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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
幼少期編
20/368

1-19

2021/08/03 大幅に修正したので話の内容が変わりました。

「今日からアンリエッタは完全に住み込みになったわ。皆ちゃんと彼女の言う事を聞くのよ?」

「「「「はーい」」」」


茶会へ行くためおめかししたスクルドが、出て行く前にフレイとロキに家の事を任せていく。フレイとロキは驚くほど大人の思考を持っているため、ガルーやリウムベルの補助があれば家の事を回せるのではないかと思えるほどだ。とはいえ、基本はガルーに任せるのだが。


「お母様、お帰りは何時ごろですか?」

「4の鐘が鳴るまでには帰ってくるわ。8の鐘が鳴る頃にはお客様が来るから、お勉強は早めに切り上げておいてね」

「はい」


スクルドは夏に似合う爽やかなスカイブルーのドレスで出かけて行った。母親を見送ったフレイとロキは顔を見合わせる。今日はプルトスが居ないので、フレイはロキを構い倒すと決めていた。


「……プルトス兄上、今日のお茶会失敗しないといいですね」

「そうだな……なんだかんだでロキってプルトスの事よく心配してるな?」

「あら、別に俺、プルトス兄上のこと嫌いじゃありませんよ。つつき回すと面白いのであんな態度になっちゃうだけで。自分から孤立してくの分かんないのかな、あれ」


フレイは、せっかくプルトスが居ないのに開口一番プルトスの心配を口にしたロキに、ちょっと脱力した。でも、こんな妹なのだ。フレイは彼女を嫌いになることなんて絶対にないと思った。


プルトスは今日、メティスについてお茶会に参加している。側室の子とはいえフォンブラウ公爵家の長男である以上、婚約者も探さねばならないし、プルトスの加護の事も周りに知らせておかねばならない。加護を上手くコントロールできず、正論ばかりぶつけて人の機微をすべて無視している今のプルトスはひたすら敵を作りやすく、心を開ける友人がいなかった。


フレイがついていくと皆フレイに寄ってきてしまうので、結果的にプルトスに友達ができない。よって今日はメティスの友人の茶会へ行ったのだ。コレーは、あまり体調がよくないからということで欠席していた。


「トール様、そろそろお勉強の時間ですよ」

「あ、はーい! フレイあにうえ、スカジあねうえ、ロキねえさま、お先にしつれいします」

「頑張れよ、トール」

「また昼時にな」

「おやつ用意してあげるよ。頑張れ、トール」

「はーい!」


上の3人が全力で甘やかすから、トールはちょっと甘ったれてきた。それがまた可愛いらしく、3人がさらに甘やかすという循環ができつつある。その内スカジの侍女が呼びに来て、スカジも勉強のために部屋へ戻っていった。


ロキとフレイは、そう。勉強範囲が進み過ぎていて、アンリエッタ以外手が出せなくなっていた。フレイは既に武術の師範もついているものの、今日はまだ時間になっていないので訓練場に行ったところで、ロキにも構えないしつまらない。


アンリエッタが来るまでロキはフリーなので何をしようか悩んでいたようだったが、ふと、後方に立っていたアリアに声を掛ける。


「アリア、コレーは? 熱があるの?」

「はい、コレー様はちょっと熱がおありだと聞いております。どうされたのですか?」

「お見舞いにでも行こうかと思って。アンリエッタ先生が来るまでにまだ半刻はあるし」

「いいかもしれませんね」

「ロキ、おれには構ってくれないのか」


フレイはロキがコレーの所に行くことに別に反対はしないが、自分よりも異母妹を優先しようとするロキに少しむすっとした表情を見せた。ロキはそんなフレイを見て、おかしそうに笑う。


「お昼になったら、いっぱいお話しできるではありませんか」

「……それもそうか」


ロキはフレイにカーテシーをして、アリアと共にコレーの様子を見に行ってしまった。フレイは諦めて部屋へ戻る。ロキはきょうだいとして当たり障りのない距離感を保っているので、距離を詰めるのもまた難しかった。


