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2025/01/07 新年あけましておめでとうございます。誤字脱字の修正および編集をしました。
ロキはゼロとシドを伴ってソルの誕生日プレゼントを購入しに来ていた。回る予定の店は4つで、宝飾品の店をメインに回る予定だ。ロキは流行に疎いわけではないが、流行は移り変わるもの。世界の回帰を経ると流行るデザインが少し異なるバリエーションが増える傾向にあることをロキは知っていた。ということで、今の流行りのデザインを見ていて損は無い。
「しかし、ソル嬢に贈り物っスか」
「うん、たまにはいいだろう?」
「正式に告白してから言え」
それを言われると弱い、とロキが笑った。令嬢への贈り物ならば、意識しているという表明と受け取られてもおかしくない。ロキの場合は事実なのでそこが問題ではないのだが、婚約者以外に服や宝飾品を送るのはそれこそ特別な感情を抱いていると周囲に知らしめるようなものだ。
こと、人刃族は宝石に何よりも価値を見出してきた。瞳を宝石に例えるのも似たような理由である。その人の瞳を称して贈られる宝石は、他のどんなものにも勝る価値を持つ。それが人刃の考え方であり
リガルディアの伝統だった。
1件目の店に入る。そこには細工物がたくさん置いてあって、店内は落ち着いた木製の内装、魔石を使ったシャンデリアが明々と灯っていた。柔らかな光を受けて、細工が煌めく。宝石も硝子も置いてあるようだが、宝石のカッティングが精巧で、ロキは目を細めた。
「いらっしゃいませ!」
元気にこちらに挨拶をしてきたのは、背の低い少女で、太い腕と愛嬌のある丸っこい顔、そして大きな三つ編みの髪を見て、ロキはこの店の店主がドワーフであることを悟った。
「ああ、お邪魔します」
「何かあったら呼んで下さいね!」
「ありがとう」
ロキは店頭に並べられたアクセサリを眺める。細やかな細工は流石ドワーフの作品というべきだろうか。最近は宝石より安価に手に入る硝子もなかなか売れているようで、そんな話をシドが店番のドワーフの娘としている。
ゼロはアクセサリーはさっぱりわからない、と言ってロキの邪魔をしない程度の場所に引っ込んでしまう。仕方がないのでロキは自分でソルに似合うアクセサリーを選ぶことにした。2人の助言は受けられたらいいなと思っていたのだが、ゼロは自分に期待するなと目で訴えてきたのでやめておいてやることにする。
金銀細工のネックレスやブローチはとても美しく、許可を取って軽く摘まみ上げるとしゃらしゃらと音が鳴った。細やかな鎖は僅かに捻られ、光を反射して波打つようだ。金の方がソルに合うかな、と考えて、いくつか横に並んだものを眺めていく。
ロキ自身は銀髪であることもあって、冷たい印象を与える衣装の方が似合っているという自負もあるが、ソルに関しては髪も瞳も赤いので、銀よりも金の方が温もりをイメージしやすい装いになるだろう。温みを感じる宝飾品を大まかにイメージすれば、色味の関係で金の方が良いとロキは感じた。
ペンダント、ネックレス、プレスレットにイヤリング、ピアス。
様々なアクセサリーが所狭しと並べられているのを見ていると、前世の記憶がフラッシュバックする。大きな店に行くと売ってあって、アクセサリーの専門店なんて行こうものなら、お金なんていくらあっても足りなかった。今は使い切れないほどの金額をお小遣いとして持っているが、それは今でこそというやつだろう。
職人技の光る細やかな細工を見比べ、感嘆の息を吐く。自分も魔力で金属を弄繰り回した時期が少しあったが、ここまでの細工をした記憶はない。やはり金属の細工はドワーフが一番腕がいい。
石のカットも、どうやってやっているのか気になってくる。扱っている宝石が上質の物ばかりだ。
一度に入ってくる情報量がなかなか多いが、ロキにとってそれは存外喜ばしく。
見ている内に1つのペンダントが気に入り、手に取る。小振りながらもヒマワリの装飾のされたものだった。中央にはまったオレンジ色の宝石が美しい。シャンデリアの光に透かしてみると、光を取り込んでキラキラと光った。
(ガーネットか)
小さく笑みを零し、ロキはそれを購入用のトレーに入れた。
展示用のグラスに入った簪。作りが少し甘いな、と思いながら、手に取ってみる。簪はイミットがよく着けているものである。ドワーフが挑んでみたは良いがちょっとうまくいかなかった、という事なのだろうか。いや、ドワーフがそれで妥協して作品を表に出すことは無いと断言できる。と考えると、修行中の子が作ったものか、偶然の産物か。
