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2025/01/11 加筆・修正しました。
ロキたちの合宿最終日の帰路は驚くほど順調であった。
指定されていた場所へとロキたちが到着したときには、他の班の大半がそこに集合していた。中には大怪我を負っている生徒もおり、おそらく魔物に突撃したよほどの阿呆か、実際に強力な魔物に絡まれて冒険者側も大怪我をしているかのどちらかである。
ロキたちは全くといっていいほど傷がなかった。そもそも光属性の令嬢が2人、王族であるカルもいるのである。傷が残る方がおかしい。
ちなみに、これに関しては班分けの時に反対意見を述べたのはヴァルノスとロゼだったが、エリスと組みたがる生徒がおらず、しぶしぶロゼの班に入ることになったのである。その班がまさかカルの班と組んでいたとは誰も思わなかったであろう。
ロキと親しいメンツは逆に分かっていたはずだ。だからこそ彼らは何も言わず、他の生徒に任せていたのだから。
ロキはふと空気が張り詰めた気がして、オレイエを見上げた。
オレイエはその陽光のような瞳をめいっぱい見開いていた。
「……オレイエ殿?」
「……」
ロキは反応を返してこないオレイエに不安を覚える。周囲を見渡し、バルドルたちがいない事に気が付く。
ナタリアがそっと近付いて来て、オレイエの袖を引いた。
「オレイエさん」
「――む」
「やらかしましたが、バルドルはまだ大丈夫です。ロキが諭すかホズルにやらせないとバルドルには中りませんから」
「……取り乱していただろうか」
「いいえ。でも今のじゃロキ様には気付かれますよ」
オレイエがロキを見る。ロキはオレイエが明らかに気落ちしているのを悟っていた。
「セトに行かなかった分がバルドルに、といったところかな?」
「はい、でもバルドル様が受けるのは呪いの類です。我々にはどうしようもありません」
「同種か?」
「いえ、コカトリスです」
「……ずいぶん高いランクのが出たな?」
「こればっかりはランダムでして……セト様は魔力が低いので石化しちゃいますしね」
「セト死ぬのか……」
「……縁起悪いですけど、ロキ様にお願いしてやられたら毎度ヘルの権能で蘇生してます」
公開処刑がどこまでも尾を引いているなあとロキは思う。セトの腕がとぶ話も昨夜聞いたばかりで、本当はロキも精神的に疲れていたのだろう。オレイエが精神的に疲れてしまったようなので座らせて休ませ、ロキたちも近くで座って残りの班を待つことにした。
♢
「いやー、心配をおかけしました」
バルドルは、結果的に言うならば無事ではなかった。バルドル自身が武芸を嗜んでいたおかげで大事は免れたのだが、防御に左腕を使ってしまい、石化を受けたのである。
現在は何とかメイン術式自体は解除したので石化は進まなくなっているが、石化したものは戻っていない。
よって、バンダナで首から吊っていた。
「オートが泣き叫ぶ案件だな」
「ああそうそう、何で彼あんなに慌ててたの?」
「……バルドル様、オートのフュンフ家は小人族の血が入っているためにヒューマンからの差別を受けやすいのです。バルドル様がお怪我をなさったと知られれば最初にオートが引き寄せたのだと言われのない噂を立てられます。彼はただでさえ絡繰弄りなんて趣味持ってますから、差別のいい対象ではないでしょうか」
クルトが従者口調でバルドルに返す。
そうか、とバルドルは少しばかり申し訳なさそうな表情をした。
ロキは一方で、バルドルの腕にかけられた術式を眺めていた。
魔物が使うのは魔術ではなく、種族の持つ魔法であることが多い。コカトリスであるというのなら、確かに【石化の魔眼】を使われたのだろう。