そこそこ集団生活で対人間の距離を知っている転生者(ロキ)と、茶会に参加しているとはいえ、お行儀のよい少人数の関係しか築いていない子供(フレイ)とで、どちらが有利に事を運べるかなんて、想像は付くというものだ。



ロキはコレーが休んでいるという東館の部屋にやってきた。プルトスの牙城でもあるので普段はあまり東館には近付かないのだが、今日はプルトスはいない。丁度良いので探検もしていこうと思ったロキだった。


ロキの傍にアリアがついている。今でこそ慣れたものだが、ロキは最初アリアがずっと傍に居ることに慣れなかった。転生者故の反応だが、アリアはその反応を良しとせず、ロキに自分を木偶だと思えと云い聞かせ続けた。貴族とはそうあるべきだ。


その点、プルトスは人を人と扱わないことが悪判定になるらしく、どれだけ教えられても、支配者層としての振る舞いは身についていない。後々フレイの補佐としてフォンブラウ家を支えていく存在になるであろうプルトスの現状は、あまり喜ばれるものではない。しかしそれを無理に直そうともしないのが、なんともフォンブラウらしい大らかさだとロキは思う。


プルトスはもうすぐ10歳になる。そうなれば、リガルディア王国王立学園の初等部への入学だ。学園で集団生活をするにあたって、プルトス神の加護はあまりにも、人間たちとは相性が悪すぎる。だからと言って守ってばかりでいるわけにもいかない。


プルトスはコレーを大事に大事にしているが、その分プルトスに引っ張られて、コレーが兄姉たちに会うことは少ない。本館の方にはロキがいるからだが、ロキは正直そこまで屋敷の中を歩く方でもないので、コレーを連れて遊びに来てほしいと思うのだ。


コレー本人は美しいアッシュブラウンの髪とエメラルドの瞳の優しい少女で、顔立ちはかなりメティスに似ている。プルトスの所為であまり会わせてもらえないので、ロキはあまりコレーに会うことはなかった。プルトスは悪神の加護を持つロキと善なる神の加護を持つコレーを会わせたくないのだ。


加護の話なら、ロキの加護をコレーの加護が打ち消すくらいのことはできるだろうから、ロキとコレーが会わないのはプルトスの我儘でしかない。その内それは許されなくなる。継承権のない長男より継承権のある嫡子の方が立場は上だ。


ロキが任意でプルトスの言う事を聞いているだけだという事実に、プルトスが気付く日は、多分、近い。


ここですよ、とアリアが言って、ロキは足を止めた。重厚な木製の扉をノックすると、中からメイドの声がした。ロキは見舞いに訪れたことを告げ、扉が開かれる。


コレーの部屋は若葉色の壁紙と、ウォルナットの床、ライムグリーンのカーテンとカーペットでレイアウトされ、全体的に明るく爽やかな印象が強い。ロキの部屋がモノクロ調にワインレッドの絨毯が敷いてあるだけであることを考えると、自然なカラーリング、ともいえるだろう。ロキが好むカラーリングと贈られた絨毯の色が合わなかっただけなので、その内絨毯は替えるかもしれない。ロキは別に気にしないので放置しているが、こうして纏められた部屋を見ると、少し顧みる機会にはなる。


ベッドに視線を向けると、アッシュブラウンの髪の少女が目を閉じているのが見える。

近くに控えたメイドがロキを見て一礼する。ロキは軽く手を挙げて応え、少女に近付いて行った。


「……コレー」


小さく名を呼ぶと、少女が目を開けてロキを見た。


「……ろきねえさま……?」

「はい、ロキねーさまですよ」


ベッドサイドにメイドが椅子を差し出し、ロキはそこに腰かけてコレーの手を握る。コレーがきゅっとロキの手を握り締めた。


コレーとロキの仲は特段悪いわけでも良いわけでもない。プルトスが居て接触できなかったのだから当然と言えばそうだが、プルトスの意見を1から10まで聞いてしまうタイプというわけでもないことの表れだ。