ロキは静かに息を吐いて、簪の装飾に付随する宝石をシャンデリアに透かす。簪の石は赤っぽいオレンジサファイアのようだ。
人刃は宝石を見ればある程度は判別ができる。同じく鑑定スキル等を持っていなくとも、鉱物ならばある程度は判別が利くのだ。これは、人刃の瞳が宝石のようだからだとも、愛と美と戦の女神イシュタルの御節介だとも云われている。実際の所はよくわからないらしい。
「ぼうや、赤っぽい石が好きなの?」
「……ええ、想い人の瞳に似ていて、つい」
自分そんな齢だったっけ、と考えて、よく考えたらまだロキは160センチに満たない身長しかなかったことを思い出す。相手はドワーフなので、向こうもまた見た目相応の齢とは限らないのである。ロキは笑顔で言葉を返す。機嫌を損ねなかった、と理解したのか、ドワーフの娘はニコニコして宝石の美しさを掻い摘んで教えてくれた。
「――って、目に例えるってことは、人刃ですよね? しかも結構高位の」
「あはは、今日はただの学生ですよー」
ちょっと不慣れらしい敬語を使い始めたドワーフ娘に、ロキは軽く返す。ドワーフにとっては、人刃は割と仲の良い種族である。人間を嫌っているか好いているかで随分と方向性の違う種族だが。
この装飾が綺麗だとか、これはメッキだとか、これは銀だとか、この宝石の組み合わせが好きだとか、シドと相談しながら購入するものを選んでいく。
人刃は男も女も金銀財宝とは言わないが、宝石を用いた装飾品を身に着けることを好む傾向が強い。ロキが金属にちょっと石が付いている程度の物ばかり選んでいるのは、人刃にしては珍しい傾向でもあった。
「じゃ、これとこれください」
「まいど!」
たっぷり時間を掛けて選んだ2つの装飾品をドワーフ娘に包んでもらって、ロキはその店を後にする。
「次はどこだったかな?」
「5軒先のイミットの店だ。ゼロチョイス」
「おや」
「貿易品も扱ってるから、色ガラスがある」
「ほう」
5軒先、はそんなに遠くない。歩いて5分もしないうちに到着した。
こちらはカフェが併設されているようで、ドアから既にちょっと洒落たプレートが開店を知らせていた。コーヒーの取り扱いもあるのか、コーヒーカップらしきマークもある。
「ブラックボードにメニューとか書いたらもっと入り易そうだな」
「ブラックボード作る?」
「いいじゃねェか」
シドと言葉を交わしつつドアを開けると、こちらのドアベルはウインドチャイムタイプで、しゃんしゃらんと音を立てた。
店内はちょっとした工芸品店のようで、少しばかり懐かしくなる。
「いらっしゃいませー」
店内にはイミットの女が1人いて、ゼロの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。ゼロは装飾品は分からないという自称に違わずあまりアクセサリーを身に着けないので、アクセサリー店に主らしき人物を連れて来たことに驚いているのだろうと想像がつく。
「ゼロがお客さん連れて来るなんて珍しいねえ!」
「女将さん、あんまり騒がんで……」
ゼロは少しばかり恥ずかしいらしい。
「お客様、本日お求めの品はどういったモノでしょうか?」
「プロポーズでアクセサリを贈りたいんだが、良いモノはあるかな? 赤い長い髪の女性だ」
「なるほど、畏まりました」
赤と言っても黄色っぽい赤だ。落ち着いた雰囲気にはあまり合わないだろうと思いつつ、こちらへどうぞ、という店員の後をついて行った。
真っ赤っかですか、オレンジに近い赤ですか、紫に近い赤ですかと問われて、オレンジに近い色だと答えれば、店員は暗い鼈甲細工の髪留めや簪、金属製の二本差しの簪、シンプルなネックレスなどを提案してきた。イミットも光るものを集める習性からか、金属や宝石には詳しい者が多いのだが、この店員もそうだったらしい。
ロキは結局目に留まった黄色から赤へのグラデーションの掛かったガラス玉と、桜柄の金象眼と螺鈿細工のペンダントを購入した。
♢
「これでよかったのか?」
「ああ」
良い買い物ができた、とロキは言って満足そうに学園への帰り道を急ぐ。あの後2軒廻ったが、これ以上は良いものはないなと言って、ロキは何も買わずにウインドーショッピングになってしまったので、シドとゼロが1つずつ何か購入することになった。拘りが強いから人刃は何も買わずに店を出ることも少なくないので、そこまで嫌な顔をされたわけではないのだが、シドはやっぱり気にしたようだ。
これはイーにやるんだ、と言って、ロキは学園内に戻る際にガラス球を革ひもに通しだけのペンダントをイーに渡していた。
私にラブコメは書けなかった……