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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部2年前期編
200/376

7-31

2025/01/10 加筆・修正しました。

鮮烈な戦場の記憶は、何度でも夢として現れる。その場面をソルは既に何度か見たことがあった。


荒く息を吐く男。対峙する青年も、男と同じく白い髪。銀髪と呼ぶにふさわしいその色は、見ただけで分かる、彼こそが最初の白き髪の持ち主。おそらくもっとも最初の、白の意を名に持つ者。


「オレイエっ!!」

「……フ。来い、ブラン!」


互いに一歩も引かない状態で、遠く離れていて、ここまで声が通るものかとソルは戦慄する。5キロくらい離れているにもかかわらず大声で怒鳴り合えば聞こえるというのがまず恐ろしい。流石大英雄兄弟、因縁、宿業の持ち主たち。前世のゲーム知識も馬鹿にならないのが良かったのか悪かったのか、驚きで動けなくなっている者たちを眺めつつ、良かったと思うことにした。


両者が同時に弓を引き絞る。ブランと呼ばれている青年は白地に蒼と黒鉄の装飾が施された戦衣装を纏っていた。一方のオレイエは、赤地に空色と黄金の装飾が施された戦衣装を纏っている。弓の曲射で3キロも射程圏内に入れないでほしいものだ。おかげでリガルディアの民は一切前に出ていないので被害が少ないという点ではよかったのかもしれないが。


ブランの近くで雷鳴が鳴り響く。矢に雷が集まっていくのを眺めながら、ソルは自らの弓を構える。オレイエの矢に光が集まっていくのを横目に、ソルは矢に炎を灯す。


「「【ブラフマーストラ】」」


両者の放つ魔力の本流で視界がホワイトアウトする。ソルは気にしない。2人は一歩もその場から動かないことを知っているからだ。次の技を放つために両者が魔力を編み始める。ソルの仕事は、オレイエの分の一矢を報いることだ。


「【インドラストラ】」

「【バルガヴァストラ】」


矢の撃ち合いである以上、弓兵以外はこの場に立つことさえ許されない。ブランの降らせた矢の雨がオレイエの矢によってかき消された。

近くにいる帝国兵が蹲っている。1人退避を支持している者がいるが周りは動けないらしい。はっきり言って邪魔だ。


「次はこちらから行くぞ。【ルドラーストラ】」

「ッ――」


こいつらをどかさないとだめだ、とソルが思った時、オレイエの矢を受け切ったブランがこちらに向かった矢を放った。しまった、と思った。


「【サンモーハナストラ】!」

「なっ!」


オレイエの動揺の声が聞こえると同時に、ソルの視界は銀に覆われた。こいつがいれば大丈夫だ、と思う。リガルディアが誇る将軍の1人にして、ソルの夫。


「ロキ!」

「案ずるな。お前には俺がついている」


こいつさえいれば何とかなる、と、人に無条件に思われる類の人物ではない。けれど、ソルは、彼が強がっているかどうかくらい分かる、それくらいは読める。そして目の前のこの男は今、別に強がってなどいなかった。


周辺の兵たちがへたり込み始める。【サンモーハナストラ】の効果であることをソルは悟った。自分がかかっていないのは、恐らくロキが代わりに受けてくれたのだろう。そしてロキには状態異常に対する異常なまでの耐性がある。


ちらとオレイエがソルとロキを見やった。が、視線が少しずれて、ロキがそちらを見やった。何もない、のだが、ソルの目には、人影がちらついた。まさか?


「チッ」


ロキがそちらへ向かう。やはり、敵が姿を消して近付いていたらしい!


