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2025/01/10 加筆・修正しました。
空は高く澄み渡っているが、森の中にいるために明かりはあまり届かない。木漏れ日がロキとオレイエの銀髪を照らして煌いている。
「ロキとオレイエを見た瞬間魔物が逃げ去ってるなー」
「歩く災害だからな」
「オブラートに包んでほしかったよ、オレイエ殿」
「そうか?」
オートの言葉にあっさりと自分とロキか、はたまたロキだけなのか、自分だけなのか分からないが、化物と言外に言い放ったオレイエ。ロキがツッコミを入れたということは、おそらくロキ自身化物の自覚があるということだろう。
「リガルディアでは誉め言葉だろう。ああ、だがもっと良い言い方があるんだったな」
オレイエはそう言って微かに悪戯っぽく笑って見せた。
「”鬼武者”のようだ」
「あ、その言い方知ってる!」
オートが口を挟んでくる。
「鬼つよ、とか言うんでしょ? 化物よりそっちの方が可愛くない?」
「鬼武者はカッコいい方じゃね?」
「それもそっか! でも鬼つよは響きが可愛いよ!」
ごもっともであるとロキもつられて笑った。
閑話休題。
さて、オートの言うとおり、ロキたちを見かけた魔物は悉く逃げ去っている。当然と言えば当然で、オレイエもロキもあまり魔力を抑えていないのである。魔力を抑えることはロキにとってはあまりよくない事であるという認識は根強く、ロキはほとんど魔力を抑えて気配を消すといった類のことをしない。
「でもこれじゃお前らポイント稼げないんじゃね?」
「下衆な罠ならいくつか即興でできるが?」
「即興なのに下衆いの?」
オートは物怖じせずロキに話しかけるようになったため普通にここでは会話が成立する。オレイエはそんな2人を見て何か思うところがあったらしく、柔らかく笑みを浮かべていた。
「まあ冗談は置いといて、どうすんだよロキ?」
「今回は俺とセトで狩るのがいいんじゃない? オレイエにはカル殿下を守ってもらう」
「ゼロはどうする?」
「ゼロに追い込ませて狩るのもいいけど、それだとセトが魔力切れを起こすかもね。ゼロ、お前は大物がいたら優先して狩れ。ただし、DA以上は俺たちを呼べ。ここに居るのは本来Dランクの魔物が多いはずだからな」
「分かった」
バルドルたち、及びソルたちとの合流に向けて歩を進めているのだが、なかなかソルたちに追い付かない。もしかすると浅い所をぐるっと周回しているのかもしれないが。
そちらの捜索もゼロに命じて、ロキとシドとセトがそれぞれの得物を構えた。
「ロキってほっそいのによくそんなでかい斧使うよね?」
「歯車とかいうエグイ属性持ってるお前に言われたくないなこのスチパンチビスケ」
「何でそこまで罵倒されなきゃならんの!?」
「スチパンて言いたかった」
「チビスケは余計だコノヤロウ! 人が気にしてることを! お前も2年前まで僕と変わんなかったくせに!!」
今じゃすっかり身長伸びてますよとロキは笑った。
オレイエが小さく呟く。
「そんなに小さかったのか……愛らしかっただろうな」
「――ッ、」
ロキの頬に赤みが差した。シドが慌てて口を開く。
「嘘だろおいロキ、これ以上属性増やしてくれるな! こっちはただでさえヤンデレドSなお前の所業に頭を悩ませているってのに!」
「増えない、何も増えないぞ……」
「嘘つけ今怒鳴りかけてたろ! この上ツンデレまで増えたらもう俺どこからツッコミ入れていいか分かんねえわ!」
「男のツンデレなど傍迷惑なだけではないか! それくらい俺も自重できる!」
「つまり自重しなければ」
「誰かオレイエを止めろ火に油を注ぐぞこいつ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら森を歩く。これではさらに得物が逃げる。
じきにゼロが血の匂いを嗅ぎ取った。
「ロキ」
「だから違うと――、ん」
ゼロが呼んだ時、ほぼ同時にロキも嗅ぎ取ったらしく足を止める。一瞬でオレイエが戦闘態勢に入った。
「……6匹か」
「DAくらいはいるな」
「DFくらいのがいる。子連れだ」
「歩を進めるのが遅かったからな。子供の狩りの練習台に選ばれたのか」
「魔力が高いとその分近接戦闘を不得手とする種は多い。しかし、そうか。存外早く向こうが動いているらしいな」
このDFとかDAとかいうのは、ギルドが魔物の強さを表す種族の強さのランクと個体の強さのランクの組み合わせである。オレイエの言葉にシドが目を細め、小さく呟いた。
「もう来てんのか……」
何かあるのだと理解したにはしたが、どうすることもできはしない。
ロキは一体何だ、と問うような目をしていたが、口に出していないところを見るとなんとなく当たりはついているのであろう。
