長続きしなくなってまいりましたの」
「そろそろ止めれば?」
何でそんなことで張り合ってんのお前、とロキは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。ふとタラニスがアーノルドに言っている言葉が聞こえる。
「ロキに太陽神のヤバそうなのが付いてるなーと思ってたんだけど、誰か心当たりある、兄上?」
「太陽神? ラーか?」
「いや、ラーじゃない。そんな身内贔屓するタイプじゃなくて、もっとヤバいやつ。そう、まさしく、始まる前に全てくれてやって、終わったら自分の懐に抱え込んじゃうタイプのヤバいやつだ」
それまさかスーリヤじゃね、とロキは思う。タラニスがそんなことを知っていることに驚いたが。
「分からん。ああ、だが、ロキが今年の合宿の時に聖人みたいなのを連れてきた。確か、オレイエだったか」
「……マジかー……オレイエかー……」
「知っているのか」
ロキはアーノルドたちの話に聞き入った。
「知ってるも何も、センチネル最強と謳われている緋金級冒険者だ。平民階級に拾われたらしいんだが、まあ、ほら、センチネルだから、スラムで育ったみたいで」
「お前またギルドに入り浸ったな?」
「そうだけど! そうだけどいいじゃない! 昔兄上もやってたじゃん!」
自由に暮らしてるな、これでいいのか貴族、とは言わないでおいたロキである。というか、アーノルドもギルドに入り浸っていたのか。ちょくちょく話を小耳に挟むことはあるが、広範囲で聞こえるため、事実のような気がしてきた。こんどアーサー曾御爺様とテウタテス御爺様に確認を取らねば、とロキは思う。
「ていうかロキこっち聞いてるし!」
「ええ、別に彼に口止めされているわけでもありませんし、お教えしましょうか?」
「えっ、マジかよ!」
タラニスの認識の中では、祖神が分かってしまえばそれなりにどうもてなすかが分かってくるようなので教えられる分には教えておいた方がいい。特に彼――オレイエは、こちらの神話で伝わっているカルナにかなり性質が近かった。
「あまり言いふらす話ではありまあせんので、他言無用で」
「うん」
アーノルドも聞きの姿勢に入った。
「……スーリヤです」
「カルナかよ」
「カルナだ、あの聖人はカルナだ」
「本人はカルナであると言われると否定しておりました。『俺はあそこまで聖人君子ではない』と」
「聖人は皆そう言うんだ」
「自分が気付いてないだけであれを聖人と言わなかったら誰も聖人になどならん」
タラニスとアーノルドはうわー、と天井を仰いだ。リガルディア王国で知られるカルナは大人しい英霊である。饒舌ではないように記されている神話が多い英霊なのだ。
「……身分系の話してないよな、兄上?」
「ああ、少し寝泊まりしただけだから、俺自体は何も。身分を笠に着るようなメンツでもないし、一応話は聞いておくが」
「うん、それがいいよ。いやー、それにしても、スーリヤか。スーリヤの加護持ちがロキ側に来るとはなー……」
名前的な意味で。
タラニスの言葉に、ロキはまあそうだよなあと納得した。
けれど、言っておかねばならない。
「タラニス叔父上、オレイエは俺の仲間になったわけではありませんよ?」
「え、そうなのか?」
「物騒な遺言みたいなものを残していきましたから、叔父上と同じ状態かと思われます」
「……え、いつ気付いたの?」
「2年ほど前ですよ」
ロキはこともなげに答えた。
そもそも、この世界では、どういう基準でループを記憶する人間がいるのか。それについていろいろとロキも調べていたのだが、気付いたことがある。
まず第一に、術の発動時、一定範囲内にいる者に限られること。
これはシドが突き止めていた。
第二に、魔力量が多いこと。これは最近崩れてきている。闇竜の干渉によって、闇属性を持っている者がその範疇に含まれだした。逆にロキは何らかの理由でそれを思い出さない状態を作り上げている。
第三に、これはごく一部の話だが、加護持ちであること。
特に多いのは、太陽神系の加護を持っている者。記憶が戻りやすい体質になっているようだ。
そして最後に、ロキの声を聞いたことがある者。
この世界のループの原因として中心にいるのがロキなのであるから、ロキのために世界は変容していく。そしてその効果範囲は恐らく、ロキが直接かかわった範囲に限定されるだろうとシドは考えていた。
3つ目の理由は特にオレイエを見て強く感じるようになった。彼の場合、そもそも出力がおかしいので自力でいろいろとぶち破っている可能性が否定できないのだが。
「ちなみにタラニス、太陽神でもあるそうですね」
「……どこで知ったの?」
「神話学です」
「え、今時タラニスまで教えるとこあったっけ!?」
「黒箱教です。創世神話から聞いてまして、今は丁度ファミリア時代の終わり――ロード・カルマという死徒が生まれる前後の話を聞いています」
「なるほど」
あと半年であと1万年走るんだな、とアーノルドが言う。そうだけれども、周回走るみたいに言うなよ、とロキは思った。
恐らくだが、この2人の時は黒箱教は受けられなかったと見える。わざわざ降りて来たデスカルたちに感謝した。
「何の話ですの?」
「合宿の時に知り合った冒険者が太陽神の息子だった――そういえばその神話どこで知るんだ、といった流れだな」
「私も受けるんですか?」
「ああ、お前も中等部2年になれば受けることになるよ」
フレイが付け足せばそっかあ、とシエラは呟き、すぐにロキの方を見て、ところで、と一気に話題を変える。
「ロキお姉様は、何かいい感じの髪形とか御存知ですか?」
「……嘘だろ。そういうのは俺に聞くものじゃありません」
ロキはげんなりした表情で呟く。まさか自分にまた話が振られるなんて思っていなかったのである。まして髪型の話なんて、女同士でやっててほしい。
理由は2つである。
その1、ロキ的には髪型云々はあまり見ていないので興味がない。
その2、ロキ的につり目にはドリルしててほしい。
というか、シエラにはなぜかドリルに覚えがあるのだ。
悪役令嬢然とした姿になってしまうではないか。なんだかそれがロキには不服なのである。
「……これがヘルを取り上げられたロキ神の気持ちか……」
「何で神話に跳びましたの??」
腹を痛めて生んだ娘を取られた男神の神話に類する気持ちなど、シエラは知らなくていい、と思うロキであった。