中心となっている術式を無効化しているとはいえ早く手当てを行なった方がいいということで、バルドルも含めて早急に学園へ戻ることが望まれた。が、しかし。
採点のこともある。
恐らく採点が終わるまで教員はここを離れることができないだろうとロキは思った。
この合宿、万全を期すために今回のように冒険者が駆り出されることがあるが、めったにない。その中では死傷者も1人2人はいるものなのである。
今回のように、遅効性の呪いであったりすると特にそうだ。
「アラン先生」
「なんだい、ロキ君」
ロキは一応この場を担当しているアランに声を掛ける。
「バルドルの傷を診たいのですがよろしいでしょうか」
「……何かあるのかい?」
「いえ、遅効性なので一応の確認です」
「……分かった。でも、ヘンドラ先生かメビウス殿の居るところでやっておくれ」
「はい」
ロキはすぐに礼をして視界に入ったヘンドラの許へ向かい、ヘンドラを連れてバルドルの許へ戻ってきた。
「一応の手当てはしましたが、まだ何か」
「監督下でやれとアラン先生が仰ったので。案外何か見つかるかもしれませんしね」
ロキはすぐにバルドルに座るように促してバンダナを外し、腕をよく見るために袖をたくし上げさせた。
「……なんだか不思議だなあ」
「何がだい?」
「んー、ロキって名前のやつが、バルドルって名前のやつを気遣ってるところ?」
「俺からすればスルトとフレイが仲良く酒飲んでる時点で白目ものなんだが?」
てきぱきとこの術はどの効果だ、と照らし合わせていくロキの作業に淀みはない。手慣れた作業のようである。
ロキの傍に座っていたオレイエがそっと覗き込んでくる。
「ロキ、少し右だ」
「右? これか?」
「ああ、それは破壊しておけ。死ぬぞ」
「ん」
なんだこいつと思ってオレイエを見る生徒も多い。ああ、あの時目立っていたやたら顔の良い冒険者か、とそんなことを思った生徒たちは驚いたことだろう。彼の腕に巻かれた冒険者のタグが、緋金級であったことに。
「緋金級冒険者の言葉なら、従わなきゃ怖いなあ」
「とはいってもここには破壊属性も浄化属性も――」
ロキははたと言葉を紡ぐのをやめ、オレイエを見る。
バルドルに視線を戻す。
「……バルドル」
「なあに?」
「……平民に触られるのが嫌とかはない?」
「? 無いよ?」
ロキはす、と場所をオレイエに譲った。オレイエはすぐにバルドルの前にやってきて、その手でバルドルに触れる。
「……前に見たのより複雑だ。上級種のを食らったな」
「コカトリスにも上級種がいるの?」
「バジリスクとコカトリスの中間種みたいなやつ……」
「バジリコックかよ」
ロキがひえ、と小さく声を上げた。
バジリスクは蛇の姿をしている。正しくは身体の長いトカゲであるものの、蛇と姿はそう変わらない。これは毒を吐くがそこまで強い石化の力を持っているわけではない。
コカトリスは蛇が本体の雄鶏付き下級ドラゴンである。バジリスクも下級ドラゴンに含まれはするが、コカトリスからは本格的に石化の魔眼の力が磨かれてゆく。見ただけで、状態異常無効のスキルでもなければ一撃でやられる。
バジリコックは、巨大なコカトリスといった体である。残念なことに中級ドラゴンと呼ばれることもあるが上級ドラゴンである。
中級などという生半可な魔物は存在しない。コカトリスが一般の人間をじわじわと石化させる程度の能力しかないのに対し、バジリコックは一瞬で全身を石化させる。その代わり、この3種の石化の魔眼は相手を認識しておりなおかつ魔眼を見たという認識が無ければあまり効かない。
「僕が一瞬で石になってない原因は?」
「それこそヤドリギに刺されるまでは平気だろうよ」
「バルドル神に祈っておけ。それと、多少焦げても文句は言うな」
「ああ、うん、その前に、貴方の祈る神はどちら様?」