オートとクルトは首を傾げているが問うてこないあたり、とりあえずヤバそうだなくらいには思っていると見えた。
「オート、クルト、ここから先はちょっと戦闘が多くなるかもしれない。下がってて」
「はーい」
「わかった」
オートもクルトも戦闘ができないわけではないが、戦闘に向いているわけではない。ここは戦闘特化型が出た方が早いだろうとロキたちが判断したまでである。
じき、血生臭い理由が見えてくる。
「……魔物か」
「人間でなくてよかった、って感じかな?」
「人間が死んでたらここで合宿をするわけがないじゃん。今年は殿下もいんのに」
魔物の死骸が辺りに散らばっていた。随分と派手に暴れたようだが、そんな大騒ぎにはなっていなかったような。
クルトの言葉に応えたオートは案外平気そうである。
クルトは腐敗臭の混じった光景に眉根を寄せていた。
「……どちみちヤバそうなのは変わらないな」
「ああ。普通こんなに狩らねえもんな」
ロキとシドはそう言葉を交わして、そっと魔物の死骸に近付いていく。
オレイエが一足先に魔物の死骸に触れた。
「平気か」
「ああ……腐敗が使われている。今回は闇がいる。その前は焼け爛れている。酸も使われているだろうな」
「カル殿下、自分の魔力で対象個人の結界を。殿下の性質は現時点で最高値をたたき出すはずです」
「オレイエ殿の持つ属性概念の関係か?」
「太陽神の息子」
「分かった」
魔術とは面倒だな、と小さくオレイエが呟く。ロキは小さく頷いた。
「だがまあ、ソルが居ればもっと結界の威力も上がる。殿下を庇って動かなくて済むのはありがたい」
「……それには同感だが」
「どうせ俺もお前の概念の補助に役立っているのだろう?」
「ああ、まーな」
ロキはしっかりと魔術の威力云々と属性関係を頭に入れているわけではない。詳細は知らない。ただ、“日”という属性は近くに“日”を持つ者がいれば意気投合し、近くにいる“光”を強化する、ということは知っている。何せその“日”は神代から続くものなのだから。
神話を学ばねば頭に入れることもない神霊の属性なのだが、おもに太陽神が持っているのが“日”である。代表の神々としてはアポロン、ヘリオス、ソルといったメンツである。
ついでに言うならば、ここにアマテラスが入る。この影響で、日本人からの転生者には“日”属性が付いていることが多い。それを知っているわけではないが、ロキたちは何となく感じ取っている。
「……スーリヤってどこの神だ?」
「センチネル以北の土着の信仰だね。……オレイエ殿、カーストとかあったら言ってくれよ?」
「カーストはない、案ずるな」
ロキは小さく安堵の息を吐いて、死骸をつつく。焼け爛れた毛皮は冷えている。長く放置されていたのであろう。
「よろしい性質ではないな。これは何か特定できるか?」
「魔物はループを覚えている場合がある。ここの魔物もある程度は覚えているから、本来ここに居るバジリスクが消えているな」
「バジリスクがいたのか。なら他に止められるものはいなかっただろうな」
ロキはそう言いつつ立ち上がる。
「オート、お前何か絡繰を弄っていると聞いているが、何か手持ちはある?」
「えー……これくらいしかないよ?」
オートはアイテムボックスからそっと武器を取り出した。
「……これのオリジナルは誰に貰った?」
「ロキの知り合いだって言ってた!」
「シグマだな? 赤いコートを着ていたろう?」
「うん!」
はあ、とロキは息を吐いた。なんでそんな簡単に列強のお土産を受け取ったのだこいつは、と。確かに信用に足る男ではあるが。
受け取った銃はリボルバー式ハンドガンである。ロキが受け取っているものもそうだ。ロキは合わせて使うことにする。ハルバードをしまって銃を構える。
「ハンドガン、といったか」
「ああ。オートのは実弾だな。……俺が借りると見越してのことかも」
ロキは実弾を抜き取ってオートに投げ返す。今は魔力を弾丸にした方が早い。
森の中で長物を振ろうという時点で無茶というものだ。振れないことはないが。
「早めに移動するしかないかも。まあ、どうせどいつもこいつも俺のせいでぶっ飛んだステータスに変質しているだろうから、あまり心配もいらないかもだけど」
「それには同感だなァ。あ、ロキ、俺に軽量化よろしく」
「ああ。【軽量化】」
魔物の死骸に火が点る。燃え上がっていくのを静かに眺める。本当は現場は残しておいた方が良いのだろうが、この数にアンデッド化されても困るので焼き払うのが最も良い。
「オレイエ殿、後日調査に入ってもらえるかな」
「承知した」
この件は冒険者ギルドの管轄になるか、騎士団の管轄になるか。分からないが、調査が入るのは確実だろう。
「……俺が蹴散らす。左右は任せた」
「了解。殿下は中央に。オートとクルトはその後ろ、セトとシドは最後尾を頼む。ゼロ、頭上を警戒、遅れるなよ」
森に燃え移らないように火を調整した後、ロキたちは再び移動を開始した。