7-33
2025/01/10 加筆・修正しました。
近くに巨体の魔物がいるということで、周辺を警戒しつつ進んでいたら、案の定魔物に遭遇した。
大ムカデは体調15メートルはあろうかという巨大なムカデで、ルナが殺意高めに弓を弾いたところから戦闘が始まった。
「でかっ、キモっ!」
「淑女にあるまじき言葉遣いになってるわよソル」
「実際気持ち悪いじゃない! こういうの無理なの!」
ルナは射掛ける余裕があったようだが、ソルは若干引け腰になっている。ロキがハルバードを持ち出したことで、リズやルガルたちも戦闘態勢に入った。
ルガルのパーティが大ムカデに切り掛かって、装甲の厚さを確かめる。ガツン、っという音とともに男が飛び退いて、直後大ムカデが顎を嚙合わせる音がした。
「あっぶね」
「どうだった?」
「かなり硬いな」
「やべー、打撃武器持ってきてねえよ」
こういった装甲の厚い、硬い魔物を相手にするときは、斬撃武器よりも打撃武器の方が効率的だ。射撃武器も有効な場合があるので、節を狙う余裕がある腕前を持つ者ならば、持っておくといいかもしれない。
「うーわー! こっち見んなー!」
バァン、と発砲音がする。ここで発砲できるのはオートだけだ。ギシャアアアアアッ、と大ムカデが大きく吠える。うっかり目に当たってしまったようだ。よく目に当たったな、とロキは呟く。ロキは小さなブローチを取り出した。
「ロルディア、ちょっといいか」
『なに、ロキ?』
「大ムカデに遭ったんだが、お前の子供じゃないよな?」
『どんな子?』
ブローチを持ったまま、ロキの方に突進してきた大ムカデを避ける。ばっちりブローチの向こう側にいるロルディアに伝わったようだ。
『うちの子じゃないわ』
「わかった。ありがとう」
『じゃあね』
ロキはブローチを仕舞うと、問答無用とハルバードを振り下ろす。ぶちん、と大ムカデの脚が斬れた。
さて、どう料理してやろうか。巨体を誇るとはいえ、1匹でやってきたのは失策だったな、と、伝えてやる気には、ならなかった。
♢
ソルたちはあまり魔物狩りに参加せず、事前に調べてきた薬草などを採集することでポイントを稼ごうとしていた。
ロゼがいるため安全にしていこうと思っていたらしい。その為、魔物除けのアイテム等は持ってきていたが、武器の替えの類はほとんど持ってきておらず。
ソルが借りていた貸し出し用の、訓練用のレイピアは途中でぽっきり折れてしまった。
「……先生になんて言おう?」
「……こういうのは、素直に言った方がいい」
「うん……」
また、武器がない者に戦わせることはないと言ってオレイエがソルたちの班の警護についた。流石に全員持っている得物がナイフでは魔物と戦闘しようとは思わなかったようである。
「しかし、日属性、すさまじいな」
カルの言葉にはてとロキとソルが顔を見合わせたのは、もうすぐ就寝という時になってからであった。
夕食は摂った。シドが作るからいつもと何も変わらない。せいぜい品数が一品になるくらいであろうか。
「まあ、ここには日属性持ちがゴロゴロしているからな」
「ロキ、ソル嬢、ルナ嬢、ロゼ、ナタリア嬢、エリス嬢もか」
「シドとオレイエ殿もだが」
「むしろ“日”を持っていない人間の方が少ない件」
セトのツッコミは最もである。
ああそういえば、とソルが口を開いた。
「ヴァルノスが誰と組んでるのかよくわからないのよね。知らない?」
「女子の事情なんぞ知らんぞ。でも、まあ、案外マルグリッド嬢たちの所かもしれないね」
「あー、マルグリッド様一気にロキに気安くなったものね」
ソルはくすくすと笑って、空を見上げた。ロキも合わせて空を見上げる。
今は星が瞬いているのがよく見える場所にいた。
「明日は起きたら昼までに森を出て集合地点に向かうのよね?」
「ああ」
不正をしないようにと心がけ、見つけた物は自分たちで取っておいたし、協力しても問題ないはずなので全力で事に当たっても問題はなかったはずである。
「……オレイエ?」
