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2025/01/10 加筆・修正しました。
合宿というのは、王都からほど近い小さめの森に生徒達を送って、採集物の換金額(時価)でポイントを換算して成績をつける、魔術実技と武術実技を兼ねたテストに換算されるイベントである。中等部は2年と3年、高等部に上がると毎年ある。
ロキはソルたちを守ることになったリズと、レインたちを守ることになったルガルと、自分たちを守ることになったオレイエの顔合わせをしていた。
「やあやあ、お誘いありがとうね、ロキ君」
「最近魔物が近くにいなくてなあ。マジで助かったぜ」
今も2週に一度はジグソーパズルは営業しているのだが、最近は魔物の素材が極端に減ってきていたので不思議に思っていたものだ。一度持ち直したので気にしていなかったが、どうやらオレイエが遠征して狩りに行ったものだったらしい。頼むからバランスを崩すほど乱獲してくれるな。
ロキは小さく笑ってオレイエを紹介した。
「こちらは殿下及び俺たちに同伴してくれることになったオレイエ殿だよ」
「オレイエ・シル。家名はない」
「ああ、センチネルの人なのね。私はエリザベス・ベッソン。リズと呼んで頂戴」
「俺はルガル・クレイ。ルガルでいい」
平民で苗字がないのはセンチネル付近に住む者たちにありがちなのだとリズは言った。
「しっかし、やたら綺麗なやつが来てるとは思ってたが。山越えなんて大変だったろうに」
「慣れている」
「それにしても細いわ。ちゃんと食べてる?」
「……2人とも、たぶん彼は2人より年上だが」
「「ダウト」」
「いや、事実だろう。もう三十路近いのでな」
「えええ嘘よ絶対信じないわ!」
「ああそういや結構身長はあるな? でもやっぱ、うん、信じねえ。髭生えねえのお前」
「……そういえば生えてきたことないな」
「御御子に違いないわ」
「ああ、御御子に違いねえ」
的を射ているのでロキは指摘しなかった。
本来神子は髪も肌も白く、シヴァによる恩恵のため高すぎる魔力によって身体に弊害が出ている状態になっている子供のことを指している。肌が弱い、強い光に弱いなどの問題を抱えている子供もいる。つまり、この世界で生まれる人類のアルビノはほとんど神子であると考えていい。精霊のマナと祝福による属性の付与によって皆髪と目に色がついている。アルビノは特にそれが分かりやすくなる傾向があった。
それが見当たらないオレイエのような色白銀髪であれば普通は神子と見る。
しかし彼の場合、その瞳は半精霊の金ではなく、ぬくもりのある黄色。シドの瞳もかなり似ているが、戦闘時のシドの顔を見れば皆逃げ出す。それくらいの無機質な瞳で相手を見ているので、オレイエの暖かな目と金目はやはり別物である。
一方御御子というのは、神々の子供のことをいう。半神である。
まさしくオレイエはそれであるとロキは知っているため指摘しなかった。
御御子は鮮やかな色彩を持っているものが多い一方、ぶっ飛んだ破壊性能も有していることがほとんどであり、オレイエもその例に漏れない。彼ら半神は神々が人々と交わることができた時代の存在だ。
ちなみに他にも御御子が生きているのかというと、実はいる。
ラックゼートがそれだ。
ラックゼートは太陽神ラーの系列である。セトの血統と同郷というわけだ。
彼にも会わせてみようと密かに決意したロキだった。
「しかしどうしてまたこんな神子みたいな肌なんだ?」
「俺はタンク役に回った方が自軍への被害が少なくてな……」
「お前ブラフマーストラ撃ち過ぎなんじゃないのか?」
「武具など不要。真の英雄は――」
「「「みなまで言わすか!」」」
ロキは順々に出発し始めた生徒達を見て、そろそろだなとリズとルガルに別れを告げた。
「ロゼ、レオン、すぐ追いつく。この森は狭いから、そんなにスピードを緩めずともいいと思う」
「分かりましたわ。お気をつけてくださいませ」
「分かった。殿下も気を付けて。ロキ、殿下を守れよ?」
「言われなくとも。気を付けて」
それぞれ出発し、ロキたちも出発する。
ロキたちは確実にオーバーキルの班なので、基本的にオレイエは武装せずに辺りを見守っているだけになる。
今回同伴する彼らの仕事はあくまでも、学生では倒せない可能性のある凶暴な魔物を退けることである。ではなぜそんな危険なところへ学生を連れてくるのかというと、魔物を見せて生徒達を慣らしておくためである。ロキたちのようにどこから襲われても平気です実家に帰ったら魔物と戦闘やってますなんていう脳筋と生徒全員を一緒にしてはならないのである。
