7-21
2025/01/08 加筆修正しました。
「貴女は俺の救いたい範疇にないと見た」
ロキはそう言った。ミームはそりゃそうでしょうよ、と思う。だってその時はロキが自分と接触してきたことなどなかったから。
「……けれど、言えることはある」
「……貴方の言葉なんて本当は聞きたくもないのだけれど」
ここまで来たらもう自棄だ。
どうなろうが知ったことではない。
「……理解者を作らないのは貴女の自由だが、理解者を得る努力もしないでただ喚き散らしているだけならとんだ屑だと思う」
ロキは静かに言葉を紡ぐ。
ああ、だから嫌だったのだ。
ロキは正しい。
その正道を見据えて歩けないからこんなに歪んだっていうのに。
「俺には母がいた。未来を見通す母親が。大地のように包んでくれるメティス様もいた。父は冷たかったが俺を考えてのこと。言葉を交わせばわかってくれる人だった。それを貴女の親に求める気はない。光属性の魅了魔法なんて今の世代には前代未聞だろうからね」
ロキは静かにミームの目を覗き込む。
「けれど、中等部で既に1年過ごした。貴女は初等部にはいなかっただろうが、もう、1年間過ごしてきたんだよ。悩みを相談できる人間を作らなかったのは、貴女の責任だろう」
「責任……責任ですって? 捨てられる苦しみも知らない貴方に何が分かるのよ!!」
「知らん! そんなこと知っていたら相手の裏事情を知らないような対応ができんだろうが!」
恐らくそれは、ロキも特に何も考えずに言った台詞だったのだろう。
けれど、ミームは理解した。
こいつ。
選んでやがる。
「貴方はそれを選べる立場にあったのね! 私は選べなかった! 貴方は選んで過去を捨てた! 私は捨てることすら許されなかった! なんで冷たい目をしている親に気付かなきゃならないのよ! なんで友達だと思っていた子に裏切られるのが分かってて付き合っていかなきゃならないのよ! 捨てられるのが怖くない人間がいるわけないじゃない! 貴方は捨てる側だから言えるんでしょう!!」
「――」
ロキは押し黙った。ああそうだ、そのまま黙っていてくれ、是非。
この時ミームは1つだけ間違いを犯した。そう、ロキが、いや、ループをしてきたここにいる覚えている者たちが、何を見てきたのかを、考えなかったことだ。
ロキは、自分のことは遠い過去に放置しているような男である。自分のことを語るのがとても、本当は、下手くそな男だったことを、ミームは、もう、覚えていなかった。
「――ロキ様はカル殿下に捨てられます」
口を開いたのはナタリアだった。
ミームはナタリアを見る。ナタリアは、怒っているようだった。
「女にされて、友達としてしか見れなかった殿下と婚約を結んで、横からヒロインが入ってきたら、国外追放されるんですよ。下手したらギロチン送りになっちゃうんですよ。ロキ様を一度救った貴女がそんなこと言ったらダメよ!! 貴女が犠牲にしたものまで貴女が否定するなんて、絶対にダメ!!」
「――!?」
ミームにとってその言葉は、衝撃だった。ロキの処遇ではなく、ナタリアが言うミーム自身の行動とやらの方だ。何かを犠牲にロキを救った? この私が? そんなことできるはずのないモブであるこの私が?
「……何を、仰っているのか、分からないわ」
「……いいです別に。私とシドしかどうせ覚えてないですから」
ミームの中で何かが、かちりと音を立てる。
――ああ、分かってしまった。
「……そう、か。ミーム嬢が助けてくれたから、俺は彼女を助けようと思わないのか」
ロキの呟きに、同意するしかなくなってしまった。
分かる。ロキがいったいどうしてその思考に辿り着いたのか。プライドの高い者同士、その思考は嫌というほど分かるものなのだ。
――この私がここまでしたのですよ。次、へ、行きなさい、ロキ・フォンブラウ! こんなところで、貴方は立ち止まる人ではないわ、こんな、面白くも無い悲しいだけの世界なんて、ロキの名の通り滅ぼしてしまえばいいの。
――ああ、そうさせてもらうよ。……君の屍を抱いた桜は、それは見事に咲き誇るだろうな。
ああそうだ、あの時ロキはミームを贄に選んだのだ。選んで、くれたのだ。
「俺は、対等の存在を護ろうとは思わん」
ロキの思考が、完結する。ミームの思考は、ロキが呟いた言葉を補強するかのように、ミームの中での理解を深めさせた。
「……」
「――」
同時に、ミームは、ロキに言わなければならないことを思い出した。
まだ、ロキに対する自分の惨めさの認識はあまり変わらないのだけれど、これは多分、ロキに協力したその時もずっと抱いていた思考なのだろう。ならば、諦めて持っていくしかない。その前に、聞きたいことがある。
「……ロキ様は」
「――」