「そこに居るのは分かっているぞ! 【黒炎剣(レーヴァティン)】!」


転移で一瞬にして目的の場所へ飛んだロキが、その場で魔力をハルバードに纏わせる。黒い炎が何もないはずの場所を焼いていく。一掃するには範囲が足りないようで、次の魔術のために魔力を編み始めているのが見える。


「【プラジナストラ】」


オレイエがデバフ解除の技を放つ。へたり込んでいた兵たちが慌てて起き上がるが、ソルはオレイエと目が合って、顔を顰めた。


「……馬鹿ね、こっちを気にしなければ勝てたかもしれなかったのに」


すまん、と口が動いた気がする。


「【アンジャリカストラ】」


ブランの声はよく響いた。

オレイエの喉元に突き刺さった鏃。ああやっぱり、神話をなぞってしまうのか。


そして、ソル自身は引き絞って構えていた矢を、放った。


「ポイボス・アポロンよ、私に守護を与えたもうた神よ。黄金の弓矢を借り受けるぞ!」


矢が金色に一瞬光って、炎を纏ったままブランの胸に吸い込まれていく。がちん、と音がして、ブランの身体に火が燃え移る。構わないとも、矢が刺さって死ぬはずの所を、他の神の加護によって防ぐことは決して悪いことではない。


「く、ぁあ……!!」


ブランの呻きが聞こえる。ソルが立ち上がると、ロキの親戚でさっきまで一緒に剣を持って戦っていたと思しき茶髪の青年が、オレイエの遺骸を担いで走ってきた。


「ソル姉さん、ロキ兄!」

「ロキ、回収したわ!」

「リガルディア第4師団、退却!」


ロキが素早くリンクストーンで指示を飛ばすと、まだいくらか戦っていたミスリルを黒塗りにした騎士たちが、負傷した仲間を担いで陣形を組んだ。


「【召喚(コール)】、フェン」

『はっ』


魔法陣(コード)が魔力で描かれると同時に、フェンリルが飛び出してくる。


「くっ、待てっ! 【ブラフマーストラ】!」

「貴様に構ってやる余裕はない」


フェンリルに乗ったロキが和弓を亜空間から引っ張り出す。目を閉じて、弓を引き絞った。


「何人からも愛された、恵まれし者の、胸を穿て。これは戦を呼ぶ反逆の嚆矢。【陰り導く寄生木の矢(ミストルティン)】」


ロキの矢が放たれ、ブランの矢がロキに直撃する。ロキの肩に突き刺さっただけで、ロキにそれ以上のダメージを与えられなかったようだ。ロキはその矢を引き抜くと、投げ捨てる。

もうブランへの興味を失ったように、そのままフェンに走るよう指示を出した。


陰り導く寄生木の矢(ミストルティン)】は外れない。必中の側面を持つこの矢の本質は、何人からも愛されることが当然である者を穿つこと。すべてに愛された神(バルドル神)を射殺した寄生木の小枝。


全てを神へ返す前のアルジュナなど、ただの的だ。



オレイエの朝は早い。

日の昇る直前に目が覚めることが多く、寝るときは逆に日が沈むとすぐ眠ってしまう。太陽神の子や加護を持つ者は総じてそういう性質を持っているらしく、実はソルも似たり寄ったりの時間に起き出していた。


静かにオレイエは服を脱ぎ、泉に入る。

昨日のうちに泉の主であるヴォジャノーイには許可を取った。軽く断りを入れて、まだ日の差さない冷たい泉の水に浸かる。

ふと、他に目を覚ました者の気配を感じ取って、オレイエは振り返った。


赤い長髪の少女が立っている。

今ここに居るメンバーで赤い長髪なのはソル以外にいない。


「ソルか。おはよう」

「ええ。おはよう、オレイエさん」


ソルは縁までやってくると、じっとオレイエの身体を観察し始める。流石のオレイエも気恥ずかしくなってきた。


「……何か」

「……いいえ、夢を見てたのだけれど、ほんと、何でこんなガリガリの身体であんなに動けるのかと思って。ロキといい貴方といい、献身が身についてる人間は苦行僧しかいないのかしら」