オレイエはそれでも回帰の経験者でもあるため、どのあたりを通ればどの種の魔物が出てくるかなどは大体分かっているらしく、森に入ってもあまりまっすぐ進むことはなかった。
「む」
「どうした、オレイエ」
「直進してくる魔物がいる。ワイルドボアだな」
「人は?」
「2人、男」
「先に入った生徒だな」
ロキはカルの手を引いて樹に引き上げる。セトも樹の上へ駆け上った。ゼロ、シド、オレイエもそれぞれ直線から退いてワイルドボアが過ぎ去るのを待つ。
ワイルドボアは名前の通り猪型の魔物である。
直線を走るのが得意だが案外すばしこく動き回る。子供を連れていると特に気性が荒い。
ロキは小さく息を吐いて、「うわああああああん」と泣き叫びながら直線方向に逃げている生徒の顔を確認した。
「だれだあれ」
「オートだ……」
「ぞろびいているな。小人族か」
「助けてやるしかあるまい」
ロキが樹から降りる。カルは何も言わず静かに見守る態勢に入った。
オートはあまり戦闘には向かないので深くへは入らないようにしていたのではないだろうかとロキは思う。緑の髪を振り乱しているオートを何とか抱えて走るのを続行した緑の髪の生徒。
クルトだった。
ああ、バルドルがターゲットから外れて周りにターゲットが移ってしまったのだとロキは理解した。
「音を沈め、言の葉を覆う静寂の唄。【思念話】」
ロキは相手への干渉という意味では実に難易度の高い魔術を一瞬で組み上げる。この魔術は【念話】を基にロキが弄った魔術で、狭い範囲でしか使えないが、同時に複数人を無言の会話に参加させることができ、何より精神干渉系ではないことから構築に失敗した際の反動が少ないことがメリットとなっている、とロキは自負している。
『クルト、そのまま走って来い。途中で曲がれ。そのワイルドボアは俺が仕留める』
「え、何コレ魔術!?」
「この声はロキだ! いいから指示通り曲がれ!」
その内ショタじじいになるんじゃないかと思われるオートは案外冷静に状況を見ているらしい。クルトは慌てて曲がった。一瞬動きが止まったのを見て、オレイエが口を開く。
「捻ったな」
「保護を!」
「承知した」
カルの言葉にオレイエが動く。ロキは木の上から降りて、直進してきたワイルドボアにコレーから貰ったダガーを真っ直ぐに投げ、そのまま直線上から退く。ロキの前に来る頃、ワイルドボアの身体がポンと投げ出されて転がった。
「こちらは保護した」
「ああ、助かった。その辺を少し歩かせてやれ。かなり走り回ってるはずだ」
「承知した」
しばらくロキたちの周りでクルトとオートを歩かせて、落ち着かせる。ロキはその間にワイルドボアの解体をし始め、クルトとオートのダウンが終わる頃にはワイルドボアの解体を終えていた。
「なんだもう解体終わったのか」
「ああ」
「助かったよロキ様ぁ……」
クルトは疲弊している。それもそのはずで、ここまで5分ほど全力疾走していたのだ。全力疾走を5分維持するのはなかなかきついものがある。ロキはそんなクルトに自作のポーションを与えて回復を待った。
「くそっ、これが才能溢れる者の余裕か!」
「いや、そもそもワイルドボアに突っ込んだのは誰だよ」
「バルドルをよく思っていない人がいたみたいでさ! 僕らにワイルドボアをけしかけてきたんだよ!」
オートは水を飲みながら言う。図太くなったもんだ、ワイルドボアから逃げ回ってアドレナリンが出過ぎているのだろうか。
それでお前が逃げる羽目になったのね、とセトは苦笑を浮かべた。ろくでもないことをする生徒がいるものだ。
ロキでさえそんなことはしない。
「ロキは明確に命を奪う目的以外でそんなことをすることはないな」
「やめて俺の心が抉れる」
オレイエがいるとロキがツッコミになるのかとオートは理解したらしい。
ロキはバルドルを嫌うやつがいるのか、という方を真剣に考えていた。何せバルドルという神格は、誰からも好かれるという性質を持っているのだ。それに逆らえるのはロキ神の加護持ちくらいなものだろう。もしくは、スキルか何かで天邪鬼の性質を持っているか、そういう種族の可能性もあるが、今の時点では分からない。
それにしても、とオートは呟く。
「ほんとに綺麗な人だね。20歳くらい?」
「いや、29だ」
「嘘つけ!」
誰からもこの反応をされているためかそろそろ静かに黄昏始めたオレイエだった。
「そっちの班は?」
「今頃レオン様たちの班と合流してるんじゃないでしょうか。近くを通りましたので」
何とか口調を戻したクルトの説明にロキは思案する。
ならば戻った方がよかろうな、と。
「よし、バルドルたちの所へ向かおう」
先にソルたちと合流したかったな、とは後のロキの言である。