ロキはふと、視線を戻した先にいたオレイエが震えているのに気が付いた。ソルもオレイエに気付いて、触れた。
「あ、意外とあったかい」
ソルのそんな反応を見つつ、ロキははてと辺りを見渡す。森しかない。確かに涼やかではあるが、寒くはない。
震えるほどのことだろうかと思いつつロキはオレイエの隣に移動する。反対側にはソルが詰めているので2人ではさむ形になった。セトがへらへらと笑って少し席を空けてくれたのがありがたい。
「ふむ。気温とかなり差がある気がするな」
「でも熱があるわけじゃないわね」
「……震えて、いるのか。俺は」
「ええ、そうね」
「無意識ならば、精神的なものだろう。死んだのは俺か?」
事情を知る者がほとんどの今、遠慮することはない。ロキはあっさりと問い、小さくそれを首を左右に振って否定したオレイエに、なるほどなとしばらく逡巡する。
オレイエは焚火を見て、そのまま目を伏せた。
「……誰も死にはしない。その……」
「あー、これか」
セトが口を開いた。
「?」
「いや、それたぶん俺の腕が飛ぶやつだ」
「あー、セトの腕か。それは痛いな」
どうやらセトは何か夢で見ていたらしい。ロキたちは何も見ていない、もしくは忘れているので、何のことかさっぱりだが。
「ま、魔術に俺は極端に向かないっぽいし。てことは、俺も守りに入ればいいか?」
「いや、セトはそのなりで分かり辛いけど、元はナイフの人刃だ。守りに入ることで消耗しちゃ話にならない。お前は常に俺を盾にできる位置に居て。俺はそう簡単に傷付かないから」
セトに答えたのはロキだった。ある意味一番人刃に詳しいのはロキかもしれない。
「分かった」
「俺が一緒に守るのは無理か?」
「カル殿下が入っては闇が強めのセトが弱りますよ」
「そうか……」
カルの申し出はロゼが却下した。気持ちは嬉しいとセトが宥める。カルはもう少し王族として守られててくれとよく言われていた。今でこそ大人しくなっているが、元はかなり短気である。ロキはそれくらいの方が付き合いやすいのだが、ロキは見た目のせいでクールな人間のように思われている。未だに。
つまり、カルの本性を知っている人間からすれば「あのロキが――」になりかねない。
ロキ的には、自分はクールなタイプというよりはバーサーカーであり、脳筋的思考回路と断じているが、周りからはそうは映っていなかった。それだけのことである。
ロキに関しては恐らく初回とデスカルたちが呼称するときが最も分かりやすかったのではないだろうか。前世がどうであれ今世はどうなるかなど分かりはしないのだ。最初から記憶があったのならいざ知らず、前世と今世には関係性など正直これっぽっちもない。いや、確かに前世でこの世界を舞台にしたゲームを遊んではいたが。
寝ますか、といってごろんとシドが横になった。基本的に彼は身体を休めておかねばならない。半精霊と精霊ではその根本的なスペックが異なる。半精霊の身体で精霊の力を扱っている以上、シドが最も疲弊しやすいのだ。
「ゼロ、お前も休んでおけ」
「ん」
ゼロはロキの傍にやってきて横になる。この2人は寝入りは深いので多少喋っても問題ないだろう。
「……簡単に死など口にするもんじゃないだろう、ロキ」
「性分でな。単調直入に聞けば敵も作りやすくなるが、分かりやすくもある。それに、そうだな、俺のことよりもセトの腕がとんだという方が堪えた」
カルの言葉にロキが返す。ソルはロゼやエリスに休めと言ってブランケットをかけてやりつつ聞き耳を立てていた。
「……ロキ、口調変わった?」
「……そうか?」
「オレイエ殿といるようになってからたまにあるぞ、これ」
「出会う人皆何かのファクターっぽくて困るんですけど」
ソルがそう言いつつ笑った。つまり、特に気にしてはいないということだろう。
「私オレイエさんに会ったことなかったけどなあ……」
「俺はある。まあ、これでも一時期スラムにいてな。戦争では使い捨てにされる階層に在った。覚えていなくても無理はない」
「おいカーストないって言ってたのは嘘か」
「差別意識が強いだけで俺は平民だ」
