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2025/01/10 加筆修正しました。
周りの生徒達は驚いていた。あんな綺麗な人を、と。
男は無表情である。その腕には緋金級のタグが付けられていた。
ちなみにだが、銀髪が増えた、という点において非常にこれ以上に心強いことはない。片やロキ。そして片や別の国からはるばる山脈を越えてこの国へやって来た緋金級冒険者。
男を連れてきたシドとナタリアは笑っている。よっしゃあ、やったぜ、と、もうやりきったような表情を浮かべているので、カル的には、まだ断られるかもしれないのになんでもうやり切った感が溢れてるんだお前らとツッコミを入れたい。
「……シド、初対面じゃないのか?」
「俺たちは初対面じゃないっス」
「……ロキは?」
「ループ中に会っていると見た」
「懐かしいのか。懐かしいのかコノヤロウ」
ロキにはしっかりツッコミが入った。ロキもドヤ顔で言ったのでツッコミが来なかったらそれはそれで虚しい。
「というか、ロキがそれってことはシドとナタリアも初対面だろ」
「まあこの世界線では初めましてですね」
「俺はマジで会ってるっスよ。これでも商人の生まれでね」
シドの言葉になるほど、と思って、はあ? と首を傾げたのは仕方があるまい。
子供同士会ったということかと勝手に納得しようとした。
「わざわざ俺の家を指定して買い物してくれるんスよ」
「お前の家は質の良い物を扱っていた。列強の件は、残念だったが」
「まあアレ俺が作ってたんで、これからも提供はできますよ? お前さんの出力じゃミスリルもアダマンタイトもオリハルコンもその内砂になる」
「ああ、先日手合わせ相手の武具を融解させてしまった」
「もう被害者が出てた」
シドと男の会話が軽いものであることを考えると、淡々とした口調で喋っているがこいつこれがデフォルトなのではと思い始めるカルである。
「待つように言ってるか?」
「ああ。金属精霊の知り合いがいるからと」
「おう、どいつだ」
「奥にいる巨人族の男だ」
「ああ、アイツか。分かった。ナタリア嬢、後頼むぜ」
「はーい」
シドが男の方へ向かい、ロキたちの前にはナタリアと男だけになる。
男は静かに口を開いた。
「オレイエ・シルという。家名はない」
「カルと呼んでほしい。一応お忍びなのでこれ以上は名乗れないが」
「構わない」
「こちらの銀髪がロキ、こちらの緑と黒はセト、そこの黒髪オッドアイがゼロだ」
全部一括で紹介すれば男はただ「承知した」とだけ返した。
「……その、オレイエ殿は、神子か?」
「……否。俺は創造属性も破壊属性も使えない。俺にあるのは日輪のみだ」
男――オレイエの言葉にロキが目を細めた。
「――ナタリア嬢、こいつまさか大英雄か」
「そうだよ。ファンブックにも載ってなかったのによくわかったね」
「黄金の鎧、弓、日輪、あとこの耳飾り。相当神話に興味がないやつじゃなきゃそこそこ知ってるはずだよ」
「どういうことだ?」
カルが問えばロキはオレイエを見る。
なるほど、だからこいつ断る素振りがないのか。
納得した。
「加護を与える英霊はもういないのに加護を持つか。それとも貴方が2人目か」
残念なことに、こちらの世界に於いてこの神話は大筋が地球のものと離れていない。北欧は殺し合って倒されるはずのフレイが倒す側の敵であるスルトと仲が良かったりする頭の緩い神話になっているのに、ここだけは変わっていなかった。
「名を授かっていないのではなく、その名はこちらの言語に翻訳されただけですね?」
「ああ」
全く話について行けないカルとセトに、オレイエが自分で口を開いた。
「俺は加護持ちだ、という話をしている」
「ああ、そういうことか……」
「なんかやたら空気重くなったからシリアスかと思った」
「神話については言及しないでくださいね、オレイエ殿」
「? 承知した」
先にロキが口を出したことでオレイエはそれ以上何も言わなくなった。
何だこの以前から知り合いです感は。
