7-15
うっはー従者の名前が抜けていたんだぜい。指摘をいただきましてブランクになっていた部分を加筆修正いたしました。ありがとうございました。
2020/09/06 加筆修正に伴い、話の内容を大きく変更しました。
2024/12/29 加筆修正に伴い、マリアの従者の名前を変更しました。
「ロキ様、ちょっとお話良いかしら」
「いいよ」
6の月の末のことだ。
ロゼから声を掛けられて、ロキは了承の意を示した。ロゼは真剣な表情をしていた。
「どうしたの?」
「立ち話ではなんですから、食堂に行きませんこと?」
「いいよ」
ロゼと共にロキが食堂へ向かう。お昼時だったため、周りには生徒が多い。相変わらずロキは生徒たちから少し遠巻きにされているようで、けれどロゼが傍にいる為、少しばかり視線を集めている。
「ロキって相変わらず遠巻きにされてるのね」
「仕方がないね」
苦笑を浮かべるロキは、以前よりも大分接しやすくなったはずなのだが、まだ皆の中では、どう声を掛けていいのかわからないのだろう。ロキから声を掛けてくれればいいのだが、といった様子だ。ロゼとロキは席に着き、いつの間にか使用人3人が姿を現していた。
「シド、飲み物をもらってきてくれ。ゼロは待機」
「かしこまりました」
「分かった」
「フルーツタルトを注文して頂戴。シドと打ち合わせしてからでいいわよ」
「畏まりました」
3人への指示が終わるとお互いの顔を見つめる。
「……で、用件は?」
「お前いつソルに告白したの?」
「……」
ロキはしばらくの間固まった。そしてゆっくり口を開く。
「告白したわけじゃない。ただ、うっかり口から零れただけだ」
「なんて奴なの、ソルに意識させるだけさせてるなんて」
ロゼは状況を理解して笑った。
「今度のソルの誕生日、何か準備してるの?」
「今探してるところ。だいぶジャンルは絞ってるから、あとは現物を見に行くだけ」
あら、要領のいいこと、とロゼが言ったところで、冷えたフルーツタルトと紅茶が出てきた。艶々の果物を見て美味しそう、とロゼが呟く。ロキもこれは美味しそうだな、と内心呟いた。
「ねえ、ソルの好きな物って何かしら」
「刺繍だね」
「じゃあ糸でも買おうかしら」
ソルの趣味は刺繍だ。刺繡には金がかかる。そしてソルにはお金がほとんどないのである。ロゼはソルに刺繍のための材料を送ることにしたようだった。
「あんたはどうするの」
「アクセサリーでも贈るさ」
静かにフォークでタルトを口に運ぶ。柔らかな甘みと仄かな酸味が口に広がる。学園の食堂とはいえ、王族も利用するのだ、最高級の材料で揃えられているのだろう。ロゼもロキも国内では最上級の礼を尽くされる立場にあるので食べ慣れているかとも思ったが。
「……これ、美味いな」
「ええ。家でも似たようなもの食べてたはずなのに、ちょっと味わいが違いますでしょう?」
ロキは基本食堂でデザートを食べない。フォンブラウ領は果物の採集できる範囲が広いため、この手の菓子類はそれなりに食べつけているのだが、このフルーツタルトはやたらと美味しく感じた。
「……」
ロキの目がキラキラしていることを指摘はせずに、ロゼはタルトを食べ進める。次の時間は特に何の授業も無いよなと2人で予定を確認して、この後魔物舎へ向かうことを決めた。
♢
ヴァルノスはマリアが訓練場にいるのを見て驚いた。妹がいるからといって訓練場へ入ると、観客が沢山いた。誰と戦っているのだろうかと思って見やると、茶髪の少年と戦っている。
相手の歳はヴァルノスから見て1つ上。マリアから見ると2つ上だ。
茶髪、青い瞳の典型的な土属性魔術の使い手。得意な武器はロングソード。
名は、ユリウス・シーズ。
マリアが好意を寄せている人であると、ヴァルノスは記憶している。
「何でですかあああ!!」
マリアの武器は投擲槍であり、現在は手に持ってぶんぶん振り回している。結構な時間戦っているのかもしれないと考えながらヴァルノスは近付いて行った。魔術の属性や武器の適性は遺伝する。ヴァルノスの両親はメイスと捕縛武器。ヴァルノスはヴァルノスのやり方でマリアを可愛がってきたつもりで居るのだが、マリアは今回どうしてユリウスに挑んでいるのだろうか。
「私では君の支えにはなれないと言ったんだ!」
ユリウスの言葉にああそういう事ね、とヴァルノスは納得した。
マリアはユリウスに想いを伝え、ユリウスはそれを断ったのだ。ということは、正式にユリウスのシーズ家とヴァルノスのカイゼル家の間で婚約の話がまとまったのだろう。