「スーリヤだ」
「……大物が出てきたね、いつ知り合うんだい、ロキ?」
「さあな」
バルドルはスーリヤをかなり強力な神格と見ていることが判明したが、ここで大英雄の浄化の施しを受けなくてどうする。ロキはそう思いながら見守った。
「――」
ただ彼は、その手の平から暖かな金色の焔を溢れさせ、バルドルの腕に付けられている術式を焼き払っていく。バルドルの肩が震え、足をばたつかせ始める。
「――む」
オレイエは何かに気付いたようだったがそのまま術式を焼くのを続行した。
バルドルが歯を食いしばっているのを見てロキがバルドルに布を噛ませた。バタバタと動く足がオレイエを蹴る。オレイエは気にした風もなく術式を焼き続ける。ゼロが小さく舌打ちしてバルドルの足を押さえた。
「――術式は焼き払った。だが、これ以上は俺では無理だ」
「神話系統が違うからそんなもんだろう」
「ヤドリギ関係の術式は無理だ」
「そこまでしてくれようとしたのかありがとう」
ロキは余計なお世話だとは付け足さなかったが思ったのは確実に伝わったらしく、オレイエが苦笑する。
「気に障ったか」
「いや。下手に手を出すな、お前の献身は美徳だがそれをいつも全力でやられてはこちらの心臓が保たない」
神話を越えようとするな、と言外に言い放ち、ロキはバルドルの頭を撫でる。ロキに倒れ込んできたので受け止めて背を撫で、あやしてやれば、痛かった、熱かった、と涙声で訴えてきた。
「よく耐えた」
人間の身に半神の直接くれる浄化は痛かったはずだ。そう思いながらも、それ以外に今ここで浄化を他にできる者がカルかナタリアくらいであることを鑑みて、やはりこれでよかったのだと思うのである。彼らの身で、というか、成長しきっていない身体で浄化を施せるのは、それこそ聖人とか聖女とか呼ばれるごく一部の人間だけだ。人間混じりでなければ使えないことの方が多い。
「……俺が進んで出てしまったが、良かったのか」
「流石に伯爵の息子が王族の世話になるわけにはいかんだろう。そこは世間体だ」
「……そうか」
ナタリアの名を言わない理由はオレイエも把握しているらしく、何も言わずにそっとバルドルから離れる。
太陽と光明は似て非なる神格である。
太陽神はその熱をも表すこともあり、恵みの面のみを表すこともあるが、基本的に熱と切り離せない。
一方のバルドルは光といういわゆる恵みの面だけを切り取った存在である。
つまり。
ここでは、太陽神スーリヤと光の神バルドルということで、圧倒的にスーリヤの方が強かった。ロキがばれない程度に闇属性と氷属性の魔力を展開していなければ周りの人間もかなりの暑さを感じていただろう。
「ロキ、何で僕は冷やしてくれないの……」
「十分冷やした。これ以上温度を下げれば凍傷になってしまうよ。このまま我慢」
ロキはバルドルの焼かれた部分を自分の魔力で覆ってやり、冷ましていく。魔力での火傷であるため、魔力でしか効果はない。
ヘンドラはぽかんとしていた。目の前のこの青年は何をした。
一体何を、した。
「……オレイエさん。貴方は……太陽神の御御子ですか?」
「ああ」
「なんてこと……」
ヘンドラの次に言いそうな台詞に気付いて、ロキはヘンドラに鋭く声を掛ける。
「もしも俺と同じ結論にヘンドラ先生が至ったのであれば、何も言わないでくださいね?」
「!」
ヘンドラは意外だったのか、少し逡巡した後、小さく頷いた。
「――皆さん、今日はこのままここで一泊します。テントの準備はしてありますから、荷物を置いて休息を取るように!」
ヘンドラは切り替えて生徒にそう告げる。皆が一息吐いたところでロキたちも大人しくテントに向かった。
急いで手当をせねばならない生徒もいなくなったことであるし、通常日程通りに進めることになったようだ。




