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2025/01/10 加筆修正しました。
合宿前に説明会が学園で行われたので、オレイエたち冒険者は学園に来ていた。何とか全班が冒険者を捕まえることに成功したらしい。クエスト自体が白銀級以上が望ましいとしてあったため、相当相手を警戒しているな、というのがオレイエの感想である。
オレイエが鎧の着脱は可能だと言ったら棘仕舞ってスプラッタを回避したうえで普通の服を着ろとロキからオーダーが入った。棘というほど棘はないと思っているオレイエである。実際は、首、手首、足首に大きな棘の付いた日輪をかたどったものが付いているためまともに服が着れないだけなのである。
一応華美な格好はしないように、シドが選んだ黒と赤でまとめられた服を纏っているのだが、女子生徒からの視線が熱い。女冒険者からの視線も熱い。男冒険者からは親の仇でも見るような目で見られている。
だがそんな視線には慣れっこだと言わんばかりに堂々と歩く。余計視線を集める。悪かどうかは別として、スパイラルである。
ロキはそんなオレイエを眺めて笑みを浮かべていた。
「注目の的だな、彼は」
「元々彼に加護を与えているのは太陽神だよ。クー・フーリンにもかなり近いだろうね。まあ、彼は光であって日光ではないけれど」
「婉曲は嫌いだ」
「えーと。ルグ、ラー、アマテラス、ソル、アポロン、ヘリオス。彼の場合はスーリヤ」
「……俺はもう少し神話を学ぶべきか?」
「推奨するよ」
横にやって来たカルと言葉を交わす。冒険者たちは皆協力的、とは言い難いがそれなりに問題なさそうな人が多そうでカルとしても安心だ。
教員たちの話が進んでいきグレイスタリタスが壇に上がった時にはさすがに皆目を見張った。
「いいか貴様ら。貴様らの目的は生徒の安全の確保だ。お前たちがどれほど傷付こうが生徒が死んだ時点で失敗だ。報酬も無論、ない。こちらは生徒の命を支払ったことになる。――何人が人外級がいるが、そいつらは最悪の場合周辺を薙ぎ払うための合図を送る。迷うな。万が一の事態、お前たちは生徒の命ではなくより多くの人間を守るためにその辺にいる群れは一掃しろ」
グレイスタリタスの言葉にロキが頭を抱えた。なぜ彼にスピーチをさせている。脳筋の言葉は脳筋にしか届かない。
ただ、相手がグレイスタリタスということもあってか、言葉を弄する必要もないらしい。そもそも冒険者なんて脳筋の集まりみたいなものである。
「ロキがさらに化物を連れてきたと大騒ぎになっていたが?」
「ここで会ったのも何かの縁――と言いたいけれど、おそらく縁などではなくオレイエ殿自身が何らかの思惑があってこちらに来たんじゃないかな。読みにくいけど神子に会うためだろう。彼の言っていた弟も神子だから」
「最近神子がやたら多くないか?」
「強盗事件の話を言っているの? オレイエ殿の貧相な身体は自分も食べ物がないくせに他人に分け与えてしまう突き抜け聖人君子が故だよ。強盗は関係ない」
カルはオレイエへと視線を向けた。ぱっと見の聖人っぷりもさることながら、この人なら大丈夫、裏切ったりしないと謎の安心感を抱かせる空気管を纏った男だった。
オレイエはグレイスタリタスから手招かれ、そちらへ向かう。グレイスタリタスが何かの詰まった袋を渡す。
「これはテメエが食え。テメエが山越えを始めたとき蜂娘が贈ってきはじめたモンだ」
「ありがたくいただこう」
「人様に食わすなよ。神子坊主なら平気かもしれんが蜂娘の惚れ薬は確定で入ってる」
「ああ。……いい加減俺には効かないと覚えてくれると助かるが」
「テメエがそんな貧相な身体してるからだろうが」
他人が食べられないものなら彼は確かに単独で処理しそうだなと思ったカルである。というか、その線が濃過ぎる。
「……ロキ」
「彼は恐らくかなり死徒列強からも気に入られているね。高潔すぎてぐうの音も出ない」
「その為に毒を仕込まねばならんのか……」
「流石の英雄も、毒が入っているものを他人に回したりはしないだろうからね。それに彼はあの鎧がある限り不死身だよ」
「……彼は不死族か?」
「いや、あの鎧を失えば普通の人間と変わらないよ」
黄金の鎧すごい。
カルのそんな心の声を確かに聞き取ったロキだった。
「……太陽といえば、セネルティエにはガウェイン卿がいるな」
「太陽ゴリラとアーサー曾御爺様に言わしめたという……」
「うん!?」
ロキがぶっ込んでくるネタについて行けないカルだがツッコミを入れなくてはならない気はした。