ということは、ユリウスとヴァルノスが婚約者になったのだろう。ヴァルノス本人よりマリアが先に知るなんてあまり褒められた状態ではないのだが、マリアは楽しみにしていた。ヴァルノスの両親がこれは家同士の約束事になるから、と曖昧な言い方しかしていなかった弊害といえるだろう。
ここは妹から武器を取り上げた方がいいなあ、と思いつつ、実体武器がなくても魔術でいくらでも投擲槍を生成できるであろう妹に頭を悩ませつつ、ヴァルノスはマジックポーチから武器を取り出した。なんで自分はアイテムボックスが使えないのかと内心ぼやきながら。
ヴァルノスの武器は少々特殊だ。何せ鎖鎌の鎌をメイスに変えたものである。
メイス部分は持ち手から先端まで60センチほどで、持ち手側の先から細めの鎖が2メートルほど伸び、その先に1キロ程度の分銅が付いている。
接近したユリウスとマリアの目の前にメイスを振り下ろし、動きを強制的に止めさせる。
「はい、そこまで」
「姉様!?」
「ヴァルノス嬢!?」
投擲槍を投げずに使っていたことから考えて、ヴァルノスの想像は正しく、もう長い時間戦っており、マリアの体力は限界に近かったのだろう。そのままへたり込んでしまった。
マリアが着ている服はドレスで、へたり込んだのでおそらく土に汚れてしまっているのだが、それは今は置いておくことにする。周辺の野次馬に会話が聞こえないように防音の結界を張る。
「一体何事ですか。おおかたマリアがユリウス様に挑んだのでしょうけれど」
「だ、だって、ユリウス様、私との約束をお破りになったんですよ!」
「だから、私たちの家ではそれは許されないと!」
やはりそうだ。マリアはここを乗り越えなければならない。ヴァルノスは知っている。
ユリウスは何とかマリアを傷付けない言い方を模索したのだろうが、その優しさはマリアが諦めきれない状況を作り出してしまったのだろう。
ヴァルノスがマリアの頭を撫でる。メイスを降ろしたヴァルノスはマリアを見て、周囲を見て、小さく息を吐いた。
「移動しましょう。マリアもおいで」
「分かった」
「……」
マリアは小さく頷くにとどめ、立ち上がる。ついてしまった土と砂を払いつつ3人は訓練場を後にした。
周りの生徒達の目に晒されるマリアが居心地が悪そうなのを見て、従者は何やっとんだと、マリア付きの従者の姿を探したが、見当たらなかった。
此処ならば人目につくまいとヴァルノスが選んだ魔物舎の近く。
設置されているベンチの傍まで来て立ち止まると、マリアをベンチに座らせて、ユリウスにタオルを濡らしてきてほしいと頼んでマリアの話を聞くことにした。
「……マリア、どうしてユリウス様に挑んだの?」
「……さっきもお話しました」
ぶっきらぼうに答えるマリアにヴァルノスは小さく息を吐いた。
「武器の適性が分かって、『お前本当はカイゼル家の子供じゃないんだろ』とでも言われたの?」
「……」
びくりとマリアの肩が震えた。ヴァルノスの予想は中ったようだ。この予想だって、別に当てずっぽうで言っているわけでもない。ちゃんと調べて、情報を集めて、その上での発言だ。
転生者としての知識は、ヴァルノス・カイゼルにはあまり役に立たない。しかし、この知識はマリア・カイゼルには有効だ。
「……マリア。私が転生者なのは知ってるわね」
「……はい」
「私、貴女の御両親知ってるわよ」
「!?」
その言葉は、『お前の両親は私の両親ではない』と言っているに等しく、マリアの目に見る見るうちに涙が浮かぶ。
「姉、さま、も……そんなこと、言うのっ……!」
「……これは事実だもの。貴女がユリウス様に想いを寄せているのも知っている。けれど、諦めなさい。貴女では私たちの代に課せられた役目を果たすことはできないから」
役目、これを知っているのは、ヴァルノスが転生者だからだ。
「やく、め……?」
「竜帝に捧げる伴侶をね、産まねばならないらしいわ。そしてそれをこなすのはシーズ、ツァル、エンプレイシア、そしてカイゼルの皇名家。その血を引かない貴女はその義務はないの」
ユリウスが攻略対象だとヴァルノスは知っている。
これじゃこっちが悪役令嬢ね、と内心ぼやく。ゲーム中でマリアが、ユリウスに近付く主人公を蹴落とすために言った台詞であった。
「姉様は、間違いなく、カイゼルの血を引いているのですか」
「直系が持ってる紋様があるのよ。見てみる? 背中に剣、宝珠、笏、王冠をあしらった鷲が刻んであればカイゼル直系よ」
何でドイツ――その疑問はヴァルノスの中でぐるぐる回っているのだが、カイザーが語源と言われた時点で決まりきっているようなものだ。
ちなみにちゃんと鏡で見ているのでヴァルノスは自分にこの紋様があるのを知っている。これは呪いの一種である。その血を絶やすなと。国が滅んだとしても、その血筋だけは絶やしてはならないと。