「……ロキ様は、捨てられるのは怖いですか」
「……いいや。捨てられるのはもう怖くない。皆を捨てる方が怖い」
その先に自分が居ないから、とは言わない。ミームは、ロキらしい思考だな、と思った。ロキが自分語りが下手なのは相変わらずなようだ。誇張も過小評価も本人の望むところではないかもしれないけれど、絶対この男の基準は凡人のそれとは相容れないというか寄り添ってすらいないのだ。
「捨てられるのが、私はまだ怖いです」
「普通はそうだろう。俺は、名前に怯えていたから」
「もう慣れた、と?」
「ああ」
ロキの名はこういう時どうしても理不尽という名の牙を剥く。ミームの知る限り、アーノルドがロキを大事にしている以外の噂は流れてきたことがない。
「……ロキ様ってやっぱり理不尽だわ。私、ちょっとループ中のこと覚えてるのに」
「俺はまったく覚えてない」
「全部そこのシドの所為ですけれどね!」
「げ、」
仕返しのつもりでシドの秘密もばらしてやることにする。覚えている、あの夢の情景が、本当はそんな意味を持っていたなんて、理解したら、どうしようもなく愛しい記憶だ。あんなに苦しかったのに、ロキはここまで挽回した。
「ロキ様聴いて頂戴、シドって暗殺者だったことがあってね、ループを覚えているロキ様が拾い上げようとしたけど、その言葉が薄っぺらだって言ってはねつけて自害したのよ!」
「――がっ、言うなああああ!!」
蒼褪めたシドとしてやったりのミーム、ロキは驚いたようにシドを見る。シドは邪魔をしないようにナタリアに抑えられていた。シドは一度は話した内容だからと高を括ったようだったが、その後ミームが細やかに台詞をそらんじ始めたことで再び暴れた。
「ろ、ロキ……ごめん、悪かった、ヤダちょっと嫌いにならないでお願い」
「……」
ロキはと言えば、視線を彷徨わせた後、ヴァルノスとロゼとルナの方を申し訳なさそうに見ていた。
「ロキ、シドに答えてあげて」
「……いや、なんか、台詞そらんじられると予想以上に重たい話だったなーと」
「あんたが一番話題に取り残されてない?」
「それな」
ロキにとっては、あんまり身に覚えのないことであるから、そんなことを言っていたのかとか、と思うと同時に、隠しておきたかったんだろうな、と理解もしたのだろう。
「初めて聞いたにしては反応が薄いような?」
「ああ、一度シドから聞いたことはあったんだ。ただ、いや、そんな劇的に俺の言葉が薄っぺらい、とは。こりゃまいったな。俺が一番思ってることをシドから言われていたとなると、」
「ああああそうじゃねえの、違うの、当時の俺が感じた所感なの、今のお前じゃねえの!」
シドの必至な弁明を聞いて、ミームはくすっと笑う。裏切ってきた記憶があるから、絶対にお前を捨てたりしないと断言さえできるロキにそんなに弁明をする羽目になるのだ。
「やめて俺のご主人様はロキだけだから!!」
「……」
「ロキ、なあ……!」
ロキが俯いたせいでシドがロキに縋りつくような体勢になった。
これ以上は流石にシドが可哀そうだ。
「ロキ様、そろそろその演技止めないと、シドが泣きますよ」
「……ぇ、演技?」
「……フ」
シドがミームを見る。ロキが口元をむにゃと緩めた。
「――馬鹿め」
シドがロキを見上げる。ロキは、破顔した。
「その時のお前が、俺がループの記憶を捨てた契機だったというなら。俺は世界よりもお前を手元に置くことを優先したわけだ! 不安になる必要などあるものか。俺は間違いなく世界よりお前が大事だわ」
きらきらと、サロンに差し込む日光を受けたロキの瞳が煌めく。
ミームは知っている、ロキにこういう事をされた者がその後どれだけロキを慕うかを。ロキのプライドの高さを知っているが故に、その言葉が、信頼が、どれほど重く価値あるものになるかを、知っている。
ロキの瞳に入っているシラーに目を奪われる。ミームの知るどんな宝石より、ロキの瞳は美しかった。まだ濁りの無い、絶望も知らない、ふりをしている、瞳だ。
きっとまたこの瞳に引っ張られるのだろうなと思うと、少し安心した。ロキは、こいつ自身が何よりも間違いを恐れている。ミームは、ついていけばいいだけだ。
「皆様、ついでですからお茶会にいたしましょう! ロキ様、シドを借りてもよろしくて?」
「ああ。行ってこい、シド」
「……っス!」
嬉し涙を拭ってシドが出ていく。
ミームの中にはまだロキに対する恨み辛みがあるけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、ロキを許してやってもいいかなと、ちょっと傲慢なことを考えてみた。
「ロキ様、大変遅くなりましたが、お誕生日、無事に迎えられてよかったですね」
「ああ、ありがとう」