苦行僧。なるほど、そう映るのか。オレイエは何やら感慨深いものを見た気がした。

昨日身体を水で洗っているロキを見て、確かに「こいつは貴族だったはずだが」とオレイエが思ったのは正しかったらしい。


「……ロキはなぜあんなに? あれでは本当に、平民どもと変わらない」

「筋肉が付きにくいみたいね。貴方も大概だけど、まあ、私たちがあまり貴方を見て驚かなかったのも、ロキがいつもタンクトップでいるせいだし」


前例がいたから、それより多少細い平民は許容範囲だったのだろう。

ソルは小さく笑う。


「私もループ中に貴方に会ってるのね。なんだかいい印象がないのは弟さんのせいかしら」

「……あれが迷惑をかける。半分程は俺のせいらしいが」

「呆れた。地球じゃない上に解脱みたいなことしておいてまた輪廻の輪に戻って来てるからそんなことになってるんでしょうに。弟さん可哀そう」

「……俺には理解できん」

「可愛さ余って憎さ百倍というでしょう? 今回は逆だけれど。……アルジュナに愛されるカルナのお話なら、読んでみたいわ」


ソルがあり得ないことを宣う。あの2人は宿敵ではないかとオレイエは思った。

ソルもそんなオレイエの表情が分かったらしく、また笑う。


「その調子じゃ何回一生分かけても分かりっこないわね。ロキが助けたい人間の中に貴方と弟さんが入ってることを祈っておくわ」


ソルは、火を起こして来るね、と言って離れて行った。

きっとソルも何か思うことがあったのだ。


オレイエは昇って来た日を眺める。


「父上、おはようございます」


白み始めた空にオレイエは目を細める。オレイエの父親は、英霊カルナと同じくスーリヤである。数多いる太陽神の中で、スーリヤであった。

今でこそ黄金の鎧を身につけているが、オレイエは元々こんなものは着けていなかった。

生まれつき黄金の鎧を身に着けていたというカルナではないということの証明以外の何物でもないではないか。


英雄と英霊には違いがある。

それは、この地上に存在したかどうか、である。


この世界に降り立ち、英雄として活躍した者が、英雄と呼ばれるものである。英霊というのは、神話体系の中に入るが、神霊に既に数えられている伝説の存在のことをいう。神格としては存在しているが、この世界に生きていた記録のない神話上の英雄を、英霊と呼ぶのである。


ヘラクレスは英霊である。

アキレウスも英霊である。

カルナは、アルジュナは、英霊である。

クー・フーリンは英霊だが、セタンタは英雄である。大陸が違うので詳細は不明だが、オレイエが知っている大まかな英雄と英霊といえばこの辺りとなる。

最も、彼は孤児院出身で、里親もそこまで裕福ではなかったので、義弟たちに金は全て回した。よって、学がないのはオレイエのみとなっている。


聞きかじって覚えている範囲はこの程度。

他にオレイエが知っているのは魔物の倒し方と、その武芸の道を極めることだけである。

気の回し方は知らない。女は知らない。お前なー、と義弟には言われた。


オレイエの知る限り、ロキは国外にできたオレイエの唯一無二の“好敵手”であり、弟を遥かに凌駕するその刃の切れ味と、速度と、美しさすら感じさせる眼光でもって、オレイエと対峙してくれる。


オレイエは殺し合いを好む脳筋思考をしているのだが、それに応えるだけの技量を持った者はなかなかおらず、ふらりと立ち寄ったリガルディアでロキを見つけた。

確か、馴れ初めはこんなモノだった。


ロキの攻撃を避けきれないと判断して守りに入った時、初めてこの黄金の鎧は姿を現した。ロキの攻撃は氷によるもので、それは光によって作られた鎧でありながら、氷を容易く溶かした。かくしてオレイエの身は守られたのである。


それ以来、黄金の鎧は自分の意思で出し入れが可能になった。ロキは炎しか撃たなくなった。それはそれでつまらないが、しかしこんな普段はきっとクールな印象を抱かれているであろうロキが、どこか温もりを感じさせながら相手を焼き焦がすという恐ろしいことをやってのけているのは驚嘆するばかりである。