話が終わったため冒険者たちは各々出て行こうとする。ふと視線を上げたオレイエとロキの目が合う。ロキ軽く手を上げればオレイエもそれに応えるように手を上げた。
カルはロキに問う。
「女子生徒に掴まる前に外に出すか?」
「いや、あれを食わせて転移したほうがいい気もするよ」
「よし、いくぞ」
「ああ。カル、受け身取らずに落ちろ」
「俺は王子なのだが!」
「百も承知だよ」
カルは仕方がないなあと受け身を一切取らずに2階テラスから身を投げ出した。ロキは普通に転移で先に下に降りるのだから酷い話である。
「オレイエ殿、頼んだ」
「承知した」
カルの下に来たオレイエが魔力を展開し、ふわりとカルを受け止めた。
「……魔力の使い方が上手いな」
「お褒め頂き光栄だ」
「……姫抱きは勘弁してくれ、降ろせ!」
「だが断る」
受け身をわざと取らずに飛び降りたせいで心臓がバクバクしているのだ。そんなカルをオレイエが降ろしてくれるはずもなく、ロキの許までカルは姫抱きされたままである。
「一旦ロルディアからのお土産を食べてから移動してね、オレイエ殿。彼女に料理を仕込んだのはシドらしいから、味はいいんじゃないかな」
「ふむ」
「いいから降ろして……」
何も疑うことなくロキについて行く絶世の美丈夫を見て女子が酷く騒いだのはまあ、致しかたないだろう。
学園内に入るまでにかなり厳重な調査・検査を受けているのだが、出るときにも同様検査を受けることになる。ロキはどちらかというとオレイエにあまり街中を動いて欲しくないので、王都フォンブラウ邸へ転移で戻ってもらう事にしていた。つまり、この合宿の後も何かあればフォンブラウを頼っていいと彼には示した形になる。
「勝手を知っているようだな」
「中等部はよく知らんが……高等部には留学する。お前たちはいない」
「まさか弟と一緒にか」
「ああ、よくわかったな」
「待て何年後だ」
「5年後だな」
「34歳しっかりしろ」
「年齢仕事しろ」
いい加減カルを降ろして3人で食堂への道を歩く。緋金級の冒険者になってからは、そこそこ良いものを食べ、武芸を磨き、武者修行も兼ねて、弟が学校に入るまでの間、旅をしているのだとオレイエは語ってくれた。
「あれは俺を追い続け、俺も弟を追い続けるのだ」
「……宿命みたいなものか?」
「近いかもしれん」
オレイエの言葉にカルが理解を示せば、ロキが呟く。
「輪廻の先でまた出会う、って?」
「……俺自身が案外その英雄の転生体かもしれない」
オレイエは笑みを浮かべた。ロキの言葉が、明らかにカルの知らない知識や記憶によって導かれたものだと理解できたからこそ、このオレイエという男が暇つぶし程度には、その答えを探しているらしいと悟る。
ロキが食堂に案内し、そこでロルディアから貰ったという包みを開ければ、菓子類もあるがグラタンやキッシュといった軽食になりそうなものがたくさん入っていた。
「リーヴァからの手紙が入っているよ」
「ほう」
「『いい加減ちゃんと物を食わんか、この戯け!! ばーかばーかばかるな!』――だそうだ」
「……俺は何か、いけないことをしただろうか……?」
「そういうところだと思う」
カルは小さく息を吐いた。リーヴァも彼には振り回されているらしい。
「そう言えば、不死なら列強入りしてもおかしくないのでは?」
カルがふと疑問を口にするが、ロキは首を左右に振った。
「神話通りに進む場合彼は死ぬからね。そんなリスクは負わせられないだろう」
「そうか……」
「ロキ、俺の死後について話がある」
「怖い話題振ってくんな」
オレイエは、でも、タイミングが良かったから、と言って続けた。
「俺が生きているうちにお前を頼ることはまずない。断言しよう」
「……カル殿下、俺今フラれたんですけど」
「そういうやり取りなのかこれ」
カルが呆れたように言葉を紡ぐ。オレイエはロキを真っ直ぐその目で射貫いていた。
「……だが。死んだらそちら側へ行くと誓おう。その時は存分に使ってくれ」
「……弟との問題は自分でなんとかする、か。いいだろう。……死んだら貴様覚悟しておけ」
「肝に銘じておく」
この時一体何について話しているのか、ロキ自身あまりよくは分かっていなかったそう。ただ何となく分かる部分を繋ぎ合わせて、言わなければいけないと思ったことを口にしたとロキは後に語った。
ロキとオレイエの間に交わされた約束は遥か先になってようやく成就されることになるのだが、それは今は置いておく。
彼が思いのほか小食だったのでロキは早めにオレイエを屋敷に送り届けた。