ヴァルノスは服をたくし上げて背の方をマリアに持たせた。
「流石に脱ぐのは無理ね。そこから見てちょうだい」
「はい……」
ヴァルノスに生まれつきあるこれは刺青ではなく、常に色が変わっている。ヴァルノスの場合は時折金銀に光るのでかなり力が強いものと言われており、どうしてそれほどの力をその身に与えられたのかと国王ジークフリードが真剣に悩んでいたこともあった。
本来ならばその力に押し潰されてヴァルノスは死んでいなければおかしいと言われるほどのもの。カルを通して渡された書状に書いてあった内容を思い返し、ヴァルノスは笑みを薄く浮かべた。
死んでいなければおかしい。
違う。
今まできっと死んでいたのだ。
初めましてと上位者に言われることの意味。
ループ中にいなかった存在。
ゲームに出てこないヴァルノスという少女。意味は胡桃。
松橋久留実は、最初誰に転生していたのだろう。
それとも、ずっとヴァルノス・カイゼルだったのか。
はて。
「……あります。でもすごく大きいですね。ユリウス様のは見たことないのに」
「ユリウス様はあまり力も強くないのかもしれないわね。この紋様も割と小さいはずよ」
「姉様はそんなに強いのですか……」
「そうね、この紋様さえなければロッティに養子に取られる可能性があったくらいには強いわよ」
公爵家へ養子に出されるなどということは、普通まかり間違ってもあってはならないことだ。公爵家の血統が途絶えてしまう。その為ロッティ公爵家はロゼとカルの子が2人以上できたならば、その子を引き取って公爵として育てることを決めている。ロゼからの情報である。
「遅くなった、すまない」
ヴァルノスが服を元に戻して整えているとユリウスが戻ってきた。濡らしたタオルを虚空から取り出し、マリアに渡す。マリアは小さく礼を言うと土を拭い始めた。
「ユリウス様、ユリウス様の紋様ってどこにあるんですか?」
「紋様? ああ、私は右の太腿にある。……ヴァルノス嬢は?」
「背中にありますよ。姿見で見たとき『なんか刺青ある!』とか思いましたからね」
「ああ、わかるよ、その気持ち。私の曾祖父も、脇腹に大きく紋様が刻まれているんだ」
エンプレイシア、ツァル、両家共に直系の同年代は男しかいない。つまり、必然的にヴァルノスが婚約者になる流れがあったのである。
「……姉様、ユリウス様、婚約おめでとうございます」
「……やっぱり私がなるのか。うん、ありがと」
ヴァルノスは自分が悪役令嬢の立場に収まったことをちょっとだけ嘆きながらも、妹がこれから大変な目に遭わなくて済むかと思えば安く感じた。ユリウスは、幼馴染姉妹の喧嘩っぽい何かが収まって安心したようだった。
マリアが落ち着いたところで分かったことなのだが、どうやら従者ことエヴァはカイゼル血統ではないのではないかと言い出した生徒からマリアを庇って喧嘩になり、怪我をしたので医務室に運ばれたとのことである。
「……あいつそんなに頑張ってたのか……並みの力しかないのに」
「それだけマリアを思って仕えてくれているということでしょう。そんな従者は大切になさい、マリア」
「はい、姉様」
マリアは結局、ヴァルノスが全て知っていたことについて咎めはしなかった。これでいいのだと言って、少し晴れやかな顔で去っていった。ユリウスも訓練場へと戻っていった。
そしてヴァルノスは魔物舎の方を向く。
「ロゼ様ロキ様、女の姿ですので何も言いませんよ?」
「……すまない」
ロキ、令嬢モード。
ストレートの髪、前髪はいわゆるぱっつんにしており、横の髪をリボンで結んでいる。
キリッとつり上がった瞳は今は申し訳なさそうに目尻が垂れていた。
ロゼも一緒に居てちょっと気まずい雰囲気になっている。
ロキはヴァルノスが服をたくし上げたところを見てしまって慌てて女の姿になったと見える。
「それで、どうなさいましたの?」
「次授業が無かったので魔物たちの様子を見ようという話になりまして……」
「なるほどね」
ヴァルノスは一旦納得したような表情を浮かべた後、きりっとした表情を作って口を開く。
「ロキ様、ソル様とのデートはいつですか?」
「明日ですけど」
「くうこのリア充め! 百合デートしろ!」
「おや、何人が私=ロキ・フォンブラウの等式を成り立たせられるって言うんですか?」
「我々転生者一同」
「それを身内と呼ぶのだ馬鹿め」
ロキとヴァルノスの掛け合いを聞いていたロゼが腹を抱えて笑い出す。ヴァルノスとロキは顔を見合わせて肩をすくめた。
「次の次ってダンスでしたよね?」
「ええ」
「じゃあそれまでご一緒させていただいても?」
「構いませんわ」