「おっふ……」
これが中間層の上と下問題。奴隷がいるリガルディアと比べれば格段にいいのかもしれない。けれども、それでも、あんまりではないか。
「……でもあんまりだとか言ってても酷い環境に置かれてこその英雄だからな……」
「俺をカルナと一緒にするのは止めてほしい。俺はあそこまで超の付くような聖人君子ではない」
「周りからは同じように見えてるって知ってる? お前こっち来てから孤児院にめっちゃ寄付してたの知ってるぞ?」
「……銀貨だ」
「大金貨に換算できるくらいの小銀貨を、沢山子供がいる孤児院に持って行っていた」
「……認めよう」
やーい聖人君子、とロキが笑う。ロキという神格からすれば誰だって聖人君子ではないか。
「実家では何してたんだ?」
「……ここと同じだ。ギルドに登録し、魔物を狩る。仕事などそうない。子供は山に採集に行く。そこで死ぬ者も多い」
「お前は採集には向かなさそうだな」
「……何故ドゥリーヨダナと同じことを皆言うんだ」
「ドゥリーヨダナはいるのかよ」
「過去にもドゥリーヨダナの名を持つ加護持ちはいるぞ?」
インド神話に万歳、と小さくロゼが笑って言った。
♢
皆が寝静まって、オレイエは静かに立ち上がった。魔物の気配がする。
とはいっても、不穏なものではなく、オレイエにとってはなじみ深い者。
まだ今世では見ぬ弟の使い魔であった。
「クリシュナ」
『やあ、オレイエ。はかどってるみたいだね』
「……ああ」
クリシュナと名付けられているそれは、正真正銘ヴィシュヌ神の化身クリシュナである。それをオレイエは知っている。弟を守る立場にあることも知っている。
けれども、彼は彼として目を覚ますまで、ただの黒猫である。
小さな黒猫を拾ったのがオレイエだった。
最初は怪我をしていたので助けなくてはと思い連れて帰り、世話を焼いた。そしておかしいことに気が付いた。10年経っても元気な猫。おかしい、猫ならばもうすぐ老体である。
そしてオレイエは気が付いた。これは猫ではなく、猫の姿をした何者かである。
問えば存外簡単に猫は口を開いた。
自分が魔物であること。
名はクリシュナであること。
力の大半を制限され、攻撃は全くできず防御にのみ特化していること。
ふむ、なるほど、とオレイエは思った。
ではきっと次に生まれる王子の名はアルジュナであろう、ならばそこへ届けねばとオレイエは思ったのだ。王宮への道を平民である彼が歩くのは容易ではない。故にオレイエはクリシュナの力を借り、クリシュナを王宮へと届けた。
それ以来、会っていなかった。
『元気そうで何よりだ、オレイエ』
「そちらもな」
会話が続かないのは致し方ない。
『……そろそろ戻ってこないか? 第1王子はお前を迎えると言い出したのだけれど』
「……いや。俺は今の生活が性に合っている」
『ブランとは戦いたくないの?』
「……俺の願いは、もう果たされた」
お前たちに望むことはない。
オレイエはそう言って、眠っているロキを見やる。
「今は、ロキを生かさねばならん。何にかえてもな」
『……分かったよ。それで、いつ国に戻ってくるの?』
「この依頼が済めば戻る。明後日には解散だ」
『早めに戻って来て。魔物が大発生してるんだ。このままじゃまだ11歳のブランまで引きずり出されちゃう』
「分かった」
じゃあ、そろそろ行くね、といってクリシュナは姿を消した。
「……ロキ、起きているのは分かっているぞ」
「バレたか」
ロキが目を開く。魔物の気配に聡いロキが、先ほどの状態で眠っているわけがない。
「今のがクリシュナか。やはり、インド神話の神々は普通にいるのだな」
「……普通に、というのは、干渉の割合が大きいということか?」
「ああ。そもそも神子とシヴァが関連付けて語られていた以上、そうなんじゃないかと思ってはいたが」
ロキはそう言って、再び目を閉じる。
「オレイエももう眠れ。夜は怖いだろう?」
「……ああ」
太陽のない時間帯、日輪の加護を持つが故に、その恐怖は何にもかえ難い。オレイエも静かに目を閉じた。