本当はロキの方が病弱なはずなので心配されるべきはロキなのだが、生憎と誰かの風邪がロキにうつる環境もここにはないので誰からも止められなかった。フォンブラウ家はめっぽう病気には弱いようだ。


「ロキねえさま……」

「どうしたの、コレー」

「うにゅぅ……」


微熱があると身体が怠い、なんてこともあるだろう。コレーの顔は赤らんでおり、ロキが手を額に当ててやると、明らかに熱があることが分かる程度の温度はあった。


――前世の記憶には、風邪をひいて1人で布団に潜っていると、とても寂しくなることがある、という事実が刻まれていて、ロキはだからコレーの所にやってきた。プルトスだけでもいれば問題にしなかったが(勿論、プルトスが看病できるとは思っていない)、母親であるメティスが居ないとなると、メイドたちではコレーは安心しないのではないか、という勝手な想像のもと、訪れた。


少しばかりコレーと距離が開いている見覚えのない顔のメイドの様子を見るに、ロキの考えはあながち外れたものではなかったようだ。コレーの年齢ならば、まだ侍女は付いていないのではなかろうか。ロキは嫡子であるからよかったが、コレーは言ってはなんだが立場は庶子に近い。


「おかーさまは……?」

「今日はプルトス兄様と一緒に出掛けたよ」

「うぅ……」


本当だったら、どうして出かけてしまったのかとメティスに言うべきなのだろうが、子供の熱で母親の仕事がなくなるわけではないのだ。フォンブラウ家はめっぽう病気には強いが、いざ病に倒れた子供が出ると対応は後手後手だった。ロキは自分の一件でアーノルドとスクルドが病気の子供に慣れていないことが分かっていたので、こうしてささやかながらフォローにやってきた。


コレーが熱を出したことはアーノルドへ報告した方が良いだろう。コレーという女神はそもそも作物の実りを司るデメテル女神の娘であるため、単にコレーが身体が弱いのでなければ、何らかの農作物の収穫に関する前触れの可能性が高い。


「今日は外せない茶会だって言ってたから、代わりに私が傍に居るよ。コレーが寝るまでここに居てあげる」

「うん……」


コレーが寝苦しそうなのを見て、ロキはアリアの方を見る。アリアは他のメイドたちと一緒に冷えた水と手ぬぐいを用意していた。


「アリア、氷枕ってわかる?」

「氷嚢を枕にするのですか?」

「そうそう」

「用意します」


アリアが出て行く。

ロキは氷属性も持っていた。上手く魔力を扱うことができるようになれば、氷を出してやることだってできるのだろう。今はまだできない、というのが、成人近くの精神を持っていたロキには結構辛い事だった。


アリアが氷嚢を持ってきて、タオルで包んでコレーの頭に敷いた。これで大分楽になるだろう、とロキはコレーの額をそっと撫でる。まだ熱いが、早く良くなってくれることを祈るばかりだ。


「つめたいまくらきもちいいです」

「良かった。ゆっくり休んでね」

「はーい」


気分がだいぶ良くなったらしいコレーは目を閉じる。氷嚢の氷が少しころころと音を立てる。寝苦しさはなくなったのだろう、少ししたらロキの手からコレーの手は離れ、すうすうと寝息を立て始めた。


ロキはコレーの手を放して、コレーについているメイドを見やる。メイドの肩が少し震える。ロキは小さく息を吐いた。


「アリア、私がアンリエッタ先生の授業を受け始めたら、コレーをお願い。この子最近入ったばっかりの子でしょ。リウムベルにちゃんと指導してもらわなくちゃ」

「かしこまりました」

「ひッ、」


ああ、たったこれだけの言葉で怯えるのなら、十中八九リウムベルやガルーの同族ではないなと、ロキにも予想がつく。それに、フォンブラウは公爵家だ。公爵家のメイドが平民ばかりなわけもない。このメイドはどこかの貴族の子女で、花嫁修業として侍女の仕事に就いたのだろう。


別に取って食いやしないよと独り言ちて、ロキはアンリエッタが待っているであろう自室へと向かった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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