沐浴を終えたオレイエは静かに服を着直してソルが火を起こした方へ向かう。昨日のうちに回収していた肉を焼き始めたようである。


「だー、待て待て! 火加減はそうじゃねえ!」

「何よ、もう」


起き出して来たシドによって納得がいかなかったらしいソルの調理は止められ、シドが代わる。ゼロが起きて、周辺の見回りに向かった。

ロキが起きた。シドに濡らしたタオルを投げつけられてそれで顔を拭いている。


ルナが起きた。ロゼも起きた。2人の所へタオルを持って行ったソルはエリスを揺さぶった。エリスはのそりと起き上がり、髪がぐちゃぐちゃだどうしようと言い出す。彼女の髪はウェーブが掛かっているがために絡みやすく、なおかつ長いため梳くのも一苦労なのである。


オートが起きる。セトが起きた。

レオンとレインも身体を起こし、覚醒にしばらく時間をかける。


バルドルはすっきりとした顔で身体を起こして、タオル下さいと言う。ロキに向かって言っているので、使い回しでも構わないということであろう。


ハンジが起きた。他の者たちも。

最後に起きたのは、カルであった。


「「「「「いただきます」」」」」


皆で手を合わせて朝食として簡単なスープを飲む。夏場だがまあ、シドが料理をしているので文句を言う者はいない。

ゼロが戻ってきて少し遅れて食べ始め、最初に食べ終わった。


「早食いはよくない」

「昨日ナタリアが張っていた罠に2つほど群れが掛かっていた。全部死んでいるが、オーガがいたぞ」

「ゴブリンの群れがあるのかな?」

「さあ」


食事をしながらこんな会話をすることに慣れきっているソルやロキは、じゃあ食べ終わったら見に行くかといって、オレイエの方を見る。


「オレイエ殿、ついて来てもらえるかな」

「承知した」


ロキがオレイエの同行を求めた。オレイエは断る理由もない。承諾すればすぐにロキは立ち上がった。彼も存外食べるのが早いなと思いながら、オレイエはゆっくりと朝食を摂った。


出発準備をしておいてくれとロキは皆に告げた後、カルをロゼたちに任せてゼロが見つけたという罠にかかっている魔物たちを見に向かう。


普通合宿においては不眠番を置くか交代で見張りを置くかのどちらかの方法を取る生徒が多い。しかしロキたちは、全員眠っていた。

正しくは、ロキはいつでも起きれる状態になっていたし、オレイエだけではなくルガルやリズもいたのだから、全員が完全には寝入っていたわけではないのだが、それでも罠と結界を張ることである程度敵から身を守ろうとしていたのである。


理由は、おそらく属性相性の関係上、夜には本気を出せないメンツがいたこと――ソル、バルドル、カル、ついでにオレイエ――であろう。

ルナやナタリアは逆によく動ける状態になる。しかし彼女らはそこまで白兵戦に特化したタイプでもない。結局、罠を張るのが最も合理的だったと言える。


「稀に見る俺TSUEEEEEだなこれは」

「俺強え?」

「変換は合ってるよ。まあ、思った以上に自分が強い主人公とかいう意味なんだけど」

「自分の実力も把握していないのか? 迷惑な」


罠は闇属性を纏わせた糸によって張られたものである。血生臭いスプラッタ劇場になっているのは致し方ないだろう。胴と首が離れている物を見て、はてとオレイエが自分の首元に触れていた。


ロキは存外辛辣なオレイエの言葉に苦笑を零す。自分もそうなる確率が高かっただけにロキは苦笑以外返す道がなかっただけである。


ロキは小さく息を吐き、ふわり、と宙に浮いて、問題のオーガを見に向かう。

どうやらオーガ自体はもう事切れているようで、森の木々をざわめかせた風の音のみが鼓膜を揺らす。


ゴブリンは見当たらない。

そしてオーガもまた、よく見れば大怪我をしている。


なるほど、とロキはそれらをすべて燃やす準備を始めた。ゼロは首を傾げつつも距離を取る。


「焼くのか」

「どんなものが入り込んでいるか知れんからな。それに、おそらくこのオーガははぐれだ。おそらくハイオーガの居る群れが近い」

「ハイオーガはCになるな」

「まあ、あれは群れでいる時が前提でもある。個体的に見ればDAといったところか」


魔物の遺骸とナタリアの罠を焼き払って、その後に残った魔力石を数個回収してロキたちはカルたちの元へと戻った。


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