何とも言えない感覚に包まれている間に簡潔にナタリアが説明する。
「私たちの事情は置いておくとして。この時期私たち王立学園中等部2年生は合宿のために森へ潜ります。その時の同伴をお願いしたいのです」
「ああ」
「報酬は学園側でお支払いする形になります。生徒が危険に巻き込まれ、その対処を行なっていただいたときにはそれなりの額になりますが、基本は小金貨5枚です。物資などは個人で用意していただくことになります」
「承知した」
なんだか二つ返事で受けてるなこの人とカルは思うのだが、ロキもハンジも特に気にしていないのでこのままでいいかと思い始めた。
「それと、オレイエさんに守っていただくのは彼ら男子組です。よろしくお願いします」
「承知した。お前たちにあてはあるのか」
「はい、以前知り合った女性冒険者の方々を当たってみます。ありがとうございます。では私はこれで」
ナタリアが席を立つと同時に、シドが戻ってきた。
「おう、ナタリア嬢お疲れさん」
「もう、オレイエさんほんとに全部二つ返事で受けちゃうのね!」
「そういう人の加護持ちだものな」
オレイエは目を細め、ナタリアを見送った。とはいっても隣のテーブルに座っているロゼたちの元へ戻っただけだが。
「うまく直ったか」
「ああ。むしろあそこまでよく溶かしたな。つか消し飛ばしてねえことに驚いたんですけど」
「戦争にならない限り俺は本気を出さん」
「そういやお前に本気出させたのロキと弟だけだっけか……」
事情を知っている口ぶりのシドの呟きにロキが驚いた。
「ちょ、待て、シド、彼まさか」
「ん?」
シドが気付いてオレイエを見る。オレイエは無表情のままだった。
「ループ覚えてる?」
「……ループ、か。この状況をいうのならばそうなのだろうな」
「……ロキ、こいつ死んだり死ななかったりの振れ幅がでかいんだ」
「外国にもループしてる人間がいる件」
ロキは頭を抱えた。ハンジも苦笑を浮かべている。
オレイエはそんなロキの頭を撫で始めた。
「?」
「今俺のことは気にしなくていい。お前はいつも抱えすぎる」
「……この聖人君子が」
「奸計の神にしてはお前は優しすぎる」
何かが決着したらしく、ロキがオレイエの隣に移動した。
「やっぱ懐くんだなお前」
「怖い、インドの英雄怖い」
「あー、まあいいや。お前の問題はもはや弟に丸投げしなくちゃならねえしな?」
「あの子が自分でちゃんと受け止められるまで俺は待つつもりだ」
「気の長いこった」
やはり詳細が分からないため頭を抱え始めるカルたちを置いたまま、この話を切り上げたのはセトだった。分からないし話してくれないならわざわざその話をずっとしている理由も無い、という事らしい。
「実は結構年上とかいいます?」
「ああ、そのはずだ。お前たちは今幾つだ」
「13か14です」
「なら28か29だな」
「神話通りに弟さんとは18歳違いですね分かります」
ハンジの言葉に笑ったのはロキだけだった。いや、この外見で――?
「……よく若く見られる。一番思い入れのある弟がお前たちより3つ下だ。そこから18離れているから」
「ないないない、この顔でもう三十路はない」
「そんなにか……?」
「明らかに20歳前後の顔だよ! 美人過ぎるだろ!」
ロキは思う。
こいつ本当は加護持ちじゃなくて半神、つまり御御子なんだけど言うまいて……と。
半神は死徒とは違う意味で時の流れが遅い。むしろオレイエのような場合は特にそうである。
戦争での、ヒーローの引き立て役はその分相手にとって強大な壁でなければならない。ヒーローと肩を並べられるだけの強大な存在でなければならない。
そうあることを求められ、それを受け入れ、それを自分として確立した英雄の加護を持つオレイエに、心配など無用だろうが。
「まあいい……合宿は来週のアクアマリンの日からだ。ルビーの日の晩には合流しよう」
「承知した」
じゃあこれから少し交流しますか。
精霊召喚からそう日が経っていないが、ロキたちは再び街へ繰り出すことになったのだった。




